学位論文要旨



No 212910
著者(漢字) 高森,和英
著者(英字)
著者(カナ) タカモリ,カズヒデ
標題(和) 給水加熱器の伝熱モデルの開発と性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 212910
報告番号 乙12910
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12910号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨 第1章序論

 原子力発電プラントや火力発電プラントでは給水加熱器が設置されており、タービンからの蒸気や高温ドレン水との熱交換により給水を加熱する。給水加熱器内の高温・高圧条件での蒸気凝縮を伴う二相流は給水加熱器の伝熱性能に影響する。従来、伝熱量は実験値に基づき上段、下段の伝熱管群の平均伝熱量を評価しており、気液の速度分布が伝熱量分布に及ぼす影響は考慮されておらず、十分な構造最適化は行われていなかった。従来研究として、凝縮熱伝達率の実験式を用いた一次元解析による給水加熱器内の熱流動評価が報告されているが、蒸気単相流入条件であり二相流の流動については考慮されておらず、また一次元解析では詳細な内部構造の影響評価や最適化には不十分である。そこで、本研究においては、二流体モデルを用いた多次元二相流解析プログラムを基にして、設計に活用できるように計算を高速化するとともに、伝熱管段数による外面での液膜厚さの変化を考慮して、給水加熱器内の二相流挙動、熱通過率と伝熱量を計算できる伝熱特性評価手法を開発した。

 一方、凝縮熱伝達率に関しては、多くの従来研究があり、熱伝達率の理論式や実験式が提案されている。しかし、従来研究の多くは蒸気単相流入条件であり、給水加熱器の高温ドレン水のように二相流での流入条件での実験例は極めて少ない。また、低圧給水加熱器では不凝縮性気体である空気が混入するが、伝熱管群外面での凝縮伝熱に及ぼす不凝縮性気体の影響の測定例は極めて少なく、しかも、二相流での流入条件で不凝縮性気体の影響を評価した例は見当たらない。そこで、本研究においては、給水加熱器で使用される千鳥格子状水平伝熱管群を対象として、入口クオリテイや不凝縮性気体の入口濃度をパラメータとした凝縮伝熱実験を行い、給水加熱器の伝熱特性評価手法の伝熱モデルに反映した。

 従来、給水加熱器内部での詳細な二相流挙動と伝熱量分布の評価手法が確立されていなかったため、性能向上は主として経験に依存し、必ずしも十分な構造最適化は行われていなかった。そこで、本研究においては、開発した伝熱特性評価手法を用いて、詳細な二相流挙動と伝熱量分布を明かにし、これに基づいて伝熱性能を向上した給水加熱器を提案した。

第2章二流体モデルを用いた多次元気液二相流の高速化

 二流体モデルでは、気相と液相の速度や運動量を個別に計算するため、気液の挙動が異なる場合に精度良く予測できるが、計算時間が長く、特に、複雑な形状を有する大型機器に適用する場合には計算時間が膨大になる。そこで、最も計算時間を有する圧力分布の反復計算において、気液混合状態といづれかの相が連続である場合に区分して、高速解法を検討した。

 従来の陰解法では、前タイムステップの圧力分布と外力に基づいて気液の速度変化を計算した後に連続の式を満たす新しい圧力分布を反復計算する際に、気液の速度を個別に計算していた。本研究においては、圧力分布の反復計算では圧力勾配による加速度のみ取り扱うことに着目し、各相の密度と付加質量を考慮した気液の加速度の比を導入し、圧力分布の反復計算において、この加速度比に基づく実効密度を持つ単相流と同じ計算ができるようにした。また、隣合う領域で気液を交換したときの運動エネルギーの変化をポテンシャルと見なし、気相に作用する揚力を評価する揚力モデルを提案した。テスト計算として、自然循環炉チムニー内の相分布を解析し、圧力分布の反復計算において加速度比を用いて気液の運動を統合して計算することにより計算時間を従来の約1/2に短縮できること、及び揚力モデルにより実験値と良く一致する相分布が得られることを確認した。しかし、現状では検証データが十分でないため、実験データベースの拡充と構成方程式の信頼性の確認が今後の課題として残されている。

 低ボイド率の気泡流や噴霧流のように連続相と分散相とを区分できる場合には、分散相を時間について反復計算せず陽的に計算し、連続相のみ反復計算する分散相陽解法を用いることができる。ボイド率の大きい噴霧流条件で分散相陽解法を適用し、従来の陰解法に比べて計算時間を約1/4に短縮できることを確認した。

第3章給水加熱器の伝熱特性評価手法の開発

 従来、給水加熱器内部での詳細な二相流挙動と伝熱量分布を評価した例はなく、性能向上は主として実機での経験に依存し、必ずしも十分な構造最適化は行われていなかった。そこで、詳細な二相流挙動と伝熱量分布を明らかにするために、二流体モデルを用いた多次元二相流解析プログラムに凝縮伝熱モデルを追加して、給水加熱器の伝熱特性評価手法を開発した。

 給水加熱器内部での二相流は、伝熱管外表面を凝縮液膜が流下し、伝熱管の間を液滴を含む蒸気が流れる流動状態となる。そこで、空間部での二相流の流動解析には前章の分散相陽解法を適用した。凝縮伝熱モデルでは、伝熱管外の二相流と伝熱管内の給水との間の全熱抵抗を、不凝縮性気体の影響を含む凝縮面熱抵抗、液膜熱抵抗、管内の汚れを含む管材熱抵抗、管内熱抵抗の4つに区分し、管材熱抵抗と管内熱抵抗には従来研究による評価方法を適用した。この凝縮伝熱モデルで最も重要な部分は液膜熱抵抗の計算である。まず、上側の伝熱管から流下する液膜流量、該当伝熱管での凝縮量、液滴の付着量、液膜からの飛散量(エントレインメント量)を考慮した質量保存式から該当伝熱管での液膜流量を計算するが、上側伝熱管から流下する液膜の一部は液滴として飛散するため、直下の伝熱管に流下する落下液膜割合C1を未知量として導入した。液滴の付着量と液膜からの飛散量は、従来研究による液滴伝達係数と液滴発生率を用いて計算した。このようにして計算した液膜流量とヌッセルトの層流理論から液膜厚さを計算し、Fujiiの式を用いて蒸気速度の影響を補正した。ここでは、不凝縮性気体の影響を含む凝縮面熱抵抗と落下液膜割合C1の評価法が課題として残されている。

 特殊な場合を除いて、給水加熱器内での不凝縮性気体の濃度は極めて低く、凝縮面熱抵抗は他の熱抵抗と比べて無視できることから、凝縮面熱抵抗は別途評価することとし、まず、落下液膜割合C1について検討した。落下液膜割合C1を変数とした実機給水加熱器の伝熱特性解析から、落下液膜割合をC1=0.7にすると全伝熱量の計算値が実測値と一致することを示した。しかし、測定条件が限定されていることから、より広範囲の条件への適用性を確認するため、次章で述べる凝縮伝熱実験により検証する。

第4章実験による凝縮伝熱モデルの検証

 前章で開発した給水加熱器の伝熱特性評価手法の凝縮伝熱モデルでは、上側伝熱管から真下の伝熱管に流下する落下液膜割合C1を導入し、実機給水加熱器の伝熱量解析からC1=0.7としたが、広範囲の条件への適用性は確認されていない。従来研究により多くの凝縮伝熱実験が行われているが、給水加熱器での高温ドレン水の流入を模擬した気液二相流入条件での実験例は極めて少ない。そこで、凝縮伝熱モデル、特に、落下液膜割合C1の妥当性を検証するために凝縮伝熱実験を実施した。

 実験では、外径16mm、長さ550mmの伝熱管112本とダミー管16本を4x32段の千鳥格子状に配置して水平伝熱管群を構成した。ボイラからの蒸気にスプレイ水を散布して入口クオリテイを13〜100%の範囲で調整し、試験部入口の圧力は0.1MPa、温度は100℃とした。実験では、各伝熱管への給水流量が等しくなるように調整し、伝熱管外の二相温度と各伝熱管内の給水温度上昇を測定し、各伝熱管での伝熱量と全熱抵抗を測定し、前章の凝縮伝熱モデルで述べた管材熱抵抗と管内熱抵抗を全熱抵抗から差し引くことにより、各伝熱管での凝縮熱抵抗を求めた。

 従来研究による純粋蒸気での凝縮熱伝達率の理論式を参照し、測定結果に基づいて、レイノルズ数、伝熱管段数、入口クオリテイなどの関数として凝縮熱伝達率の実験式を導出した。導出した実験式は、入口クオリテイ20〜100%に対して±10%以内で測定値と一致した。

