内容要旨 | | 本論文では,0.5mゲート幅以降のULSIの多層配線製造プロセスにおける絶縁体材料と金属材料の課題を明らかにし,材料化学の立場からその課題に取り組み,解決策とその原理を提示するための研究結果をまとめた。 絶縁体材料への将来の要求は,深く狭くなってゆく配線間を埋込み,段差を平坦化することである。これに応えるための材料とプロセスとして代表的なものとして,SOGと呼ばれるSiO2前駆体の溶液の塗布熱硬化による方法,および埋込み可能なO3TEOS CVDが挙げられる。しかし,これらの技術にはそれぞれ固有の問題点があり,その解決が待たれていた。 本論文においては,ケイ酸エステルポリマーである無機SOGのクラック耐性を改善するために新たに開発された"有機SOG"と呼ばれる材料の膜特性を規定する要因を明らかにするした研究結果をまとめた。 まず,7種類の市販有機SOG製品を用い,塗布膜の評価と化学構造の分析を行った。有機SOGの収縮率は無機SOGに比べて小さく,厚膜形成可能であることが支持された。一方,その光学的屈折率は小さく,構造が疎な膜であることが明らかになった。屈折率と収縮率は相関関係にあり,屈折率の小さい膜ほど収縮率が小さく,より疎であると考えられる。ドライ・ウェットエッチングレートは,有機SOGの種類によって差が出たが,ウェットエッチングレートの対数とドライエッチングレートの間に比例関係が存在することが示された。屈折率が高い,より密な膜は,両エッチングレートが逆にいずれも大きく,光学的な膜質と化学反応性から見た膜質とは相反する関係にあることがわかった。また,膜の微小硬度は,屈折率の小さい膜ほど小さい。 次いで,SOG塗布液の溶媒と溶質の分析をそれぞれ行った。SOGの溶媒は,いずれもCH3OH,H2Oおよび中沸点(100〜150℃)のアルコールあるいはグリコールエーテルの混合物であった。アルコールは塗布液を安定化していると考えられ,また中沸点溶剤は,乾燥を抑制して塗布均一性を向上させるために効果があると推測される。 有機SOG溶質の分析を,29Si-NMRを用いて行ったところ,その構造は,直接Siと結合するCH3基を含有する,メチルシロキサンのランダムオリゴマーであり,そのSi-O-Si骨格は高度に枝別れしていることが示唆された。ここで,Siに直接結合するCの割合,すなわち,溶質の組成式を(CH3)xSiO2-x/2と表したときのxの値を,そのSOGの有機性として定義した。 市販SOGの上記分析結果と膜特性との相関を調べたところ,有機性xをパラメータとしすれば,その上昇とともに,屈折率,収縮率,膜の硬度は低下するのに対し,接触角,エッチングレートは上昇する傾向が得られた。屈折率,収縮率,膜の硬度の低下は,Si-CH3の導入の結果,Si-O-Siネットワークが疎化することが原因と考えられる。一方,ドライエッチングレートにおいては,C量の増大によるCHFxポリマの生成がエッチングを阻害するためであると推察された。 次に,上記有機性パラメータの有用性を確証するため,広範囲に有機性を変えたSOGを合成し,その各種膜特性の評価を行った。 膜の屈折率は,市販品と同様,有機性xの上昇にしたがって直線的に減少した。収縮率もxに伴って小さくなり,x=1.0でほとんど無収縮の膜が得られた。吸湿性は,xと共に低下し,x>0.6でほぼ0になった。また,誘電率もxと共に低下し,x=1.0のとき,3.0に近い値となった。 FT-IR分析によって,Si-CH3の導入によって膜中のSi-OHが直線的に減少することが明らかとなった。Si-OHは熱によって縮合するため,膜収縮の原因となり,かつ残存するSi-OHが水を吸着するサイトとして働くため,有機性の高い膜ほど水を吸収しにくいものと考えられる。 上記結果から,有機性が,その広い範囲にわたって,屈折率,収縮率,吸水性,そして誘電率を支配していることが明らかになった。したがって,Si-CH3に富んだSOG材料を用いることによって,低収縮による平坦性向上効果が期待でき,かつ誘電率と吸水性が小さい高速・高信頼デバイス向けの絶縁膜として有利であることが示された。 次に,O3-TEOS CVDの問題点へ取り組んだ研究結果をまとめた。O3-TEOSの最大の特徴は,通常の熱CVDやプラズマCVDでは得られない,フロー形状をもった膜を直接形成でき,配線パターン間の隙間を埋込み可能なことである。しかし,O3-TEOSには,下地の状態に成膜速度や堆積形状が強く影響を受ける,という欠点がある。 本研究においては,この下地依存性を明らかにするため,下地を有機溶剤によって化学的に処理する実験を通して考察を行った。 