【目的】 肝臓は生体内恒常性維持を担当する主要な臓器であり、肝細胞は環境や自己の状態に適応して代謝諸経路をコントロールしている。しかし肝細胞が危機的状態に陥ると、肝細胞自身の生存を優先するような経路が亢進する可能性が考えられる。緊急時すなわち肝疾患時にどのような栄養素や代謝中間体が肝臓で有用であるかを知ることは、肝臓病患者の治療や栄養補給の観点から非常に意義深いことと考えられる。最近我々は糖原性アミノ酸であるalanine(Ala)とglutamine(Gln)の重量比1:1の混合物が、ethanolおよび糖新生阻害剤であるhydrazine sulfateによってラットに惹起される重篤な脂肪肝の進展防止効果を持つことを見いだした。そこで、多量の糖原性アミノ酸が肝臓で利用されることによって肝障害改善効果を発揮しうるのではないかという仮説のもとに、以下の目的で研究を行なった。
1.肝機能低下および肝細胞壊死を伴う肝障害のモデル動物において、アミノ酸投与が有用であるか否かを確認する。
2.臨床使用を考慮し、アミノ酸の薬効が肝障害に広く普遍性をもって有効であるかどうかを確認する。
3.薬効を示したアミノ酸についてその作用メカニズムを明らかにする。
【結果】 1.・D-galactosamine(D-gal)を600mg/kgBW投与したラットでは投与24〜48時間後に血漿中transaminase濃度が正常群に比べ著明に上昇したが、AlaとGlnの重量比1:1混合物経口投与群ではその程度が軽度であった。血漿中bilirubin濃度はD-gal投与後著明に上昇し血漿中脂質、タンパク質濃度及び肝重量はD-gal投与で減少する傾向があった。Ala+Gln投与群では各指標ともD-gal投与群よりも正常群に近い値であった。肝臓の病理組織の観察でもAla+Gln投与群は対照群に比べて細胞壊死が少なかった。
・Ala+GlnはD-gal投与ラットにおいて、その経口投与量が0.5g/kgBW以上で薬効を示し、2g/kg以上で最大の薬効を示した。AlaとGlnには明確な相加効果は認められなかった。カゼイン組成のアミノ酸混合物および分岐鎖アミノ酸には肝障害抑制効果は認められなかった。尿素サイクル構成アミノ酸をD-gal投与前に投与した場合、D-galによる血漿中transaminase濃度上昇を抑制したが、D-gal投与後に投与した場合は血漿transaminase濃度上昇の抑制も組織障害の改善も認められなかった。
・初代培養肝細胞を4mmol/lのD-gal存在下で培養すると、D-gal添加24時間後から著明にlactate dehydrogenase(LDH)が細胞から逸脱した。アミノ酸を高濃度で培地中に存在させると、AlaのみにD-galによって生じたLDH逸脱を抑制する効果が認められ、その有効濃度は6mmol/l以上であった。
2.・D-gal投与ラットにAla+Glnを経口投与した場合、発症前に投与すると最も有効であったが、発症後に投与した場合もD-gal単独投与群に比べて血漿中transaminase濃度は低値であった。
・D-gal投与12時間目から12時間かけてAla(6g/kgBW)を持続静注すると、等量のアミノ酸混合物を投与した対照群に比べAla投与群の血漿中transaminase濃度は有意に低かった。Ala持続静注終了直後の末梢血中Ala濃度は約600mol/dlであり、in vitroにおけるAlaの有効濃度とほぼ一致した。
・初代培養肝細胞を用いたモデル系ではAlaを肝細胞に長時間作用させるほどその薬効は明確であったが、D-gal肝障害が成立し細胞からの著明なLDH逸脱が生じた後にAlaを培地に加えても薬効は認められた。正常肝細胞においても、Ala添加群では培養開始4、5、6日目にLDH逸脱の割合が有意に対照群よりも低く、肝細胞の生存率は培養開始5日及び6日後にAla添加群で対照群に比べて有意に高かった。
・3日間隔でCCl4(2ml/kg)を3回ラットに投与すると、正常値に比べて著明な血漿中transaminase濃度上昇および血漿中bilirubin濃度上昇が認められたが、Ala投与群ではそれらの濃度上昇がAla無投与群に比べ有意に抑制された。CCl4単独投与群では中心静脈周囲の肝細胞壊死、脱落が著明に認められ、macrophageの浸潤及び細胞分裂中の肝細胞が多く観察された。これらの変化はAla投与群で少なかった。
