学位論文要旨



No 212919
著者(漢字) 潘,活寛
著者(英字)
著者(カナ) ブン,ウットフン
標題(和) I型自己免疫性肝炎における抗内皮細胞抗体の検討
標題(洋)
報告番号 212919
報告番号 乙12919
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12919号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 菅野,健太郎
 東京大学 講師 高山,忠利
内容要旨

 自己免疫性肝炎「autoimmune hepatitis(AIH)」は、1965年オーストラリアのMackayによって提唱された疾患である。自己免疫性肝炎は、基本的に、肝炎ウイルスの感染と関係なく、1.女性に多く、2.血清IgGが著しく増加し(>2.5g/dl)、3.抗核抗体をはじめとする自己抗体が陽性であり、4.肝組織学的には慢性活動性肝炎であり、形質細胞の浸潤がしばしば見られ、5.コルチコステロイドをはじめとする免疫抑制剤が肝炎の鎮静化に有効であると言う特徴を有する肝疾患である。

 Mannsらは出現する自己抗体のパターンによって自己免疫性肝炎をIからIII型まで3型に分類した。I型は抗核抗体、抗平滑筋抗体を、II型は肝腎ミクロゾーム抗体を、III型は可溶性肝細胞質抗体を特徴とする。わが国の自己免疫性肝炎の大部分がI型であって、我々の検討もI型の症例を対象とした。

 自己免疫性肝炎に於ては、肝障害の発生機序は、未だ十分には解明されていないが、ステロイド治療が有効で、血中に各種の自己抗体が出現することから、免疫学的な機序によって引き起こされると考えられた、肝障害の発生には自己抗体の関与も想定されている。今までに報告された自己抗体は全て、肝実質細胞または細胞内成分と反応するものであり、肝非実質細胞と反応する自己抗体に関しては、報告がない。

 一方、近年、血管炎を合併する自己免疫性疾患(全身性エリテマトーデス、慢性関節リウマチ、ウェージナー肉芽腫、結節性多発性動脈炎、川崎病)に抗血管内皮細胞抗体が高率に検出され、この抗体を、血管炎の原因として想定する報告がある。一方、肝疾患では、肝臓の類洞内皮細胞は、炎症時に接着因子や、Ia抗原の発現などにより、自己抗体や免疫担当細胞の標的に成りうると考えられる。そこで、我々は自己免疫性肝炎患者血清中に、肝類洞内皮細胞に対する自己抗体が存在するかどうか、ラット肝より肝類洞内皮細胞を分離培養し、ELISA法で検討した。

 我々はラット肝より類洞内皮細胞を分離培養した。96穴の培養皿に培養した類洞内皮細胞をグルタールアルデヒドで固定後、患者血清と反応させ、プロテインAで類洞内皮細胞結合性IgGを検出した。結果は、健常人血清の場合の吸光度(OD値)の平均+3SDをcut off値としたcut off indexで表し、1より高いOD値を示すものを陽性と判定した。その結果、類洞内皮細胞結合性IgGの陽性率は、自己免疫性肝炎患者(AIH)では97.1%(34/35)であった。一方、B型(CHB)及びC型(CHC)慢性肝炎では、陽性率はそれぞれ7.9%(3/38)、5.9%(6/101)であった。原発胆汁性肝硬変(PBC)における陽性率は13%(3/23)であった。自己免疫性肝炎患者血清中の類洞内皮細胞結合性IgGの陽性率は、他の各慢性肝疾患群と比べて有意に高かった(P<0.001;x2test)(図1.)。

図1.慢性肝疾患血清中における類洞内皮細胞結合性IgG。.N,患者数;……,cut off値。

 類洞内皮細胞の表面には、Fc receptorの存在が知られている。そのため、患者血清中のIgGやimmune complexは、Fc receptorを介して内皮細胞と結合している可能性がある。その可能性を除外するため、内皮細胞結合性IgGを有する自己免疫性肝炎患者7名の血清を還元アルキル化して、IgGのFc portionを裂開させ、IgGがFc receptorに結合できないように処理した。処理した患者血清と無処理患者血清をそれぞれ内皮細胞に反応させ、IgGの結合性を比較した。両群に有意差が見られなかったことから、IgGと内皮細胞との結合がFab領域を介した結合であることが示唆された。更にIgG-F(ab’)2分画を作製して、類洞内皮細胞への結合を検討した。IgG-F(ab’)2は、自己免疫性肝炎患者4名と健常人3名の血清から精製した。精製したIgG-F(ab’)2は4,8,16g/mlの濃度で内皮細胞と反応させ、結合したIgG-F(ab’)2をELISA法で測定した。患者F(ab’)2の結合(●)は健常人のそれ(□)に比べて有意に高く、しかも結合は濃度依存性に増加した(図2)。以上から、IgGはFab領域によって、内皮細胞と結合することが示され、結合したIgGは抗類洞内皮細胞抗体と考えられる。