 また、伝熱特性評価プログラムを用い、落下液膜割合C1をパラメータとした実験解析から、C1=0.7とすると入口クオリテイ20〜100%の範囲で熱通過率の計算値は±5%以内で実験値と一致することを示した。

第5章凝縮伝熱に及ぼす不凝縮性気体の影響

 供給蒸気の圧力が大気圧未満の低圧給水加熱器では不凝縮性気体である空気が混入するため、上部伝熱管群と下部伝熱管群との間にベント管を設け、混入した空気を排気する。空気の混入量は微量であるため伝熱への影響は小さいと予想されているが、この影響を定量的に評価した例はない。そこで、前章で述べた実験装置を用いて凝縮熱伝達に及ぼす不凝縮性気体の影響を測定するとともに、伝熱特性評価プログラムに不凝縮性気体の挙動モデルを追加して、不凝縮性気体の挙動と伝熱への影響を評価した。

第6章三次元二相流解析に基づく給水加熱器の伝熱性能向上

 給水加熱器は伝熱管支持板により長手方向に複数の領域に区画されているが、三次元二相流解析結果から、高温ドレン水の流入部近傍の領域では、ドレン水による伝熱管外面での液膜熱抵抗の増加と流動抵抗の増加による蒸気流量の減少により伝熱量が大幅に低下することが明らかになった。そこで、伝熱管支持板の上部伝熱管群と下部伝熱管群との間に蒸気の流通口を設ける改良策と、高温ドレン水を上面流入から側面流入に変更する改良策を提案し、伝熱性能の向上効果を解析により評価した。

 伝熱管支持板に流通口を設けることにより、蒸気流入領域から隣接する領域に流通口を通って蒸気が流入するため、全体に蒸気速度が増加するとともに液膜厚さが減少し、熱通過率が増大した。同一エネルギー輸送量に対して蒸気速度と運動量が大きくなる低圧条件ほど伝熱性能の向上効果が大きくなり、低圧給水加熱器では平均熱通過率が16%増加する結果が得られた。

 高温ドレン水を上面流入から側面流入に変更すると、ドレン水が重力分離され、伝熱管群内に流入するドレン水量が減少し液膜熱抵抗が減少するため、平均熱通過率が4%増加する結果が得られた。

 給水加熱器の高性能化・小型化の観点からは上記の他に伝熱管ピッチや低圧給水加熱器のベント管配置など多くの構造因子があるが、これらを含めた構造最適化は今後の課題として残されている。

第7章結論

 本研究では、発電プラントの給水加熱器を対象として、凝縮伝熱実験と三次元二相流解析により、二相流挙動と伝熱特性を明かにし、これに基づいて伝熱性能向上策を提案した。本研究で得られた主な結論は、以下の通りである。

 (1)二流体モデルを用いた多次元二相流解析において、気液混合状態に対しては加速度比に基づく実効密度を持つ単相流として圧力分布を反復計算し、連続相を有する流動状態に対しては連続相のみ反復計算することにより、計算時間を短縮でき、前者で約1/2に、後者で約1/4に単縮できる結果が得られた。

 (2)凝縮伝熱モデルの液膜熱抵抗の計算において、上側伝熱管から直下の伝熱管に流下する落下液膜割合C1を導入し、C1=0.7とすると、実機給水加熱器での伝熱量の計算値と実測値が一致するとともに、大気圧、入口クオリテイ20〜100%の条件範囲で熱通過率の計算値と実験値が±5%以内で一致することを示した。

 (3)大気圧、入口クオリテイ20〜100%、入口空気モル分率0〜1.2%の条件で凝縮熱伝達率を測定し、レイノルズ数、伝熱管段数、入口クオリテイ及び入口空気モル分率の関数として凝縮熱伝達率の実験式を導出し、導出した実験式は測定値と±10%以内で一致することを示した。

 (4)実機給水加熱器の三次元二相流解析により、高温ドレン水の流入部近傍の領域では、ドレン水による伝熱管外面での液膜熱抵抗の増加と流動抵抗の増加による蒸気流量の減少により伝熱が大幅に低下することを明かにした。この対策として、伝熱管支持板の上部伝熱管群と下部伝熱管群との間に蒸気の流通口を設ける改良策と、高温ドレン水を上面流入から側面流入に変更する改良策を提案し、解析によりこれらの有効性を確認した。

審査要旨

 原子力発電プラントや火力発電プラントに設置されている給水加熱器はタービンからの蒸気や高温ドレン水との熱交換により給水を加熱するものであるが、熱伝達率向上による高性能化が望まれている。従来の設計手法は上段、下段の伝熱管群の平均伝熱量を実験値に基づいて評価するもので、ボイド率や気液の流速分布の影響などは考慮されていなかった。一方で二相流数値解析技術の進展は給水加熱器シェル側の流れのような相変化を伴う複雑形状流路の解析を可能としつつある。本論文は、開発された給水加熱器内の二相流挙動解析コードの概要、そこで用いられている凝縮伝熱モデルの検証実験、開発したコードを用いた実機給水加熱器の3次元二相流解析結果をまとめたものであり、具体的な給水加熱器の性能向上策も示している。

 第1章は序論であり、ここでは研究の背景や目的とともにこれまでの関連研究についてまとめている。また提案された設計手法を従来のそれと比較するとともに、第2章以降の各章の内容の位置付けを述べている。

 第2章では2流体モデルを用いた汎用3次元気液二相流解析コードを給水加熱器に適用するために行った改良について述べている。気液二相流解析では本来、密度差の大きい気体と液体を個別に計算する必要があるが、その場合圧力分布を求める際の反復計算回数が多くなり計算時間が長くなり実用的でない。そこで気液の速度を個別に計算せず加速度比を用いて気液の運動を統合して計算する方法を提案している。さらに給水加熱器シェル側の流れはボイド率が1に近い噴霧流であり液相は分散相となることに注目し、分散相は反復計算しない陽解法を適用することとしている。計算時間は前者の改良でほぼ1/2に、後者の改良でほぼ1/4になることを確認している。

 第3章は給水加熱器の解析のため付加した計算モデルについて述べている。噴霧流については第2章で開発されたコードで解析するが、伝熱管上で凝縮した液については液膜として計算することとし、その分だけ噴霧流量は減少させる。液膜の挙動解析モデルでは液滴の付着と飛散などを考慮したもので、液滴伝達係数、液滴発生率等には既存の相関式を適用している。凝縮伝熱量の計算では液膜に接する噴霧流が流速を持っていることによる液膜厚さの減少を考慮している。これは二相流を数値解析で解く本手法で初めて可能となったものである。以上のモデル化により、解析結果に大きな影響を与える未知量として残されるのは上側伝熱管から直下の伝熱管に落下する液膜の割合だけとなる。

 第4章は第3章で残された課題である落下液膜割合を求めるために実施した実験を説明している。伝熱管群は管径、ピッチを実機と合わせたもので、32段の千鳥格子配列である。各管の伝熱量を計測し、これから熱伝達率を求めている。実験結果と解析との比較から、上側伝熱管から直下の伝熱管に落下する液膜の割合を0.7とするとき両者は5%以内の精度で一致することが示された。他に従来手法による熱伝達率相関式を導出している。また実験と解析との比較では差圧分布がよく一致していることなどを確認している。

 第5章は凝縮伝熱に及ぼす不凝縮性気体の影響を調べるため行った実験について述べている。実験装置は第4章のものと同じで、空気をモル分率で1.2%まで混入できる。実験結果を基に不凝縮性気体の効果を含む熱伝達率相関式を導出した。さらに局所の空気モル分率と凝縮熱抵抗の関係を調べ、両者が比例関係にあることを見出している。

 第6章は開発された解析コードを実機給水加熱器に適用した結果をまとめている。その結果、従来型の給水加熱器では伝熱管支持板により長手方向に分割されている各領域に均等に蒸気が配分されない場合があり、伝熱管群中心部で蒸気流量が減少するため伝熱量が減っていることが明らかにされた。設計改良案として伝熱管支持板に蒸気流を導く穴を設けることが提案された。他にはドレン水の重力分離を促進するため高温ドレン水を側面流入に変更することも提案されている。前者による平均熱通過率の向上は16%、後者のそれは4%と計算された。

 第7章は結論で、本研究の成果と今後の課題をまとめている。

 以上のように、本論文は給水加熱器に適用できるよう開発された3次元二相流解析コードとそれを用いた給水加熱器の設計手法について述べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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