学位論文要旨



No 212938
著者(漢字) 中島,基雄
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,モトオ
標題(和) ヒドロキシルラジカルマーカーとしてのメチルグアニジンの酵素的定量法の開発とその臨床応用
標題(洋)
報告番号 212938
報告番号 乙12938
学位授与日 1996.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12938号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 本間,浩
内容要旨 【序論】

 メチルグアニジン(MG)はアミジノ基を有する分子量73.10の強塩基性物質で、生体内代謝最終産物として腎不全が進行した尿毒症患者の体液中に見出され、尿毒症原因物質の一つとして今世紀初頭より関心が持たれてきた。青柳らは生体内でのMGの産生をIn vitro系で検討し、各種活性酸素、特にヒドロキシルラジカルがクレアチニンからのMG産生に関与していることを明らかにした。それ故にMG測定は尿毒症原因物質の測定というだけでなく、腎臓疾患患者で病態との関連から最近関心が高まっている活性酸素、特にヒドロキシルラジカルのマーカーとして臨床的に有用性が高いと考えられる。グアニジノ化合物の分析は主にHPLC法が行われているが、多数検体を簡便に測定出来ない為に未だ腎臓疾患の治療の現場に実際に適応されていない。そこで著者は臨床的に広く応用が期待されるMGの酵素的定量法の開発を行なった。そして酵素法の多数検体を簡便に測定できる特性を利用し、慢性腎不全患者や血液透析患者の尿中・血中のMG測定を数多く実施した。特に血液透析患者の血中MG測定結果と色々な臨床検査データとを比較検討し、MGの生成に関する活性酸素仮説との関連及びその臨床的意義について検討した。

【本論】1)使用酵素開発

 MGの酵素的定量法を開発するにあたり、MGの分解に関与する酵素の報告はなかった。そこで各地の土壌よりMGを分解する微生物を検索しAlcarigenes sp.がMG分解酵素methylguanidine amidinohydrolase(MGAH)を生産する事を見出した。このMGAHは国際生化学連合より新酵素として酵素番号EC3.5.3.16が与えられた。この酵素はMGに作用し反応生成物としてモノメチルアミンと尿素を生成した。アミジノ基誘導体で最も炭素鎖が短いMGに極めて基質特異性が高く、炭素鎖が一つ伸びたethylguanidineに対する分解速度はMGのわずか1.3%であった。この基質特異性の高さは、MGの酵素的定量法を構築する際に非常に有利な性質であった。

 次に生体内には尿素量が多く、MG定量の際に尿素を測定する事は不適当なので、メチルアミン(MA)を測定する事にした。メチルアミン定量用に土壌中の細菌Bacillus sp.がMA酸化酵素(MAOD)を生産する事を見出した。その基質特異性はモノメチルアミンに対する活性を100%とすると、エチルアミン、プロピルアミンにも各々90%、60%作用し、炭素鎖の短い直鎖モノアミンに対して特異性が高いモノアミン酸化酵素であった。MAの酸化に際しホルムアルデヒド(FA)と過酸化水素が生成した。

Table Some properties of methylguanldine amidinohydrolase (MGAH)and methylamine oxidase(MAOD)

 二つの酵素(Table)を組み合わせMGに作用すると、MGは最終的に尿素、アンモニア、過酸化水素そしてFAとなる。臨床的にMG測定の主な対象である慢性腎不全患者では、血中MG濃度が数百g/l程度と少ないのでその測定法は微量定量法である必要がある。生体成分の微量分析の場合には過酸化水素の化学発光系は様々な生体中の共存物質の影響を受け易いことから、MGの酵素的定量法の開発に際し過酸化水素ではなく、FAを蛍光測定法で微量定量する事にした。

2)新しいFAの蛍光測定試薬の開発

 FAの蛍光測定法としては、最初にNashにより開発されたacetylacetone(AA)試薬を用いた蛍光測定法の臨床検体への適用条件を検討した。蛍光化反応の迅速化を図る為にAA試薬類縁の化合物の蛍光化反応について検討し、アンモニアとacetoacetic acid metyl esterから生成する化合物がFAと迅速に反応し蛍光強度も大きい事を見出した。構造解析の結果この化合物はmethyl3-aminocrotonate(MAC)である事が明らかとなり、MGの酵素的定量法に適した新しいFAの蛍光化試薬としてMACを開発した。

Chart Principle of enzymatic analysis for methylguanidine
3)MGの酵素的定量法の開発

 以上MGの微量定量は、2種類の酵素を用いて検体中のMGを分解し、生成するFAをMACと反応し蛍光測定する(Chart)事により原理的に行いうる事が明らかとなった。そこで臨床検体のMG定量系として各試薬組成・試薬濃度・測定条件を最適化し定量法を検討した。蛋白含量の多い血液検体については測定する上で検体の除蛋白が必須であったので、最初に除蛋白操作を必要としない尿検体に対するMG定量法を開発し、尿中のMGが、正確に定量出来る事を明らかにした。すなわち、検量線の直線性や良好なMG添加回収試験、更に再現性試験によりその信頼性と測定精度が確認された。また、本定量法はHPLC法と良く相関した。慢性腎不全患者の一日の尿中MG排泄量の変化を追跡したところ、正常値の約10倍と高値であった。この患者の尿中MGレベルは血液透析導入直前の患者と比較するとその程度は低く、安定した保存期腎不全患者である事が推定された。

 次に血液検体について除蛋白条件を検討し、トリクロル酢酸(TCA)を用いる酸沈殿法が適当である事が分かった。そこでTCA除蛋白処理を導入し、酵素反応時のpHの変更と酵素量の見直しで2種類の酵素を同時に作用させる事が可能となり、測定のステップ数を減らし測定法を改良した(Fig.1)。この改良測定法で主に血液透析(HD)患者の血清中のMGを測定した。検量線の直線性や良好なMG添加回収試験、更に再現性試験によりその信頼性と測定精度が確認された。本改良法はHPLC法と良く相関した。

Fig.1.Enzymatic analysis of methylguanidine.TCA:trichloroacatic acid,MGAH;methylguanidine amidinohydrolase,MAOD:Methylamine oxidase and MAC;methyl 3-aminocrotonate.
4)HD患者のMG測定とヒドロキシルラジカルマーカーとしての臨床的検討

 この改良法を用いてHD患者263名の週初め第一回透析前血清中のMG測定を実施し、同一検体の各種臨床検査項目との関連を検討した。MGと血清クレアチニン(Cr)の間に相関係数r=0.705の相関関係が認められ、その回帰式はy=4.418x-221.3(Fig.2)が得られた。しかしながら約1/3の患者ではこの回帰直線からはずれており、MG濃度がかなり上昇している患者群と、非常に低い患者群の存在が認められた。そこでこの回帰直線からのずれの大きさを表す指標としてMG値を考案した。

Fig.2.Correlation between methylguanidine and creatinine in sera of hemodialysis patients.

