学位論文要旨



No 212915
著者(漢字) 眞子,隆志
著者(英字)
著者(カナ) マナコ,タカシ
標題(和) Tl系銅酸化物超伝導体の研究
標題(洋)
報告番号 212915
報告番号 乙12915
学位授与日 1996.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12915号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 長谷川,哲也
内容要旨

 本論文は、Tl系超伝導体と総称される一連の物質のうち、以下に述べる3種類の化合物について、その多結晶および単結晶試料の合成方法から、結晶構造、物性に至るまでを論ずるものである。これらの物質は、酸化物高温超伝導体の物性を支配する最も重要なパラメータであるホールキャリア濃度において、それぞれ異なった領域を代表する物質である。

 (Tl-1212)はx=0のときには銅の形式価数が2価の絶縁体であるが、YをCaで置換することによりホールキャリアが導入され、金属的導電性を示すようになる。x=0.3以上で超伝導が発現し、そのTcは、x=0.8で最大の90Kとなる。このような挙動は多くの酸化物超伝導体に共通してみられる傾向である。この系の特徴は、構造、最高のTcともにYBa2Cu3O7に近いこと、キャリア濃度が小さいアンダードープ側の試料が作りやすく、安定であることである。一方、オーバードープ側においては単一相試料の作成が困難で、異相としてTl2Ba2(Ca,Y)Cu2O8(Tl-2212)が析出する。本研究では、まず絶縁体組成のがそれまでに見つかっていたいくつかの高温超伝導体と同様に、反強磁性の磁気秩序を持つことを中性子線回折により確かめた。さらに粉末x線回折を用いた構造解析の結果から、この物質の構造はTl-2212とYBa2Cu3O7のまさに中間的構造をしていることを示した。結晶構造の局所的特徴は、そこにある金属の種類だけである程度説明できることを議論する。次に、Caドープ量を変えた実験で、ドープ量と超伝導特性、構造との相関について述べるとともに、Tl-2212、Tl-1212両相の安定域についても議論する。最後に、同じTl-1212構造を持つTlSr2CaCu2O7との相違点についても言及する。

 (Tl-2201)は2枚のTl-O面の格子間の過剰酸素が出入りすることにより、超伝導を示さない金属から、Tc=85Kの超伝導体まで電気特性が変化する。Tl-1212と比較すると、ドーピング出来る範囲が狭くアンダードープ側の試料ができないという欠点はあるが、金属元素の置換ではなく酸素量変化によりドープ量を変えられるため、同一試料でオーバードープ域の物性変化を連続的に調べることが出来る。本論文では、Tl-2201の単結晶の作成と輸送特性の測定結果について述べる。Tl系は焼結体試料が比較的容易に出来るという特徴があるが、Tlの蒸気圧の高さのために高温で行う単結晶の作成はかなり困難である。筆者等は通常のCuOベースのフラックスに換えてより融点の低いKClをフラックスとして用いることによりTl-2201の単結晶合成に成功した。ホール係数、電気抵抗の測定結果に見られた逆ホール移動度のT2依存性についても述べるとともに、より低温での結晶育成を目指した新規フラックスの探索結果についても言及する。

 TlBa1+xLa1-xCuO5(Tl-1201)は本研究において初めて見出された化合物で、(La,A)2CuO4系超伝導体とTl-2201の中間の構造を持っている。Tl-1212と同様にx=0で絶縁体であり金属元素の置換(Ba->La)によりホールキャリアがドープされる。この系は、キャリアのドーピングにより絶縁体-45K超伝導体-常伝導金属とその特性が変化する。このように絶縁体から金属にいたるまでの全領域でキャリア濃度を変化させることの出来る物質は、それまでにはLa系だけしか知られていなかった。しかし、La系超伝導体の高キャリア濃度側では構造相転移による結晶対称性の変化が起こるため、その高ドープ側の挙動はすべての酸化物超伝導体にユニバーサルなものではない可能性がある。本論文では良質なTl-1201試料の合成法について報告した後、キャリア濃度の広い範囲にわたって行った輸送特性の測定結果について議論する。

審査要旨

 本論文は、タリウム系超伝導体と総称される一連の物質のうち、212915f04.gif(Tl-1212)、212915f05.gif(Tl-2201)、TlBa1+xLa1-xCuO5(Tl-1201)について、その多結晶および単結晶試料の合成方法から、結晶構造、輸送特性までを論じ、高温超伝導の発現機構に関わる電子構造について考察したものである。

 本論文は6章よりなる。第1章では、本研究の背景となる高温超伝導研究の歴史と高温超伝導現象に関する現時点での理解がまとめられ、現在までの高温超伝導研究の流れの中で本研究がどのような位置付けとなるかについて筆者の見解が述べられている。

