研究の目的 本研究の目的は、ヒトの上下肢の長管状骨を三次元座標を用いて計測し解析する一方法を提示し、サイズの要因を排除した形態学的な性差を論じ、2点間計測を中心とする従来の方法では解析が困難であった各骨の計測点の空間的位置関係を直接扱うことにより、主として筋付着面の位置と形態とを明らかにすることによって、長管状骨の性差に考察を加えることにある。 材料と方法 東京大学総合研究資料館所蔵の現代日本人骨(殆どは明治時代に標本化)男女各20体合計40体の上腕骨、橈骨、尺骨、大腿骨、 骨および腓骨を用いた。病変、破損、加齢による加骨、閉じていない骨端のある個体は除外したので、本研究の材料は結果的に成人日本人骨となった。計測は左右両側ともに行い、解析に関しては本研究では右側のみに対して行った。 計測は、三次元デジタイザ(McDonnel Douglas社製)により得られた座標データを、各骨で定義した生理学長をもとに基準化して解析を行った。具体的には各骨の近位の可動中心と定義した点を座標原点とし、同じく遠位の可動中心を定義し、それをもってX座標軸を決定する。次に、この2点間の距離を生理学長として、一定値すなわち100を与えることにより、その骨のすべての座標点を基準化した。この基準化により骨の形態の解析におけるサイズの要因を取り除くことができる。更に、再現性があり、且つX軸上に無い一点をとることにより、XY平面を決定した。これで骨の中に3次元座標空間を定義することができる。この方法により、計測点の3次元的位置関係を明らかにすることができた。また、例えば生理学長の30%、50%、70%のレベルにおける特定の稜線がいかなる座標を占めるかについても検討した。 結果 上腕骨においては骨頭の大きさに性差があることが知られており、今回も絶対値においては大きな性差が示されたが、本研究における生理学長による基準化のもとでは性差は見られなかった。三角筋粗面は男性では、遠位端がより外側にあり、粗面輪郭の後縁は外側に張り出していることが示された。 橈骨では橈骨粗面に大きな性差が見られた。即ち、男性の方が粗面の遠位端が遠位、外側かつ前方にあり、面積も有意に大きいことが分かった。腕橈骨筋付着部では男性の方が遠位端が前方に位置し、面積も有意に大きいことが分かった。また、橈骨表面上の関節面は、本研究の基準化のもとにおいても上関節面・下関節面・尺骨切痕いずれも男性の方が面積が有意に大きかった。 尺骨では近位約1/3の領域に顕著な性差が見られた。即ち、男性の方が肘頭の近位端が内側にあり、回外筋稜は近位端・遠位端ともに男性の方が女性よりも遠位に位置していた。滑車切痕の面積・橈骨切痕の面積ともに男性の方が有意に大きかった。 大腿骨については本研究における基準化のもとでは、ほとんど性差は見出せなかった。上腕骨と同様に大腿骨においても骨頭の大きさに性差があることが知られており、今回も絶対値においては大きな性差が示されたが、本研究における生理学長による基準化のもとでは性差は見られなかった。 骨と腓骨においては最も興味深い結果が得られた。即ち 骨における近位の腓骨関節面の中心点は男性の場合女性よりも後方に位置している。更に、男性の腓骨は、その骨体が女性の場合よりも大きな後外側への弯曲を示すことが判った。男性の腓骨は女性よりも後方に付いていて、しかも腓骨全体が 骨と距離を大きくとっているのである。 考察 ヒトの骨の性差の研究は、長管状骨の性差を含めて古くから行われてきた。研究の発展とともに計測で得られたデータの統計学的な解析の進歩をもって近代化としてきたが、データの取得については2点間計測の伝統は守られてきた。本研究はデータの採取方法からその解析法まで従来の方法とは異なる。これまでも示数をとるなどの方法でサイズ以外に、プロポーションの研究はなされてきたが、三次元座標が直接得られる本研究の方法がサイズ以外の多くの要素を抽出するに適している。著者の知る限り、三次元座標を解析して長管状骨の性差を体系的に研究した例は、今までに存在しない。しかるに、三次元デジタイザは現状では大がかりな装置でり電源や磁気の影響の問題もあるので、古人類学や法医学の現場で用いるのは困難であり、簡便さの点では従来の計測器を用いる方法の方が優れている。また、本研究のように基準化を行う場合、基準化の方法によって結果が異なる危険がある。 長管状骨の性差は、例えば骨盤に近い方が性差があるとか、近位よりも遠位の方が性差が大きい等とは単純化はできない。上肢では、上腕骨の三角筋粗面の位置、橈骨粗面の大きさと位置、尺骨の肘頭付近など、ある動作の主力筋の付着点に大きな性差が見られる。また、下腿においては、男性の腓骨は女性よりも後方に付いていて、 骨を後外側から支えるという主たる役割を有利にし、しかも 骨から大きく距離をとって骨間膜両側の筋群に十分なスペースを確保していることが考えられる。 |