高分子の熱分解反応は、高分子が溶融(メルト)状態で行う典型的な反応のひとつであり、その機構の解明は、学問的にも実用上も重要な課題である。また、メルト中での高分子の行う各種素反応速度に対する分子量依存性の解明は、メルト系高分子反応を利用した高性能・高機能高分子材料の合成プロセス設計などの基礎として、高分子合成への応用も期待される。 本論文は、典型的なメルト系高分子反応である高分子の熱分解において、反応場の分子量がラジカル連鎖反応の各種素反応に与える影響を、生成物の精密な構造解析と速度解析から明らかにしたものである。また、高分子の熱分解によって、有機合成や重合反応では容易に得ることのできない高付加価値物質を高収率で選択的に合成でき、それらが新規な高分子の合成に利用できることを示している。 第1章では、本研究の背景、および目的であるポリマーの熱分解反応の機構解明とその応用の意義を述べている。 第2章から4章で典型的な反応としてポリイソブチレンの熱分解をとりあげ、その機構を詳細に検討している。 第2章では、考案した反応装置と実験方法を詳しく述べ、反応の分離生成物を質量分析計およびNMRで精密に構造解析している。溶融ポリマー相内を減圧下で導入した窒素ガスで激しく攪拌したことによって、生成した揮発成分(1〜12量体)を反応場から速やかに分離・収集し、生成物の複雑化を回避している。揮発性オリゴマーの系統的な構造解析から、従来2量体のデータを基に推測されていた生成機構を修正し、また、反応器中の残存ポリマーから得た非揮発性オリゴマーの化学構造を詳細に決定している。一級および三級末端マクロラジカル(Rp・およびRt・)の分子内水素引き抜き(back-biting)と分子間水素引き抜きの引き抜く水素のタイプはH-Cの結合解離エネルギー差に依存していることを明らかにし、従来の機構を修正している。さらに、現在まで無視されていた、反応条件下でそのまま蒸発可能な揮発性小分子ラジカル(S・)の分子間水素引き抜き反応を加えなければならないことを主張している。 第3章はマトリックスポリマーの分子量の影響を各オリゴマーの生成反応の速度解析から検討し、反応が系内の圧力と反応場の体積に依存せず、分子量に依存することを実験的に明らかにしている。back-bitingが単分子的反応であり、その速度がマトリックスポリマーや反応分子自身の鎖長に独立して、ラジカル末端の局所運動(コンホメーション変化)にのみ依存していると考察している。また、反応進行に伴うマトリックスの分子量の減少がラジカル濃度比([Rp・]/[Rt・])の減少をもたらすことを導きだし、生成物中の注目成分間の組成比のマトリックスの分子量依存性(Mn)を見積もっている。各オリゴマーに対する指数値nの良い一致を得、溶融ポリマーマトリックス内でのRp・、Rt・およびS・の様々な素反応を経由して主生成物が生成する全分解反応モデルを構築している。さらに、これらの各素反応速度定数の分子量依存性を速度論的に考察し、[Rp・]/[Rt・]値の減少が自己拡散律速停止を考慮した連鎖反応によって説明できることを明らかにしている。 第4章では、分解反応の機構を反応のシミュレーションによって検証している。末端開始と停止反応の分子量依存性をそれぞれM-1とM-aとし、a値に溶融ポリマーマトリックス中のラジカル分子の自己拡散モードの分子量依存性の指数値ほぼ2を与えることによって、全ての実測値が良くシミュレートされるとし、反応進行に伴う各ラジカル濃度減少の分子量依存性が次の順:S・>Rp・≫Rt・であると見積もっている。またRt・の解重合(切断)の速度定数がRp・より50〜100倍大きいことが反応時間の増加に対する揮発成分中のモノマーの組成を増加させ、そして、切断がポリマー鎖のC-C・結合の回転に依存して、炭素ラジカルのp-軌道が注目の位C-C結合と適正に一致したときに起こりやすいとする仮説を分子軌道計算結果に基づいて提唱している。さらに、反応時の各ラジカルの定常濃度比の変化は、末端開始の弱い分子量依存性(M-1)よりむしろ、停止反応の強い分子量依存性(M-2)によって規制されていることを示している。 第5章では応用として、メルト系での高分子の熱分解反応が高機能および高性能ポリマーの合成に有用な新しいポリマーやオリゴマーを与える合成プロセスになり得ることを実証している。例えば、イソタクチックおよびシンジオタクチックポリプロピレンから,-ジイソプロペニルオリゴマーが高収率・高選択率で生成し、これらのオリゴマーは分子量分布が狭く、それぞれオリジナル試料の立体規則性をほとんどそのまま保持しているが、オリジナル試料より幾分低融点であるなどの特徴を明らかにしている。また、それらの末端基のミクロ構造を立体化学的に解析して、6員環遷移状態を経由するラジカルの逐次back-bitingは鎖中央付近のラジカルの方が鎖末端近傍のラジカルより狭い範囲で起こることを主張している。さらに、これらのテレケリックオリゴマーのイソプロペニル基とポリジメチルシロキサンの,-ジヒドロシリル基との反応によってマルチブロック共重合体がほぼ定量的に合成できることを明らかにしている。このイソタクチックポリプロピレンのコポリマーは、シンジオタクチックよりも強い相分離を起こしていることが示唆され、種々のマルチブロックコポリマーの新しい用途への発展が期待されている。 第6章では将来への展望として今後の研究課題を述べ、本研究をまとめている。 本論文で明らかにされた、高分子の熱分解における各素反応に対するマトリックスポリマーと反応分子の分子量の種々の効果は、メルト系高分子反応の機構の解明に貢献しているのみならず、高性能・高機能高分子材料の合成など実用的な溶融状態での高分子反応の制御にも寄与するものである。さらに、高分子の熱分解による有用な新規化合物の高収率・高選択率合成と新規な高分子への応用は、近年来問題になっている高分子のケミカルリサイクル技術に対しても重要であり、高分子化学、高分子工業の発展に寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |