学位論文要旨



No 212927
著者(漢字) 原田,眞理
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,マリ
標題(和) ロールシャッハ・テストによる摂食障害患者の臨床像の特徴についての考察
標題(洋)
報告番号 212927
報告番号 乙12927
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第12927号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 講師 藤山,直樹
内容要旨 はじめに

 1873年にGullが神経性食欲不振症Anorexia Nervosa(AN)を提唱して以来、ANは、治療法、診断を中心にさまざまな観点から研究がなされてきた。マスコミの影響もあり、スタイルへのこだわりを持つ女性は増す傾向にある。症状についても拒食だけでなく、過食や嘔吐をする患者が増加している。

 しかし実際に摂食障害という疾患は病型分類を試みようとしても、症状が移行的なために困難を伴い、病型別に何らかの調査データの平均値を算出して比較するだけでははっきりとした結果はでてきそうもない。そこで、変化しにくいものに注目すると人格特徴が考えられる。人格の特徴を捉えるためには、臨床場面では心理検査が有効である。しかし、投影法の検査の中で最も広く使われているロールシャッハ・テスト(以下ロ・テスト)を用いた摂食障害に対する研究は散見されるにすぎない。また、摂食障害の症状病型別にロ・テストの特徴を検討した研究はなされてはいるものの、摂食障害患者のテストの特徴から症状病型との関連を見ていく研究はほとんどない。

 よって本研究はまず第1に、従来からよく用いられてきた手法を用いて摂食障害の病型別にロ・テストの特徴を検討した。さらに第2に、全摂食障害患者をロ・テストの結果に基づいてクラスター分析によりグループ化し、それぞれのグループ毎の人格特徴と、摂食障害の病型や臨床症状との関連について検討した。

対象と方法

 1)対象はDSM-IVでANまたはBNと診断された入院中の摂食障害患者48名で、全員女性である。これらの摂食障害患者を3グループに分類した:ANR群はRestricting Type(厳格な不食のみ)の患者13名であり、ANB群はAnorexia NervosaのBinge・Eating/Purging Typeの患者24名、BN群はBNの両タイプ(過食症患者)11名である。また、対照群として健常者群をおいた。本研究の健常者群とは、患者群と年齢、婚姻状態、学歴と地域をマッチさせ、正常な食習慣、標準体重及び月経を有する中、高、大、大学院生27名で、全員女性である。標準体重は厚生省神経性食欲不振症研究班による標準体重換算法で計算した。

 2)これらの対象の年齢、身長、体重、標準体重に対するやせの%と罹病期間の平均値、標準偏差を算出し、表1に示した。患者群では全対象に入院時にロ・テストを施行した。採点は片口の方法に従い、解釈は、小此木、馬場の方法で行った。

 3)ロ・テストの結果から、数値化できる30変数を選んだ。各々の変数ごとに平均と標準偏差を算出し、ANR群、ANB群、BN群、健常者群の間で分散分析を行い、有意差のある項目についてTukey法による多重比較により検討した。

 4)次にテストの特徴を検討するために、患者群のデータに対して前出の30の変数を標準化した後に、ウォード法によるクラスター分析を行い、GroupAとGroupBの2群に分離した後、30変数の各々について健常者群も含めた3群間の比較をするために分散分析を行い、有意差のある項目についてTukey法による多重比較により検討した。さらに、臨床上の特徴がGroupA(37名)とGroupB(11名)の間に差があったかどうかの分析を2検定で行った。

 5)なお、統計解析はSAS(Statistical Analysis System)を用いて行い、p<0.05を統計的に有意であるとした。

Table1 Clinical status of patients with eating disorders
結果

 ロ・テストの結果の平均値と標準偏差を算出した。分散分析において主効果を認めたものをさらに多重比較により検討した。健常者群と比較してANR群において、人間運動反応(M)、通景反応(FK)、平凡反応(P)、決定因の種類(DR)が有意に低く、ANB群は、形態質(F+%、F+%、R+%)が有意に低く、BN群はF+%、R+%が有意に低値であった。ANR群と比較して、ANB群BN群は、DRが有意に高かった。ANB群とBN群では、有意差のある項目は認めなかった。

