学位論文要旨



No 212929
著者(漢字) 大濱,哲夫
著者(英字) Ohama,Tetsuo
著者(カナ) オオハマ,テツオ
標題(和) CeおよびYb金属間化合物における温度に依存した超微細結合
標題(洋) Temperature-dependent transferred hyperfine coupling in Ce and Yb intermetallics
報告番号 212929
報告番号 乙12929
学位授与日 1996.06.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12929号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,信男
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 後藤,恒昭
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 吉沢,英樹
内容要旨

 金属中におかれた局在モーメントがどのように振舞うかは,古くからの問題の一つである。かつては3d遷移金属希薄合金が盛んに研究され,その中で核磁気共鳴法(NMR)は重要な役割を果たしてきた。また,より局在モーメントに近いであろうと思われる希土類金属の希薄合金も同様に研究されて来たが,一方で,希土類金属を含む金属間化合物(ここでは希薄合金との対比の意味で,f電子格子系と呼ぶことにする)において"重い電子系"をはじめ,様々な興味深い物性が発見され,現在まで盛んに研究されている。

 このような,f電子格子系の研究においても,NMRは基底状態の磁気的性質や低エネルギー励起の性質を調べるための重要な実験手段である。希土類化合物では,4f電子の強い超微細結合のために常磁性状態で希土類原子核の共鳴を観測することが困難であり,非磁性原子核の共鳴を用いて研究が行われてきた。ところが,3d遷移金属のような磁性原子核では,超微細結合の性質を自由原子の超微細結合定数を用いて定量的に議論できるのに対し,非磁性原子核では定性的な理解も十分でないのが現状である。このため,超微細場や核磁気緩和の実験結果の定量的な解釈が難しくなっている。一方,f電子格子系においては,f電子と他の原子の価電子との混成の強さが,系の性質を決める重要なパラメータになっているが,この混成は非磁性原子サイトの超微細結合の重要な原因の一つであり,非磁性原子サイトのNMRは混成を直接プローブする重要な手段でもある。以上のことから,非磁性サイトの超微細結合の性質を実験的に明らかにすることは,f電子格子系の理解を深めるために重要な課題である。

 非磁性原子サイトのNMRのひとつの問題点は,しばしば,超微細結合が温度依存を持つことである。本論文では,この温度に依存する超微細結合のメカニズムを明らかにし,さらに超微細結合に温度依存がある場合に,核磁気緩和をどのように理解できるかを示すことを目的とした。この目的のため,ThCr2Si2型構造をもつRCu2Si2系の中からCeCu2Si2,YbCu2Si2,PrCu2Si2,GdCu2Si2を取り上げ,帯磁率とCuおよびSiサイトのKnightシフトの異方性を測定し,超微細結合の異方性とサイト依存を調べた。CeCu2Si2は重い電子系超伝導体として知られている物質であり,数百Kの大きな結晶場分裂と約10KのTKで特徴づけられる。また,本論文で超微細結合が温度依存をもつことが明らかにされた。YbCu2Si2については,数百Kの大きな結晶場分裂とおよそ50KのTKで特徴づけられ,また,Cuサイトの超微細結合が温度依存をもつことがすでに報告されている。PrCu2Si2は,21Kという異常に高いネール点をもつ反強磁性体であり,また,約130Kの結晶場分裂が報告されている。GdCu2Si2は,ネール点が12Kの反強磁性体である。

 CeCu2Si2においては,CuおよびSiの両サイトで超微細結合に温度依存が見られ,両サイトのKnightシフトの温度依存は顕著に異なっていることが明らかになった。また,超微細結合の異方性は低温で大きくなり,特にc軸方向の磁場に対して両方のサイトで超微細結合が負になるという異常が観測された。YbCu2Si2においては,SiサイトにおいてもCuサイトと同様に,温度依存のある超微細結合が観測され,両サイトのKnightシフトの温度依存は顕著に異なっていることが明らかになった。また,Siサイトの超微細結合の異方性は低温で顕著になっている。

 本論文では,希土類化合物中の非磁性サイトの超微細結合に関し,結晶構造や非磁性原子の種類に依らずJ=L-Sのイオンに対して正,J=L+Sに対して負となるという経験則が成り立つことを指摘した。この経験則は,超微細結合が非磁性原子サイトのs電子のスピン偏極によることを示している。また,非磁性サイトのスピン偏極は,4f電子によって直接起こるのではなく,5s,5p殻の偏極を通して起こる。一方,CeCu2Si2ではこの経験則が成り立っておらず,4f電子とCu,Siサイトのs電子の直接の混成が示唆される。本論文では,超微細結合が温度依存を示すメカニズムとしてこの直接混成を考え,1イオン帯磁率と非磁性サイトのsスピン偏極を計算し,実験結果が次のように定性的に説明できることを示した。結晶場分裂がある場合,1イオン帯磁率とsスピン偏極はそれぞれ,Curie項とVan Vleck項の和として表されるが,各項は異なる超微細結合定数をもっているため,結晶場レベルの占有率が温度とともに変わるにしたがって,超微細結合も変化する。低温ではほぼ基底レベルだけが占有され,超微細結合は基底状態の波動関数によって決まる異方性とサイト依存性をもつ。一方,高温では結晶場レベルは均等に占有され,超微細結合は等方的になる。

 PrCu2Si2およびGdCu2Si2においては,直線のK-プロットが得られた。二つの物質で超微細結合の異方性とサイト依存を比較すると,PrCu2Si2ではSiサイトの超微細結合が強くなっており,4f電子とSiサイトの価電子の混成が強まっていることを示している。また,PrCu2Si2の21Kという異常に高いネール温度も強い混成の効果を示唆していると考えることができる。4f電子と非磁性サイトの価電子の直接混成は,結晶場分裂程度の温度で超微細結合の温度依存をもたらすと予想されるが,PrCu2Si2の場合,結晶場分裂が小さいため,常磁性領域では温度依存が見られないと説明できる。

 次に,CeCu2Si2とYbCu2Si2について,CuおよびSiサイトの核スピン格子緩和時間(T1)を測定し,その異方性とサイト依存を調べた。まず,YCu2Si2,LaCu2Si2のT1との比較から,緩和率が伝導電子系の寄与と,f電子系からの寄与と見なせる残りの寄与の和に表せることが明らかになった。さらに,CeCu2Si2,YbCu2Si2の両方で,CuとSiサイトのT1の温度依存が顕著に異なっているが,T1の温度依存のサイトによる違いは大部分が伝導電子系の寄与の差によるものであることがわかった。

 f電子系の寄与については,次のような結果を得た。CeCu2Si2については,CuサイトとSiサイトのf電子の寄与は高温で比例しており,超微細結合の顕著な温度依存にもかかわらず,低温でも直線からのずれは小さい。また,異方性に関しても温度依存は小さい。さらに,高温ではCuサイトの超微細結合がほぼ0であるにもかかわらず,Siサイトと同じオーダーの緩和率をもつという結果を得た。一方YbCu2Si2では,超微細結合が高温の値から変わり始めるのとほぼ同じ温度で,Siサイトの異方性が変化することがわかった。CuサイトとSiサイトのf電子の寄与の比も,同じ温度で弱く変化する。

 通常使われる緩和率の表式では,実験から得られた超微細結合を用いると高温の緩和率の異方性,サイト依存を定量的に説明することはできない。一方,超微細結合がf電子と非磁性サイトのs電子の直接混成による場合,"()の中のCurie項およびVan Vleck項は異なる超微細結合をもち,YbCu2Si2の異方性とサイト依存の変化が定性的に説明できる。CeCu2Si2については,基底状態のCurie項の寄与が高温においても支配的であるとすれば,異方性とサイト依存の変化が小さいことは説明できる。また,Curie項としてLorentzianを仮定してと表した場合,gとして帯磁率あるいはKnightシフトを使うことがしばしば行われてきたが,これらはVan Vleck項も含んでおり,不適切である。本論文では,gがCurie則に従うとしてT1からの温度依存を求め,およそ70K以上で中性子準弾性散乱の線幅の温度依存と比例する結果を得た。また,K-プロットの低温部分から求めた超微細結合を用いて異方性とサイト依存の解析も行ったが,定量的な一致は得られなかった。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は序章で本研究の背景となるNMRを手段とした希土類化合物の磁性研究の現状と問題点をまとめている。第2章は実験手法に当てられ、用いた試料、NMRおよび磁気測定についてのべ、第3章は本研究で取り上げた試料の帯磁率とKnightシフトの実験結果について記述され、第4章では第3章で述べられた静的挙動についての議論が展開されている。第5章では核緩和の測定による動的挙動に関する実験結果とその考察が記述され、第6章では本研究で得られた新しい知見についてまとめられている。

 NMRは、希土類化合物の磁性研究に於ける強力な実験手段のひとつであるが、4f電子の強い超微細結合のため、常磁性状態で希土類原子核の共鳴を観測することが困難であり、これまで非磁性原子核の共鳴を用いて研究が行われてきた。しかし、希土類化合物においては、超微細結合に温度依存がある場合がしばしば観測され、現状では、非磁性原子核の超微細結合の性質について定性的な理解も十分でなく、実験結果の解釈が困難になっている。

 本論文は、この温度依存を持つ超微細結合のメカニズムと、超微細結合に温度依存がある場合の核磁気緩和の性質とを明らかにすることを目的とした。特に、この核磁気緩和の性質に関する研究は、本論文において初めて取り上げられた問題である。

 上記の目的のために適した試料としてThCr2Si2型構造をもつRCu2Si2系の化合物の中から、CeCu2Si2,YbCu2Si2,PrCu2Si2,GdCu2Si2を取り上げ、帯磁率と、Cu,Siの2つのサイトのKnightシフトの温度依存性を、異方性を含めて測定し、超微細結合の異方性とサイト依存性を調べた。さらに、CeCu2Si2,YbCu2Si2について、両サイトの核磁気緩和率の温度依存性を異方性を含めて測定した。

 CeCu2Si2において、これまで低温に限られていたCuとSiのKnightシフトの測定を室温まで精度よく行い、両サイトで超微細結合に温度依存のあることを明らかにした。さらに、両サイトの超微細結合の温度依存の顕著に異なっており、また、異方的であることを見い出した。YbCu2Si2においては、これまでCuサイトの超微細結合の異方的な温度依存が報告されていたが、SiサイトについてもCuサイトと異なる顕著な温度依存があることを明らかにした。

 本論文では、希土類化合物中の非磁性サイトの超微細結合に関する、結晶構造や非磁性原子の種類に依らずJ=L-Sのイオンに対して正、J=L+Sに対して負となるという経験則を基に、観測された超微細結合の温度依存の原因が考察されている。この経験則は、超微細結合が非磁性原子サイトのs電子のスピン偏極によること、さらに、このスピン偏極は、4f電子によって直接起こるのではなく、5s,5p閉殻の偏極を通して起こることを示している。しかしながら、CeCu2Si2ではこの経験則が成り立っておらず、4f電子とCu,Siサイトのs電子の直接の混成が示唆された。これまで、4f電子とs電子の直接混成による超微細結合は等方的であると考えられてきたが本論文では、結晶場レベルしだいで異方的かつ正負いずれの符号も取りうることを理論的に示した。さらに、観測された超微細結合の温度依存性が定性的に説明できることを示した。

 PrCu2Si2およびGdCu2Si2については、超微細結合の異方性とサイト依存性を比較し、PrCu2Si2ではSiサイトの超微細結合が強くなっていることを見い出した。この結果は、4f電子とSiサイトの価電子の混成が強まっていることを示唆し、さらにPrCu2Si2の21Kという異常に高いネール温度も、この混成の効果に起因していると指摘している。

 次に、CeCu2Si2とYbCu2Si2の核磁気緩和率の異方性とサイト依存性が考察されている。まず、YCu2Si2,LaCu2Si2の緩和率との比較から、緩和率が伝導電子系の寄与と、f電子系からの寄与の和に表せることを示した。このような和に書けることは、実験的には本論文において初めて示された。さらに、2つの物質で、CuとSiサイトの緩和率の温度依存性が顕著に異なっているが、このサイトによる違いは大部分が伝導電子系の寄与の差によるものであることを示した。

 f電子系の寄与については、次のような結果を得た。CeCu2Si2では、緩和率に超微細結合の顕著な温度依存の明らかな影響は見られない。一方、YbCu2Si2では、超微細結合の変化する同じ温度領域で、Siサイトの異方性が著しく変化する。これらの結果は超微細結合がf電子と非磁性サイトのs電子との直接混成に起因すると仮定して定性的に説明できることを示した。

 以上のように本論文は希土類化合物における超微細結合の温度依存について異方性とサイト依存の測定結果からそのメカニズムについて重要な知見を見出し、この分野の発展に多大な寄与を与えるものと考えられ、審査員全員一致で論文提出者にたいして博士(理学)の学位を授けるに十分と認定した。なお、本論文の内容の一部は共同研究による成果を含むが、いずれも論文提出者が主体的に行ったものである。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50680