・部分肝切除ラットにAla+Gln(1g/kg BW)を6時間毎に経口投与した場合、肝切除48時間後にAla+Gln投与群の肝湿重量が無投与群に比べ大きい傾向が認められた。肝labeling indexを肝切除24時間後に測定し、その3時間前にAla+Glnをラットに経口投与(2g/kg BW)すると、無投与群に比べてlabeling indexが有意に上昇し肝でのDNA合成が促進された。AlaとGlnの比較ではAla投与群の効果が顕著であった。
3.・D-gal投与24時間後にAlaを経口投与(2g/kg BW)した動物ではAla投与1時間後に血漿中Ala濃度が顕著に増加し(約300mol/dl)、Ala投与2時間後では1時間後の1/2程度に低下した。血漿中Gln濃度はAla投与により軽度上昇したが、その他のアミノ酸にはAla投与による著しい変動は認められなかった。
・初代培養肝細胞中ATP量と、D-galにより細胞から逸脱したLDHとの間に強い負の二相性の相関が認められた。従ってD-galによる障害ではまずATP量の減少が生じ、その後細胞の壊死が生じると考えられた。D-gal添加48時間目において、Ala添加(60mmol/l)群では細胞タンパク質あたりのATP量の減少が対照に比べ有意に抑制されていた。glucose添加ではそのような効果は認められなかった。正常肝細胞では、60mmol/lのAlaを添加した2時間及び6時間後に細胞あたりのATP量の有意な増加が認められた。
・D-galを大量に(1.4g/kg BW)ラットに投与して重篤な肝障害を引き起こすと、出血、傾眠状態が認められ、動物の90%以上が投与5日後までに死亡し、死亡した個体には重度の黄疸および著明な肝臓の萎縮が認められた。しかしながらAla投与によってモデル動物は90%以上が生存し、実験終了後も存命した。急性肝不全ラットでは、血漿中総ケトン体濃度(acetoacetate+-hydroxybutyrate)がD-gal投与12時間後から上昇し、その後-hydroxybutyrate濃度はさらに上昇した。動脈血中ケトン体比(AKBR)はD-gal投与前に比較して各測定時間とも著明に低値であった。プロトロンビン時間の延長と血漿中 aspartate transaminase(AST)の濃度上昇はD-gal投与12時間以後に認められた。血漿中総bilirubin濃度はD-gal投与36時間後から著明に上昇した。死亡個体が出現する直前のD-gal投与48時間目において、Ala投与群ではこれらの変化が有意に抑制された。
・急性肝不全ラットにおいて、肝臓中ATP濃度はD-gal投与12時間後から有意に低下した。同一個体における肝臓中ATP量を縦軸に、血漿中AST濃度を横軸にプロットするとin vitroでの結果と同様に強い負の二相性の相関が認められ、肝細胞壊死が生じる前に肝臓中のATPの減少が生じるものと考えられた。D-gal投与48時間目においてAla投与群の肝ATP量はD-gal単独群だけでなく、正常群に比べても有意に高値を示した。一方glucose投与群ではD-gal単独群に比較してこれら指標の改善は全く認められなかった。
【結論】 1.D-gal肝障害動物において、アミノ酸の大量投与によって肝細胞壊死、肝機能悪化の防止効果が認められ、AlaとGlnに治療効果が認められた。初代培養肝細胞からの細胞内酵素逸脱抑制に有効であったAlaのみが肝実質細胞に直接作用するものと考えられた。
2.体内への投与経路に関わらずD-gal肝障害成立後に投与しても有効であったこと、正常初代培養肝細胞の維持に有用であったこと、CCl4投与動物の肝障害改善にも有効であったことから、Alaは広く肝障害一般に対して有効であると考えられた。さらにAla投与が部分肝切除動物の残存肝の再生を促進したことから、Alaは肝細胞壊死抑制効果と肝再生促進効果を併せ持つ有用物質であると考えられた。
3.主要なAlaの代謝臓器は肝臓であり、モデル動物にAlaを投与すると血中Ala濃度の減少速度が極めて大きいこと、有効投与量のAlaを投与された直後の動物の血中Ala濃度と培養肝細胞系での有効濃度が一致したことから、大量のAlaが肝臓で代謝された結果Alaの薬効が発揮されるものと考えられた。さらにAla投与はモデル動物のAKBRを改善し、細胞内ATP量を増加させることから、Alaは肝細胞のNAD+とNADHのバランスを改善し、ATP合成能を賦活化することによって肝機能を維持し、動物の生存率を改善すると考えられた。