 △MG値は、この回帰式をMG予測計算式と仮定し、Xの値に各患者のCr測定値を代入し計算したMG予測計算値とMG実測値との差と定義した。この△MG値が大きいほどMGの生成機構から考え、生体内で活性酸素産生が亢進している事が推測された。これらの患者群のうち感染症、関節痛、消化管出血がある患者群(Fig.3)では、合併症の認められない患者群に比して△MGの平均値は有意に高値であった。これらの合併症は炎症反応と関連している。炎症反応には活性酸素の関与が考えられるので、△MG値が活性酸素産生亢進指標として妥当である事が認められた。次に透析期間との関連を検討した。透析歴10年以上の長期透析患者群ではMG濃度及び△MG値のいずれも短期透析患者群に比して有意に高値であった。透析患者の合併症として関心がもたれている透析アミロイド症は、透析歴10年以上の患者群で高頻度に発症する事から、以後透析歴10年以上の患者について解析した。MGはCrとの高い相関の他にヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン(Hb)、ミオグロビンとも小さいながら有意な正相関が認められた。次にこの患者群について△MG亢進群と低値群の間で比較したところ両群間でCr濃度の差は全く認められなかったが、ヘマトクリット値、赤血球数、Hb濃度は△MG亢進群で有意に高かった。以上の結果からこの2群間で鉄が関連する臨床データ、ヘマトクリット値、Hb濃度、赤血球数、ミオグロビン濃度がMG産生に関係している事が推測された。血清鉄はほとんどがフェリチンと結合し3価の鉄として存在している。これに対しHb、ミオグロビンのヘム鉄は2価鉄と考えられる。一方ヒドロキシルラジカルは過酸化水素と2価鉄の存在で起こるFenton反応で生成するが、生体内のFenton反応を引き起こす鉄は遊離Hbであるとの報告から、血液中の実際の2価鉄と3価鉄の比を表現していると考えられるHb/血清鉄比との関係を検討した(Fig.4)。△MG亢進群では血清中MG濃度とHb/血清鉄比との間に正の相関が得られ、その時の相関係数はr=0.59であった。これに対し△MG低値群では全く相関は認められなかった。同様の結果はミオグロビン/血清鉄比との間にも認められた。そこでESRを用いたヒドロキシルラジカル生成モデル実験を実施したところ、低濃度のHb、ミオグロビンと過酸化水素からヒドロキシルラジカルが生成する事が確認された。HD患者では頻回の血液透析により溶血を起こし易く、遊離Hb生成の可能性が高いと考えられる。またHD患者では血中ミオグロビン濃度が高い事から、遊離Hbと結合しHbを無毒化するハプトグロビンの相対濃度の低下も起こり、Fenton反応が働く可能性が高まり、その結果として生成するヒドロキシルラジカルによりCrからMGが生成する可能性(Fig.5)を推定した。

Fig.3.Comparison of △MG in various patiant groups with complication.Fig.4.Correlation between methylguanidine(MG)and hemoglobin/s-iron in two patient groups based on △MG.Fig.5.Hypothetical relationship between mathylguanidine synthesis and hydroxyl radical generation in hemodialysis patients.
【結語】

 新たに開発した二種類の酵素MGAHとMAODとをMGに作用させ、生成するホルムアルデヒドを新しい蛍光化試薬MACと反応して蛍光測定するMGの酵素的定量法を開発した。2)慢性腎不全患者の尿中MG、HD患者の血中MGを測定し臨床的意義を検討した。3)腎疾患患者の活性酸素産生亢進マーカーとして△MGを考案し、HD患者では、遊離ヘモグロビン、ミオグロビンによって生成するヒドロキルシラジカルによりMGが生成する可能性を推定した。4)開発されたMGの酵素的定量法がHD患者、腎疾患患者のヒドロキルシラジカルマーカーとして臨床的に有用である事が認められた。

審査要旨

 メチルグアニジン(MG)はクレアチニンから生成されるが、その産生には腎疾患との関連で注目を浴びているヒドロキシルラジカルの関与が示唆されるようになってきた。そのためMG値は、ヒドロキシルラジカルのマーカーとして臨床的に有用性が高いと考えられる。グアニジノ化合物は主にHPLC法で分析されているが、多数検体を簡便に測定出来ないため未だ腎疾患治療には用いられていない。本論文は、MGの酵素的定量法の開発を行ない、これを慢性腎不全患者や血液透析患者の尿中・血中のMG測定に適用し、血液透析患者の血中MG値と種々臨床検査値との比較検討を行い、MGの生成に関する活性酸素仮説との関連及びその臨床的意義について検討したものである。

