スキーは材料と製法の革新で、高性能・高品質へと大きく変わった。即ち、FRPやアルミ板を強度部材に、軽量発泡材や木材を心材に、その他にスチールエッジやポリエチレン滑走面材等を機能部材に、それぞれ目的別に材料が選ばれて、型の中で一体接着成形されるようになった。 スキーの性能は使用して初めてわかるもので、人間の評価が優先する。したがって、研究開発の形態もテスターという被験者を介して性能評価が行われ改良が進んできた。設計の対象になる物理量は、形状、剛性分布、質量分布、振動特性、および強度等であり、具体的にはどのような材料を選択し、どのような寸法で、どのような位置に配置するかということに相当する。しかし、この設計は材料構成が複雑なだけに極めて難しく、多くは粗い近似式や試行錯誤による経験的データによって開発が進められている。したがって、1モデルの仕様を決めるにも試作と雪上テストの繰り返しが多く、競合スキーとの相対比較で決めるのが実態で、開発のリードタイムが長く多大の費用を要している。 設計の主な要素について述べると、曲げ剛性分布は回転時のたわみや返りの速さ、雪面を押さえる圧力分布に関係する等、基本性能に関わる物理量である。そのために(1)どのような曲げ剛性分布を設計するか、(2)目的とする剛性分布を具現するのに、どのような材料構成と寸法およびその配置でつくるかが課題となる。 ねじり剛性分布は回転時にエッジが雪面をどのように捉えるかに関わる物理量で、曲げ剛性と同様に重要である。しかし、このねじり剛性をどのようにコントロールするかに関しては、多くは経験的であって応用できる理論がない。 振動特性はスキーの基本性能やフィーリングに関わる特性である。スキーは大変形と同時に複雑な振動を発生する。このときの振動特性はスキーの材料構成と剛性分布によって大きく異なり、基本性能に深く関わっているとされている。 スキーの性能評価は感覚的な言葉でなされる。例えば(1)一体感がある、(2)各部がばらばらに動く、(3)生き生きしている、(4)鈍い、…等である。これらの表現は剛性分布や形状では説明できないもので、振動特性から説明するのが最も妥当であると考えられる。しかし、振動スペクトルや減衰特性についての性能解析はまだこれからである。 形状にはアーチキャンバー、サイドカット、シャベル形状等があり、それらは基本性能に関わる重要な物理量である。スキー滑走時の雪面圧分布を考えると、形状は剛性分布と同様に面圧分布に関与すと想像されるが、理論的には明らかにされていない。しかし、単独に扱っても性能上大きな差が現れるので、特にサイドカットは重要な研究対象となっている。 強度に関しては、使用条件が厳しく大変形や衝撃力の作用が常時発生する。したがって、本体曲がり(部分的永久変形)、ベンド落ち(アーチキャンバーの疲労低下)および接着層のデラミネーションが起きたりする。スキーは異種材料(FRP、アルミ合金、スチールエッジ、木材、ポリウレタン発泡体、ABS、フェノール積層板、ポリエチレンシート等)の組み合わせで、型の中で一体接着成形される。したがって、各材料の熱膨張率の違いから、常温、および雪上では熱応力が発生している。この応力の上に、変形や衝撃による応力が更に加わる。このようにスキーは過酷な条件下にあるため、強度は品質に関わる重要なテーマとして北国の工業試験場でもよく研究されてきた。 本研究は以上のような背景の上に研究開発の合理化と性能向上の可能性を究めることを目的に、剛性分布設計法(曲げ剛性、ねじり剛性)の確立と振動スペクトルおよび振動減衰特性の計算法を開発した。 第1章『序論』では本研究に関する従来の研究について述べ、問題点を明らかにし、本論文の構成を述べている。 第2章『複合構造体の曲げ剛性設計法』では、本来ポアソン比やせん断変形の要素が入る複雑な式を設計上好都合な簡便な式で表すために補正係数を導入した。つぎに補正係数の意味を明らかにするために曲げ剛性の式をポアソン比やせん断弾性率の入った式で表し、それらの影響を調べた。