学位論文要旨



No 212911
著者(漢字) 溝口,庄三
著者(英字)
著者(カナ) ミゾグチ,ショウゾウ
標題(和) 鋼の材質制御のための凝固偏析と酸化物に関する研究
標題(洋)
報告番号 212911
報告番号 乙12911
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12911号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 月橋,文孝
内容要旨

 20世紀はIron Ageといわれるが、それを支えた4大技術は、大型溶鉱炉、純酸素上吹き転炉、連続鋳造法、連続式タンデム圧延法である。我が国の鉄鋼業もいち早くこれらを導入するとともに、自動車産業などの新しい需要を開拓し、世界の鉄鋼技術の頂点に立った。

 もともと、我が国の鉄鋼業は資源・エネルギーに乏しく、海外の鉄鉱石や石炭を輸入して、大量生産方式の臨海製鉄所を拠点に発展を遂げてきた。その結果、これまでに国内に蓄積した鉄鋼の量は10億トンを超え、今後に発生するスクラップは、年率100万トンづつ増加する。また自動車産業など、鉄鋼の需要家も激しい海外競争にさらされる時代となって、従来方式のの技術開発が見直されるようになった。

 さらに、地球規模での資源・環境問題、それに、労働価値観の変化にともなって、21世紀に臨むこの時期、鉄鋼業も大きな曲がり角にさしかっている。この様な先行き不透明な時代にあって、コストパフォーマンスの高い新製品を創り出す、新しいプロセスの開発が非常に重要な課題となっている。そのためには、従来のような各工程に限定された考え方ではなく、プロセスとプロダクトの両方を有機的にからめた、新しい概念の技術開発が望まれる。

 本論文は全5章から構成される。以下に、その要点を述べる。

 第1章では本研究の背景と目的について述べた。

 上工程の溶鋼の脱酸に始まり、凝固、熱間加工、冷間加工、表面処理の下工程に至るまで、一貫した材質制御法の概念として、いわゆる[オキサイドメタラジー]が提案されている。本研究では、そのような概念に基づき、酸化物を核として硫化物の析出を制御し、さらには、Ar3変態や炭化物、窒化物などの冶金学的な変化を統一的に制御するために、製鋼段階での適正条件を明らかにすることを目的とする。

 本章では、溶鋼での脱酸から始まる材質制御法として、酸化物を核生成物質として有効に活用するための研究課題を述べる。核生成にとって活性な酸化物の条件と、ミクロ偏析の制御がその基本となる。一般に、脱酸はまずSiとMnで行われ、さらに、適当な強脱酸剤を使用する。酸化物はどのような条件下で活性となるのか、非常に重要な課題である。

 次に、凝固中には溶質元素のミクロ偏析が生じるが、特にMnの濃厚偏析部はオーステナイトが安定化するので、フェライトの核生成にとっては不利であり、焼き入れ性も増加して靭性不良となる。そこで、このようなミクロ偏析の制御のために、新しい数学モデルを構築する必要がある。また、実際の連続鋳造法で発生するマクロ・セミマクロな偏析も、Ar3変態を阻害するので防止しなければならない。

 さらに、凝固中、および、凝固後のMnSの晶出・析出現象を正しく理解し、その分散状態、サイズ、個数を制御する課題がある。

 以上のように、溶鋼温度から冷却する途中に生じる冶金学的な変化に対して、一貫した研究が必要であることを述べた。

 第2章ではセル状デンドライトの内部、および、その周囲の樹間に生じるミクロ偏析を予測する数学モデルについて詳細に述べた。本研究の数学モデルは、従来と異なり、固液界面と固体内部の/変態の界面の、2つの界面を同時に解析できる。その結果、最終凝固部のミクロ偏析は、もちろん、/変態に伴うMnやPの再分配現象を説明でき、冷却速度や合金元素の影響を定量的に予測できる。

 また、一方向凝固実験を行い、計算結果との対応を実証した。その結果、デンドライト樹間のミクロ偏析に対して、凝固中の相へのback diffusionと/変態時の再分配の影響が大きいことを明らかにした。

 まず、炭素鋼の凝固においては、初晶の相、または、相と液相との界面で溶質元素の分配がある。さらに、デンドライトの成長にともなって、その内部に/変態が生じ、その界面の両相間で溶質元素が再度分配される。特に、Pは両相での溶解度の差が大きいので強い再分配がある。

 次に、Mn,Pのミクロ偏析におよぼす合金元素の影響を定量的に示した。フェライトフォーマーの元素は、相を安定化する度合いに応じて、ミクロ偏析の改善効果がある。逆に、オーステナイトフォーマーの元素は、ミクロ偏析を悪化させる。

 本研究の結果、[オキサイドメタラジー]による材質制御を確実にするためには、MnとPのミクロ偏析を軽減しなければならないが、そのためには、相を安定化し高温での拡散を促進することが基本である。合金元素の選択が極めて重要となる。

 当然、実際の連続鋳造では、マクロ・セミマクロ偏析の防止が不可欠である。

 第3章ではMnSの晶出と析出挙動を明らかにするため、第2章で開発したミクロ偏析モデルに、MnSの晶出・析出モデルを組み合わせた、新しい解析方法を確立した。併せて、一方向凝固実験によりその計算結果の検証を行った。

 まず、硫黄快削鋼では、快削性能を向上させるために、できるだけMnS粒子のサイズを大きくし個数も増加させたいニーズがある。また、大量にSを含有した鋼種であり、凝固中にMnS粒子が晶出することが予想される。

 結論として、硫黄快削鋼の場合、MnSは凝固初期の相に析出し始めるが、固相率0・5以降、液相界面に大量に晶出し凝固後の析出は殆どない。また、MnSの成長は、Mnの拡散律速である。したがって、MnSの生成を促進する対策は、冷却速度の低下とMnとS濃度のバランスをとって濃度を高くすることである。

 次に、珪素鋼では逆に小さいMnS粒子を多数生成し、製品板の2次再結晶を確実に制御したいニーズがある。また、Fe-Si系合金は、初晶相を晶出した凝固後に固体の相から相を析出する、いわゆる広いループを有しているので、/変態におけるMnSの析出挙動を解明する必要がある。

 その結論として、MnSは最初相中に析出し始めるが成長できず、途中からは相中に析出して急速に成長する。この理由は、相中のMnの拡散速度が、相中に比べて大きいことによる。また、/変態の界面の相側に、SとSi濃度の大きいpile-up が生じる。したがって、MnS粒子も相側に集積する。工業的には、冷却速度の低下とMn/Sのバランスをとった増加、および、フェライトフォーマーであるSi濃度の増加などが、MnSの生成にとって有利である。

 これらの現象は、本研究の解析モデルによって定量的に説明することができた。

 第4章では[オキサイドメタラジー]についてそのコンセプトを述べ、製鋼プロセスにおける研究課題を整理した。その中の最も重要な課題として、溶鋼の脱酸元素と保定時間がMnSの析出におよぼす影響を定量的に示した。

 まず、るつぼでの溶解・凝固実験により、MnSの析出の核として活性な酸化物の存在を明らかにした。各種の脱酸剤を比較した結果、通常行われているAl脱酸のアルミナ酸化物は不活性であった。それに対して、Mn-silicate酸化物はMnSの析出にとって活性であり、Al以外の強脱酸元素は、このMn-silicate酸化物を完全に還元してしまわない適正な量を添加することによって、多数の微細な酸化物を分散させる作用があることが分かった。なお、脱酸剤添加後も、溶解した強脱酸元素とMn-silicate酸化物の反応があるので、保定時間は短い方が微細になるとともに好ましい組成となる。

 他の研究結果とも併せて、[オキサドメタラジー]に有効な脱酸条件が明確になり、MnS粒子の微細な分散状態を付与することができるようになった。

 工業的な利用としては、すでに、Ti脱酸鋼が実用化され低温環境での高靱性鋼材として広く使用されている。また、VNを利用した高性能な棒鋼も実用化されている。今後は、薄スラブ連続鋳造のように急速に凝固させる場合は、凝固組織が微細であり、このオキサイドメタラジーの適用にとって、好ましいプロセスとして期待される。

 第5章として、本研究を総括し今後の研究課題をまとめた。変態のモルフォロジーを考慮した3次元拡散や、核生成頻度などの速度論、および、工業的には不安定な脱酸状態を、有効に活用する新プロセスの開発が大きな課題であることを述べた。

審査要旨

 新しい製鉄プロセスの開発を従来のような各工程に限定されたものでなく,プロセスとプロダクトの両者を有機的にからめた,新たな考え方の技術開発が望まれている。上工程の溶鋼の脱酸に始まり,凝固,熱間加工,冷間加工,表面処理の下工程に至るまで,一貫した材質制御法として,いわゆる[オキサイドメタラジー]が提案されている。本論文は,この概念に基づき,酸化物を核として硫化物の析出を制御し,さらには,Ar3変態を統一的に制御するために,製鋼段階での適正条件を明らかにすることを目的としたもので,全5章からなる。

