学位論文要旨



No 212899
著者(漢字) 吉嶺,充俊
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミネ,ミツトシ
標題(和) 単調載荷による飽和砂の非排水流動変形に関する研究
標題(洋)
報告番号 212899
報告番号 乙12899
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12899号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 沖積平野のゆるい砂地盤は地震時にしばしば液状化・流動化して、盛土の崩壊、傾斜地盤の側方変位などの大きな災害を発生させる。このような流動する地盤の挙動は静的な重力に支配された一方向への大きなせん断変形である。そこで、砂の流動挙動を把握するために砂の非排水単調ひずみ載荷せん断試験が行われる。

 流動(flow)とは、土の不安定な変形に引き続く定常状態の発現であると定義できる。従って、土を非排水単調ひずみ載荷せん断したときのピーク強度後の不安定な軟化仮定に引き続いて現れる定常状態(変相状態または準定常状態)における過剰間隙水圧の大きさや残留強度を知ることが、流動挙動の評価の上で最も重要な事項となる。

 従来から三軸圧縮せん断試験結果を用いて砂質地盤の流動特性を評価することが試みられてきた。しかし、三軸圧縮せん断試験から得られる大せん断ひずみ条件下でのせん断強度は非常に大きなものとなり、現実の地盤流動被害を説明したり予測したりすることが著しく困難であった。そこで、本研究では三軸圧縮条件のみならずより一般的な応力条件のもとでの砂の非排水せん断特性を実験的に検証し、砂地盤の流動に関する力学特性を正しく評価することを試みた。

 まず、砂の非排水三軸圧縮試験と非排水三軸伸張試験を実施した。試験結果の代表例として、乾燥堆積法により最も緩く作成した豊浦砂のせん断状況を図1に示す。三軸圧縮状態ではひずみ軟化がほとんど見られないのに対して、三軸伸張せん断では過剰間隙水圧比が100%に達し、著しい軟化・流動挙動が発生している。三軸圧縮せん断と三軸伸張せん断では、土の構造に対する最大主応力角と中間主応力の大きさという2つの応力条件に関して両極端の応力条件にある。上記のような三軸圧縮せん断と三軸伸張せん断における砂の非排水せん断挙動の大きな相違は、これらの応力条件が砂の非排水せん断挙動に大きく影響していることを示唆している。そこで、乾燥堆積法により作成した豊浦砂の供試体に対して、中空ねじりせん断試験機を用いて最大主応力が砂の堆積面の法線方向からなす角度と中間主応力係数bに関する様々な組み合わせ条件のもとで非排水せん断試験を行い、この2つの応力条件が砂のせん断特性に与える影響を詳細に調べた。

図1:豊浦砂の非排水三軸圧縮・伸張せん断試験

 図2は、相対密度約40%の豊浦砂に関する非排水せん断試験結果である。三軸圧縮状態(=0°,b=0)のせん断では全く過剰間隙水圧が発生せず(uf=0)、きわめて強固なせん断挙動を示すのに対して、三軸伸張状態(=90°,b=1)では90%以上の過剰間隙水圧を生じ、大きな流動挙動を示している。その中間の応力状態では、が大きくなるほど、またbが大きくなるほど砂のせん断挙動はより圧縮的となる。このように、砂の流動特性はせん断時の応力条件の影響を大きく受けるので、砂地盤の流動を予測するためには地盤の応力条件を把握し、的確な判断をすることが重要である。とくに、三軸圧縮試験結果を用いて地盤の流動挙動を評価することは著しく危険側の判断となることに注意しなければならない。

図2:相対密度約40%の豊浦砂の非排水せん断にともなう間隙水圧の発生と応力条件の相関

 十分に広い傾斜地盤の非排水側方流動を考えるとき、その地盤の変形は単純せん断状態になっているので、単純せん断状態での砂の流動特性を調べることは非常に有用である。そこで、乾燥堆積法により作成した豊浦砂の供試体に対して、中空ねじりせん断試験機を用いて一連の単純せん断試験を行ったところ、非排水単純せん断にともない、主応力角度と中間主応力の大きさは変化するが、変相状態およびそれ以後の大変形状態においては、初期条件(圧密応力の大きさ、圧密応力比、砂の密度)によらずに、=40°〜45°,b=0.2〜0.25となることがわかった。また、三軸圧縮・三軸伸張・単純せん断における砂の流動傾向を比較検討したところ、砂の非排水単純せん断挙動は三軸圧縮と三軸伸張のほぼ中間的なものであることがわかった。

 本研究では、砂の流動化の評価に際して等方圧密状態から非排水せん断したときの最大過剰間隙水圧比ufを流動ポテンシャルと定義した。実験結果から砂の密度・初期圧密応力と流動ポテンシャルの関係を求め、砂の密度・初期圧密応力を既往の経験則に基づいて標準貫入試験のN値に換算することにより、N値と流動ポテンシャルの相関を得ることができる。図3は、このようにして導いたN値-上載圧平面上の豊浦砂の単純せん断時の等流動ポテンシャル線である。図には、砂の動的特性に基づいた既往の研究による液状化(サイクリックモビリティー)の発生条件も併せて表示してある。

 一方、単純せん断状態での流動ポテンシャルufと砂の残留強度Susの間には次のような関係がある。

 

 すなわち、流動ポテンシャルと砂の残留強度との間には1対1の関係があり、図3の等流動ポテンシャル線は等残留強度線であるとも言える。従って、現場で測定されたN値と図3の等流動ポテンシャル線をもちいて、次のような地盤の流動特性の判定が可能である。

図3:N値と単純せん断時の豊浦砂の流動ポテンシャルの関係

 まず、従来の砂の繰返しせん断特性に基づいた判断基準により、液状化(サイクリックモビリティー)が生じるかどうかを判定する。液状化を生じるときには以下の方法で地盤の流動特性を予測する。もし、流動ポテンシャルがuf=100である場合には完全流動を生じる。間隙水圧の上昇によって地盤の有効応力は完全に失われ、液体状の挙動を示す。斜面地盤であれば、完全に水平になるまで流動が継続する。地盤に作用している重力による静的なせん断力をstaticとする。このとき、100(1-3.0static/v’)<uf<100であれば、限定流動を生じる。静的なせん断力と砂のせん断抵抗が釣り合うまで流動が継続する。uf<100(1-3.0static/v’)のとき地盤の変形はサイクリックモビリティーによるものとなり、流動は生じない。繰返しせん断荷重の停止と共に地盤の変形も終了する。

審査要旨

 ゆるい砂でできた斜面が地下水で飽和しているとき、地震動を受けると強度を失って斜面下り方向へ流動する。この現象は近年地震地盤災害の一形態として、注目を集めてきた。本研究はゆる詰め砂を対象に、室内非排水せん断実験を広範に行なうことにより、地盤の流動破壊の発生危険度予測を可能にしたものである。

 近年、砂の非排水大変形に関する実験的研究が多くの研究者によって行なわれるようになってきた。その成果によれば、大変形に至った砂は、一定の残留強度状態でせん断変形を増大する。この残留強度を本研究では準定常状態強度と呼び、研究の主たる対象としている。

 第一章はまず既往の研究をレビューして、問題点の所在を定めている。それによると、従来の研究は三軸圧縮試験を中心としていたため、得られた砂の準定常状態強度が過大であり、現実の流動破壊例を説明するのにしばしば困難を伴った。この問題を克服するために本研究では、実地盤の応力状態が必ずしも三軸圧縮試験のような軸対称条件になく、かつ最大主応力も鉛直方向には向いていないことに注目した。そして三軸圧縮試験に加えて、より多様な応力状態を再現できる中空ねじりせん断試験を行なった。

