学位論文要旨



No 212902
著者(漢字) 小谷部,育子
著者(英字)
著者(カナ) コヤベ,イクコ
標題(和) コレクティブハウジング(共生型集住)の研究 : スウェーデンにおける公共コレクティブハウス『フェルドクネッペン』に関する考察
標題(洋)
報告番号 212902
報告番号 乙12902
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12902号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 香山,寿夫
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 岸田,省吾
内容要旨

 1970年代以降、スウェーデンをはじめデンマークやオランダを中心に、公的住宅の一タイプとしても位置づけられている現代的な意味のコレクティブハウジングとは、<参加>と<共生>を理念とする集住形態であるといえる。具体的には、「個人の自由で自立した生活を前提としつつ、日常生活の一部や生活空間の一部を協働化・共用化する事によって、個人や小家族では充足できない合理的で、便利で、楽しみと安心感のある集まって住む暮らしのかたち」であり、「コンパクトではあるが独立完備した複数の住戸と住戸の延長としての共用空間が組み込まれた集合住宅のかたち」である。<参加>や<共生>の程度や具体的な内容、空間デザインは、国により、あるいはプロジェクトにより多様であるが、居住者の協働による自主運営が基本となっており、高福祉国家における、生き方、住まい方のもう一つの選択肢となっている。人口構造の高齢化、家族の小規模化・多様化、女性の社会進出、個人主義化が一足早く進んでいる成熟社会において、共働きや単身で子供を育てる親たちや、単身者や高齢者の生活の質を改善し、子供達にとっても好ましい環境として評価されている。

 本研究の目的は、コレクティブハウジングが主に公共住宅プログラムの中で供給されているスウェーデンに着目し、その概念と機能の現状、および社会的背景と歴史的位置づけを明かにし、具体的な事例の研究をとおして、公的プロジェクトにおけるユーザー参加の計画設計プロセスとコレクティブリビングの実態について考察することである。そして、我国における高齢社会の住居のオルタナティブとしての可能性を探り、その開発研究および実践の基礎的材料となることを目的としている。本論文は1992年度の1年間、客員研究員としてストックホルム王立工科大学の建築計画研究室に滞在中とその後の調査研究を中心としてまとめたものである。

 第1部は、北欧を中心に多様な展開を見せている現代のコレクティブハウジングの概念、形態、社会的背景についてより良く理解するための予備的考察である。そして特に、80年代に入ってから公共住宅プログラムの中で都市型住宅の一タイプとして供給され定着してきたスウェーデンのコレクティブハウジングに着目し、その歴史的展開と制度的背景について概括している。

I「集住の新しいかたち」フレクティブハウジング

 スウェーデン、デンマーク、オランダにおけるコレクティブハウジングの形態的、運営的特徴とその供給動向について概説し、筆者がストックホルム滞在中の1992年に訪問、あるいは滞在したプロジェクトの中から代表的と思われるものを選択し、その建築と生活の観察・体験記を紹介している。それぞれ多様な展開をしているが国毎の主な特徴をあえて述べてみると下記のようになる。

 ・スウェーデン;都市型積層住棟が一単位のコレクティブコミュニティを形成し、共用室は住棟内に組み込まれている。セルフワークの一単位の規模は30戸程度であるが、高齢者用サービスハウスとの複合タイプは100戸を越える規模のものもある。自治体の非営利住宅会社供給の賃貸が多く、一般に設計段階からの入居者参加の程度は低い。

 ・デンマーク;都市近郊のタウンハウスによる集落形成型が一般的で、独立したコモンハウスを持ち屋外スペースの比率が大きい。屋根付き通路で連結されているケースは比較的新しいプロジェクトに多い。居住者イニシアティブのCo-op(共同所有)で20戸程度が多いが、公的なプロジェクトでも多様な試みがある。近年シニアによる取り組みが注目される。

 ・オランダ;都市型積層タイプが一般的であるが、小グループの数クラスターが集合して1プロジェクトを形成し、何段階かのコモンレベルが組み込まれたタイプが原型としてある。支援組織があり社会住宅で賃貸が多い。近年シニアによる取り組みが活発である。