使用酵素の開発

 各地の土壌よりMGを分解する微生物を探索し、Alcarigenes sp.がMG分解酵素methylguanidine amidinohydrolaseを生産することを見出した。これは新酵素EC3.5.3.16として登録された。本酵素は基質特異性が高く、MGと反応しモノメチルアミン(MA)と尿素を生成する。次に、土壌中よりMA酸化酵素(MAOD)を生産するBacillus sp.を見出した。本MAODは短鎖モノアミンに対して特異性が高く、MAを酸化しホルムアルデヒド(FA)と過酸化水素を与えた。両酵素を組み合わせMGに作用させると、尿素、アンモニア、過酸化水素、FAを与える。このFAを蛍光測定法で微量定量することを検討した。

新いしFAの蛍光測定試薬の開発

 FAの蛍光測定法として、従来より汎用されているacetylacetoneによる蛍光反応を精査し、蛍光体の構造解析等の結果より、methyl3-aminocrotonateを蛍光試薬として用いることが最適であることを見いだした。

MGの酵素的定量法の開発

 2種類の酵素を用いてMGを分解し、生成するFAをmethyl3-aminocrotonateと反応し蛍光測定するMG定量系を組み立てることにした。まず、各試薬組成・試薬濃度・測定条件を最適化し定量法を検討し、尿検体に対する信頼性と測定精度も高いMG定量法を開発した。本定量法により慢性腎不全患者の一日の尿中MG排泄量の変化を追跡することが出来た。

 次に血液検体について除蛋白条件を検討し、トリクロロ酢酸を用いる酸沈殿法が最適であることが判った。トリクロロ酢酸除蛋白処理後、2種類の酵素を同時に作用させることを可能とし、これにより、血液透析患者の血清中MGを測定出来るようになった。本法はHPLC法と良く相関した。

血液透析患者のMG測定とヒドロキシルラジカルマーカーとしての臨床的検討

 本法を用いて血液透析患者263名の週初第一回透析前血清中のMG測定を行い、各種臨床検査項目との関連を検討した。MGと血清クレアチニンの間に相関係数r=0.705の相関関係が認められたが、約1/3の患者ではこの回帰直線からはずれていた。この回帰直線からのずれの大きさを表す指標として△MG値(この回帰式をMG予測計算式と仮定し、Xの値に各患者のクレアチニン測定値を代入し計算したMG予測計算値とMG実測値との差)を考案した。MGの生成機構から考え、この△MG値が大きいほど生体内で活性酸素産生が亢進していることが推測されたが、炎症反応の関与する合併症(感染症、関節痛、消化管出血)では、合併症の認められない患者群に比して△MGの平均値は有意に高値であることから確かめられた。透析歴10年以上の長期透析患者群ではMG濃度及び△MG値のいずれも高値であった。△MG亢進群では、鉄が関連するヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン(Hb)濃度は低値群より有意に高く、また、血清中MG濃度とHb又はミオグロビン/血清鉄比との間に正の相関が得られた。一方、ESRを用いたヒドロキシルラジカル生成モデル実験の結果、低濃度のHb、ミオグロビンと過酸化水素からヒドロキシルラジカルが生成することが確認された。以上より、頻回の血液透析により溶血を起こし易い血液透析患者では遊離Hb生成の可能性が高いこと、また高い血中ミオグロビン濃度のため、遊離Hbと結合しHbを無毒化するハプトグロビンの相対濃度の低下も起こり、Fenton反応が起こりやすくなり、それにより生成するヒドロキシルラジカルによりクレアチニンから高濃度のMGが生成する可能性が推定された。

 以上、本論文に於ける研究は、新規二種類の酵素を天然より見いだしたこと、それらをMGに作用させ生ずるFAの新しい蛍光化試薬を開発し、三者を組み合わせた臨床適用可能なMGの定量法を開発したこと、それにより、慢性腎不全患者、血液透析患者、腎疾患患者の尿中、血中MGを測定し、さらに活性酸素産生亢進の指標(△MG)を考案し、血液透析患者では、遊離Hb、ミオグロビンによって生成するヒドロキシルラジカルによりMGが生成する可能性を示唆したことなどより、分析化学、臨床化学の進展に寄与するところ大であると思われ、博士(薬学)論文に値すると判断した。

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