本論文は、マレーシア産木材に関する一連の研究を基にマレーシア産木材の包括的利用を促すための方策を論じたもので、7章から成り立っている。本論文の基礎となる主たる研究は次の二つである。 (1)マレーシア産木材の名称と性質:マレーシア材の名称、分類、特性及び用途について集成したもので、2,000種以上の木材を扱い、木材グループの数で209(うち未利用樹種58)、主要樹種として815種(うち未利用樹種192種)を取り上げた。 (2)半島マレーシアの未利用樹種の木材組織:半島マレーシアにおける未利用樹種に関する1975年までの研究成果をまとめた。48の木材グループ、172樹種を取り上げ、木材解剖学的特性、物理的特性並びに未利用樹種の潜在用途について詳述した。 本研究には以下の背景がある。マレーシア国における木材市場は、当初は英国への試行的商品委託販売であり、1930年代に始まった(Edwards,1934)。以降、マレーシア産木材は、木材の国際市場において強力な地位を築き上げてきた。しかしながら、これらの木材はそれぞれの樹種がそのネームヴァリューによって取引されており、このことがいくつかの問題を惹き起こしている。その問題の一つに、それまで市場に知られていなかった、いわゆる未利用樹種の市場への参入が極めて難しいということがある(第1章)。 マレーシア国は、豊富な樹種からなる豊かな熱帯雨林に恵まれている。それらの樹種のうちいくつかは、たとえばメランティ類(Shorea spp.)などは世界的にも名が通っている。一方で、知名度の低い樹種も多く、材としての利用という観点から、幹の周囲が90cmに達する樹種に絞っても、半島マレーシアだけで3,000種を数えるといわれている(Whitmore,1972)。また、真の意味で優占する科というものがない南米の森林と異なり、マレーシアの熱帯雨林にはいくつかの優占する科がある。その中でも顕著なのはフタバガキ科であり、マレーシアの商業樹種としてリストアップされている58の木材グループのうち19グループはこの科のものである。しかし、地方名、商業名など樹種名には混乱があり、それらを検討し、統一を図った(第2章)。 マレーシア国では商業樹種を開発する上で、このような優占する科の木材にスポットライトを当てて行ってきており、森林生態系においてより従属的な科の樹種については顧みられることがなかった。上記58グループの商業樹種に含まれる樹種数は、3,000樹種のうち僅か400種に過ぎない。さらに一歩進んで調査をしてみたところ、これら400種すべてが相当量扱われているというわけでもなく、ある程度の量的まとまりを以て実際に輸出もされる樹種となると、35種に過ぎないことを明らかとした。このことは、多くの樹種が商業的な価値を見いだされないまま森の中で眠っているということを意味している。このような特定樹種名志向型ともいうべき市場のシステムが続いた結果として、いくつかの商業樹種が急速な資源的枯渇に向かっている。それは実際に、国際市場からラミン(Gonystylus spp.)やチェンガル(Neobalanocarpus heimii)といった木材が姿を消したことにも現れている。その一方で、木材資源の有効活用の観点から、未利用樹種の利用開発を図ることが重要であるにも拘わらず、現在の木材市場は新規樹種の参入を拒むものとなっている。このシステムが、長期的な視点に立った森林資源の持続的な利用にとって好ましいものでないことは明らかである(第3章)。 すでに市場において地位を得ている樹種と比較するため、それらと共に未利用樹種の特性に関し、木材組織、強度、耐性、保存処理難易、加工特性、釘打ち特性、乾燥特性等の視点から分析を行った(第4章、第5章)。 上述のような状況を打開するためには、木材市場において革新的な手段を導入する必要がある。マレーシア産木材をより包括的に利用していく手段の核となるのは未利用樹種の商業樹種化であると考え、その目的の達成に向けて、まず、未利用樹種をそれぞれの物理特性に従って、すでに名前の通った商業樹種と結びつける手段を提案した。それは、「最終用途分類」という新たな市場概念の導入である。すなわち、最終用途目的が要求する特性を分析した上で、それに適した特性を有する木材を樹種に拘わらずひとつの「最終用途グループ」に分類し、これにより、未利用樹種と、より名前の通った樹種とを結びつけたわけである(第6章)。 先に設定した8つの最終用途区分に、名の通っている商業樹種に加え、これらの調査分析により特性を明らかにした未利用樹種のリストをあてはめたのが附表「最終用途区分による従来商業樹種及び未利用樹種の分類」である。 この最終用途分類を採用することにより、木材市場が木材資源のより包括的な利用を図っていく上での支障となっている主だった問題を解決することができる。すなわち、 ・これまで名前の通っている木材の利用可能性が広がり、より柔軟かつ動的な市場システムが達成される。特定木材名志向型の市場では、ある木材が一度ある特定の用途に使われることで有名になると、それ以外の用途には使われなくなるという傾向がある。最終用途分類を採用する市場では、このような排他的利用が解消される。 ・名前の通っている樹種と結びつけることにより、未利用樹種の市場での可能性が創出される。特定木材名志向型の市場では言うまでもなく木材名が重視され、名前の通っていない未利用樹種に可能性はない。最終用途分類を採用する市場では、最終用途の要求する特性が重要視され、木材名は問題ではなくなる。 ・需要者の選択の幅が広がり、供給不足の問題が解決される。未利用樹種を市場で流通させる上での問題点として、量的な安定供給に対する不安が指摘される。最終用途分類を採用することにより、特定の樹種ではなく、ひとつのグループとしてのまとまりでの供給が期待できる。 ・価値ある木材資源が森林内に放置されることなく市場において正当な評価を得ることとなり、森林資源の有効利用及び持続的経営が図られることとなる。名前の通った商業樹種の収穫は略奪的に行われ易いが、未利用樹種の市場価値が高まることにより、効率的かつ保続的な収穫法の採用が期待できる。 |