 第二章は三軸および中空ねじりせん断試験の方法について説明し、測定データの整理方法を解説している。また試料作成法にも湿潤堆積と乾燥堆積の二通りを説明している。

 第三章では、三軸圧縮および伸張非排水試験の結果について議論している。非排水せん断試験の結果を用いて応力経路図を描くと、ごく密な砂を除き、平均有効主応力が最小値Ppt’をとる点が見られる。これを従来、変相点と称してきたが、変相点のうち特にひずみ軟化現象をともなうものが、準定常状態である。変相点の有効応力Ppt’を圧密応力Pc’で正規化し、最大過剰間隙水圧比uf=(1-Ppt’/Pc’)×100(%)を定義すると、ufが50%を越えるとき、著しい流動破壊が生ずることを見い出した。そこで以後の研究では、このufを流動破壊の危険性を表わす指数として採用する。

 三軸圧縮試験で観察された変相点のデータを用いて間隙比と平均有効主応力とufとの関係を調べると、同一の間隙比では有効応力が高いときほどufが大きい、つまり流動破壊しやすいことがわかった。またゆるい砂のufは、わずかな密度変化にも敏感に影響されることが報告されている。これに対して三軸伸張試験では、有効応力が高いときほどufが大きい点では圧縮せん断と同様である。しかしufの砂密度に影響される度合が小さいことがわかった。

 第四章では取り扱う応力の範囲をさらに広げ、主応力の方向と中間主応力が残留強度に及ぼす影響を調べた。まず中空ねじりせん断装置の検討を行ない、実験可能な主応力方向と中間主応力の範囲を定めた。続いて一連の非排水せん断試験を実施したところ、1)最大主応力軸が水平に近く、2)中間主応力が最大主応力に近いときほど砂の挙動が圧縮的で、高い過剰間隙水圧を発生して流動破壊しやすいことがわかった。

 従来、浅い基礎直下の砂が液状化破壊しにくいことが知られてきた。これを基礎の抑え効果と呼び、基礎の設置圧で発生した静的せん断応力の影響であろう、と考えられてきた。しかし本研究の成果を参照すると、基礎直下では最大主応力が鉛直で中間主応力は最小主応力に近いので、比較的流動破壊が起こりにくい。これに対して基礎からはずれた側方では、応力状態が上述の流動破壊を招きやすい状態に近い。このような理由で基礎直下に液状化被害が少ないのであろう、とも考えることができる。

 実際のゆるい斜面が流動破壊する例が近年数多く報告されている。このような事例の応力状態は、第四章で検討したものではなく、むしろ平面ひずみ状態に近い。本研究ではこの点を考慮し、中空ねじりせん断装置を利用して平面ひずみ非排水大変形試験を実施した。その結果が第五章に報告されている。測定された変相点の応力、残留強度と砂の密度との関係は、第四章で報告されたものと整合していた。

 以上の議論が現実の地盤の砂にもあてはまるかどうかを検証するために、過去の地震で液状化を発生した地点から不撹乱砂試料を採取して、三軸圧縮および伸張試験を実施した。その結果、不攪乱試料でも上記と同様の性質が見られること、ただし攪乱試料の方が不攪乱試料より大きな過剰間隙水圧を発生することがわかった。これが第六章の内容である。

 第七章では、本研究の実験結果に基づいて、地盤流動の危険性予測手法を構築した。最大過剰間隙水圧比ufが50%を越えることを流動破壊の指標とし、砂の密度ごとにuf=50%に対応する圧密有効応力値を実験的に定めた。そして既存の資料に基づいて砂の密度を標準貫入抵抗N値に置き換え、砂の単位体積重量を介して有効応力を深さに換算した。このようにして流動破壊の危険性予測図が得られた。ufが50%を越える状態に砂層があれば、流動の可能性が高い。かってシードとイドリスが示した液状化発生に対応する限界N値線と等uf線とを比較してみると、両者は同様の勾配を示しており、流動破壊は液状化の度合がはなはだしい場合に起こる現象であることを示している。

 第八章は本論文の結論である。

 以上をまとめると本論文の成果は、従来三軸せん断試験でのみ議論されていた大変形時の流動破壊現象をさらに広範な応力状態で実験的に調べたこと、そしてその成果を現実の地盤の流動破壊危険度予測法へ発展させたことである。これらは土質力学や地盤耐震工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51007