学位論文要旨



No 212903
著者(漢字) 永井,二郎
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,ニロウ
標題(和) 超平滑単結晶サファイア沸騰面による可視化手法を用いた沸騰熱伝達における固液接触現象の研究
標題(洋)
報告番号 212903
報告番号 乙12903
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12903号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨 1.背景と目的

 沸騰現象は、主に蒸気生成を目的としたエネルギー技術あるいは超電導機器や素材製造工程などにおける冷却制御技術の開発上の要請により、その熱伝達に関する理解が深められてきた。しかし、核沸騰・膜沸騰曲線や限界熱流束の予測などの点ではある限られた範囲内で成功を収めてきたものの、固液接触部と乾燥部が混在する核沸騰から遷移沸騰にわたる領域においてはその熱伝達機構の解明や遷移沸騰曲線の予測という点でいまだに未解決の問題が多い。このような領域における沸騰現象(特に固液接触現象)の機構的理解を妨げてきた問題の一つは、沸騰面近傍で発生する多量の気泡およびそれらが形成する気相構造により沸騰面近傍の現象の観察が困難であったことである。またそのため、発泡点密度や沸騰基本構造(ユニット)の巨視的な寸法・時間スケールといった固液接触に関わる諸量を測定することが困難であった。そこで本研究は、沸騰面として透明で熱伝導性の良い超平滑単結晶サファイア板を用いて沸騰面裏側から固液接触様相を可視化することにより、固液接触現象の理解を深め沸騰現象の機構解明に寄与することを目標とした。すなわち、

 (1)単結晶サファイア面を用いた沸騰面裏側からの固液接触様相の高速度ビデオ撮影および画像処理により構成される系により、これまで測定することが困難であったものも含めた固液接触に関わる諸量を測定する方法を提案する。

 (2)次に、得られた固液接触様相により固液接触面あるいは乾燥面の時空間平均形態を分類し、その結果をふまえ固液接触状況を代表する新たな時空間平均量「接触界線長さ密度」を提案する。また、「接触界線長さ密度」に基づく沸騰熱伝達モデルを検討し、沸騰曲線と「接触界線長さ密度」の関連について考察する。

2.超平滑単結晶サファイア面の伝熱特性

 本研究で使用するような超平滑面における沸騰現象は、既存気泡核の活性化理論に従えば沸騰開始過熱度が液体の過熱限界近くにまで増大することが予想される。従って、超平滑面を用いて固液接触現象の観察を行うためには、超平滑面における沸騰現象が通常粗さを有する金属面におけるそれに比べて本質的に異なるか否かを調べておく必要がある。

 そこでまず、大気圧飽和のR113および液体窒素について、最大高さRmaxが約0.04mの単結晶サファイアおよび通常粗さを有する金属面を沸騰面として沸騰曲線を測定し、超平滑面における沸騰現象の特徴を調べた。

 結論的には、以下の理由により本実験で用いた程度の超平滑面における沸騰現象は通常粗さを有する金属面におけるそれと本質的に異なる点はないと判断できる。すなわち、超平滑面における沸騰開始過熱度は、従来の既存気泡核活性化理論が予測する過熱度あるいは液体の過熱限界過熱度より有意に低い。また、核沸騰曲線の勾配は通常粗さを有する金属面について得られた整理式の外挿上にある。よって、超平滑面上での核沸騰は通常粗さを有する金属面と同様に既存気泡核の活性化に基づくと判断するのが妥当であり、この点からこれらの間に本質的相違はないと考えられる。

3.固液接触の可視化および諸量の測定法

 固液接触様相の可視化は、光の全反射を利用して行った。すなわち、沸騰面の全反射角より少し大きな角度で光を入射すると、表面の乾燥部では全反射するが濡れ部では入射光の一部は反射されずに透過するため、入射側と反対側で撮影している高速度ビデオカメラでの明暗により伝熱面上の濡れ面と乾き面とを区別することが出来る。この原理に基づき、沸騰面として超平滑単結晶サファイア板(40x40x5mm)を用いて大気圧飽和R113のプール沸騰実験を行った。サファイア板の裏面に蒸着した透明な導電性薄膜に通電することにより沸騰面を加熱した。得られた画像はリアルタイム(毎秒500コマ・シャッタ定数1/2500秒)でVHSテープに記録される。

 得られる固液接触様相の画像内に処理を行う領域(ウィンドウ)を設置し、ウィンドウ内の画像を2値化することにより固液接触面積割合sや乾燥面数密度Ndなどを求めた。また、発泡点密度や沸騰基本構造(ユニット)の巨視的寸法・時間スケールについても原理的には本法により以下のようにして測定することができる。

