学位論文要旨



No 212898
著者(漢字) 是枝,忍
著者(英字)
著者(カナ) コレエダ,シノブ
標題(和) 電気系、機械系を考慮した水力発電所水理施設の設計・運用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212898
報告番号 乙12898
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12898号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 講師 木村,吉郎
内容要旨 〔背景〕

 二度の石油ショックを経た昨今,我が国においては,河川の主要な水力開発が進み,大規模水力開発は少なくなってきたものの,石油代替エネルギー源としての水力発電の位置付けが見直されてきている。これとともに,原子力,火力,水力など各種電源の特徴を生かし,長期的視野における運用,価格,調達,環境等の面で最適な電源構成すなわち「電源のベストミックス」において,水力は将来にわたり10数%の確保が必要とされている。このような見地から中小水力,大型揚水式水力などが積極的に開発されるすう勢にあり,水資源の有効利用と相まって,水力資源の開発・運用の高度化が必要になっている。

〔目的〕

 本論文は,サージタンクに代表される水力発電所の水理施設が,土木設備と電気・機械設備の接点に位置するため,これを水力発電所の運転システムを構成する要素として捉え,システム内の電気系・機械系の機能・動作を適切に考慮した水理施設の計画・運用に必要な指針の提示および解析手法を開発し,さらに実際の計画・設計・運用への適用方法を具体的に示して,有効安全な水力開発・運用に資するものである。

〔主要な成果〕

 本論文では,サージタンクを主な対象として水理的振動系の共振特性を把握するとともに,運転システムにおける水理施設と電気系・機械系との結合について研究した。そして,自動制御の手法とコンピュータシミュレーションを駆使して,戦後の技術動向として顕著なAFC(自動周波数制御)の問題をはじめとするシステムの過渡現象の研究を行い,種々の解析手法を開発し,水理施設の設計・運用の指針を示した。

 本研究により得られた主な知見は,以下のとおりである。

1.周期的負荷変動を受ける場合のサージタンク水位変動特性

 1950年代後半に生じた技術動向であるAFCの導入に伴う,サージタンクへの負荷(流量)条件の変化に対応して,周期的負荷変動によるサージタンク水位変動を振動論的に考察し,共振性状を明らかにした。次に単動型と差動型のサージタンクをモデルとし,水路およびポート(制水口)の損失水頭の変化を線形近似した数式解析による共振の基礎特性,ならびに損失水頭の2乗特性をそのままシミュレーションに用いた非線形解析による水位変動の詳細な周波数(周期)特性を明らかにした。

 すなわち,サージタンク水理系においては,(1)減衰要素である流水抵抗は流速のほぼ2乗に比例する点で電気回路の場合と異なるため,流量変動範囲により水位共振性状が変化し,高負荷になるほど共振性が低くなる。(2)サージタンク形式・諸元によりサージタンク共振水位変動の特徴が顕著で,単働型に比し過渡的に働く減衰要素を付加した差動型等が共振防止に有効である。(3)これらと調整池水位との関係から安全な運用範囲が定まることなどである。

 また,これらの解析には,自動制御で常用される手法が有用であることを示し,伝達関数を用いたブロック線図表示を応用し,さらにこれをアナログコンピュータに適用するシミュレーション手法を開発した。

2.AFC発電所サージタンクの運用・設計における基本的指針

 AFCに使用する発電所に関して,既設サージタンクについては開発した手法を用い,AFCで期待される負荷調整相当分の使用水量変動を入力としてサージタンク水位変動を求め,支障ある場合は負荷制限,安全対策等を行う運用指針を実例とともに示した。新設サージタンクについては,水位変動の減衰性に優れた型式を選定し,計画時点で期待する調整能力を明確にしてこれに適合する設計・解析を行い,安全性と運用性を確保すべきであることを示した。

3.AFC装置,水力機器等の動作を考慮したサージタンクの運用と計画

 水力発電所の運転システムの観点から,サージタンクの水位変動にかかわる諸要素の影響,すなわち水圧鉄管路,ガイドベーン,水車,ガバナー,発電機,AFC関連装置および電力系統等の主要な動作や特性を導入して解析するシミュレーション手法を,新しく開発した。これにより,サージタンク水位変動に及ぼす諸要素の影響のうち主要なものを求めることが可能になり,システムの運転に伴うAFC装置,水位制限装置等の動作も考慮した解析を設計・運用に生かすことができるようになった。

 また,伝達関数を用いてブロック線図表示したシステムを,ディジタルシミュレーションにより解析する手法へと進展させて,大型揚水式発電所のAFCに自動負荷調整装置(ALR)を使用する場合に適用し,制御機器改良の要点を提示した。

 これらにより,中小水力でAFC運転に問題がある場合,あるいは大型揚水発電所のAFC使用に伴う詳細検討が必要な場合の解明が可能となった。

4.サージタンク水面振動安定性理論の新しい展開

 前述のアナログシミュレーション手法を発展させて,サージタンク水理系およびガバナー,ガイドベーン等の機構をさらに詳細に導入し,従来解析することが困難であった水力発電におけるサージタンク水理系を主体とするシステムの解析を可能にした。これにより,サージタンク水面振動安定性理論を発展させて,いわゆるThomaの条件が大幅に緩和できることを実証した。

