本研究は、スウェーデン・デンマーク・オランダにおける公的集住形式の一つである「コレクティブハウジング(共生型集住)」を対象として、その歴史的経緯、現在的意義の考察を基に、典型的事例としてスウェーデンの「フェルドクネッペン」を取り上げ、綿密な継時的調査(デプス・インタビュー、質問紙)によって、住民からの評価を行ったものである。 北欧の住宅・福祉・高齢者等の施設や政策については数多くの研究が蓄積されているが、居住者に対する直接的面接による調査によってコレクティブハウジングの意義に光を当てた初めての研究である。 成熟社会への移行期にある日本のこれからの住まいの選択肢を追求する上で貴重な指針となりうるものである。 論文は「はじめ」に続く第1部・4章、第2部・3章からなり、結語として「おわりに」が附加されている。 「はじめに」では、本研究の動機付け、並びに目的・内容の概要と研究の現代的意義について述べ、日本でも居住形態の多様化を図る上でコレクティブハウジングがその一つの可能性を持つことを示している。 第1部は、事例の考察に先立って、コレクティブハウジングの定義、研究並びに試行の歴史などを明らかにし、特にスウェーデンの住宅政策・供給との関係で論じている。 I章では、1950年以降に建設されたスウェーデン、デンマーク、オランダにおけるコレクティブハウジングの典型的実例を取り上げ、各例の特性や設立経緯などを述べ、わが国では殆ど知られることのなかった当該集住の生活をリアルに描き出している。 II章は、先章で紹介された実施例の計画、実践、評価において主要な役割を担ったスウェーデンにおける諸研究の紹介、分析、評価に当てられている。研究文献の多くはスウェーデン語であり、英訳も少ないのでこれまでわが国では殆ど考察の対象とされることは無かった。そこで、諸研究のなか最も体系的にまとまっているD.U.ヴェストブロの「コレクティブハウジングに関する研究の概要」を翻訳し、分析している。その結果、当該集住形式は、(1)サービスモデル、(2)セルフワークモデル、(3)サービス・セルフワーク複合モデルの3タイプに分類でき、個人や家族の家事などの生活支援の在り方を明らかにしている。 III、IV章は、コレクティブハウジングを最も先鋭的に試行しているスウェーデンにおける実態を歴史的にかつ住宅政策との関連で論じた部分である。そして、コレクティブ形式が居住者の生活活動における共同化を進めること、そのために各住戸ユニットの規模を切り詰めた分を共用空間に割り当てることを特色としていることを明らかにしている。これは19世紀初頭の共同体生活によるユートピア主義に源流があり、現代の住供給においても、企画・計画・設計・運営の各段階における居住者参加が原則とされていることの証であるとしている。 第2部は、ストックホルム市非営利住宅会社の一つによって1993年に入居が開始されたコレクティブハウス「フェルドクネッペン」の事例研究に当てられている。 I章では、完成までに6年の歳月を要した企画・設計・建設のプロセスを1992〜93年に現地における種々の調査に基づき分析した結果を詳述している。 得られた成果の第一は、建築家、住宅会社、居住者への質問によって、ユーザー参加による合意形成の仕組みを明らかにしたこと、第二には入居者全員(26人)の居住歴および住まい観の把握によって、入居前の計画過程における住み方の予行演習の体験によって、共同生活運営の適性が形成されていくことを解明したことである。 II章では、入居後1年半後の住運営の実態と全入居者へのアンケートによる共同生活、住環境に対する評価調査の結果を分析し、フェルドクネッペンの生活の質を論じている。その結果、「食」を通した共同生活と、それとは逆の個人の自主的生活との両立が、入居者の満足感・帰属感・安心感を向上させていることを見出している。但し、現在平均年齢が65歳の集団が更に高齢化したとき、自主的共同生活が成立可能であるかどうかについての危惧をあわせて指摘している。 III章では、以上の調査結果からコレクティブハウジングが今後の住居形態の一つとしてどのような意義を持ちうるかを考察している。そして、高齢社会における、高齢者の自主を援助し、居住者間の相互扶助を促進することを保証する住まいの一類型として、社会的コストの節減の意味からも、社会的ニーズが高いという結論を得ている。 以上、要するに本論文は北欧における「コレクティブハウジング」の歴史、発展過程、現在の状況についての、わが国で初めての体系的研究であり、高齢社会の到来を迎えている住宅問題解決への具体的な理念、指針を与えるものである。この成果は住宅研究、施策など多方面に現実的かつ予見的知見を提供するものであり、建築計画学研究にも貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |