学位論文要旨



No 212944
著者(漢字) 村井,祐一
著者(英字)
著者(カナ) ムライ,ユウイチ
標題(和) 気泡流の三次元微細流動構造の解明
標題(洋)
報告番号 212944
報告番号 乙12944
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12944号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 吉田,邦夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
内容要旨

 無数の気泡が含まれる液体の流れ「気泡流」は,発電プラント,化学プラント,各種流体機械,バイオリアクター,海洋油拡散防止設備,自然循環装置,気泡ポンプなど,エネルギー変換,物質変換,環境保全,省エネルギーを目的とした幅広い工業プロセスにおいて重要な流動現象である.なかでも発電プラントのうち原子炉冷却系統では安全性解析の問題から,気泡流の不安定現象や過渡現象の予測・制御技術の確立に強い要求があり,その解明は緊急的課題となっている.しかし気泡流は,気液の物性が大きく異なることや気泡運動が本質的に不規則的な性質を持つことから,単相流に比べその流体力学的な取り扱いが極めて複雑で,流動構造に未解明な部分が多い.このような背景のもと,上記の安全性解析に関わる要求から,1980年代に入ってから二相流に対する数値解析法が活発に開発され,1990年以降より二流体モデルと呼ばれる実用解析コードが主流化している.二流体モデルはマクロな挙動をシミュレートするには有益な情報を提供できるに至ったが,二相流中のミクロな現象はすべて気液間の運動量とエネルギの相互作用を記述する経験的相関式で与える必要があり,微細な流動構造を解析できないという欠点がある.微細な流動構造とは,気泡の浮力による液体駆動の機構,気泡と渦の相互作用の機構,気泡の体積変化による圧力変動の機構,気泡と気泡の相互作用の機構などであり,実機の性能を大きく左右する因子である.仮に二流体モデルでこれらを厳密に考慮するとすれば,上記の機構の解明に関する信頼ある実験データを大量に蓄積する必要があり,現状では二相流の実験技術上の問題から,二流体モデルの精度には限界がある.

 そこで本研究では,気泡流について一切の経験式を導入せず,理論に基づく気泡の並進運動と体積変化の定式化を行うことによって,数密度モデルとラグラジアンモデルの二つのモデル方程式系を構築した.このモデルは気液間の相互作用を含めて,気泡流の圧縮性・粘性・非定常性ならびに次元に対して一般化された表記となっており,従来モデルに比較して微細流動構造解析に適合している.またこの方程式系に対する数値解法には,非圧縮性流れの計算手法で用いられる圧力方程式を,圧縮性二相流用に拡張した方法「圧力方程式による汎用化解法」を開発して用い,超音速気泡流から非圧縮性気泡流まであらゆる気泡流の数値解析を可能とした.ただし本研究では,気泡の合体分裂,相変化,熱移動の問題が無視できる対象を選定し,主として気泡運動および気液間の相互作用が全体流動に及ぼす影響を調べた.

 気泡流の三次元微細流動構造を解明するにあたり,具体的な対象を,気泡群の浮力が液体を駆動する流動現象である気泡プルーム(Bubble Plume)とした.気泡プルームは底面から自由界面までの気泡群の上昇過程において,気泡群と周囲液体との間で様々な相互作用があり,気泡流の三次元挙動を解明するのに好適な対象である.また浄化水槽や自然循環装置に見られる典型的な流動形態でもあり,従来までに様々な解析例がある.従来の解析では時間平均構造に関心がもたれ,気泡プルーム断面と自由表面近傍の液相流動の予測法などが報告されている.しかし気泡プルーム内部の乱れの構造や,気液間の非定常的な相互作用,ならびに気泡サイズ依存性については未知のままである.本研究では大規模数値解析により,この点に関し以下の知見を得た.

 (1)同じボイド率であっても,気泡径が小さいほど気泡プルームが縮流し,局所的に液体を強く駆動する.この結果,専断応力が増加するため,脈動現象あるいはプルームの崩壊が起こるなど,全体の流動構造は不安定化する.

 (2)気泡径が小さいと容器内の液体循環流により自由表面下に気泡群が巻き込まれ,自由表面近傍で気泡数密度が増加する.この結果,自由表面近傍の液体流動が沈静化する.

 (3)気泡径が大きいと,液相流動速度に比べて気泡の上昇速度が大きく,気液の相互作用は短時間となる.これにより気泡プルームは気泡径が小さい場合に比べて長い波長の揺動運動が起こる.この周期や湾曲形状は容器形状と自由表面運動に依存する.特に気泡塔のように容器が鉛直方向に長い場合,揺動運動が活発化する.

 (4)以上の機構により,液相の乱れは,気泡径が小さいほど高周波帯で強く,気泡径が大きいほど低周波帯で強い.すなわち気泡プルーム中の乱れの波数は,大きな上昇速度を持つ大気泡により低下させられる.

 (5)個々の気泡を追跡するラグラジアンモデルによる数値解析結果から,大きな気液相対速度をもつ大気泡が通過すると,液相にパルス状の乱れが形成されることが判明した.これは流動の特性周波数に比べ一段と高周波であるが,乱れの振幅は同程度である.

 以上の数値解析結果を検証するため,可視化と画像処理計測法(PIV)を用いて気泡プルーム中の気泡群の運動を計測した.この結果,まず気泡プルームの揺動運動とその容器形状依存性につき良好な一致を確認した.次に気泡運動を計測するため,以下の三つの画像処理計測法を開発した.

 (1)粒子配置相関法:画像中の複数の気泡の配置形態を遺伝的情報として,二時刻間でその相関を検索し,個々の気泡の速度ベクトルを計測する方法.粒子追跡法(PTV)に比べ高数密度,大流速時において速度ベクトル捕獲率が高いのが特徴.

 (2)直交二方向PTV:直交ステレオ撮影による画像から,PTVに基づいて個々の気泡の速度の三次元成分を求める方法.ゴースト除去処理により正捕獲率を改善.

 (3)楕円乱数モデル:高ボイド率時の気泡プルームの三次元ボイド率分布を,直交二方向からの二値化画像により推定するためのモデル.

 以上の面像処理アルゴリズムの開発により,数値解析結果の妥当性が実験的に示された.また気泡流に対する上記のような画像解析法の有効性が確認された.

 気泡プルームに対する数値解析・実験計測の両結果の一致が確認されたため,次に,気泡と渦のより顕著な相互作用が観察される気泡流ジェットの三次元構造を大規模数値解析した.また微細流動構造をより詳細に解明するため,いくつかの仮想的なシミュレーションを行った.これにより以下のことが明らかとなった.

 (1)無重力下では,微細な気泡の混入はジェットの構造に大きな影響を与えにくいが,体積率が増大すると,実効粘性増加の効果により渦強度が低下する傾向がある.

 (2)無重力下では,大きな気泡の混入により,ジェット内に形成されている渦群の各中心に気泡が集積し,クラスタを形成する.このクラスタは渦を肥大化させるとともに強い気液の相互作用をもたらし,ジェットの乱れを増加させる.

 (3)重力下では,気泡の混入はジェットを下流でプルームに遷移させる.従って,噴流中心速度は単調減少でなくなり,浮力により局所的な加速が伴われる.気泡径が小さい場合では,渦と浮力が激しい干渉を呈し,不安定脈動が,気泡径が大きい場合では,下流に向かって気泡が直線的に流れ,安定に加速する噴流となる.

 (4)気泡運動は気泡径,重力の有無,揚力の有無により大きく異なる運動形態を有する.渦中心に気泡が集積しやすいのは,無重力の場合,気泡径が大きく,揚力が大きいとき,重力下の場合,気泡径が大きく,揚力が小さいときである.

 (5)渦の強度は渦内に気泡が存在するとき,一般に低減する.また,渦レイノルズ数が小さいほど,および渦中心部に気泡が集積するほど,その効果が大きい.

 (6)気泡の並進運動は,周囲液体が高周波で変動するとき3倍の速度振幅が与えられる.また,特定の周波数において最大の位相のすすみが発生する.

 (7)気泡どうしが接近すると,ボイド率だけでなく気泡レイノルズ数に依存した気泡間の相互作用力が発生し,ボイド率5%以上では,抗力係数の増減は無視できない.

審査要旨

 気泡流は化学プラント,原子炉冷却系統,バイオリアクタ,エアリフトポンプなど工業上,様々なプロセスで見受けられる現象であるが,ボイド率や流速,気泡径によっては,二相流,圧縮性流,乱流ならびに自然対流など多様な挙動を示し,全体流動の正確な予測・制御は単相流に比べ極めて難しい.中でも気泡流の特性を最も支配するのは単一気泡や群をなす気泡の運動,気泡と液体の相互作用メカニズムであり,これらの比較的微細な流動構造が,各種機器の性能を大きく左右している場合が多い.こうした背景から,本論文は,気泡流を流体力学的に分析し,その微細流動構造を数値解析と画像計測によって明らかにしたものである.対象とする気泡流は,気泡群の浮力によって駆動される噴流,気泡プルームである.この流動は,気泡上昇過程に見られる気液間の相互作用機構,乱流変動の特性,また自由表面や容器形状などの境界条件依存性を明らかにするのに最適な多次元流動であると考え選定した.本論文は全六章から構成される.各章の要約を以下に記す.

 第1章「序論」では,気泡流の数値解析法,実験計測法に関する従来の研究を整理し,中でも気泡運動の定式化における実験的な情報の不足,従来までの二相流の数理モデルの普遍性や数学的性質における問題,さらにはこれらの理由により気泡流の微細流動構造がほとんど明確となっていないことを述べた.第2章「気泡流の数値解析法に関する研究」では,二流体モデルとの比較のもと,実験的経験式を含まない気泡運動の理論的定式化と各種保存則による支配方程式系の構築を行い,また気泡流の圧力方程式を導出することにより汎用性・数値安定性の高い計算手法を開発した.この解法により非圧縮性から衝撃波を伴う超音速気泡流まで同一の計算手法で微細流動を解析することが可能となっただけでなく,計算効率と精度の大幅な向上が実現した.さらに差分法における陰な数値拡散を排除するための数密度モデルに対する高解像度スキームの導入,個々の気泡位置・速度・体積をLagrange追跡することにより気泡の局所運動や乱流変動を表現できるラグラジアンモデルの提案を行った.第3章「気泡プルームの流動構造の数値解析」では,第2章で記述した数値解析法による自由表面を有する容器内の気泡プルームの二次元解析,三次元解析を実行し,流動様式のボイド率,気泡径,容器形状の依存性を明らかにした.第4章「気泡プルームの可視化と画像処理計測」では流動様式と気泡速度分布に関する数値解析結果を可視化と画像処理により実験的に検証した.この実験研究の中で,高い数密度で乱れを伴いながら高速上昇する気泡群のPIV計測を高精度化するため,粒子配置座標の相関を用いる新PIVアルゴリズムを開発した.また気泡の三次元運動を計測するため,ステレオ撮影による三次元ボイド率分布推定法と三次元PTV計測法を考案し,気泡運動の乱れなどの諸特性を明らかにした.第5章「気泡流ジェットの数値解析」では,渦と気泡の顕著な相互作用によって乱流特性に重大な影響を与える気泡を含む液体噴流の解析を実行し,渦中心気泡クラスタ生成による渦内のせん断応力増加,角運動量低下,浮力増加のメカニズムを論じるとともに仮想的流れを用いた気泡運動の液体運動に対する感度解析結果からこれを考察した.第6章に「結論」を示した.

 以上を総じると,本論文は気泡流の微細流動構造解明を目的とした新しい数値解析法と画像処理計測法を開発し,その結果から気泡プルーム・気泡流ジェットに見られる局所気液間相互作用の機構を明らかにしたものであり,これらの手法の確立と現象の知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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