 第1章では本研究の背景と目的について述べた。すなわち,溶鋼での脱酸から始まる材質制御法として,酸化物を核生成物質として有効に活用するための研究課題を述べた。核生成にとって活性な酸化物の条件と,ミクロ偏析の制御がその基本となり,ミクロ偏析の制御のために,新しい数学モデルを構築する必要があることを指摘した。さらに,凝固中および凝固後のMnSの晶出・析出現象を理解し,その分散状態・サイズ・個数を制御する必要性を指摘した。

 第2章ではセル状デンドライト成長に伴うミクロ偏析を予測する数式モデルについて述べた。本研究の数式モデルは,固液界面と固体内部の/変態の界面の,2つの界面を同時に解析できる。その結果,最終凝固部のミクロ偏析だけでなく,/変態に伴うMnやPの再分配現象,冷却速度や合金元素の影響を定量的に予測できた。一方向凝固実験を行い,計算結果との対応を実証した。その結果,デンドライト樹間のミクロ偏析に対して,凝固中の相への後方拡散と/変態時の再分配の影響が大きいことを明らかにした。次に,Mn,Pのミクロ偏析におよぼす合金元素の影響を定量的に示した。フェライト生成元素は,相を安定化する度合いに応じて,ミクロ偏析の改善効果がある。逆に,オーステナイト生成元素は,ミクロ偏析を著しくする。本研究の結果,[オキサイドメタラジー]による材質制御を確実にするためには,MnとPのミクロ偏析を軽減しなければならないが,そのためには,相を安定化し高温での拡散を促進することが基本であり,合金元素の選択が極めて重要となる,ことを指摘した。

 第3章ではMnSの晶出と析出挙動を明らかにするため,第2章で開発したミクロ偏析モデルに,MnSの晶出・析出モデルを組み合わせた,新しい解析方法を確立した。併せて,一方向凝固実験によりその計算結果の検証を行った。硫黄快削鋼では,快削性能を向上させるために,できるだけMnS粒子のサイズを大きくし個数も増加させたいが,MnSは凝固初期の相に析出し始め,固相率0.5以降液相界面に大量に晶出し凝固後の析出は殆どないことを明らかにした。MnSの生成を促進する対策は,冷却速度の低下とMnとS濃度のバランスをとって濃度を高くすれば良い,ことを示した。次に,珪素鋼では逆に小さいMnS粒子を多数生成し,製品板の2次再結晶を確実に制御したいニーズがある。MnSは最初相中に析出し始めるが成長できず,途中からは相中に析出して急速に成長することを明らかにした。これは,相中のMnの拡散速度が,相中に比べて大きいことによる。また,/変態の界面の相側に,SとSi濃度の大きな富化が生じ,MnS粒子も相側に集積する。工業的には,冷却速度の低下とMn/Sのバランスをとった増加,およびフェライトフォーマーであるSi濃度の増加などが,MnSの生成にとって有利であることを示した。これらの現象は,本研究の解析モデルによって定量的に説明することができた。

 第4章では[オキサイドメタラジー]についてそのコンセプトを述べ,製鋼プロセスにおける研究課題を整理した。最も重要な課題として,溶鋼の脱酸元素と保定時間がMnSの析出におよぼす影響を定量的に示した。まず,るつぼでの溶解・凝固実験により,MnSの析出の核として活性な酸化物の存在を明らかにした。各種の脱酸剤を比較した結果,通常行われているAl脱酸のアルミナ酸化物は不活性であった。それに対して,Mn-silicate酸化物はMnSの析出にとって活性であり,Al以外の強脱酸元素は,このMn-silicate酸化物を完全に還元してしまわない適正な量を添加することによって,多数の微細な酸化物を分散させる作用があることが分かった。なお,脱酸剤添加後も,溶解した強脱酸元素とMn-silicate酸化物の反応があるので,保定時間は短い方が微細になるとともに好ましい組成となる。他の研究結果とも併せて,[オキサイドメタラジー]に有効な脱酸条件が明確になり,MnS粒子の微細な分散状態を付与することができるようになった。

 第5章は本研究の総括であり,今後の研究課題をまとめた。

 以上を要するに,本論文は凝固時に微細酸化物を生成させこれに硫化物を晶析出させる製鋼条件ならびにミクロ偏析挙動を明らかにしたもので金属工学の進展に寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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