学位論文要旨



No 212918
著者(漢字) 菊地,陽
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,アキラ
標題(和) 小児T細胞性腫瘍におけるTAL1遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 212918
報告番号 乙12918
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12918号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 中堀,豊
 東京大学 助教授 横森,欣司
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 講師 東原,正明
内容要旨 1.研究の目的と背景

 ヒト急性リンパ性白血病(ALL)においてはこれまでに多数の染色体異常が知られており、病型に特異的な染色体異常において、判明している片方の遺伝子をてがかりとして、転座の相手の新しい遺伝子産物を同定することが可能である。t(1;14)(p32;q11)の相互転座は比較的稀ではあるが、明らかにT-ALLに特異的な染色体異常である。TAL1遺伝子は、t(1;14)(p32;q11)をもつT-ALLから単離された1p32に座位する遺伝子で、そのcDNAの解析から、helix-loop-helix構造をもつDNA転写因子であることが明らかにされ、その遺伝子産物はDNA結合能をもつと考えられている。また、この遺伝子は、t(1;14)をもたないT-ALLにおいても、約25%の症例で部位特異的欠失(tald再構成)を示すことが知られている。この欠失は、約90kbに及び、TAL1遺伝子を上流のSIL遺伝子の近傍に位置させ、この欠失をもつT-ALLの有用な遺伝子マーカーとなっている。しかし、同じT細胞性腫瘍であるT細胞型非ホジキンリンパ腫(T-NHL)におけるこの部位特異的欠失の頻度はまだ明らかではない。また、小児ALLの予後は近年目覚ましく改善されているが、T-ALLはハイリスクとされ、さらなる予後の改善が望まれる病型であり、この欠失をもつT-ALLが共通の臨床的特徴をもち、臨床上意味のあるものであるかどうかは興味のあるところである。さらにこの欠失を利用した微小残存腫瘍の検出の症例報告はまだみられていない。これらの点に関し、小児及び成人のT細胞性腫瘍の臨床検体を用いて検討した。

2.方法と結果の概要

 TAL1遺伝子プローブ(B2EE-2.0)を用いたサザン法とすでに報告されているtald再構成をはさむプライマーを用いて、小児T-ALL44例、小児T-NHL20例、成人のT細胞性腫瘍35例でtald再構成の有無を検索し、小児T-ALL10例にのみこの再構成を認めた。これら10例は男児8例・女児2例で、年齢は4才から14才(中央値11才)であった。初診時白血球数は40,000から302,000(中央値197,200)であり、FAB分類ではL1が7例、L2が2例であった。表面マーカーの検討では、CD1-CD2+CD4-CD7+CD10-が10例全例に共通する特徴であり、T細胞の胸腺内分化に関するReinherzの分類に従うと、10例中8例がstage Iに属していた。また、骨髄系抗原・B細胞系抗原はいずれの症例でも発現していなかった。染色体所見では、分析可能であった8例中5例が正常核型であり、他の3例にdel(6)、t(8;21)、t(8;14)の異常がみられた。治療では化学療法の他、10例中3例が同種もしくは自家骨髄移植を受けていた。予後をみると、2例がそれぞれ生存期間15ヶ月と42ヶ月で死亡しているが、他の8例では5例の治療終了例を含めて、3ヶ月から59ヶ月の間ですべて初回寛解を維持している。予後の追跡が可能であった40例におけるtald再構成の有無による予後の比較では、tald再構成を有するT-ALLは再構成を有さない症例に比べて、有意に予後が良好であった。また、この再構成を利用して、T-ALLの2例において微小残存腫瘍の検出を経時的に行ない、寛解のレベルを知る上で有用な情報が得られた。症例1は、2度の再発の後に不幸な転帰をとった症例であるが、死亡直前の第3寛解の時点では形態学的には寛解と判断されていたにもかかわらず、PCR法により微小残存腫瘍が検出された。また、症例2では、初回寛解を順調に維持している症例であり、PCR法によっても微小残存腫瘍は検出されなかった。