 まず発泡点密度については、ビデオ撮影のコマ数が十分高い場合には、ある時刻におけるウィンドウ内の乾燥面のうち、発生気泡の付着面と考えられる乾燥面のみをカウントすることができ、従って発泡点密度を求めることが出来る。

 沸騰基本構造の沸騰面表面での巨視的寸法・時間スケールは、sやNdの時間変動値を用いて測定できる。すなわち、ウィンドウサイズLがユニットの寸法スケールに比べて十分大きい場合には、sやNdにはほとんど時間変動が現れないと考えられる。反対にLがユニットの寸法スケールよりかなり小さい場合には、sやNdにはランダムな変動が見られることが予想される。したがって、もしも沸騰の基本構造が周期現象であるならば、ウィンドウサイズLがユニットの寸法スケールと同程度である場合にのみ、sやNdに準周期的な変動が現れることが予期出来る。この場合に、ユニットの時間スケールは、sやNdの時間変動データの周波数分析を行うことにより求めることが出来る。

4.固液接触の動的挙動と時空間平均形態・量

 上述の方法により得られた固液接触の動的挙動と諸量の測定結果をもとに、沸騰における固液接触の平均形態・量について考察を行う。

 まず、「固液接触面」や「乾燥面」という言葉の意味について考える。これまでの遷移沸騰熱伝達モデルをみると、例えば図1のような固液接触状況の場合に、外部界線に囲まれた大きな円内全体(内部乾燥面を含む)を「固液接触面」と考え、その外側を「乾燥面」と考えたものが多く、内部乾燥面の果たす役割は軽視されてきたように思われる。また、図1のように「固液接触面」が明瞭な外部境界を伴い「乾燥面」中に存在する状況が常に存在することは確認されていない。本論文は、後述する固液接触の観察結果および諸量の測定結果をもとに、こうした「固液接触面」や「乾燥面」の捉え方に疑問を提示し、内部・外部乾燥面を同等に評価する新たな固液接触の時空間平均量「接触界線長さ密度」を提案する。

図1.「固液接触面」や「乾燥面」の意味について

 観察結果および固液接触に関する諸量の測定結果から以下のことがわかる。

 (1)固液接触の時空間平均形態は、過熱度の増大とともに次のように遷移する。まず、沸騰開始とともに離散的な1次乾燥面が現れ、他の部分が面状連結的な固液接触面として残る。過熱度の増大に伴う乾燥面密度の増大により1次乾燥面が2次乾燥面と共存するようになり、やがて密充填乾燥面の状態に至り、面状連結的であった固液接触面は線状連結的なものへと移行する。さらに過熱度が増大すると、3次乾燥面が現れ始め、3次乾燥面はやがて線状離散的な固液接触を取り囲む外部乾燥面へと移行し、乾燥面は外部乾燥面と内部乾燥面とに分割される。さらに過熱度が増大すると、外部乾燥面が連結的となり、固液接触面は線状で離散的な固液接触面となる。

 (2)このような観察結果から、過熱度の増大に伴う固液接触割合の単調な減少には、従来考えられていた「乾燥面」(本報でいう3次乾燥面や外部乾燥面)だけではなく気泡付着部と思われる乾燥面(本報でいう1次・2次乾燥面)も大きく貢献していることがわかる。すなわち、図1のような固液接触状況はCHF点付近から遷移沸騰領域にかけて現れているものの、内部乾燥面も外部乾燥面と同程度の割合で存在している。

 上述した結果を受けて、すべての乾燥面を同等に扱う時空間平均量として接触界線長さ密度の概念を提案する。従来の研究によれば、過熱度の増大とともに接触界線付近の蒸発熱流束が沸騰熱流束の重要な部分を占める。よって、すべての乾燥面の存在を明確に意識するならば、これらが形成する接触界線長さに注目する必要があると考えられる。接触界線長さ密度とは、伝熱面単位面積当たりの接触界線長さであり、固液接触割合とは別の概念である。図2は、各過熱度において観察結果から得られた接触界線長さ密度(m/m2)を、その最大値maxで規格化して図示したものである。図中には、沸騰曲線測定結果を限界熱流束qCHFで規格化して併記した。この図より、接触界線長さ密度は沸騰曲線と同様に、過熱度の増大とともに増大し極大値を経て減少しており、極大値をとる過熱度はCHF点過熱度に近いことがわかる。この結果は、接触界線長さ密度が沸騰曲線とより直接的な関係にあり、こうした過熱度域では接触界線近傍における蒸発が重要であることを示唆している。