その結果、ポアソン比の影響は無視できるが、せん断変形は構成材料によって大きく影響し、心材のせん断弾性率、強度部材の曲げ弾性率、および各厚みが重要になることがわかった。この簡便な式は各構成材料の曲げ弾性率と断面2次モーメントの積の和に補正係数を乗じたものである。したがって設計者にとって必要なのは構成材料の曲げ弾性率とこの構成によって定まる補正係数である。ここで補正係数を得るためにはスキーを1本試作する必要がある。 また、この設計法を完成させるために曲げ剛性の測定器を開発し、±3%の精度のよい設計法であることを試作実験から証明した。 第3章『複合構造体のねじり剛性設計法』では低せん断弾性率の心材を複数層の中高せん断弾性率の強度部材で包む閉じた断面構造のねじり剛性の式を閉断面の薄肉構造の理論式から導き、その式の有用性を単純な各種の試験片について証明した。さらに、複雑なスキーにも応用して十分実用に耐える結果が得られた。これによって、曲げ剛性が設計できた時点で各構成材の寸法が定まり、ねじり剛性が計算できるようになった。したがって、曲げ剛性分布とねじり剛性分布を先に定める設計法が、強度部材のせん断弾性率の選択(繊維方向や素材の変更)をパラメータに両理論式を用いることで可能となった。 第4章『スキー複合構造体の振動スペクトルに及ぼすせん断変形と回転慣性の影響について』では固有振動数の式を両端自由の条件で導き、材料の種類と構造を変えた試験片で実験をし、式の有効性を確認した。加速度振幅の振動スペクトルはせん断変形と回転慣性によって低振動数ヘシフトするが、(1)閉殻構造ではその影響が小さい、(2)サンドイッチ構造ではその影響が大きい、(3)また、強度部材のせん断弾性率が大きくなり、さらに心材が厚く、そのせん断弾性率が小さくなるほど、せん断変形の影響がでやすい。これによって材料構成と構造によって、振動スペクトルがどのように変わるかが明らかになった。 第5章『複合構造体の振動減衰特性』ではいままで個々の材料のtanがわかっていても複合構造体のtanがどのようになるのかはわかっていなかった。よって、これを式で表し実験で確認をした。その結果サンドイッチ構造では必ずしもよい結果は得られなかったが、単一材料と閉殻構造では各振動スペクトルにおいてのtanが得られ、振動減衰の理論推定には有効であることが明らかになった。また、減衰特性の中にtan以外の構造減衰の要素もあり、これについても論じた。 第6章『曲げとねじり設計法の応用』ではスキーの性能を評価する最も重要な物理量として雪面圧分布を定義し、雪面圧を曲げ剛性、ねじり剛性、サイドカット(巾分布)およびアーチキャンバー(滑走面曲率分布)を変数とした関数で表現し、面圧設計には曲げとねじりの剛性設計が不可欠であることを示した。 また、スキーは身長によって使用する長さが異なるが、性能決定にはテスターに最も判断しやすい長さで行っている。モデルが同じなら、身長の大小に関わらず同じ性能を示さなければならない。これを面圧分布の傾向が同じであるという仮定の上に長さ換算式を導き、その正しさを長年の評価から証明できた。 第7章『振動特性の性能評価への応用』では性能評価はテスターの感覚的言葉、即ちフィーリングで語られるので、現在までに得られた試作実験用スキーの構成材料と性能の関係を整理した。この評価と振動特性の関係を掴むために6種類の試験片について、振動スペクトルとtanの理論計算をした。また、実際のスキーについても材料構成の視点から、競技用と初中級用を選んで振動スペクトルの測定をおこなった。 第8章『スキーの性能最適化への応用』では企画段階での基本コンセプトの決定から、要求コストと要求性能の中で如何に最高性能のスキーを開発するかについて、本研究で開発した曲げ剛性設計法、ねじり剛性設計法、振動スペクトルの計算法および振動減衰計算法を応用して、如何にして『材料の選択と寸法およびその配置の決定』をするかをフローチャートで示した。これによって、従来の研究開発の在り方は大きく変わる可能性がでてきたものと確信する。最後に筆者が期待する今後の研究課題を挙げた。 |