 この実証において開発した主要な手法は,次の2点である。

 (1)水路と同程度の慣性力をサージタンク水柱が有する場合のサージング解析手法

 (2)ガバナーの調速動作と電力系統への並列運転を考慮した,サージタンクを有する発電所の起動→電力系統への並列投入→並列運転のシミュレーション解析手法

 前者は,水理実験の裏付けのもとに,差動型のサージタンク水理系における解析手法を新しく開発したもので,この手法の妥当性を確認して,実際の水理施設における検証へと展開した。

 後者は,電気・機械系を総合したシステムのシミュレーション解析手法を開発したもので,従来の理論では安定性が懸念される水理構造物の場合でも,実際の運転に即した起動における単独運転を経て,想定される最小容量の電力系統への並列投入,および並列運転が安定して行えることを確かめ,さらに実機により安定性を初めて検証し,同種の問題に適用できるよう具体的に例示した。

5.水路で結合された発電所群等の水理施設における自動制御の適用

 サージタンクのみでなくヘッドタンク,連絡水槽,合流水槽,調整池などを圧力水路,無圧水路等で結ぶ,上・下流2発電所の連携運転や複数の取水部から導水する取水調整運転等における,有効で安全な制御運転方式を開発・提示した。

 適用に当たっては,個々の水理構造物の設計において過渡現象の減衰性が良く,安定度の高いものとし,これに自動制御の手法を適切に応用する。すなわち,制御は主として水位制御を適用し,目標値を一定とする場合は定値制御,プログラム等により変化する場合は追値制御とする。また目標値との偏差を少なくする要素を導入して主たる制御量とし,生じた偏差を基に比例積分(PI)調整を行うのが,水理系においては最も効果的であることを示した。

 なお,適切な連携制御方式を得るためには,まず水理系と制御系とを総合したシステムのブロック線図を基に,安定性の判別式の適用などにより基本的な安定領域存在の可能性を把握しておく。次にコンピュータシミュレーションにより,あるいは理論解析が困難な部分は新しく開発した水理実験模型とのハイブリッド方式によるシミュレーションによれば,安全で有効な水理施設の諸元と制御定数を求めることができる。これらの開発した手法を用い,実例により適用方法を示した。

審査要旨

 本論文は「電気系,機械系を考慮した水力発電所水理施設の設計・運用に関する研究」と題し、サージタンクに代表される水力発電所の水理施設を、電気・機械設備と並んで水力発電所の運転システムを構成する要素として捉え、システム内の電気系・機械系の機能・動作を適切に考慮した水理施設の計画・運用に必要な解析方法を開発したものである。これにより、有効安全な水力開発・運用を可能とする有用な成果を得ている。

 論文は6章から構成されている。第1章では研究の背景となった実務の課題と従来の研究の総括が行われ、本論文で研究する課題の位置付けと、研究の方針を取りまとめている。

 第2章では、自動周波数制御(AFC)が導入されたことに伴うサージタンクの負荷の周期的な変動を考慮した水位変動特性の非線形解析を、アナログコンピュータを用いて行なった。その結果、減衰要因である流水抵抗は流速の2乗に比例し電気回路と異なるので、高負荷になるほど共振性は低くなること、サージタンクの形式としては、単動型に比し過渡的に働く減衰要素を有する差動型が共振防止に有効であること、さらに、調整池の水位との関係を考慮した安全な運用範囲を導き、水位変動の詳細な周波数特性を明らかにした。

 第3章では水圧鉄管路、ガイドベーン、水車、調速機、発電機、AFC関連装置、電力系統などの主要な動作を組み込んだシミュレーション手法を開発した。これによりサージタンクの水位変動に及ぼす主な要素の影響を定量的に求めることが可能となった。さらに、大型揚水発電所で自動負荷調整装置を使用する場合に対しても適用性を拡張し、中小水力から大型揚水発電所までにわたって、AFC運転を行う場合の課題を詳細に解明したことは高く評価できる。

 第4章では、導水路立坑、放水路斜坑をサージタンクに転用して、建設工事を経済的・効率的に行う場合の技術的課題を解決した。すなわち、調速機やガイドベーン等の機構を詳細に導入し、従来解析することが困難であったサージタンク内の水柱が慣性力を有する場合の解析を可能とした。これにより、サージタンク水面振動安定理論を発展させ、いわゆるトーマの条件を大幅に緩和できることを示した。この成果は、電気・機械系を総合したシステムの解析手法を開発しサージタンクの安定理論を進展させたのみならず、水力発電所の建設工事を効率化できる設計法を示したものであり、実務に大きく貢献した。

 第5章においては、サージタンクのみでなくヘッドタンク、連絡水槽、合流水槽、調整池などを圧力水路、無出水路などで結ぶ、上・下流2発電所の連携運転や複数の取水部から導水する取水調整運転における有効で安全な制御運転方式を開発した。適切な連携制御方式を得るには数学モデルのシミュレーションによる。理論解析が困難な場合には水理模型実験を組み合わせてシミュレーションを行えば、安全で有効な水理施設の諸元と制御定数を得ることが出来ることを示した。水位制御を適用し、目標値との偏差を少なくする要素を主たる制御量として導入し、生じた偏差を比例積分調整する方式が水理系においては最適であることを示した。

 第6章では得られた結果を総括している。

 以上要するに、本論文はサージタンクに代表される水力発電所の水理施設が、電気系・機械系の影響の下にどのような振動性状を示すかを解析し、理論的な成果を得ると共に、それらを実際の水力発電所の設計、建設に適用して、安定で効率的な水理施設を建設することに貢献した。本論文で得られた成果は、水理学、発電工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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