学位論文要旨



No 212921
著者(漢字) 田中,篤
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,アツシ
標題(和) C型慢性肝炎患者におけるT細胞レパートリー
標題(洋)
報告番号 212921
報告番号 乙12921
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12921号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 講師 高山,忠利
内容要旨

 C型慢性肝炎の病態生理については未だ不明な点が多いが、生体の免疫機構が大きく関わっていることが推定されている。さらに、近年患者肝浸潤リンパ球や末梢血リンパ球からHCV特異的T細胞が誘導されており、また抗原特異的免疫反応におけるT細胞の中心的役割からみて、C型慢性肝炎においてもT細胞の発症、さらに病像の形成に対する関与は大きいものと考えられる。

 T細胞はそのT細胞レセプター(TCR)を介して抗原を認識する。あるT細胞集団が抗原に遭遇したときに、その抗原に特異的なレセプターを持つT細胞のみが選択され、増殖し、クローンを形成する。この抗原特異的T細胞クローンがさまざまな生理活性を発揮することから、ある抗原に対する生体の免疫反応の検討には、T細胞のクローンレベルでの解析が極めて重要である。ところで、T細胞の抗原に対する特異性を決定するのは、TCRの中で抗原ペプチドと直接接触する部位と想定されているcomplementarity determining region3(CDR3)領域と呼ばれる部位である。すなわち、同一の抗原特異性を持つT細胞の集団であるT細胞クローンは、すべてそのTCRのCDR3領域の塩基配列が同一であり、またその塩基配列の違いによって他のT細胞クローンと区別できることになる。

 以上の原理に基づき近年報告された、T細胞クロノタイプの解析システムであるRT-PCR/SSCP法は、生体内のT細胞の情報およびその挙動を、偏りなく直接知ることのできるシステムである。今回われわれは、C型慢性肝炎患者の肝内及び末梢血においてT細胞クローンがどのように反応しているか、すなわち、T細胞レパートリーについてRT-PCR/SSCP法を用いて解析し、さらに治療により体内のHCV量を変化させた場合どのようにT細胞レパートリーが変化するかについても検討を行った。

 対象とした慢性C型肝炎患者3例から末梢血を採取し、同時に経皮的肝生検により、肝内の異なる部位から2個の肝組織を採取した。このうち、検体採取後インターフェロン治療を受け、血中HCV-RNAが消失した1例については、治療終了後もう1回末梢血を採取した。それぞれの検体からAGPC法によりRNAを抽出し、cDNAに変換後、ファミリー特異的Vプライマー、およびCプライマーを用い、PCRを施行した。これを90℃、2分間加熱して1本鎖とし、非変成4%ポリアクリルアミドゲルにより電気泳動した。また検出されたいくつかのバンドにつき、ジデオキシ法により塩基配列を決定した。

 まず、患者肝組織および末梢血リンパ球を検討した結果、V1からV20のすべてのレーンにおいて多数のバンドが検出され、C型慢性肝炎患者の肝内及び末梢血中にT細胞がオリゴクローナルに集積していることがわかった。また、T細胞クローンは肝内により多く集積しているものと推定された。健常人の検討では肝組織、末梢血ともにクローナルなT細胞の集積はほとんど存在せず、ここにみられたオリゴクローナルな集積はHCVの感染に伴うものであると考えられた。

 次に肝内の異なる2ケ所におけるT細胞クロナリティを比較したところ、いくつかのVにおいて全く同じ場所に泳動されるバンドがみられた。このように同一の位置に泳動されたいくつかのバンドについて塩基配列の解析を行い、このようなバンドが同じ塩基配列を有するDNAを示していることを確認し得た。以上から、肝内の異なる2ケ所にCDR3領域の塩基配列が同一であり、同一の抗原特異性をもつT細胞クローンの集積がみられること、すなわち、肝内で抗原に反応しているT細胞のレパートリーがある程度均一であることが判明した。C型慢性肝炎患者の肝内には多くの単核球浸潤がみられることはよく知られているが、今回のわれわれの結果は、この浸潤が非特異的なものではなく、抗原特異的に起こっているということを示唆する。しかも、肝内の2ケ所に共通したT細胞免疫反応が生じているという事実は、T細胞の認識する抗原がランダムではなく、ある程度肝内に均等に存在するものである可能性を示すものである。

 さらに、インターフェロン治療が奏功し、血中HCV-RNAが消失した患者において、治療前と治療後の末梢血T細胞クロナリティを比較した。すると、V4において、治療前に肝内の2ケ所、さらに末梢血中に共通してみられたバンドが、治療後には極めて薄くなっていることが分かった。これは、治療によりHCVを生体から除去したことにより、ある特定のT細胞クローンの集積が弱まったことを示すものと考えられる。これは、このクローンの抗原特異性は不明であるものの、HCVそれ自体、ないしHCV感染に伴い二次的に活性化された抗原刺激を除去することにより、抗原特異的T細胞クローンの集積が動的に変化することを示すものである。

 今回の結果は、HCVに対する生体の免疫反応を、まさにその免疫反応の中心であるT細胞クローンのレベルで理解する糸口になるものであると考えられ、免疫学的のみならず臨床的意味は大きいと思われる。

審査要旨

 本研究は、T細胞抗原レセプター鎖のCDR3領域の塩基配列の解析に基づくRT-PCR/SSCP法を用い、C型慢性肝炎患者の肝内、及び末梢血中に集積しているT細胞クローンの状態、すなわち、いわゆるT細胞レパートリーの解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.C型慢性肝炎患者3名から得た肝生検サンプル、及び末梢血からRNAを抽出、cDNAに変換した後、ファミリー特異的VプライマーとCプライマーによりPCRを施行した。増幅されたPCR産物を加熱して1本鎖にし、これを非変性アクリルアミドゲルにより、高次構造を保ったまま電気泳動した。これにより、肝生検サンプル、末梢血のいずれの解析においても多数のバンドがみられ、患者体内にはT細胞がオリゴクローナルに集積していることが示された。

 2.肝内の異なる2ケ所から採取した肝サンプル由来のDNAを同一ゲル上に並べて泳動したところ、いくつかのVにおいて全く同じ位置に泳動されるバンドがみられ、DNAシークエンス法によりこれらは全く塩基配列が同じであるDNAであることがわかった。このことは、肝内の異なる部位に同一の塩基配列を有し、したがって抗原特異性を一にするT細胞が集積していることを意味する。すなわち、C型慢性肝炎患者の肝内では、T細胞の認識する抗原は全くランダムではなく、ある程度均等に存在することを示唆する。

 3.インターフェロン治療により血中HCV-RNAが消失した患者において、治療前、及び治療後のT細胞レパートリーを比較した。その結果、V4において、治療前に肝内の2ケ所、さらに末梢血中に共通してみられたバンドが、治療後には極めて薄くなっていることが分かった。これは、治療によりHCVを生体から除去したことにより、ある特定のT細胞クローンの集積が弱まったことを示すものと考えられる。これは、このクローンの抗原特異性は不明であるものの、HCVそれ自体、ないしHCV感染に伴い二次的に活性化された抗原刺激を除去することにより、抗原特異的T細胞クローンの集積が動的に変化することを示すものである。

 以上、本論文はT細胞レセプターの解析という方法により、患者体内で特異的なT細胞クローンが集積していること、およびインターフェロン治療により抗原刺激を変化させるとそのレパートリーが変化することを示した。本研究はHCVに対する生体のin vivoにおける免疫反応を、T細胞クローンのレベルで理解する糸口になるものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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