図2.IgG-F(ab’)2の類洞内皮細胞に対する結合。

 抗類洞内皮細胞抗体の細胞特異性を検討する為に、ラット由来の細胞株(ラット腎由来線維芽細胞(NRK細胞、NRK49F細胞)、ラットリンパ節由来接着細胞(LYM-1細胞)、及びラット肝癌細胞(dRLh84細胞))、ラット初代培養肝細胞(RH)及びウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)を使用した。これらの細胞を96穴plateに培養し、前述の方法で固定し、自己免疫性肝炎患者4名及び健常人3名の血清より精製したIgG-F(ab’)2と、各細胞との結合を、ELISA法で測定した。測定値はOD492値の平均±SDで表示した。その結果、健常人と比べて、自己免疫性肝炎患者F(ab’)2は、肝細胞、腎線維芽細胞NRK、NRK49FとLYM-1細胞には有意な結合を認めなかった。しかし、ウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)とラット肝癌細胞(dRLh84細胞)では、患者F(ab’)2が有意な結合を示した(P<0.05)(表1)

表1.各培養細胞に対するIgG-F(ab’)2結合

 各培養細胞に対するIgG-F(ab’)2の結合はELISA法より測定した。結果はOD492値の平均±SDで表示した。それぞれの細胞に対する自己免疫性肝炎患者(AIH)IgG-F(ab’)2の結合を健常人(control)と比較し、有意差を検定した。NRK、NRK-49F細胞,ラット腎由来線維芽細胞;LYM-1細胞,ラットリンパ節由来細胞;RH,初代培養ラット肝細胞;dRLh84,ラット肝癌細胞;CEC,ウシ内頚動脈内皮細胞;NS,有意差なし;(n);測定人数。

 肝癌細胞(dRLh84)とウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)には、患者IgG-F(ab’)2が有意な結合を示したので、これらの細胞による吸収試験を行った。また、従来、自己免疫性肝炎患者血清中に肝細胞と反応する抗体の報告もあるため、ラット培養肝細胞(RH)による吸収試験も行った。吸収後のF(ab’)2は、それぞれ吸収に用いた細胞とは結合しないことを確認した後、類洞内皮細胞との結合試験に供した。その結果、肝細胞とdRLh84で吸収した患者F(ab’)2には、類洞内皮細胞に有意に結合する抗体が残存していた(P<0.01)。しかし、CECで吸収した検体では、肝類洞内皮細胞に対する有意な結合は検出されなかった(表2)。

表2.ラット肝細胞、ラット肝癌細胞及びウシ内頚動脈内皮細胞による吸収実験

 各細胞で吸収したIgG-F(ab’)2がラット肝類洞内皮細胞に対する結合を、ELISA法により測定した。測定値はOD492値±SDで示した。自己免疫性肝炎(AIH)4名と健常人(control)3名とを比較し、有意差を検定した。RH,ラット肝細胞;dRLh84,ラット肝癌細CEC,ウシ内頚動脈内皮細胞;(n),測定人数;NS,有意差なし。

 更に、自己免疫性肝炎患者7名、慢性ウイルス性肝炎患者9名及び健常人8名の血清より、IgGを精製し、96穴培養皿に培養した内皮細胞に600g/mlずつ添加した。30時間培養した後、皿に生着した細胞を数えた。同量のPBSを加えて培養した場合の生着細胞数を100%としたとき、自己免疫性肝炎患者(AIH)IgGは生着細胞数を約40%有意に減少させた(p<0.01)。健常人(Control)及び慢性ウイルス性肝炎患者(CH)IgGは、培養した内皮細胞の生着細胞数を有意に減少させなかった(図3)。

図3.慢性肝疾患患者IgGの培養類洞内皮細胞の生着に対する影響自己免疫性肝炎患者IgG(AIH)は有意に生着細胞数を減少させた。N,患者数;**,P<0.01。

 以上、我々は、自己免疫性肝炎患者血清中に、ラット肝類洞内皮細胞に特異的に結合するIgG classの抗体(抗類洞内皮細胞抗体)が高率に存在することを見出した。本抗体は細胞特異性を有し、肝細胞膜とは反応しなかった。また、本抗体は、in vitroで、培養類洞内皮細胞を障害する可能性が示唆された。本抗体は、I型自己免疫性肝炎の診断において、診断的意義を有すると考えられる(感受性97.1%、特異性93.8%)。

審査要旨

 自己免疫性肝炎に於ては、肝障害の発生機序は、未だ十分には解明されていないが、ステロイド治療が有効で、血中に各種の自己抗体が出現することから、免疫学的な機序によって引き起こされると考えられた、肝障害の発生には自己抗体の関与も想定されている。今までに報告された自己抗体は全て、肝実質細胞または細胞内成分と反応するものであり、肝非実質細胞と反応する自己抗体に関しては、報告がない。肝疾患では、肝臓の類洞内皮細胞は、炎症時に接着因子や、Ia抗原の発現などにより、自己抗体や免疫担当細胞の標的に成りうると考えられる。そこで、我々は自己免疫性肝炎患者血清中に、肝類洞内皮細胞に対する自己抗体が存在するかどうか、ラット肝より肝類洞内皮細胞を分離培養し、ELISA法で検討し、下記の結果を得ている。

