メチルグアニジン(MG)はクレアチニンから生成されるが、その産生には腎疾患との関連で注目を浴びているヒドロキシルラジカルの関与が示唆されるようになってきた。そのためMG値は、ヒドロキシルラジカルのマーカーとして臨床的に有用性が高いと考えられる。グアニジノ化合物は主にHPLC法で分析されているが、多数検体を簡便に測定出来ないため未だ腎疾患治療には用いられていない。本論文は、MGの酵素的定量法の開発を行ない、これを慢性腎不全患者や血液透析患者の尿中・血中のMG測定に適用し、血液透析患者の血中MG値と種々臨床検査値との比較検討を行い、MGの生成に関する活性酸素仮説との関連及びその臨床的意義について検討したものである。 使用酵素の開発 各地の土壌よりMGを分解する微生物を探索し、Alcarigenes sp.がMG分解酵素methylguanidine amidinohydrolaseを生産することを見出した。これは新酵素EC3.5.3.16として登録された。本酵素は基質特異性が高く、MGと反応しモノメチルアミン(MA)と尿素を生成する。次に、土壌中よりMA酸化酵素(MAOD)を生産するBacillus sp.を見出した。本MAODは短鎖モノアミンに対して特異性が高く、MAを酸化しホルムアルデヒド(FA)と過酸化水素を与えた。両酵素を組み合わせMGに作用させると、尿素、アンモニア、過酸化水素、FAを与える。このFAを蛍光測定法で微量定量することを検討した。 新いしFAの蛍光測定試薬の開発 FAの蛍光測定法として、従来より汎用されているacetylacetoneによる蛍光反応を精査し、蛍光体の構造解析等の結果より、methyl3-aminocrotonateを蛍光試薬として用いることが最適であることを見いだした。 MGの酵素的定量法の開発 2種類の酵素を用いてMGを分解し、生成するFAをmethyl3-aminocrotonateと反応し蛍光測定するMG定量系を組み立てることにした。まず、各試薬組成・試薬濃度・測定条件を最適化し定量法を検討し、尿検体に対する信頼性と測定精度も高いMG定量法を開発した。本定量法により慢性腎不全患者の一日の尿中MG排泄量の変化を追跡することが出来た。 次に血液検体について除蛋白条件を検討し、トリクロロ酢酸を用いる酸沈殿法が最適であることが判った。トリクロロ酢酸除蛋白処理後、2種類の酵素を同時に作用させることを可能とし、これにより、血液透析患者の血清中MGを測定出来るようになった。本法はHPLC法と良く相関した。 血液透析患者のMG測定とヒドロキシルラジカルマーカーとしての臨床的検討 本法を用いて血液透析患者263名の週初第一回透析前血清中のMG測定を行い、各種臨床検査項目との関連を検討した。MGと血清クレアチニンの間に相関係数r=0.705の相関関係が認められたが、約1/3の患者ではこの回帰直線からはずれていた。この回帰直線からのずれの大きさを表す指標として△MG値(この回帰式をMG予測計算式と仮定し、Xの値に各患者のクレアチニン測定値を代入し計算したMG予測計算値とMG実測値との差)を考案した。MGの生成機構から考え、この△MG値が大きいほど生体内で活性酸素産生が亢進していることが推測されたが、炎症反応の関与する合併症(感染症、関節痛、消化管出血)では、合併症の認められない患者群に比して△MGの平均値は有意に高値であることから確かめられた。透析歴10年以上の長期透析患者群ではMG濃度及び△MG値のいずれも高値であった。△MG亢進群では、鉄が関連するヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン(Hb)濃度は低値群より有意に高く、また、血清中MG濃度とHb又はミオグロビン/血清鉄比との間に正の相関が得られた。一方、ESRを用いたヒドロキシルラジカル生成モデル実験の結果、低濃度のHb、ミオグロビンと過酸化水素からヒドロキシルラジカルが生成することが確認された。以上より、頻回の血液透析により溶血を起こし易い血液透析患者では遊離Hb生成の可能性が高いこと、また高い血中ミオグロビン濃度のため、遊離Hbと結合しHbを無毒化するハプトグロビンの相対濃度の低下も起こり、Fenton反応が起こりやすくなり、それにより生成するヒドロキシルラジカルによりクレアチニンから高濃度のMGが生成する可能性が推定された。 以上、本論文に於ける研究は、新規二種類の酵素を天然より見いだしたこと、それらをMGに作用させ生ずるFAの新しい蛍光化試薬を開発し、三者を組み合わせた臨床適用可能なMGの定量法を開発したこと、それにより、慢性腎不全患者、血液透析患者、腎疾患患者の尿中、血中MGを測定し、さらに活性酸素産生亢進の指標(△MG)を考案し、血液透析患者では、遊離Hb、ミオグロビンによって生成するヒドロキシルラジカルによりMGが生成する可能性を示唆したことなどより、分析化学、臨床化学の進展に寄与するところ大であると思われ、博士(薬学)論文に値すると判断した。 |