学位論文要旨



No 212920
著者(漢字) 斉藤,光江
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ミツエ
標題(和) B16F10悪性黒色腫の肺転移モデルマウスにおけるIL1、TNFリポソームの抗腫瘍効果
標題(洋) Antitumor effects of liposomal IL1 and TNF against the pulmonary metastases of the B16F10 murine melanoma in syngeneic mice
報告番号 212920
報告番号 乙12920
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12920号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 金ヶ崎,士朗
 東京大学 教授 中村,祐輔
 東京大学 教授 玉置,邦彦
内容要旨 研究背景、目的

 Interleukin1(IL1),tumor necrosis factor(TNF)の機能は、標的細胞によって様々である。炎症性サイトカインとして生体に不利に働く場合もあるが、ある種の腫瘍に対しては直接的な抗腫瘍活性があり、また他のサイトカインの産生誘導や免疫担当細胞の活性化を介して宿主の免疫系を賦活するという、腫瘍免疫においては重要な働きを担っている。しかし、これらのサイトカインを担癌個体に応用するには、作用時間の延長、副作用への対策、ターゲティングのくふう等、いくつかの問題が残されている。

 ひとつの解決法として、除放性、毒性減弱を狙ってのリポソームの利用が考えられる。近年、抗癌剤をはじめとする薬剤をリポソームに封入し様々な臓器に応用が試みられ、良好な結果を得ている。但し、サイトカインについてはいくつかの試みはなされているが、臨床応用には程遠い状況である。

 そこで今回、IL1,TNFなどのサイトカインを、生物活性を保ったままリポソームに効率良く取り込ませる方法を考案し、次にその抗腫瘍活性を担癌動物で観察した。

 この一連の実験の最終目的は、アジュヴァント療法のひとつとして担癌個体に応用できる免疫療法の開発である。

研究方法1)リポソームの作製

 ロータリーエヴァポレート法で滅菌ガラス管にphosphatidylcholine(PC)とphophatidylserine(PS)(分子比7:3)の薄い脂質多重膜を作製後、HBSS,CaCl2等の溶媒に溶解したリコンビナントIL1,TNFを加えて振盪混和し、これらサイトカインを取り込んだ多重膜リポソーム(MLV)を得た。

2)リポソームのサイトカイン活性とサイトカイン取り込み率の測定

 リポソームに有効にサイトカインが取り込まれていることを確認するために、その生物活性と取り込み率を測定した。IL1依存性のヘルパーT細胞株D10.G4.1をIL1活性の評価のために、またTNF感受性細胞株L929をTNF活性の評価のために用いた。

 また、リポソームへのサイトカインの取り込み率をみるために125I標識IL1,TNFを上記の方法で多重膜リポソームに取り込ませ、その放射活性を測定した。

4)担癌動物に対するリポソームの抗腫瘍効果

 B16F10悪性黒色腫細胞株を4週齢の雌性マウスC57BL/6の尾静脈に静注し転移性肺癌のモデルを作製した。腫瘍細胞静注後2-6日にサイトカインリポソーム、及び生理食塩水の静注を開始し、初回から3回めまでを連日に、4回めから7回めまでを隔日に投与するスケジュールで、生存日数を観察する試験と肺転移数を比較する試験を行った。

実験結果1)サイトカインリポソームの生物活性とサイトカインの取り込み率

 IL1の溶媒として2-8mMのCaCl2を用いると、Ca,Mgを含まないHBSSを溶媒にしたときと比べて、IL1活性の高いリポソームが得られた。この条件では、125I標識IL1のリポソームへの取り込み率もカルシウムイオン非存在下に作製したリポソームに比較して有意に高いことがわかった。同様にカルシウムイオンは、TNFリポソームに関しても生物活性、取り込み率の上昇に貢献した。

 また上記の合成条件で、同一リポソームにIL1とTNFをそれぞれの単位脂質あたりの活性を落とさずに同時に取り込ませることにも成功した。

2)肺転移モデルを用いた抗腫瘍効果の検討

 IL1,TNFに直接には感受性の無いB16F10悪性黒色腫細胞に対して、免疫系を介した間接的な抗腫瘍効果の有無を観察した。生存日数を比較する試験では、IL1とTNFを同時に取り込んだリポソームを静注した群が、IL1あるいはTNFを単独で取り込んだリポソームを投与した群、生理食塩水投与群と比べ、有意に長期生存を示した。肺転移数比較試験では、50,000個以上の腫瘍細胞の接種は、肺表面の転移巣を100個以上にし、実験結果の正しい評価に適さなかったが、20,000-30,000個の腫瘍細胞で転移を成立させたマウスで、IL1とTNFを同時に結合したリポソームを静注した群が、コントロール群と比し有意に転移数を減少させていたことがわかった。

考察

 従来リポソームに薬剤を封入する場合、膜の安定性を欠くという理由で、カルシウムイオンを存在させることは禁忌とされていた。しかし今回、ある至適濃度のカルシウムイオン存在下に、IL1,TNFがPC/PSリポソームに効率良く取り込まれることが示された。リン脂質と2価のカチオンの相互作用に関する過去の文献から、カルシウムイオンの存在で、陰性に電荷を帯びたPSの極性基どうしが強固に結合することがわかっている。一方このため、PS,PCの局在に片寄りができて(相分離)不安定になるというものであるが、逆にこの過程でIL1,TNFなどの分子が封入とは異なる形でリポソームに取り込まれた可能性はある。