 1.96穴の培養皿に培養した類洞内皮細胞をグルタールアルデヒドで固定後、患者血清と反応させ、プロテインAで類洞内皮細胞結合性IgGを検出した。その結果、類洞内皮細胞結合性IgGの陽性率は、自己免疫性肝炎患者(AIH)では97.1%(34/35)であった。一方、B型(CHB)及びC型(CHC)慢性肝炎では、陽性率はそれぞれ7.9%(3/38)、5.9%(6/101)であった。原発胆汁性肝硬変(PBC)における陽性率は13%(3/23)であった。自己免疫性肝炎患者血清中の類洞内皮細胞結合性IgGの陽性率は、他の各慢性肝疾患群と比べて有意に高かった(P<0.001;x2test)。

 2.類洞内皮細胞の表面には、Fc receptorの存在が知られている。そのため、患者血清中のIgGやimmune complexは、Fc receptorを介して内皮細胞と結合している可能性がある。その可能性を除外するため、内皮細胞結合性IgGを有する自己免疫性肝炎患者7名の血清を還元アルキル化して、IgGのFc portionを裂開させ、IgGがFc receptorに結合できないように処理した。処理した患者血清と無処理患者血清をそれぞれ内皮細胞に反応させ、IgGの結合性を比較した。両群に有意差が見られなかったことから、IgGと内皮細胞との結合がFab領域を介した結合であることが示唆された。更に自己免疫性肝炎患者4名と健常人3名の血清からIgG-F(ab’)2分画を精製した。精製したIgG-F(ab’)2は4,8,16g/mlの濃度で内皮細胞と反応させ、結合したIgG-F(ab’)2をELISA法で測定した。患者F(ab’)2の結合は健常人のそれに比べて有意に高く、しかも結合は濃度依存性に増加した。以上から、IgGはFab領域によって、内皮細胞と結合することが示され、結合したIgGは抗類洞内皮細胞抗体であると示された。

 3.抗類洞内皮細胞抗体の細胞特異性を検討する為に、ラット由来の細胞株(ラット腎由来線維芽細胞(NRK細胞、NRK49F細胞)、ラットリンパ節由来接着細胞(LYM-1細胞)、及びラット肝癌細胞(dRLh84細胞))、ラット初代培養肝細胞(RH)及びウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)を使用した。96穴plateにこれらの細胞を前述の方法で固定し、自己免疫性肝炎患者4名及び健常人3名のIgG-F(ab’)2との結合を、ELISA法で測定した。その結果、健常人と比べて、患者F(ab’)2は、肝細胞、腎線維芽細胞NRK、NRK49FとLYM-1細胞には有意な結合を認めなかった。本抗体が細胞特異性を有することが示された。しかし、ウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)とラット肝癌細胞(dRLh84細胞)では、患者F(ab’)2が有意な結合を示した(P<0.05)。

 4.肝癌細胞(dRLh84)とウシ内頚動脈内皮細胞(CEC)には、患者IgG-F(ab’)2が有意な結合を示したので、これらの細胞による吸収試験を行った。また、従来、自己免疫性肝炎患者血清中に肝細胞と反応する抗体の報告もあるため、ラット培養肝細胞(RH)による吸収試験も行った。その結果、肝細胞とdRLh84で吸収した患者F(ab’)2には、類洞内皮細胞に有意に結合する抗体が残存していた(P<0.01)。しかし、CECで吸収した検体では、肝類洞内皮細胞に対する有意な結合は検出されなかった。以上のことより抗類洞内皮細胞抗体は抗肝癌細胞(dRLh84)及び抗肝細胞抗体とは違った抗体で、類洞内皮細胞とウシ内頚動脈内皮細胞との共通抗原を認識することが示された。

 5.本抗体の培養肝類洞内皮細胞に対する作用を検討した。自己免疫性肝炎患者7名、慢性ウイルス性肝炎患者9名及び健常人8名より、IgGを精製し、96穴培養皿に培養した内皮細胞に600g/mlずつ添加した。30時間培養した後、皿に生着した細胞を数えた。同量のPBSを加えて培養した場合の生着細胞数を100%としたとき、自己免疫性肝炎患者IgGは生着細胞数を約40%有意に減少させた(p<0.01)。健常人及び慢性ウイルス性肝炎患者IgGは、培養した内皮細胞の生着細胞数を有意に減少させなかった。

 以上、本論文は、自己免疫性肝炎患者血清中に、培養ラット肝類洞内皮細胞を障害し、ラット肝類洞内皮細胞に特異的に結合するIgG classの抗体(抗類洞内皮細胞抗体)が高率に存在することを明らかにした。本研究は自己免疫性肝炎の診断及び病態の解明に有用な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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