Si基板を16種類の各種液体の有機化合物に浸漬して処理した上に,O3-TEOS膜を形成し,処理物質の化学的特徴によって成膜速度変化を整理した。結果として,無処理のウェーハに比べて約1/3に低下するものと,全く低下しないものとの2群に分けられた。処理によって成膜速度低下を起こす有機化合物は,アルコール類を代表とする極性溶剤であり,変化の見られない溶剤は,極性の低いものであった。また,処理によって成膜速度が低下したウェーハは,アニールすることで成膜速度が無処理のものと同程度に回復する。このことから,有機溶剤分子の基板表面への吸着が,成膜速度低下の原因であることが強く示唆され,実際にもGC-MSやTDSの分析によって処理したウェーハの表面に対応する化学種が残留していることが確認された。 O3-TEOSの成膜過程の気相中には,付着活性の高いSi-OHに富んだ低分子量の成膜種と,付着活性の小さいSi-OHに乏しい高分子量の重合体とが存在することが既に明らかとなっている。この事実をもとに,以下のように下地処理の機構を考察した。有機溶剤処理によって下地Siウェーハに溶剤分子が吸着されると,気相中の高活性な低分子量化学種の吸着が妨げられる。その結果,気相中での滞留時間が増し,相互に重合して低活性の高分子重合体が生成する。後者の高分子重合体によるSiO2の成膜速度は,前者の低分子量成膜種によるものに比べて小さいため,成膜速度が低下する。 O3-TEOSの下地依存性は,プロセス管理を困難にする問題であったが,有機溶剤による処理によって表面を均一に不活性化することによって,それを克服できる可能性が示された。 次に,導体材料に関する研究をまとめた。導体材料の将来の課題は,微細化に伴う配線遅延の低減と,電流密度の増大に対処できるような,従来のAl-Cu合金に替わる低抵抗,高エレクトロマイグレーション材料の開発である。Cuが現在最も有力な候補であるが,CuはSiやSiO2中への拡散速度が大きいため,適切なバリア層を形成してその拡散を抑制することが,実用に供する上での急務となっている。 本研究では,Ti,Nb,Cr,Mo,Ta,Wの6種の各種遷移金属の純金属の膜をCuの拡散防止バリアメタル材料として相互比較・検討した。 Cu/バリア/Si積層試料の600℃の熱処理前後の比抵抗上昇率は,SIMSで測定したSi中に拡散したCu濃度と良い相関があり,材料のバリア性を積層膜の比抵抗測定によって評価可能であることを示された。この比抵抗上昇の原因は,基板のSiがバリア層を通過してCuと反応し,高抵抗のCu3Siが形成されるためであると考えられる。SIMSとRBSによる層構造の分析結果から,各種遷移金属のバリア性は,Ti,Cr<Nb,Mo<Ta,Wの順になり,TaおよびWが特に良好なバリア性を示すことが明らかになった。Wの場合,バリア構造を維持するためには,600℃の熱処理において40nm以上の膜厚が必要である。TaとWは,重い金属で自己拡散係数が小さく,かつCuと二元系の化合物を形成しないことが,そのバリア特性が優れている理由であると推測された。 次に,バリア性向上への探索をさらに進めるため,上記6種類の遷移金属の硼化物,炭化物,ECRプラズマ窒化物膜を形成して,そのバリア性能を評価した。 比抵抗変化率からは,Ti,Nb,Wにおいてのみ,炭化物と硼化物が金属単体に比べて若干のバリア性の向上が見られた。プラズマ窒化膜では,すべての遷移金属において,相当する純金属より高いバリア効果を示した。中でも,WおよびTaの窒化物膜が際立って優れており,Si基板内に拡散したCu原子の濃度は,SIMSの検出限界以下にまで著しく抑制された。オージェ電子分光によって分析された窒化層の厚さは,Wの場合表面から1〜2nm程度であり,WとNの元素比はほぼ3:2であった。 WN膜をバリア層とした場合,5〜10nmという極薄の膜であっても600℃×1hの熱処理で膜のバリア効果は失われいことが,SIMS,RBS,X線回折,透過電子顕微鏡観察から明らかとなった。WNが高いバリア性を与えるのは,CuやSiとの反応性が乏しいこと,およびWNがアモルファスであることから,速い粒界拡散が存在しないことが理由として挙げられる。このような極薄のバリアを使う最大の効果は,Cu配線の微細化に伴うバリア層の断面積の比率の増加による実効抵抗率の上昇を無視できるレベルにまで抑制することができることであり,低抵抗を最大の特徴とするCu配線LSIの実現にとって,その意義は大きい。 本論文での一連の研究成果として,次世代の超LSIの製造に欠くことのできない,絶縁膜と導体配線の両者に要求される多くの課題に対し,材料面からのアプローチによってその解決のための有力な手段を提供することができ,かつ超LSI製造の化学的な側面からの学術的な寄与も果たし得たと信ずる。 |