内容要旨 | | 大形計算機の外部記憶装置として多用される磁気ディスク装置のニーズは,高密度化,高速化および高信頼化である.図1は本研究対象の磁気ディスク装置(開発機H6587)の主要構成品であるHDA(Head disk assembly)の外観図で,ディスク,ヘッドを搭載するヘッドアーム,およびボイスコイルモータ(VCM)によりヘッドを高速移動し位置決めするアクチュエータ等がハウジングにより密閉されている.開発機H6587は従来機に比べ,特に記録密度の向上(高密度化)が著しい. 図1HDAの外観図 面記録密度を向上させるにはトラック密度と線記録密度の向上を図る必要があり,トラック密度を向上させるには,オフトラックを許容値以下に抑える高精度な位置決め制御技術を開発しなければならない.そのために必要な要素技術は,機構系の低熱変形化と低振動化およびHDA冷却の高効率化である.特に,高密度化における重要課題は機構系の低熱変形化であり,本研究では従来から熱変形が最も大きかったヘッドアームの熱変形抑制技術の検討を行った.部品に熱変形を生じさせる要因は,環境温度(室温)の変化とHDA内部品の発熱(回転損失)による温度上昇および温度分布であるが,この中で温度変化に起因した熱変形を防止することが最も重要である.このため,温度変化時のヘッドアームの熱変形を抑制することに重点を置いた. また,ヘッドアームの熱変形評価では高精度な計測が要求されるが,従来の変位計測技術を利用するだけでは幾つかの問題がある.熱変形計測時の最大の問題点は,計測部品と保持台の接触面にその熱膨張差により不必要なずれが生じ大きな計測誤差になることである.本研究では前記問題点の解決も含め,熱変形を定量的に高精度で計測できる熱変形計測技術の検討も行った. 熱変形計測法として,基準面が不要で,実時間でパターン計測ができるホログラフィ干渉法を選択した.レーザはアルゴンである(波長=0.5145m).この場合,計測部品と保持台間の不必要なずれにより生じた干渉じまは計測部品の熱変形により生じた干渉じまに加算され,その干渉じまから計測部品の熱変形を定量的に求めることは難しい.本研究では微動台を利用して不必要なずれを消去し,部品の熱変形による干渉じまのみ抽出する新しい干渉じま補償技術を開発した. 図2は圧電素子をアクチュエータとする微動台で,3本の圧電素子への印加電圧を調節して可動台を微動させることができる.図3は干渉じま補償法の効果を確認した例である.計測部品はアルミニウム板の片面にFPC(Flexible printed circuit)を接着した積層板で,温度変化時には面外方向の熱変形を生じる.図3(a)は計測部品を石英ガラス台(保持台)の上に直接静置した補償前の干渉じまパターンで,計測部品上には計測部品の熱変形による干渉じまに不必要なずれによる干渉じまが加算された干渉じまパターンが現れている.これに対し,図3(b)は補償後の干渉じまパターンで,微動台を利用して不必要なずれにより生じた干渉じまを消去し,計測部品上には部品の熱変形による干渉じまのみが忠実に抽出できており,干渉じま補償法の効果を明らかにした.これにより,従来のホログラフィ干渉計では難しかった熱変形の定量的評価を可能にする高精度な熱変形計測装置「干渉じま補償法を利用したホログラフィ干渉計」を開発した.計測装置全体の計測精度は±0.27m(干渉じま1しま分)以内である. 図2圧電素子を利用した微動台図3干渉じま補償法の効果〔温度変化+10℃〕 また,本研究では,熱変形計測装置として偏波面保存光ファイバを利用した干渉計も開発した.さらに,計測部品の温度と湿度を同時に制御する熱的に安定した空気槽も開発した. 図4は従来機用ヘッドアーム(初期アーム)の形状である.ヘッドアームは,アルミニウム板の片面にFPCを接着した厚さ方向に非対称な積層板で,FPCは薄いポリイミド樹脂と銅箔線および接着剤の積層体である.各材料の厚さは,アルミニウム板がt1=2.6mm,FPCが=0.151mm,および接着剤が2t2=60mである.初期アームでは,FPCの熱膨張率がアルミニウム板の熱膨張率より大きいため,温度変化時の熱膨張差によりヘッドアームは面外方向に熱変形し,位置決め精度を悪化させる.本研究ではヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制する2つの新しい熱変形抑制技術を開発した. 図4ヘッドアームの形状(初期アーム) (1)「FPC内銅箔量調節法」;FPC内の正規銅箔線の周囲にアルミニウム板の熱膨張率より小さいダミーの銅箔を敷設し,面外方向の熱変形を抑制する. (2)「接着層内SUS板挿入法」;アルミニウム板とFPC間の接着層内にアルミニウム板の熱膨張率より小さいSUS板を挿入し,面外方向の熱変形を抑制する. 初めに,実機ヘッドアームを模擬した矩形状のモデルアームにより2つの熱変形抑制技術の効果を調べた.その結果,ヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制する2つの抑制技術の効果を,前記計測技術と有限要素法を利用した計算により明らかにしたが,実装面および信頼性を考慮して,実機ヘッドアームには「接着層内SUS板挿入法」を採用した. 次に,実機ヘッドアームにより「接着層内SUS板挿入法」の効果を調べた.図5はホログラフィ干渉計による計測結果で,(a)が初期アーム,(b)がSUS板を接着層内に挿入した開発アームである.モデルアームによる詳細な検討結果から,SUS板厚さはt=16mとした.各アームの断面形状を図5の上部に示す.初期アームと開発アームの熱変形量は,それぞれ2.97m,0.81mであり,厚さ16mのSUS板を挿入することにより熱変形が大幅に低減されている.さらに,図6は有限要素法による計算結果で,初期アームと開発アームの熱変形量は,それぞれ3.0m,1.03mであり,同様の効果が得られている.これはSUS板と接着剤を含めたFPCの等価熱膨張率がアルミニウム板の熱膨張率に近づいたためであり,FPCの等価熱膨張率を適正化することにより実機ヘッドアームの面外方向の熱変形を抑制できることを明らかにした. 図5計測によるSUS板挿入法の効果〔温度変化+10℃〕図6計算によるSUS板挿入法の効果〔温度変化+10℃] さらに,信頼性の高いヘッドアームを実現するため,次の事項も明らかにした.材料の寸法精度の熱変形への影響,湿度変化時の変形,振動特性および接着剤の熱応力. 開発した低熱変形ヘッドアーム(開発アーム)は開発機H6587に採用され,高密度化を達成する高精度な位置決め制御を実現した.その開発機H6587は,35ギガバイト大容量磁気ディスク装置として1990年に出荷され,ストレージシステム事業に大きく貢献した. 本研究で開発した「熱変形計測技術」は,磁気ディスク装置以外に,他の電子機器の高精度部品の熱変形計測にも利用されており,大きな工業的成果を生み出している.また,「熱変形抑制技術」は,ヘッドアーム以外に,ヘッド支持系(サスペンション)の熱変形低減にも利用されており,さらには複合材料等で構成される非対称積層板の熱変形抑制にも適用でき,より広い用途への応用が可能である. |