学位論文要旨



No 212908
著者(漢字) 佐々木,保徳
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ヤスノリ
標題(和) マイクロ波ラジオメトリによる海上風観測法の研究
標題(洋)
報告番号 212908
報告番号 乙12908
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12908号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 助教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 海上風は、海洋において熱輸送を行う海洋大循環の駆動力の1つとして、また、大気が輸送する熱の大部分を海洋から水蒸気潜熱として受け取る過程に最も支配的に与かる因子の1つとして重要な役割を果たすため、これまでに様々な方法で観測が試みられてきたが、現在もなお正確な観測法は確立されていない。本研究は、マイクロ波ラジオメトリによる正確な海上風速の観測法の確立を図ったものである。

 研究に先立ち、海上風による波浪海面から自然に放射されるマイクロ波の強度が、風速に依存して変化することを理論的に予測した。また、この依存性が、同時に周波数、偏波、及び観測角に依存するものであることも併せて予測した。

 通常物体は、海面も含めて黒体ではなく、それらから放射されるマイクロ波の強度は、輝度温度と呼ばれる物理量で測られ、これがマイクロ波ラジオメトリにおける唯一の観測量である。輝度温度から海上風速を推定するためには、海面から放射されたマイクロ波が、観測器であるマイクロ波放射計に到達するまでの過程を、風速を含めて関係するパラメータで表す必要がある。このため、輝度温度を、上記の理論的予測に基づいて、海上風速も含めて関係する海洋環境パラメータを用いて記述した。その結果、最終的に完全な独立変量として残る海洋環境パラメータは、海面水温、海上風速、及び天空輝度温度となる。これはマイクロ波放射伝達モデルと呼ばれ、これら3つのパラメータを変数とする非線形な式となる。したがって、この放射伝達モデルをもとに、観測される輝度温度から海上風速を推定するためには、3つのパラメータを同時に推定することとなる。同時推定を行うためには、これら3つのパラメータに対する輝度温度の同時依存性を明らかにしなければならない。しかし、これは理論的にも、また実験的にもほとんど不可能である。これに対して従来は、非線形のまま用いられたり、非線形効果を緩和するために物理的意味の不明確な方法が用いられたり、あるいは、根拠のない方法で線形化がなされてきたため、いずれも正確な推定値を与えるに至っていない。

 本研究では、マイクロ波放射伝達モデルをテーラ展開し、海面水温、海上風速及び天空輝度温度それぞれに対する輝度温度の微係数を係数とする線形式とした。海面水温に対する微係数は理論的に推定が可能であるため、結局、海上風速と天空輝度温度に対する輝度温度の微係数を何らかの方法で決定すれば、展開式の係数がすべて定まり、マイクロ波放射伝達モデルから海上風速を他の2つのパラメータとともに推定することが可能となる。しかし、海上風速及び天空輝度温度に対する輝度温度の微係数(依存性)を理論的に推定することは不可能である。そこで本研究では、この係数を、6GHzと18GHzの両周波数において、垂直及び水平両偏波ごとに、観測角20〜70度の範囲において、実験的に詳細に決定した。次いで、6GHzの垂直偏波と18GHzの垂直及び水平両偏波の組合わせからなる3チャネル観測〔未知パラメータが3つあるため、3チャネル以上(周波数と偏波の適当な組合せでよい)での同時観測が必要である〕を行い、3つの輝度温度観測値から海上風速を海面水温及び天空輝度温度とともに推定した。その結果、海上風速の推定値は、20〜70°の観測角において、実測値に対して20%以下の誤差で一致し、従来報告されている誤差(50%以上)を大幅に減少させた。また、他のパラメータについても従来と同程度またはそれ以上の正確さで推定できることが明らかとなった。

 海上風速の推定精度をさらに高めるには、その推定に最適な観測条件下での観測が不可欠である。観測条件のうち推定精度を最も大きく支配する周波数に着目し、海面輝度温度の風速依存性と大気効果の周波数特性を考慮して、1〜40GHz帯という広い周波数帯から海上風速に対する最適観測周波数を評価するためのモデルを確立した。海面輝度温度の風速依存性の周波数特性は、6GHz及び18GHzにおいて観測した特性を1〜40GHz帯に一般化して得た。大気効果の周波数特性は、マイクロ波と相互作用する代表的な大気物質である酸素、水蒸気、雲水、降雨による周波数特性を考慮した。このモデルに基づく評価の結果、海上風速を観測するための最適周波数帯は10〜18GHz帯であることを明らかにした。また、海上風速の観測が可能となる降雨強度は、高々1〜2mm/hrであることも明らかにした。

審査要旨

 海上風は,地球規模での熱輸送において支配的な役割を果たし,気象現象の解明や予測にとって極めて重要な因子である.このため,これまでにも種々の方法で観測が試みられてきたが,広大な海洋上の風の正確な測定法は,現在もなお確立されていないというのが実情である.本論文は,マイクロ波ラジオメトリを用いて正確な海上風速の推定法を確立するための基礎研究を記述したもので,見通しのよい推定法を提示し,これと綿密な補正や,系統的な実験で得た環境変数を用いることにより,推定値と実測値とがよい一致を示すことを示している.論文は全7章から構成されている.

 第1章は,「緒言」で,海上風速推定の重要性を述べ,従来の研究の問題点,課題を指摘し,さらに,本論文の構成を示している.なお,マイクロ波を利用することの利点は,変動の激しい観測対象に対して,観測頻度を高くすることができることにある.

 第2章は,「理論的背景」と題し,マイクロ波ラジオメトリで対象とする熱放射に関連して,黒体放射の理論と平滑海面の偏波別のマイクロ波放射に関する理論をレビューし,実際の観測系ではサイドローブの影響を考慮しなければならないことを指摘している.

 第3章「海上風速の推定」は,本論文の主要な部分をなすものである.

 最初に,海上風による波浪海面から放射されて観測されるマイクロ波の強度を,微少平面波面からの放射と考えて定式化し,これが風速に依存して変化することを示している.また,この強度が,周波数,偏波,および観測角に依存することも併せて示している.

 つぎに,マイクロ波ラジオメトリにおける観測量である輝度温度を,海洋環境パラメータを用いて記述している.これは,海面から放射されたマイクロ波がマイクロ波放射計に到達するまでの過程を記述する放射伝達方程式で,最終的には,海上風速,海面水温,および天空輝度を独立変数とする非線形方程式となる.本論文では,テーラ展開を用いてこれを線形化し,さらに,波浪海面の放射率を平滑海面の放射率と波浪(風速)による部分に分割して表し,結局,上記3変数を未知数とする線形連立方程式となることを導いている.したがって,これを解くことによって,海上風速が推定できることになる.この際,線形化による誤差が無視できること,観測される放射に寄与が予想される塩分濃度,太陽輝度などについて,マイクロ波を用いる観測条件の下では定数と見なせることを,測定値などを基に確認している.このように,綿密な考察に基づいて妥当な線形化を実現し,見通しのよい推定方法を確立したことが本論文の一つの貢献である.また,上述の方法により推定した海上風速,海面水温などが,後述される実測値とよい一致を示すことを述べている.

 第4章は,「観測設計と観測結果」と題し,実測値に含まれる誤差の検討と見積もりに当てられている.誤差として,観測機器からの放射や損失,サイドローブの効果,観測角の影響などを取り上げて検討し,これらを補正した後の総合誤差が5%以内に納まることを示している.

 さらに,この章では,第3章の方程式を解く際に,観測値を代入する必要のあるパラメータ(輝度温度の風速依存分,その風速による微係数など)決定のため,また,観測値の補正のためのデータ取得のための観測方法,観測結果についても記述している.輝度温度の風速などに対する微係数は,6GHzと18GHzの2周波数において,垂直及び水平偏波ごとに,20°〜70°の観測角に対して,詳細な実験で求め,次章での海上風速推定に用いている.

 第5章「結果および検討」では,第4章で得られた観測値を代入した第3章の方程式を解いて推定した海上風速と海面水温,天空輝度について,実測値との比較を行った結果を示している.観測には,6GHzの垂直偏波と18GHzの垂直,水平両偏波の組合せを用いて3つの観測値[未知数3に対応]を得,これから,海上風速を海面水温及び天空輝度温度とともに推定している.この結果,海上風速の推定値が,20°〜60°の観測角において,実測値に対して20%以下の誤差で推定でき,従来の報告(50%以上の誤差)に比較して高い精度が実現できることを示している.また,他の変数についても,従来の方法に比し,同程度またはそれ以上の精度で推定できたことを述べている.

 第6章は「海上風速観測のための最適観測周波数の検討」と題し,海上風速の推定精度をさらに高めるための最適な観測条件に関する検討結果を記述している.マイクロ波ラジオメトリでは機器補正や放射補正が不可欠で,風速推定の精度向上にはその誤差を低減することが重要である.ここでは,この誤差のうち,特に大気効果によるサイドローブの影響が大きいことを指摘している.そのため,海面輝度温度の風速依存性と大気効果とを考慮して最適周波数を決定する評価基準を用いており,この基準により評価した結果,本論文(4章)で提案している2周波観測による海上風速推定には,大気状態が降雨強度1〜2mm/hまでは,2周波とも10〜18GHz帯から選択するのが適当であることを明らかにしている.

 第7章は「結言」で,本研究で得られた知見を整理して記述するとともに,今後の課題を述べている.

 以上,要するに,本論文は,マイクロ波領域におけるラジオメトリにより海上風速を推定する見通しのよい方式を与えるとともに,丹念な実験により観測誤差の評価や補正を実施して,実用にも耐えうる正確な推定値が得られることを示しており,また,本論文で述べられた方式や周波数は現在開発中の人工衛星搭載用マイクロ波放射計の設計にも採用されるなど,本研究の波及効果は大きく,計測工学上の貢献が大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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