 今回作製したサイトカインリポソームの生物活性については、その内部から漏出してくるIL1,TNF分子によるものか、リポソームに取り込まれたままのサイトカインによるものかを確かめることは難しい。しかし、リポソームに封入されたサイトカインが細胞膜の受容体に有効に結合できないという報告がある。今回、従来通りの方法で作製したリポソームに高い活性が得られなかったのは、このためと思われる。よって、カルシウム存在下に作製したリポソームにおいては、脂質多重膜の外側にエピトープを表出したサイトカイン、あるいは内部からの漏出分子が、封入型のリポソームより多いことが示唆された。

 IL1,TNFを同時に取り込んだリポソームが転移性肺癌の腫瘍結節数を減少させ、生存日数を延長させた詳しい機序については、今後解明が必要なところである。IL1の腫瘍内注入でpolymorphonuclear cell(PMN)を介しての抗腫瘍効果を確認したという報告があるが、今回の摘出標本の病理検索からは腫瘍内及び周囲のPMN、リンパ球浸潤は明らかではなかった。少なくとも、B16F10細胞へのIL1やTNFの直接効果は無いことが確認されているので、IL1,IL6,interferon(IFN)等、他のサイトカインの誘導をはじめ、natural killer cell(NK細胞),マクロファージ等の免疫担当細胞の活性化を介する間接的な効果によるものと考えられる。組織中に細胞浸潤が明らかでなかったのは、一つには血中に存在する癌細胞が標的になっていた可能性を示唆するものであると考えている。IL1とTNFはそれぞれ単独より同時に取り込んだリポソームに活性が高かったが、既に報告があるようにIL1とTNFの相乗効果によるものと考えられる。

結語

 従来有効に生物活性の得られなかったサイトカインリポソームの合成段階での常識を破り、膜の不安定性を招くとされていたカルシウムイオンをあえて存在させることで、より高い生物活性のリポソームを得ることができた。また、担癌動物への応用では、今まで報告のあった有効量を下回る少量で抗腫瘍効果を得ることができた。

 サイトカインの臨床応用への一つの手段として、効果持続、毒性減弱を期待してのリポソームの利用は大きな意義があると考える。今後、ターゲティングの問題を解決するために接着分子を表出させたり、腫瘍特異的殺細胞効果を狙って腫瘍抗原を提示させたりすることで、より有用性の高いリポソームの作製を試みてみたいと考えている。

審査要旨

 本研究は、in vitroで免疫賦活作用はあるが、毒性が強く作用時間の短いサイトカイン(IL1,TNF)を有効にリポソームに封入することで、担癌動物における抗腫瘍効果が得られるかどうかをみたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ロータリーエヴァポレート法によるPC/PS(7:3)リポソーム合成時、IL1の溶媒として2-8mMのCaCl2を用いると、2価のカチオンを含まぬ緩衝液を用いた時と比べて、IL1のリポソームへの取り込み率が上昇していることが125I標識IL1を用いた実験結果で示され、また生物活性の高いIL1リポソームが得られることがD10ヘルパーT細胞増殖刺激試験で示された。

 2.同様にカルシウムイオンの存在は、TNFに関してもリポソームへの取り込み率、L929線維芽細胞の融解活性の上昇に貢献したことが示された。カルシウムイオンは従来脂質二重膜の相分離を招くためリポソームの不安定性の原因になるとされていたが、上記至適カルシウム濃度と負の電荷を帯びた脂質PSのモル比から、Ca++/PSの相互作用でサイトカインの取り込み率が上昇したことが示唆された。

 3.また上記の合成条件で、同一リポソームにIL1とTNFをそれぞれの単位脂質あたりの活性を落とさずに同時に取り込ませることができたことも示された。

 4.IL1,TNFに直接には感受性の無いB16F10悪性黒色腫細胞を尾静脈から注入し肺転移をおこしたC57BL/6マウスに対して、免疫系を介した間接的な抗腫瘍効果の有無を観察した。生存日数を比較する試験では、IL1(50U)とTNF(80U)を同時に取り込んだリポソームを静注した群が、IL1あるいはTNFを単独で取り込んだリポソームを投与した群、生理食塩水投与群と比べ、有意に長期生存を示した。

 5.肺転移数比較試験では、50,000個以上の腫瘍細胞の接種は、肺表面の転移巣を100個以上にし、実験結果の正しい評価に適さなかったが、20,000-30,000個の腫瘍細胞で転移を成立させたマウスで、IL1とTNFを同時に結合したリポソームを静注した群が、コントロール群と比し有意に転移数を減少させていたことが示された。

 以上、本論文は、従来有効に生物活性の得られなかったサイトカインリポソームの合成段階での常識を破り、膜の不安定性を招くとされていたカルシウムイオンをあえて存在させることで、より高い生物活性のリポソームが得られることを示した。

 また、担癌動物への応用では、今まで報告のあった有効量を下回る少量で抗腫瘍効果を得ることを示した。

 サイトカインの臨床応用への一つの手段として、効果持続、毒性減弱を期待してのリポソームの利用は大きな意義があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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