IIコレクティブハウジング研究の系譜

 スウェーデンでは、1970年代終わりから80年代はじめにかけて国が積極的にコレクティブハウジング研究を奨励したために、歴史学的、社会学的、建築学的、家政学的視点の論文やレポートが数多く出された。しかし英語に翻訳されているものはほとんど無い。本章ではそれらの研究の全貌を把握する目的で、Dick U.Vestbroによりまとめられたコレクティブリビングに関する研究の文献抄録Forskning om kollektivt boende(1993)を要約し、解釈を加えて紹介している。文献の範囲はスウェーデンが中心であるが、欧米の関連文献についても包含している。既往研究を19の視点で分析しているが、歴史研究はかなり充実しており、フェミニズムの視点からの研究があるのはこのタイプの住宅の特徴である。入居者参加の設計プロセスから入居後の生活実態まで更に継続的にフォローを予定している本研究は、事例評価の視点から他に無い取り組みとして評価されるだろう。

IIIスウェーデンにおけるコレクティブハウジングの歴史と建築

 20世紀初頭に始まるコレクティブハウジングの歴史をやや細かく5期に分類して、その発展過程をとらえた。30年代にはラディカルな機能主義建築思潮と社会民主主義的な政治思想を基盤としてサービス付きのコレクティブハウジングが提案・実践され、40年代には主に職業女性団体等に支持されて社会事業家により建設された。50年代〜70年代半ばまでの沈滞期を経て、現代的なコレクティブハウジングの居住運動があり、80年以降はセルフワークモデルを主流とした公共コレクティブハウジングで供給されるようになった。徐々に広い社会層層の支持を得るようになり、環境共生プロジェクトなどテーマの多様化も展望できる。

IVスウェーデンに於ける公共コレクティブハウジングの供給を可能にする住宅政策と供給の仕組み

 住宅政策の理念と施策、及び供給の仕組みから、公共コレクティブハウジングがニーズさえあれば一般賃貸プログラムの中で取り扱われる事がわかる。ユーザー参加の住宅供給に積極的に取り組んでいるヘルシンボリ市の非営利住宅会社の具体的事例をとおして実態を把握した。

 第2部は、ストックホルム市の非営利住宅会社の一つによって供給された1993年入居のコレクティブハウス『フェルドクネッペン』の事例研究である。中心市街地に立地し、中高齢期の生活の質と住まい方をテーマにしたグループが企画推進、入居者参加の方式で6年がかりで実現したプロジェクトである。

Iコレクティブハウス『フェルドクネッペン』の入居者参加の設計プロセス、および参加者の住意識について

 その企画・設計・建設の課程を分析評価して、コレクティブハウジングのユーザー参加の設計プロセスの実態を把握した。初期の段階の居住者サイドの基本理念の合意形成がその後のスムースな事業推進上重要であることがわかる。また居住歴とイメージ調査をとおしてコレクティブ指向人間の特性を見出すことを試みたが、入居前の設計・建設プロセスでのグループによるコレクティブワークや運営シミュレーションそのものが、コレクティブ適性を育てていくことが読み取れる。

IIコレクティブハウス『フェルドクネッペンの住運営と生活』

 入居後1年半後の住運営の実態を把握し、居住者によるコレクティブリビング及び物理的住環境に対する評価をもとに、本プロジェクトのコンセプトの検証と、コレクティブリビングが個人の生活の質にどのように係わるのかその核心について考察をしている。入居対象者を「40才以上で同居する学童期の子供がいない世帯に限る」という、スウェーデンでも初めてのコレクティブハウジングを、入居1年半の時点で評価することは時期尚であろう。しかし日常的な<共食>を核として、独立住宅は勿論のこと、一般の集合住宅にもシニアハウスにもサービスハウスにもない、個と共のバランスのとれた、自律的で開放的なコミュニティの生活がすでに居住者一人一人の手の内にあるのは明らかだ。

 最後に、我国におけるコレクティブハウジングの可能性と課題を展望した。

審査要旨

 本研究は、スウェーデン・デンマーク・オランダにおける公的集住形式の一つである「コレクティブハウジング(共生型集住)」を対象として、その歴史的経緯、現在的意義の考察を基に、典型的事例としてスウェーデンの「フェルドクネッペン」を取り上げ、綿密な継時的調査(デプス・インタビュー、質問紙)によって、住民からの評価を行ったものである。