 摂食障害患者群のロ・テストの結果にクラスター分析を行ったところ2群(GroupAとGroupB)に分離され、各グループのテストの結果の平均値と標準偏差を算出した。分散分析において主効果を認めたものをさらに多重比較により検討した。健常者と比較してGroupAは、R、M、形態材質反応(Fc)、非生物運動反応(m)、FK、F+%、R+%、P、反応内容の種類(CR)、DRが有意に低値であった。また、健常者と比較してGroupBは、R、色彩反応の率(C)、純粋無彩色反応(C’)、m、純粋彩色反応(C)、CR、DRが有意に高値で、F%、F+%、F+%、R+%が有意に低値を示した。GroupAとGroupBを比較すると、GroupBは、R、M、C、Fc、C’、m、彩色形態反応(CF)、C、FK、CR、DRが有意に高値で、F%、R+%、動物反応(A%)が有意に低値であった。

 次に診断名による分類とクラスター分析の結果による分類のクロス集計表を表2に呈示した。ANR群全員がGroupAに入ったが、ANB群とBN群は、GroupA、GroupB両群に分布した。

Table2 Types of eating disorders as determined by cluster analysis

 さらに、表3にクラスター分析により分離されたGroupAとGroupBの臨床上の特徴を比較した結果を示した。GroupBにおける自殺企図の割合は、GroupAのそれよりも有意に高値を呈した。

Table3 Clinical features of patient group A and B determined by cluster analysis
考察1)病型別のテスト結果について(1)ANR群のテストの特徴

 テストの特徴としては、精神活動の不活発さ、知的生産性の低さ、知的関心や生活空間の狭さ、常識的な見方、考え方の乏しさ、柔軟性に欠け、平板だが、ひどい逸脱はないことが推測される。

(2)ANB群のテストの特徴

 比較的健常者群と同様の傾向を示しているが、F+%、F+%、R+%という現実検討力をみる3項目のみの低下が目立つ。しかし標準偏差の大きいことからも示されるように平均値としてこの群の特徴を現すのは困難と思われる。

(3)BN群のテストの特徴

 ANR群やANB群に比べて、F+%、R+%という現実検討力や自己統制力が低い。またcolorでの反応の崩れが目立ち、情緒的刺激や葛藤を処理する自我の弱さに特徴がある。しかしこの群は特に各々の結果にばらつきが多く見られ、平均値から特徴を現すのは困難と思われる。

2)クラスター分析の結果について

 ロ・テストのクラスター分析により、対象患者は2群(GroupAとGroupB)に分離することができた。

(1)GroupAのテストの特徴

 全体的に精神活動が不活発な中で、人間に対する興味、関心は保たれている。color反応は非常に少ししか出現しておらず、抑圧が強いことが推察される。

(2)GroupBのテストの特徴

 DRの増加と現実検討力をみる3項目の低下が目立つ。テストのさまざまな刺激に過剰に反応しており、著しい現実検討力の低下、情緒の統制の悪さ、衝動統制の悪さのため、刺激や葛藤を処理する自我が脆弱であると推測できる。

(3)GroupAとGroupBの比較

 GroupAは、対象をしっかりと認知することはできるため神経症的であるが、GroupBは、逸脱言語表現が見られ原始的防衛機制が前面に出ていることが、一番の違いである。

(4)病型別分類との比較及び臨床所見の特徴

 最も特徴的であったのはANR群がすべてGroupAに含まれることである。また、GroupBでは自殺企図が有意に多く、治療経過においてもGroupBに問題行動を有する傾向が見られた。このように、GroupBに問題行動が多発することはロ・テスト上からも容易に推察できる。従って、GroupAは従来のANの特徴を反映したものであり、GroupBは過食、嘔吐を行う者に特徴的な所見を示すと考えられる。

 過食、嘔吐を有する患者は、従来より問題行動の多発傾向が指摘されているが、今回の検討では、ANB、BNはGroupAとGroupBの両群にまたがっていた。これは過食、嘔吐を示すことが、即、問題行動の多発を示すものではなく、ANB、BNのうちGroupBの特徴を持つ患者の傾向であるといえる。クラスター分析によって分離された2群でANB、BNが構成されていることを考えると、ロ・テストの結果からは、過食を有する者は2タイプに分けられ、AN的心性を持つものと問題行動の多発が予測できるものがあった。

(5)GroupBと境界性人格障害(以下BPD)の関連についての考察

 従来摂食障害とBPDの関連には興味が抱かれている。ロ・テストにおけるBPDの研究と今回のGroupBのテスト結果の比較では、GroupBは境界人格水準といえる。また、Diagnostic Interview for Borderline Patientsによる摂食障害におけるBPDの研究ではAN、BNの二分法への疑問を述べている。本研究においても"過食、嘔吐を示すことが即多衝動性を示すのではなく、ANB、BNのうちGroupBの特徴を持つ患者の特徴である"という同様の結論がロ・テストから得られた。

まとめ

 摂食障害の病型や臨床症状とロ・テストにより捉えられる人格特徴の関係を2つの方向から検討することを試みた。

 まず、摂食障害患者の病型別による人格特徴をロ・テストを用いて把握した。

 次にクラスター分析を行うことでロ・テスト上摂食障害患者が2群に分かれた。1群は従来のAN的な特徴を持った患者であり、もう1群はロ・テスト上さまざまな刺激に過剰に反応し、強い抑鬱気分、行動化が予想される患者群であった。その群の患者は、高率に過食、下剤、利尿剤の乱用を行い、よりひどい行動化を示す可能性が示唆された。このことは過食症が多衝動なのではなく、過食症の中で多衝動のものが存在するという結果を導いている。

審査要旨

 本研究は摂食障害の病型や臨床症状とロールシャッハ・テスト(以下ロ・テスト)により捉えられる人格特徴の関係を2つの方向から検討することを試みたものである。

 まず第1に、不食と過食という摂食障害の病型別による人格特徴をロ・テストを用いて把握した。第2に対象の全摂食障害患者を、ロ・テストの結果に基づいて、クラスター分析によりグループ化し、それぞれのグループ毎の人格特徴と、摂食障害の病型や臨床症状との間にどのような関連が見出されるかを検討した。

 対象はDSM-IVでAnorexia Nervosa(以下AN)またはBulimia Nervosa(以下BN)と診断された入院中の摂食障害患者48名で、全員女性である。これらの摂食障害患者を3グループに分類した:ANR群はANのRestricting Type(厳格な不食のみ)の患者13名であり、ANB群はANのBinge-Eating/Purging Typeの患者24名、BN群はBNの両タイプ(過食症患者)11名である。また、対照群として健常者群をおいた。

 その結果第1の病型別に検討した方法では、各々のロ・テストの結果にばらつきが多くみられ、平均値から3グループの特徴を述べるのは困難と思われた。

 第2の方法では、クラスター分析によりロ・テスト上摂食障害患者が2群(GroupAとGroupB)に分けられた。GroupAは従来よりANに特徴的とされるプロフィールを持った患者群であり、GroupBはロ・テスト上さまざまな刺激に過剰にネガティブに反応し、強い抑鬱気分、行動化が予想される患者群であった。今回のGroupBのテスト結果は、境界人格構造の指標とされる項目を満たしており、GroupBは境界人格構造水準といえる。病型との比較においてはGroupAにはANR群の13名全員が含まれ、ANB群、BN群はGroupAとGroupBの両グループにまたがっていた。また、臨床症状ではGroupBの患者は統計学的に有意に高率に過食、下剤、利尿剤の乱用が認められた。このことはANB群、BN群のうちテスト結果がGroupBを示すものが多衝動であるといえ、すなわち過食症が多衝動なのではなく、過食症の中で多衝動のものが多く存在するという結果を導いている。

 以上より、病型だけでなく、ロ・テストに示される人格特徴を加えて検討することが摂食障害の病態の多軸的な把握に役立つことが明らかになった。

 以上、本論文は摂食障害患者において従来から用いられていた病型別のロ・テストの結果からとらえられる人格特徴だけでなく、別の視点から摂食障害患者の人格特徴をとらえることを試みたものである。別の視点とは、ロ・テスト全体の結果の特徴側から病型や臨床像をみていくということであり、ロ・テストの結果のクラスター分析により摂食障害患者の人格特徴を分類し、それと摂食障害の病型や臨床症状との関係を調べるという方法である。臨床病型に加えて、ロ・テストによる人格特徴の統計的解析は摂食障害の病態の把握に有用であることが示唆され、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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