学位論文要旨



No 212905
著者(漢字) 増田,宏
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ヒロシ
標題(和) 非多様体形状モデルのための形状操作とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212905
報告番号 乙12905
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12905号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 助教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 これまでソリッドモデルは設計や生産を支援するために広く用いられてきたが、表現できる幾何形状が2-多様体に制限されており、設計生産で現れる様々な幾何形状を一貫して扱うための形状モデラとしては不十分であった。そのため近年では、より広い定義域を持った非多様体形状モデルが注目されている。非多様体形状モデルは、ワイヤフレーム、サーフェス、ソリッドが統一的なデータ構造で扱えるため、様々な形状表現の行なわれる設計生産の支援に適していると考えられる。しかしながら、非多様体形状モデリングでは、これまでデータ構造の提案はなされているものの、ソリッドモデリングに比べて理論的な基盤が貧弱であり、基本位相操作や集合演算の実現法などは知られていなかった。また応用という観点からみても、非多様体位相構造を有効に利用したシステムの提案がほとんどなされていなかった。そこで本研究では、非多様体形状モデリングシステムの構築に不可欠な基礎技術の確立と、非多様体位相構造を利用した応用システムの提案によって非多様体形状モデルの有効性を示すことを目的とする。

 基礎技術について論じるにあたっては、非多様体形状モデルの表現対象を「胞体分割により複体となる幾何形状」とする。この定義域はワイヤフレーム、サーフェス、ソリッドを含むものであり、設計生産を一貫して支援する目的に十分適合するものである。ここで提案する基礎技術は、オイラー操作の導出法、データ構造、集合演算の実現法の三点である。

 オイラー操作は、形状モデルの位相構造を変更するための原始的操作であり、ソリッドモデリングシステムを構築するために不可欠のものであった。しかしながら、非多様体形状モデルでは従来のオイラー操作に相当する位相操作は知られていない。そこで本研究では、非多様体形状モデルの位相的な拘束式である

 

 (v,e,f,Vはそれぞれvertex,edge,face,volumeの個数、r,Vhはface,volumeの穴の個数,Vcはvolumeの空洞の個数,C,Ch,Ccはそれぞれ形状モデルの連結成分,貫通穴,空洞の個数)を導出し、この式に基づいてオイラー操作が定義できることを示す。この方法によって、非多様体形状モデルでは9種類の位相操作が独立であり、それらの操作を組み合わせて任意の位相構造が構築できるという定理を導くことができる。本手法を用いることで、非多様体形状モデリングシステムの構築に十分な位相操作群を得ることが可能となる。

 また、定義域の幾何形状を計算機で表現するためのデータ構造については、主として効率の面から考察を行ない、データ構造の設計を行なう。本論文で述べる形状操作や応用システムをこのデータ構造に基づいて実装することで、本データ構造の実用性を確認する。

 次に、非多様体形状モデルのための集合演算について論じる。ここでは、集合演算を計算機に実装するための手法として、併合操作、抽出操作、簡略化操作の三種類の操作を組み合わせた新しい手法を提案する。本手法の特徴は、併合操作を用いることで製品形状には現れない位相要素を内部表現として保持できる手段が提供でき、さらに抽出操作を用いることで内部表現のうちで必要な部分のみを部分集合として取り出す手段が実現できることである。また、必要に応じて簡略化操作を用いることで必要最小限の位相要素以外を消去してデータ量を軽減することもできる。非多様体位相構造を利用すると、最小限の位相要素で演算結果を表現する方法と、元のプリミティブの位相構造を保持する表現法の二通りが考えられるが、本手法はこの両方に対応できるものであり、非多様体形状モデルの持つ位相的な柔軟性を十分に引き出せる集合演算が実現できる。

 そして次に、以上のような基礎技術を利用することで構築された非多様体形状モデリングシステムを従来のソリッドモデルでは解決が困難であった問題に応用することを考える。本論文で示す応用は、試行錯誤的な形状生成、形状特徴表現法、三面図からのソリッド合成法の三つである。

 集合演算は形状生成手段として最も一般的なものであるが、これまでは大規模な形状モデルでは修正に非常に時間がかかり試行錯誤的な形状生成が困難であるという問題があった。これは、集合演算がそもそも演算順序に依存する演算であるために、途中の演算を取り消すために他の多くの集合演算も再計算しなければならないためである。この問題に非多様体形状モデルを応用すると、併合操作が順序に依存しないという性質を利用することで、演算順序に依存しない高速な集合演算の修正操作が可能となり、試行錯誤的な設計環境に適した形状処理が実現できることを示すことができる。

