ダイズの多収のためには、300kg ha-1以上の窒素の吸収が必要である。これを固定窒素のみに頼っては限界がある。何故なら、窒素固定能の発現には光合成産物の十分な供給が不可欠であり、生育後期の葉重を確保する必要がある。そのためには、基肥窒素を施用して初期生育を促進しなければならない。しかし、窒素を多く施用すると根粒の着生が抑制されることが知られており、窒素の施用効果は低く、窒素固定と窒素施肥を両立させることは極めて難しい。しかし、窒素固定と窒素施肥を併用することがダイズ多収の必要条件となっている。そこで、根粒の働きを最大限に活用するため、根粒活性に影響する要因を検討した。 土壌水分が根粒活性に影響することを認めた。また、土壌中の塩素イオン等のアニオンが根粒の着生やダイズの初期生育に悪影響を及ぼすことを明らかにした。このとき、ナトリウム等のカチオンの影響は全く認められなかった。 根粒比活性と根粒の比呼吸量とには比例関係があり、根粒活性の発現には呼吸が重要であることを認めた。そこで、根粒の呼吸に関わっているとされる根粒中のレグヘモグロビンの役割について検討した。 レグヘモグロビンに一酸化炭素を作用させたところ、根粒活性は強く阻害されるが、呼吸は全く影響されず、窒素固定に利用されるべき還元力に等しい量の水素の発生が認められた。すなわち、還元力を生む呼吸は一酸化炭素によって影響されないと考えられた。このことは、根粒のレグヘモグロビンが根粒の呼吸に携わっているとする常識を覆すものである。 硝酸態窒素が根粒の着生を阻害することは良く知られている。しかし、硝酸態窒素が根粒活性に影響するかどうかについては意見が分かれている。基肥窒素の増施によって根の硝酸態窒素濃度が高まり、根粒着生量及び根粒比活性は減少した。ダイズの根の硝酸態窒素は開花期2週間後には消失するが、この時点においても葉の窒素含有率と根粒比活性とに高い負の相関関係が認められた。すなわち、根粒活性に影響するのは硝酸態窒素ではなく、地上部の窒素栄養状態であることが示唆された。 地上部の窒素栄養状態と根粒比活性との関係を明らかにするため、ダイズの各部位の窒素含有率及びグルコース濃度並びに根粒比活性の相互関係を検討した。その結果、葉の窒素含有率と根のグルコース濃度とに負の相関関係が認められると共に、根のグルコース濃度と根粒比活性とに正の相関関係が認められた。このことから、葉の窒素含有率が高まると、地上部から地下部への光合成産物の供給が抑制され、根のグルコース濃度が減少するために根粒活性が低下するものと考えられた。すなわち、光合成産物の供給量を制限することによって根粒活性を制御するフィードバック制御機構が存在することが明らかとなった。 窒素追肥等により葉の窒素含有率が高まると、主茎下位葉の単位面積当たりの光合成能が低下した。このことから、ダイズには、窒素供給が十分で窒素固定が必要なくなると、根粒への光合成産物の主な供給源である主茎下位葉の光合成能を積極的に抑制して根粒への光合成産物の供給を制限し、根粒活性を低下させる機構があることが示唆された。地上部の窒素含有率を高めておけば根粒への光合成産物の供給を節約できるとの考え方もあるが、ダイズは主茎下位葉の光合成能を低下させているため、根粒活性を抑制することが光合成産物の節約に必ずしもつながらない可能性がある。この根粒活性制御機構のため、葉面散布等如何なる方法を用いて窒素を施用しても根粒活性は低下するため、水田転換初作圃場のように、根粒の着生が良好な圃場においては、緩効性肥料或いは有機物の施用等による低濃度で持続的な窒素供給方法や下層施肥等の根粒着生位置から遠い場所への施肥等の方法を用いても明確な増収効果は認められなかった。 次に、窒素施用量と根粒着生量との関係について検討した。 根粒の粒径別粒数分布の形状は根粒の肥大速度と根粒数増加速度を反映していることを明らかにした。