学位論文要旨



No 212904
著者(漢字) 木村,秀行
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒデユキ
標題(和) 磁気ディスク装置用低熱変形ヘッドアームの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 212904
報告番号 乙12904
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12904号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 高増,潔
内容要旨

 大形計算機の外部記憶装置として多用される磁気ディスク装置のニーズは,高密度化,高速化および高信頼化である.図1は本研究対象の磁気ディスク装置(開発機H6587)の主要構成品であるHDA(Head disk assembly)の外観図で,ディスク,ヘッドを搭載するヘッドアーム,およびボイスコイルモータ(VCM)によりヘッドを高速移動し位置決めするアクチュエータ等がハウジングにより密閉されている.開発機H6587は従来機に比べ,特に記録密度の向上(高密度化)が著しい.

図1HDAの外観図

 面記録密度を向上させるにはトラック密度と線記録密度の向上を図る必要があり,トラック密度を向上させるには,オフトラックを許容値以下に抑える高精度な位置決め制御技術を開発しなければならない.そのために必要な要素技術は,機構系の低熱変形化と低振動化およびHDA冷却の高効率化である.特に,高密度化における重要課題は機構系の低熱変形化であり,本研究では従来から熱変形が最も大きかったヘッドアームの熱変形抑制技術の検討を行った.部品に熱変形を生じさせる要因は,環境温度(室温)の変化とHDA内部品の発熱(回転損失)による温度上昇および温度分布であるが,この中で温度変化に起因した熱変形を防止することが最も重要である.このため,温度変化時のヘッドアームの熱変形を抑制することに重点を置いた.

 また,ヘッドアームの熱変形評価では高精度な計測が要求されるが,従来の変位計測技術を利用するだけでは幾つかの問題がある.熱変形計測時の最大の問題点は,計測部品と保持台の接触面にその熱膨張差により不必要なずれが生じ大きな計測誤差になることである.本研究では前記問題点の解決も含め,熱変形を定量的に高精度で計測できる熱変形計測技術の検討も行った.

 熱変形計測法として,基準面が不要で,実時間でパターン計測ができるホログラフィ干渉法を選択した.レーザはアルゴンである(波長=0.5145m).この場合,計測部品と保持台間の不必要なずれにより生じた干渉じまは計測部品の熱変形により生じた干渉じまに加算され,その干渉じまから計測部品の熱変形を定量的に求めることは難しい.本研究では微動台を利用して不必要なずれを消去し,部品の熱変形による干渉じまのみ抽出する新しい干渉じま補償技術を開発した.

 図2は圧電素子をアクチュエータとする微動台で,3本の圧電素子への印加電圧を調節して可動台を微動させることができる.図3は干渉じま補償法の効果を確認した例である.計測部品はアルミニウム板の片面にFPC(Flexible printed circuit)を接着した積層板で,温度変化時には面外方向の熱変形を生じる.図3(a)は計測部品を石英ガラス台(保持台)の上に直接静置した補償前の干渉じまパターンで,計測部品上には計測部品の熱変形による干渉じまに不必要なずれによる干渉じまが加算された干渉じまパターンが現れている.これに対し,図3(b)は補償後の干渉じまパターンで,微動台を利用して不必要なずれにより生じた干渉じまを消去し,計測部品上には部品の熱変形による干渉じまのみが忠実に抽出できており,干渉じま補償法の効果を明らかにした.これにより,従来のホログラフィ干渉計では難しかった熱変形の定量的評価を可能にする高精度な熱変形計測装置「干渉じま補償法を利用したホログラフィ干渉計」を開発した.計測装置全体の計測精度は±0.27m(干渉じま1しま分)以内である.

図2圧電素子を利用した微動台図3干渉じま補償法の効果〔温度変化+10℃〕

 また,本研究では,熱変形計測装置として偏波面保存光ファイバを利用した干渉計も開発した.さらに,計測部品の温度と湿度を同時に制御する熱的に安定した空気槽も開発した.