 第2章では、Tl-1212の多結晶試料の作成、結晶構造解析、ホールドーピングと超伝導特性などが論じられている。本章で調べられているTl-1212構造を持つ化合物の内、一方の終端組成であるTlBa2CaCu2O7だけは、本研究よりも前に既に見出されていたものであるが、その他の化合物については本研究における合成により相の存在が初めて確認されたものである。本研究の結果は、Tl-1212構造におけるドーピングと超伝導特性の関係を系統的に調べた初めての例である。

 Tl-1212はx=0のときには銅の形式価数が2価の絶縁体であるが、YをCaで置換することによりホールキャリアが導入され、金属的導電性を示すようになる。x=0.3以上で超伝導が発現し、その臨界温度は、x=0.8で最大の90Kとなる。本研究では、まず絶縁体組成の212915f06.gifがそれまでに見つかっていたいくつかの高温超伝導体と同様に、反強磁性の磁気秩序を持つことを中性子線回折により確かめている。さらに粉末X線回折を用いた構造解析の結果から、この物質の構造はTl-2212とYBa2Cu3O7のちょうど中間的構造をしていることを示し、結晶構造の局所的特徴は、そこにある金属の種類だけでかなりの程度説明できると結論している。また、Caドープ量を変えた実験で、ドープ量と超伝導特性、構造との相関について述べるとともに、Tl-2212、Tl-1212両相の安定域についても議論している。最後に、同じTl-1212構造を持つTlSr2CaCu2O7との比較からextraなTlO面の挿入が系のホール量を減らしている可能性が強いことを指摘している。

 第3章では、Tl-2201の単結晶の作成と輸送特性の測定結果が述べられている。Tl-2201は2枚のTl-O面の格子間の過剰酸素が出入りすることにより、超伝導を示さない金属から、Tc=85Kの超伝導体まで特性が変化することが知られている。ここで得られる非超伝導金属相は乱れの少ないクリーンな金属相である点がTl-2201の最も際立った特徴であり、まさにこの点がTl-2201を「オーバードープ域の物性を調べるのに最も適した物質」にしている。本研究の筆者は、早くからTl-2201の単結晶を用いた研究の重要性を認識し、単結晶合成の試みを行っていた。そして、通常のCuOベースのフラックスに換えて、より融点の低いKClをフラックスとして用いることによりTl-2201の単結晶合成に初めて成功した。現在に至るまで、Tl-2201の単結晶の合成に成功した例は本研究を含めてほんの数例しかなく、その意味でも本研究で確立されたTl系単結晶の合成技術は意義深いものである。

 さらに、本研究で得られたTl-2201の単結晶を用いて、輸送特性についての結果が考察されている。特に筆者は、Tl-2201の電気抵抗、ホール係数RHが、それぞれ単独では単調ではない温度変化を示すのに対し、それらの比である逆ホールモビリティH-1(=/RH)がドーピング量によらず広い温度範囲でT2依存することが、銅酸化物高温超伝導体の輸送現象を考える上で非常に重要な点であると指摘している。また、この法則性を説明するための仮説として、系の実効的キャリア濃度が温度変化する可能性を指摘している。

 第4章では、良質なTl-1201試料の合成法について報告した後、キャリア濃度の広い範囲にわたって行った輸送特性の測定結果について議論している。Tl-1201もTl-1212と同様に本研究において初めて見出された化合物で、(La,A)2CuO4系超伝導体とTl-2201の中間の構造を持っている。Tl-1212と同様にx=0の絶縁体に金属元素の置換(Ba→La)を行うことによりホールキャリアがドープされる。このドーピングにより絶縁体→45K超伝導体→常伝導金属とその特性が変化する。本研究以前には、これほど広い範囲でキャリア濃度を変化させることが出来る物質は、(La,A)2CuO4系だけしか知られていなかった。本研究におけるTl-1201の発見は、キャリア濃度を幅広く変えながら、系統的に物性研究を行うことの出来るもう一つの系を付け加えたという点でも意義深いものであると言える。

 また、筆者はTl-2201のオーバードープ域で見られた、逆ホールモビリティH-1とT2との間の比例関係が、Tl-1201においてはアンダードープからオーバードープ域までの広い範囲に渡って成立することを示し、この関係が、銅酸化物超伝導体の金属的伝導に本質的なものであると主張している。

 第5章では2,3,4章で述べた3種の物質についての結果をまとめて、試料合成、結晶構造、輸送特性の3つのテーマについてさらに詳細な議論を展開し、第6章でそれらをまとめた結論を述べている。

 以上を要約すると、本論文はキャリア濃度という観点から異なる領域を代表するTl系の3種の物質について、試料合成、結晶構造、輸送特性を調べることによって、Tl系超伝導体に共通する特徴を明らかにしたものである。その特徴の中にはTl系だけにとどまらず、広く酸化物高温超伝導体全般に普遍的に成り立つものも含まれており、これらの事実を踏まえて高温超伝導を与える物質系に普遍的と思われる実験法則を抽出しており、今後の高温超伝導研究において考慮すべき重要な概念を提起したものである。

 以上の観点から、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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