 次に、非多様体形状モデルを形状特徴表現に応用する。形状特徴は幾何形状の特定の部分に工学的意味を記述したものであるが、従来のソリッドモデルでは表現可能な形状特徴が2-多様体の部分形状として表現できるものに限られ、また形状特徴間に干渉が生じる場合には形状特徴が適切に保持できないという問題があった。このような問題は非多様体位相構造を利用することで解決できる。ここでは、形状特徴表現に必要な位相要素を保持した位相構造が併合操作によって生成でき、また形状特徴や製品形状などの幾何形状が適宜抽出操作で取り出せることを利用して、形状特徴の表現・管理に適したシステムを構築する。

 最後の応用例として、三面図からソリッドモデルを自動合成する問題において、非多様体位相構造と推論システムを利用した効率的なソリッド合成法を提案する。ソリッド合成問題では、処理の過程でワイヤフレームやサーフェス、ソリッドが現れるが、それらが非多様体位相構造を用いて統一的に扱えるのでアルゴリズムが単純化でき、処理効率も向上する。また、中間状態として、セル構造モデルを用いることで、ソリッド合成問題がセルの選択問題に帰着できることを示すことができる。本手法は、従来の手法では扱えなかった誤りを含んだ図面からのソリッド合成問題に対しても適用が可能である。

審査要旨

 ソリッドモデルは設計や生産を支援するために広く用いられているが、表現できる幾何形状が2-多様体に制限されており、設計生産で現れる様々な幾何形状を一貫して扱う目的には必ずしも十分なものではなかった。それに対して、非多様体形状モデルは、ワイヤフレーム、サーフェス、ソリッドが統一的なデータ構造で扱えるため、様々な形状表現が必要となる設計生産の支援に適していると考えられている。しかし、非多様体形状モデリングはソリッドモデリングに比べて技術的な基盤が貧弱であり、また応用という観点からみても非多様体位相構造を有効に利用したシステムの提案がほとんどなされていないという問題があった。

 本論文では、非多様体形状モデリングシステムの構築に必要な基礎技術を確立し、かつ、非多様体形状モデルが機械設計の支援に有効に応用できることを示すことを目的としている。まず、非多様体形状モデルの数学的な定義を示した上で、定義域の幾何形状を計算機上で扱うための位相操作(オイラー操作)、データ構造、集合演算操作についてその基礎技術を確立している。次に応用については、試行錯誤的な形状生成、形状特徴表現、三面図からのソリッド合成の三つを取り上げ、これらの問題が非多様体形状モデルを用いることで有効に解決できることを示している。

 基礎技術に関する貢献は以下の通りである。

 (1)オイラー操作は形状モデルの位相構造を変更する操作として重要であるが、非多様体形状モデルでは従来の2-多様体に対するオイラー操作に相当する位相操作は知られていなかった。そこで、非多様体形状モデルの位相的な拘束式である

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 (v,e,f,Vはそれぞれvertex,edge,face,volumeの個数、r,Vhはface,volumeの穴の個数,Vcはvolumeの空洞の個数,C,Ch,Ccはそれぞれ形状モデルの連結成分,貫通穴,空洞の個数)を導出し、この式に基づいてオイラー操作が定義できることを示した。それにより、非多様体形状モデルでは9種類の位相操作が独立であり、それらの操作を組み合わせて任意の位相構造が構築できるという定理を導いた。

 (2)定義域の幾何形状を計算機で表現するためのデータ構造について主として効率の面から考察を行ない、データ構造の提案を行なった。

 (3)非多様体形状モデルのための集合演算を実装するための手法として、併合操作、抽出操作、簡略化操作の三つの操作を組み合わせた手法を提案した。非多様体形状モデルの集合演算では、最小限の位相要素で演算結果を表現する方法と、元のプリミティブの位相構造を保持する表現法の二通りが考えられるが、本手法はこの両方に対応できるものである。

 (4)以上に基づく処理システムを実装し、その有効性を確認した。

 非多様体形状モデルの応用に関する貢献は以下ようなものである。

 (1)ソリッドモデルの集合演算においては、大規模な形状モデルでは取消・再実行の計算に時間がかかり試行錯誤的な形状生成が困難であるという問題があった。この問題に非多様体位相構造を応用することで、高速な集合演算の取消・再実行が可能となり、試行錯誤的な設計環境に適した形状処理が実現できることを示した。

 (2)ソリッドモデルを利用した形状特徴表現では、表現対象が2-多様体の部分形状として表現できるものに限られ、また形状特徴間に干渉が生じる場合には形状特徴を適切に保持できないという問題があった。この問題を非多様体位相構造を用いて解決する方法を示し、形状特徴の表現と管理に適したシステムが構築できることを示した。

 (3)三面図からソリッドモデルを自動合成する問題において、非多様体位相構造と推論システムを利用した効率的なソリッド合成アルゴリズムを提案した。

 本論文は、非多様体形状モデリングシステムの構築のための基礎技術として、形状操作と形状表現のための基礎理論と実現手法を提案し、その処理システムを実装し、かつそれらの形状構成問題への応用を示すことで非多様体形状モデルが設計作業の支援に有効であることを実証したもので、精密機械工学の発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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