すなわち、根粒粒径毎の頻度分布の内、出現頻度の最も高い粒径が長径となる(平均根粒重が大きい)ほど、根粒数の増加率(増加速度を根粒数で除した値)が低いことが明らかとなった。このことから、平均根粒重が大きいダイズでは、その後の根粒数の増加が期待できないことが予想される。そこで、基肥窒素施用量が異なるダイズの根粒粒径別粒数分布を解析したところ、初期に根粒着生量を確保することが窒素固定量の増加に必ずしも結びつかないことを明らかにした。すなわち、窒素固定量を最大とする適切な窒素施用量が存在することが示された。 圃場における窒素の適切な施用量は、収量を最大とするものでなければならない。基肥窒素の施用量は、生育初期のダイズの窒素栄養状態に影響する。そこで、発芽1ヶ月後の葉の窒素含有率と収量との関係を検討した結果、この時期の葉の窒素含有率が50〜55mg g-1で収量が最大となった。しかし、この関係は年次によって異なり、気象の影響が考えられた。すなわち、その後の天候によって生育量が違うと、生育初期の窒素吸収量が同じであっても開花期での葉の窒素含有率は異なり、根粒比活性への影響の現れ方が異なってくる。なぜならば、根粒比活性に影響するのは葉の窒素含有率であって、窒素吸収量ではないからである。 根粒比活性は葉の窒素含有率に依存し、葉の窒素含有率は乾物生産量で変わる。また、葉の窒素含有率が一定となる最大繁茂期では、根粒への光合成産物供給量は葉重で決まる。そのため、生育期間中の窒素固定量は、窒素栄養状態と共に乾物生産量にも影響されると考えられるので、乾物生産と収量の関係を検討した。 収穫期の茎重の増加に伴って、茎莢重に占める莢重の割合(莢重率)は、直線的に減少した。この関係から、収量を最大とする茎重が存在することが明らかとなった。また、最大繁茂期の茎葉重に占める葉重の割合(葉重率)も、茎重の増加に伴い直線的に減少した。この関係と、ダイズの生育を維持するための最低限の葉重率を仮定すると、茎葉重の生育限界が認められた。さらに、開花期の茎重と最大繁茂期の茎重は、飽和曲線で回帰できた。この関係式を用いて開花期の茎重から最大繁茂期の茎重を推定できることが明らかとなった。また、最大繁茂期から収穫期にかけての茎重の変化は少なく、ほぼ一定の比率であるから、開花期の茎重が決まると収穫期までの茎重の推移が予測できる。そのため、収穫期における最大収量を得るための茎重は、開花期で決まってしまう。よって、収量を最大とする茎重の生育パターン、すなわち、理想生育型の存在が明らかとなった。 茎重と莢重率との関係を表す直線の定数等のダイズの乾物生産量の特徴を示す乾物生産特性値は、同じ年次であれば、土壌条件、施肥条件及び栽培条件に関わらず一定であった。反面、年次が異なり、気象条件が変わると大きく変動した。このことから、乾物生産特性値は、気象のみに影響されることが明らかとなった。そこで、各年次の気象と乾物生産特性値との関係を検討することによって、ダイズの生育・収量に及ぼす気象の影響について考察できると考えられた。 検討の結果、各乾物生産特性値は、生育期間中の積算気温や積算日射量ではなく、特定の時期の気象条件によって強く影響されることが明らかとなった。これらの結果をもとに、乾物生産特性値を気象条件から予測する方法を構築した。この方法によって、任意の気象条件を検討したところ、年間の平均気温や平均日射量の増減では乾物生産特性値はあまり変動せず、ある特定時期の気象条件によって大きく変動することが明らかとなった。 ダイズの収量は、気象条件によって大きく変動する。よって、完全な気象予測が可能でない限り、確実な多収のための生産目標は得られない。しかし、開花期に茎重を1M〜1.5Mg ha-1の範囲で確保しておけば、気象変動下であっても、ほぼ限界収量に近い収量が得られると期待できる。 このように、人が制御し難い作物であるダイズの多収を得る確実な方法は、栽植密度を変える等の栽培技術を駆使して開花期の生育量を目標値に近づけることである。ダイズ栽培は、開花期までが勝負である。 |