 tald再構成が小児のT-ALLのみにみられ、T-NHLにみられない理由は明らかではない。一つの説明として考えられるのは、T-ALLとT-NHLがそれぞれ胸腺内のT細胞分化の異なった段階から発生し、tald再構成が正常なT細胞分化のごく限られた段階でのみみられる現象であるというものである。実際、この研究においてtald再構成のみられた症例の多くは、胸腺内のT細胞分化のモデルにおいてstage Iに属するものであり、T-NHLにおいてはstage Iに属する症例の報告は非常に稀である。また、T-ALLとT-NHLの間にみられる染色体所見の違いもT-ALLとT-NHLの発生母地の違いを示唆している。この研究においてtald再構成のみられた症例の多くは、正常核型を示していたが、正常核型はT-NHLではほとんどみられない所見である。従来の報告にあるt(1;14)をもつT-ALLとtald再構成をもつT-ALLでは、表面マーカーの検討から、同じTAL1遺伝子の異常をもつ白血病でも表現型が異なり、異なるsubgroupであることが示唆された。tald再構成をもつT-ALLは、一般的に言われているT-ALLの臨床的特徴に比べ、縦隔腫瘤の頻度が明らかに低かった。また、tald再構成をもつT-ALLは、それをもたないT-ALLに比べ良好な予後を示しており、これは統計的に有意なものであった。また、この再構成を利用して2症例で微小残存腫瘍の検出を行なったが、症例1では形態学的な寛解期にも微小残存腫瘍が検出された。

 まとめとして、以下の5点が挙げられる。

 1.TAL1遺伝子の部位特異的欠失(tald再構成)に関し、サザン法・PCR法を用いて、小児T-ALL44例、小児T-NHL20例、成人T細胞性腫瘍35例について解析を行ない、小児T-ALL10例にのみ、この再構成を認めた。このことより、tald再構成は小児のT-ALLに特異的な遺伝子変化であることが示唆された。

 2.この再構成を認めた10例は男児8例・女児2例で、年齢は4才から14才(中央値11才)であった。初診時白血球数は40,000から302,000であり、FAB分類ではL1が7例、L2が2例であった。表面マーカーの検討では、CD1-CD2+CD4-CD7+CD10-が10例全例に共通する特徴であった。染色体所見では分析可能であった8例中5例が正常核型であり、他の3例においてdel(6)、t(8;21)、t(8;14)の異常がみられた。

 3.再構成の有無による予後の比較では、再構成を有する症例は有さない症例に比べ、有意に予後が良好であった。

 4.この再構成を利用して、2症例において微小残存腫瘍の検索が経時的に可能であり、寛解の深度について有用な情報が得られた。

 5.tald再構成がT-ALLの発症にどのようにかかわっているかは不明であるが、T-ALLにおける予後因子として有用であるかどうかということは今後のさらに多数例の解析が待たれるところである。

審査要旨

 本研究は、t(1;14)(p32;q11)をもつT細胞型急性リンパ性白血病(T-ALL)より単離されたTAL1遺伝子に関して、とくに小児のT-ALLで高頻度にみられることが報告されている部位特異的欠失(tald再構成)につき、小児及び成人のT細胞性腫瘍の臨床検体を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.TAL1遺伝子の部位特異的欠失(tald再構成)に関し、制限酵素としてBam HI,EcoRI,Hind IIIを用いたサザン法及び既知のプライマーを用いたPCR法により、小児T-ALL44例、小児T-NHL20例、成人T細胞性腫瘍35例について解析を行ない、小児T-ALL10例にのみ、この再構成を認めた。このことより、tald再構成は小児のT-ALLに特異的な遺伝子変化であることが示唆された。

 2.この再構成を認めた10例は男児8例・女児2例で、年齢は4才から14才(中央値11才)であった。初診時白血球数は40,000から302,000であり、FAB分類ではL1が7例、L2が2例であった。表面マーカーの検討では、CD1-CD2+CD4-CD7+CD10-が10例全例に共通する特徴であった。染色体所見では分析可能であった8例中5例が正常核型であり、他の3例においてdel(6)、t(8;21)、t(8;14)の異常がみられた。

 3.再構成の有無による予後の比較では、再構成を有する症例は有さない症例に比べ、有意に予後が良好であった。

 4.この再構成を利用して、2症例において微小残存腫瘍の検索が経時的に可能であり、寛解の深度について有用な情報が得られた。

 以上、本論文はTAL1遺伝子の部位特異的欠失(tald再構成)に関し、この再構成が小児のT-ALLに特異的な遺伝子変化であり、同じT細胞性腫瘍である小児のT-NHLや成人のT細胞性腫瘍ではみられないことを明らかにした。また、この再構成を有するT-ALLは、これを有さないT-ALLに比べ、予後良好である可能性が示され、この再構成を利用して微小残存腫瘍の検出が実際に可能であることが示されている。本研究は、TAL1遺伝子の部位特異的欠失(tald再構成)が小児のT-ALLに特異的な遺伝子変化であることを示し、ハイリスクとされる小児のT-ALLの中に予後良好なsubgroupの存在の可能性を示して、小児血液学の臨床上重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51008