 図4は従来機用ヘッドアーム(初期アーム)の形状である.ヘッドアームは,アルミニウム板の片面にFPCを接着した厚さ方向に非対称な積層板で,FPCは薄いポリイミド樹脂と銅箔線および接着剤の積層体である.各材料の厚さは,アルミニウム板がt1=2.6mm,FPCが=0.151mm,および接着剤が2t2=60mである.初期アームでは,FPCの熱膨張率がアルミニウム板の熱膨張率より大きいため,温度変化時の熱膨張差によりヘッドアームは面外方向に熱変形し,位置決め精度を悪化させる.本研究ではヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制する2つの新しい熱変形抑制技術を開発した.

図4ヘッドアームの形状(初期アーム)

 (1)「FPC内銅箔量調節法」;FPC内の正規銅箔線の周囲にアルミニウム板の熱膨張率より小さいダミーの銅箔を敷設し,面外方向の熱変形を抑制する.

 (2)「接着層内SUS板挿入法」;アルミニウム板とFPC間の接着層内にアルミニウム板の熱膨張率より小さいSUS板を挿入し,面外方向の熱変形を抑制する.

 初めに,実機ヘッドアームを模擬した矩形状のモデルアームにより2つの熱変形抑制技術の効果を調べた.その結果,ヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制する2つの抑制技術の効果を,前記計測技術と有限要素法を利用した計算により明らかにしたが,実装面および信頼性を考慮して,実機ヘッドアームには「接着層内SUS板挿入法」を採用した.

 次に,実機ヘッドアームにより「接着層内SUS板挿入法」の効果を調べた.図5はホログラフィ干渉計による計測結果で,(a)が初期アーム,(b)がSUS板を接着層内に挿入した開発アームである.モデルアームによる詳細な検討結果から,SUS板厚さはt=16mとした.各アームの断面形状を図5の上部に示す.初期アームと開発アームの熱変形量は,それぞれ2.97m,0.81mであり,厚さ16mのSUS板を挿入することにより熱変形が大幅に低減されている.さらに,図6は有限要素法による計算結果で,初期アームと開発アームの熱変形量は,それぞれ3.0m,1.03mであり,同様の効果が得られている.これはSUS板と接着剤を含めたFPCの等価熱膨張率がアルミニウム板の熱膨張率に近づいたためであり,FPCの等価熱膨張率を適正化することにより実機ヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制できることを明らかにした.

図5計測によるSUS板挿入法の効果〔温度変化+10℃〕図6計算によるSUS板挿入法の効果〔温度変化+10℃]

 さらに,信頼性の高いヘッドアームを実現するため,次の事項も明らかにした.材料の寸法精度の熱変形への影響,湿度変化時の変形,振動特性および接着剤の熱応力.

 開発した低熱変形ヘッドアーム(開発アーム)は開発機H6587に採用され,高密度化を達成する高精度な位置決め制御を実現した.その開発機H6587は,35ギガバイト大容量磁気ディスク装置として1990年に出荷され,ストレージシステム事業に大きく貢献した.

 本研究で開発した「熱変形計測技術」は,磁気ディスク装置以外に,他の電子機器の高精度部品の熱変形計測にも利用されており,大きな工業的成果を生み出している.また,「熱変形抑制技術」は,ヘッドアーム以外に,ヘッド支持系(サスペンション)の熱変形低減にも利用されており,さらには複合材料等で構成される非対称積層板の熱変形抑制にも適用でき,より広い用途への応用が可能である.

審査要旨

 本論文は、「磁気ディスク装置用低熱変形ヘッドアームの開発に関する研究」と題し、磁気ディスク装置の面記録密度の向上を実現するヘッドアームの熱変形抑制技術と、その微少な熱変形量を高精度で定量的に計測・評価する熱変形計測技術を開発することを目的にしている。論文では、熱変形計測法としてホログラフィ干渉法を利用し、熱変形計測時の最大の問題点である計測部品と保持台の接触面に生じるずれを除去し、計測部品の熱変形量のみを定量的に計測するホログラフィ干渉じま補償法を提案している。さらに、その成果と計算を利用し、熱膨張率を適正化することによって機構系の重要部品であるヘッドアームの面外方向の熱変形を低減する熱変形抑制法を提案している。ヘッドアームは、アルミニウム板の片面に薄いFPC(可撓プリント板)を接着した厚さ方向に非対称な積層板である。

 第一章の緒論では、磁気ディスク装置、熱変形の発生要因と熱変位、研究の目的並びに研究概要、従来研究について述べている。

 第二章では、まず、熱変形計測技術を提案している。一つは、計測部品の温度と湿度の両方を制御する空気槽で、温度変化時の光学系の安定性を確保するため、槽を構成する保持台や観察窓は熱膨張率の小さい石英ガラス材で作成し、それらを光学定盤に直接固定している。もう一つは、ホログラフィ干渉法を利用した熱変形計測法で、不必要なずれにより生じる干渉じまを圧電素子を利用した微動台により完全に除去し、計測部品の熱変形により生じる真の干渉じまのみを忠実に抽出するホログラフィ干渉じま補償法を提案している。そして、この熱変形計測技術を利用することにより、部品の熱変形を高精度で定量的に計測できることを示している。

 第三章では、熱変形計算法を提案している。ヘッドアームの低熱変形化を調べる初期段階に、簡易的な組み合わせはりの考え方を導入している。また、複雑なFPCを簡単に取り扱うため、FPCの等価特性値を用いた有限要素法による計算法も提案している。そして、組み合わせはりの考え方を利用して簡易的にヘッドアームの低熱変形化をパラメータサーベイできること、並びに弾性特性の複合則で求めたFPCの等価特性値(熱膨張率、縦弾性係数等)を利用すれば、計算精度を確保しながら計算時間が大幅に短縮できることを示している。

 第四章では、前記熱変形計測技術と計算法を用い、実機ヘッドアームを模擬した矩形状のモデルアームで検討した2つの熱変形抑制技術を述べている。FPCの熱膨張率がアルミニウム板より大きいため、FPC内の正規銅箔リード線の周囲に熱変形抑制用のダミー銅箔を敷設する方法と、接着層内に熱変形抑制用の熱膨張率の小さいSUS板(ステンレス鋼板)を挿入する方法を提案している。そして、いずれの方法でも、銅箔またはSUS板を含めたFPCの等価熱膨張率を適正化すれば、ヘッドアームの面外方向の熱変形を完全に防止できることを定量的に示している。

 第五章では、モデルアームの結果をもとに実装面、信頼性等を考慮し、実機ヘッドアームに薄いSUS板を用いた熱変形抑制法の方を提案している。そして、熱変形計測技術と有限要素法を利用した計算により、厚さ16mのSUS板を接着層内に挿入することによりヘッドアームの熱変形が従来の1/3程度に低減できることを示している。

 第六章では、開発した低熱変形ヘッドアームを実際の磁気ディスク装置に搭載した時の効果を調べている。そして、このヘッドアームにより高精度な位置決め制御が可能となり、磁気ディスク装置の高密度記録が達成できることを実証している。さらに、振動特性、熱応力等も検討して信頼性の非常に高いヘッドアームを提供し、メインフレーム用大容量磁気ディスク装置の製品化に大きく貢献している。

 第七章では、開発した熱変形計測技術と熱変形抑制技術の応用例について述べており、電子機器等の部品熱設計に十分活用できることを示唆している。

 第八章は結論であり、まず微少な熱変形量を高精度で計測する熱変形計測技術を開発し、次にその成果を利用し、SUS板を用いた熱変形抑制技術の効果を実証していることをまとめている:

 1.計測部品と保持台の接触面に生じる不必要なずれを微動台を用いて補償することにより、温度変化時の計測部品の熱変形のみを高精度で定量的に計測することができる。

 2.接着層内に薄いSUS板を挿入することにより熱膨張率を適正化すれば、ヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制することができる。

 これらの結果より、本論文で提案している方法によりヘッドアームの大幅な低熱変形化が図られ、磁気ディスク装置の面記録密度の向上が可能となることを述べている。

 以上、本論文は、熱変形計測時の根本的問題である不必要なずれを補償し、計測部品の熱変形のみを高精度で定量的に計測するという技術課題と、磁気ディスク装置の面記録密度を向上させるための最大の問題点であるヘッドアームの熱変形を低減するという技術課題について真正面から積極的に取り組み、最終的には、低熱変形ヘッドアームを採用した磁気ディスク装置の製品化まで実現した意欲的な論文である。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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