 北欧の住宅・福祉・高齢者等の施設や政策については数多くの研究が蓄積されているが、居住者に対する直接的面接による調査によってコレクティブハウジングの意義に光を当てた初めての研究である。

 成熟社会への移行期にある日本のこれからの住まいの選択肢を追求する上で貴重な指針となりうるものである。

 論文は「はじめ」に続く第1部・4章、第2部・3章からなり、結語として「おわりに」が附加されている。

 「はじめに」では、本研究の動機付け、並びに目的・内容の概要と研究の現代的意義について述べ、日本でも居住形態の多様化を図る上でコレクティブハウジングがその一つの可能性を持つことを示している。

 第1部は、事例の考察に先立って、コレクティブハウジングの定義、研究並びに試行の歴史などを明らかにし、特にスウェーデンの住宅政策・供給との関係で論じている。

 I章では、1950年以降に建設されたスウェーデン、デンマーク、オランダにおけるコレクティブハウジングの典型的実例を取り上げ、各例の特性や設立経緯などを述べ、わが国では殆ど知られることのなかった当該集住の生活をリアルに描き出している。

 II章は、先章で紹介された実施例の計画、実践、評価において主要な役割を担ったスウェーデンにおける諸研究の紹介、分析、評価に当てられている。研究文献の多くはスウェーデン語であり、英訳も少ないのでこれまでわが国では殆ど考察の対象とされることは無かった。そこで、諸研究のなか最も体系的にまとまっているD.U.ヴェストブロの「コレクティブハウジングに関する研究の概要」を翻訳し、分析している。その結果、当該集住形式は、(1)サービスモデル、(2)セルフワークモデル、(3)サービス・セルフワーク複合モデルの3タイプに分類でき、個人や家族の家事などの生活支援の在り方を明らかにしている。

 III、IV章は、コレクティブハウジングを最も先鋭的に試行しているスウェーデンにおける実態を歴史的にかつ住宅政策との関連で論じた部分である。そして、コレクティブ形式が居住者の生活活動における共同化を進めること、そのために各住戸ユニットの規模を切り詰めた分を共用空間に割り当てることを特色としていることを明らかにしている。これは19世紀初頭の共同体生活によるユートピア主義に源流があり、現代の住供給においても、企画・計画・設計・運営の各段階における居住者参加が原則とされていることの証であるとしている。

 第2部は、ストックホルム市非営利住宅会社の一つによって1993年に入居が開始されたコレクティブハウス「フェルドクネッペン」の事例研究に当てられている。

 I章では、完成までに6年の歳月を要した企画・設計・建設のプロセスを1992〜93年に現地における種々の調査に基づき分析した結果を詳述している。

 得られた成果の第一は、建築家、住宅会社、居住者への質問によって、ユーザー参加による合意形成の仕組みを明らかにしたこと、第二には入居者全員(26人)の居住歴および住まい観の把握によって、入居前の計画過程における住み方の予行演習の体験によって、共同生活運営の適性が形成されていくことを解明したことである。

 II章では、入居後1年半後の住運営の実態と全入居者へのアンケートによる共同生活、住環境に対する評価調査の結果を分析し、フェルドクネッペンの生活の質を論じている。その結果、「食」を通した共同生活と、それとは逆の個人の自主的生活との両立が、入居者の満足感・帰属感・安心感を向上させていることを見出している。但し、現在平均年齢が65歳の集団が更に高齢化したとき、自主的共同生活が成立可能であるかどうかについての危惧をあわせて指摘している。

 III章では、以上の調査結果からコレクティブハウジングが今後の住居形態の一つとしてどのような意義を持ちうるかを考察している。そして、高齢社会における、高齢者の自主を援助し、居住者間の相互扶助を促進することを保証する住まいの一類型として、社会的コストの節減の意味からも、社会的ニーズが高いという結論を得ている。

 以上、要するに本論文は北欧における「コレクティブハウジング」の歴史、発展過程、現在の状況についての、わが国で初めての体系的研究であり、高齢社会の到来を迎えている住宅問題解決への具体的な理念、指針を与えるものである。この成果は住宅研究、施策など多方面に現実的かつ予見的知見を提供するものであり、建築計画学研究にも貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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