図2.接触界線長さ密度と沸騰曲線の関係

 また、この接触界線長さ密度の概念に基づき、Dhir-Liaw1)の遷移沸騰熱伝達モデルをベースにした接触界線近傍での蒸発伝熱による第一次近似的な沸騰熱伝達モデルを検討した。モデルの詳細は省略するが、モデルの計算結果が実験結果と定性的に一致していることから、上述した接触界線長さ密度と沸騰曲線の密接な関連性について再確認することができた。また、接触界線近傍の蒸発伝熱の接触角依存性について検討を行い、本モデルは定性的には限界熱流束の接触角依存性を表すことがわかった。

1)V.K.Dhir and S.P.Liaw,Trans.ASME,J.Heat Transfer,111(1989),p.739.
審査要旨

 沸騰現象は、蒸発動力学、気泡核生成、気泡成長、気液界面安定性、および接触界線(三相界線)動力学などを素過程として気相構造が生成される複雑な現象であり、その伝熱特性も二つの極値を有する非線形性の強い興味ある物理事象である。沸騰現象はまた応用的にも、エネルギー変換にかかわる蒸気生成、様々な機器の熱制御、あるいは力学装置などにおいて重要な現象である。

 本論文は、こうした沸騰現象に関して、接触界線の運動が強く影響を与えると考えられる固液接触問題について検討を加えたものであり、6章より構成されている。第1章は「序論」である。

 第2章は「伝熱特性」と題し、本論文で提案している固液接触状況の動的追跡法に関する予備的検討を行っている。すなわち、従来の気泡核活性化理論によれば、第3章で提案している固液接触状況の動的追跡法において沸騰面として使用する超平滑単結晶サファイア面では、沸騰開始が自発核生成過熱度に近くなるなど沸騰現象が通常の金属面と大きく異なる可能性がある。そこで、超平滑単結晶サファイア面において沸騰曲線を測定し、本沸騰面で起こる沸騰現象は伝熱的には通常の金属面でのそれと本質的に異なるものではないことを確認すると同時に、超平滑面でも自発核生成過熱度より有意に小さな過熱度で沸騰が開始することから従来の気泡核活性化理論に疑問を投げかけている。

 第3章は「固液接触にかかわる諸量の測定法」と題し、固液接触の動的追跡法とその画像処理による諸量の測定法を提案している。すなわち、金属面と同程度の熱伝導率を有する透明材料として超平滑単結晶サファイアに注目してこれを沸騰面とすることにより、全反射法を用いて沸騰面裏面より直接に固液接触の動的追跡画像を得る方法を提案している。さらに、この方法により得られたビデオ画像を画像処理することにより、固液接触割合、乾燥面数密度、乾燥面直径分布、沸騰現象の時空間ユニットスケールなど固液接触に関する諸量を測定する方法を提案している。

 第4章は「固液接触の動的挙動と時空間平均形態・量」と題し、観察結果および画像処理結果を考察している。まず、固液接触の時空間平均形態の過熱度に対する変化を以下のようにまとめている。すなわち、沸騰開始により「離散的一次乾燥面+面状連結的固液接触面」状態が現れ、過熱度の増大とともに、乾燥面数密度の増大による合体により二次乾燥面が出現しやがて「密充填乾燥面+線状連結的固液接触面」状態に至り、二次乾燥面がさらに合体した三次乾燥面が現れ、三次乾燥面はやがて線状離散的固液接触を取り囲む外部乾燥面へと移行し、「面状連結的外部乾燥面+離散的内部乾燥面+線状離散的固液接触面」状態となり、ついには固液接触が消失する。次に、こうした固液接触の時空間平均形態をもたらす動的挙動を検討するとともに、固液接触割合あるいは乾燥面寸法分布などの諸量を示している。そして、限界熱流束は密充填乾燥面状態に相当すること、またこの状況では未だ一次乾燥面が乾燥面に占める割合も高いことを示し、一次・二次乾燥面などを同等に扱うために接触界線長さ密度の概念を提示し、接触界線長さ密度の過熱度依存性が沸騰曲線と極めて類似していることを示すことにより、この概念が沸騰曲線をより直接的に表現する物理量である可能性を示している。さらに接触界線長さ密度の時間変動測定値を示し、これには卓越した周期性のないことを示している。

 第5章は「接触界線近傍の蒸発伝熱による沸騰熱伝達モデル」と題し、接触界線近傍における界線単位長さ当たりの蒸発密度の解析結果と接触界線長さ密度の測定値とにより得られた沸騰曲線の予測結果が第2章で得られた沸騰曲線の測定結果と比較的良好に一致するこを示し、接触界線長さ密度の概念の重要性を再確認している。

 第6章は、以上をまとめた「結論」である。

 以上要するに、本論文は、沸騰現象における固液接触の動的追跡法と画像処理による諸量の測定法を提案し、その結果より沸騰曲線と密接な関係にある接触界線長さ密度の概念を提示したものであり、これらの知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク