内容要旨 | | モホ面が高傾斜角をなす不規則構造,例えば2つの大陸間のプレート境界や山の根構造等,を横断するラブ波伝播の問題を,特に位相速度特性と表面波逆問題で考慮される水平成層構造との関係,位相速度方向依存性発生の起源,そして多重反射や回折を含む散乱メカニズムに焦点をあてて研究する。2次元,3次元有限差分法を用いた数値シミュレーションによってこれらの問題を理論的に解明する。山の根構造は地表においては平らな自由表面をなすが,モホ面は有限な領域において高傾斜角(20°-30°)で対称的にマントルの中へ突き出していると仮定する。計算の概要は先ず2次元2階の偏微分方程式を中心差分表現で近似し,異なる弾性的性質を有する媒質の境界においては応力及び変位の連続を仮定する。数値計算の精度は垂直境界や水平成層構造に対して得られた透過係数や位相速度の解析解と厳密に比較されその精度は非常に高い事が確認された。山の根構造の計算モデルとして左右の傾斜面が斜めの直線で近似される構造,モデルEを仮定する。ラブ波が山の根構造を伝播する場合に地表で観測される伝播特性の重要な特徴を抽出すると次の様になる。 上記の山の根構造領域における位相速度は,BOORE(1970)によって得られた海-大陸遷移帯(傾斜角約10°)を横断するラブ波位相速度や,LEVANDER(1985)によって得られた大陸プレート内の山の根構造(傾斜角約20°)を横断するレイリー波位相速度とはやや異なる特性を示す。山の根構造の領域で波が入って来る方向を風上,出て行く方向を風下と定義すると,山の根構造の風上の端から中央部に伝播する(下降伝播)場合の位相速度は周期の増加と共にわずかに増加する。中央部から風下の端へ伝播する(上昇伝播)場合の位相速度は単調に増加する。短周期では下降伝播の位相速度は上昇伝播のそれより高い。しかるに長周期ではその特性は逆になる。又,傾斜面の不規則性の強弱と散乱特性との相互関係を知る為に,散乱波が比較的発生し易い構造,即ち,マクロな傾斜角は同一とし傾斜面が一連の小ステップで近似される構造,モデルDを仮定しその位相速度を調べた。その結果モデルDに於ては周期の全領域で位相速度の振動が数回見られた。モデルEの位相速度はそのような振動はなく非常に安定しており,モデルDの位相速度を平滑したものに近い。両モデル共に山の根構造を横断する平均的位相速度分散曲線は,下降伝播と上昇伝播に対する分散曲線の中間的ふるまいをし,短周期,長周期でそれぞれ地殻の最も厚い構造(D-構造),最も薄い構造(S-構造)の水平成層構造に対する分散曲線に近づく。 山の根構造領域の平均的位相速度分散曲線を水平成層構造で解釈する方法として,不均一層内の弾性パラメータを合成する為の重み係数を導入した。そのその重み係数は横方向に不均一な層の全領域の面積(長さ)に対する任意の媒質が占める面積(長さ)の比として定義される。この重み係数を使って不規則構造を複数の水平層構造に分割した各層内のS波速度と密度の合成弾性パラメータをつくる事により,不規則構造全領域を水平成層構造でモデル化する。この水平構造は平均的位相速度を観測データとして特異値分解を使ってインバージョンで得られた構造よりも実際の構造に近い事を証明した。重み係数を使って得られる構造はS波速度,密度共に深さが増すにつれて増加するが,特異値分解で得られる構造は深さが増しても密度はほぼ一定,S波速度は減少するという傾向を持つ。即ち,後者の方法ではみかけ低速度層が出現し実際の不規則構造に即しない結果を得る。この事はラブ波のみによるインバージョンに1つの注意を示唆している。 位相速度の方向依存性や異常を水平方向均質構造と不均質構造を伝播するラブ波の位相スペクトル変化によって説明した。これらの位相スペクトル変化は山の根構造の風上の端では少し変動し,中央部ではやや大きく,風下の端で最大である。この位相スペクトル変化は風上から風下へ向けて系統的に推移し,振幅(倍率)特性の系統的変化と調和する。振幅特性は風上では短周期で相対的に振幅が大きく,中央部では短周期から長周期にかけてほぼ単調に増加し,風下では長周期で振幅が増加する傾向をもつ。このような傾向はモデルD,E共に見られるが,モデルEの方が変化は非常に小さい。このモデルEは不規則構造の水平方向の長さ,深さ方向の伸びをパラメータとして種々の凹面構造を仮定してその振幅特性を調べた結果,風上と風下にだけステップをもち,かつ深さ方向の幅がより狭い単純な構造と類似な特性をもつ事を解明した。ラブ波粒子の変位成分のトモグラフイイメージスナップショットは鮮明に次の事を示す。即ち,入射波と散乱波との干渉はモホ不規則構造の境界同様に自由表面でも特異な位相と振幅分布をつくり出す。複数の散乱波の空間的干渉の結果,地下深部に連続的に伸びている振幅分布は地表と地殼中央部でその強弱が逆転し,かつマントルで2つの塊に分裂する。 又,波動場の中から媒質内部層境界の不規則性によってだけ生ずる散乱波のみの変位分布を抽出し,散乱波の成長を一連のスナップショットの画像解析を通して観察すると次の事が分かる。即ち,散乱波の波群は異なる不規則境界で多重発生した散乱波同志の干渉により合体してつくられ,恰も1つの散乱源から発生したかのように周囲に同心円状に伝播してゆく。透過波,反射波,回折波そして実体波からなる散乱波は2つの共鳴波長を示す。1つは平行層だけに依存した共鳴波長であり,もう1つは山の根構造と平行層との結合により生じる共鳴波長である。ラブ波の散乱特性はMOMOI(1981)によって研究された大陸棚に側面する半円状の湾に沿って伝播する長波の散乱特性に調和的である。数値シミュレーションによって得られた合成波形のフーリエスペクトル解析によると自由表面における散乱波のエネルギーは山の根構造の風下の端で最も強く,中央部で中間的,風上の端で最も弱い。これらのエネルギー分配は自由表面におけるラブ波の位相スペクトルの変化の割合と良く調和する。スナップショットの画像解析から得られた初期段階に形成され,下方に向かって伝播する散乱波のみの位相速度はS-構造に対する位相速度よりやや高めであり,上述の平行層に依存した散乱波の共鳴波長に対応する事が確認できる。又,この散乱波は実体波と表面波が結合した波である事も確認出来る。 不規則構造領域で発生するラブ波の散乱現象の物理的解明を容易にする為に,不規則構造領域内で起こる透過波と反射波,反射波と反射波の多重反射を考慮して波線理論を使って透過係数を見積もる方法を開発した。これは1つの垂直境界上の透過係数を計算するALSOP(1966)の方法を発展させたものである。多重反射の効果を考慮して求めた透過係数と数値シミュレーションによって得られた合成波形のスペクトル解析に基づいて計算した透過係数を比較すると,山の根構造の中央部ではモデルD,E共に透過係数はすべての周期範囲で多重反射によって説明される。モデルEにおいては極く狭い短周期の部分を除いて風上,中央部,風下における透過係数は概ね多重反射の理論によって説明される。これは傾斜面が滑らかであれば実体波の影響は小さいという事を示す。短周期部分の相対的に大きな振幅は,下降伝播に属する風上で生じた実体波の干渉によって増幅された波のエネルギーが風下にまで運ばれ,中央部や上昇伝播に属する風下の振幅特性に影響を及ぼしていると推定される。実体波のエネルギー放出の特性は下降伝播(風上)では短周期に,上昇伝播(風下)では長周期に増加するという特性をもつ。モデルDにおいて風上では短周期の,風下では長周期の透過係数が大きく,多重反射によって説明できないが,これは透過係数を推定する時に考慮されなかった実体波エネルギー放出の周期依存性と非常に良く一致する。 モデルEによる2次元問題を3次元問題に拡張し,(a)トランスバース方向狭帯域モホ不均質境界面の大円からの距離Dの効果を調べると,入射波の最大波長をLとするとD=L/2の場合に2次元構造における伝播特性に類似し,DがL以上の場合に2次元問題で得られた特性と同一特性となる;(b)トランスバース方向モホ不均質境界面が傾斜している場合には傾斜角が30度以内で2次元伝播特性とほぼ同一特性を示す;(c)トランスバース方向モホ不均質構造に斜めに入射する場合には入射角が30度以内で2次元伝播特性に近くなる,という結果が得られた。これらの結果より3次元モホ面不規則構造と2次元問題との関連性を明確にした。又,斜角入射に関する限り透過係数は入射角に依存しない,トランスバース方向に不均質性が弱い場合には2次元構造より3次元構造で得られる透過係数の方が多重反射を考慮して計算される透過係数と良く一致する,トランスバース方向モホ不均質構造に基づくP-SV成分散乱波の最大振幅はSH成分最大振幅の10%以下である等が明らかになった。 |