内容要旨 | | 本論文は7つの章より構成されており,第1章は序論として,従来の研究の概要を述べ,本研究の意義と目的を明らかにしている.すなわち本研究の目的は,遠心羽根なしディフューザ内流れの低流量域において発生する旋回失速セルの形状や個数,旋回速度と流量の関係,速度場を主として流れの可視化によって調べることにより,旋回失速セルの発生条件や存在範囲を明らかにするとともに,流れを支配する無次元パラメータを見出しすことである.さらに付加的な目的としては,遠心羽根なしディフューザ内の低流量域における時間平均圧力分布の整理式,および送風機の性能改善の一方法を提案することである.なお各章の概要についても述べてある. 第2章では,旋回失速セルの数によって多様に変化する低流量域での遠心羽根なしディフューザ内流れの様子を全体的に把握し,定性的に表現するために,速度分布を単純な二次元モデルによって置き換えてある.用いられた速度分布モデルの式は,強制渦の項とその減衰項が組合わさったものである.その結果は第5章において流れの可視化実験によって得られた速度場と比較されている. 第3章では,旋回失速セルの発生とその発達過程,および運行に関係する2つの特性量を見出し,その物理的意味を示してある.それらの特性量は,基本的には流れの角運動量と壁面摩擦力によるトルクの比であり,ディフューザの内外径比,ディフューザの幅と入口直径の比などのディフューザの幾何学的形状,円盤の直径と回転周速度に基づくレイノルズ数,ディフューザ入口での幅方向速度勾配等の諸パラメータを含んでいる.これらのパラメータの中,ディフューザ入口の幅方向速度勾配は渦度の生成を受け持ち,失速セルの発生と発達に大きく寄与するものである.上記の2つの特性量はCrとCmtとして示されている.すなわちCrはディフューザ入口において流れが保有する角運動量とディフューザ内の平均流れによって壁面に生じる摩擦力によるトルクとの比である.一方Cmtはディフューザの出口と入口における角運動量の差と壁面摩擦力によるトルクとの比である.従ってCrはディフューザ入口流れの状態に関係し,Cmtはディフューザ内流れの状態に関係するものである.従来においては,旋回失速セルの発生条件はディフューザ内流れの平均絶対流出角がある限界値以下になることとして報告されているが,発生原因や発達過程等についての物理的説明は不十分であり,上記の特性量はそれらの物理的説明のために有用であると思われる. 次に従来において,低流量域におけるディフューザ内圧力分布の整理式はほとんど無く,設計点における圧力分布の半理論的な整理式が,例えば生井によって流れの絶対角度を一定とした場合について示されているのみである.実際にはディフューザ内流れの絶対角度は半径方向に変化するので,さらに流量の変化をも考慮して,ほぼ全流量域にわたって適用し得る実験整理式を提案している. 第4章では,第2章において示した速度分布モデル,及び第3章において見出された2つの特性量の妥当性を実験的に検証するための水流可視化実験装置の概略,と実験方法を説明している.さらに流れの可視化画像の処理システムを構築し,それについての説明と処理手順を説明している.水流の可視化は固体粒子を懸濁して行っている.その粒子画像の追跡は,小林らによって開発された四時刻法を用いたPIV(Particle Image Velocimetry)法によって速度ベクトルを求めている.また可視化実験によって得られた結果を送風機の性能改善に適用し,さらに低流量域におけるディフューザ内圧力分布の整理式の妥当性を検証するために実機モデルを設計製作し,その概略と実験方法について説明してある. 第5章では,まず流れの可視化実験によって,旋回失速セルの幾何学的形状が明確にされている.流れ場のビデオ画像の解析により求められた速度場と速度分布モデルを使って求めた速度場が比較検討されている.その結果,速度分布モデルは実験結果と定性的によく一致し,速度場の状態を理解するのにかなり有効であることが確認されている.速度場の解析においては,粒子追跡による速度測定法(PIV)の適用によって,大幅な時間短縮ができ,したがって大量の画像データを比較的短時間で処理することが可能である.PIV法は今後種々な流れ場の解析のために益々適用されることが期待される. つぎに失速セルの発生及び発達の様子を定性的に理解するために,円盤の回転開始時から十分な時間経過後までにおいて,染料法によって流れを観察した結果に基づき,その時系列的な状態変化を模式図によって示してある.旋回失速セルの発生原因については,ディフューザ入口での旋回速度勾配,回転円盤や羽根車の外周での渦放出等,とくに回転円盤や遠心ディフューザの領域における渦の巻上がり挙動時の渦放出などが関係している.この場合,円盤の回転開始時に外周から放出される渦の変形は,その後の失速セルの形成,及び個数の決定に深い関係がある.すなわち流れの観察により,旋回失速セルは巻上がり渦と回転円盤の外周からの出発渦との干渉によって生成される場合が多いことが示されている. つぎに第3章で示した2つの特性量CrとCmtの妥当性を検討するために,旋回失速セルの個数をパラメータとして,その旋回速度とそれらの特性量との関係を,回転円盤や羽根車の羽根開放端と遠心ディフューザの下方側面(またはケーシング後方側面)との間の間隙幅を変化して実験的に調べてある.その結果それらの特性量は旋回失速セルの発生原因および発達過程を物理的に支配する重要な役割を有するものであることが示されている.なお同一流量において間隙幅が増加するにつれて,失速セルの旋回角速度は減少し,このときディフューザ入口での流れの旋回速度勾配は,主として円盤の回転速度あるいはレイノルズ数,および上記の間隙幅に依存する. 失速セルの旋回速度とCrとの関係については,上記の間隙幅の変化をひとつのパラメータとして,実験式を示してある.すなわちその式により,与えられたディフューザ内外径比と間隙比,レイノルズ数,及び流量係数に対して,失速セルの個数と旋回速度がほぼ一意的に決まることが示されている.またこの式におけるCrの上限値は旋回失速セルの存在限界に対応するので,Crの上限値により各ディフューザ形状に対して旋回失速セルの存在範囲を知ることができる. つぎに失速セルの通過によって,ボリュート出口流れの状態が閉塞されることがあるため,ボリュート舌部まわりの流れを調べてある.特定の位置,すなわちボリュート舌部において失速セルを分裂させることにより,その規模を縮小することで流れの状態を変化させ,ディフューザ性能を改善することができる.このような立場からボリュート舌部に羽根を取り付け,その取付角度を変化して可視化実験を行った.実験の結果,その適当な取付け角の値は約50°である.すなわち取付角度50°におけるボリュート舌部まわりの低流量域流れでは,旋回失速セルがボリュート舌部羽根によって分裂して細分化する.このときボリュート舌部の背面側での逆流領域の大きさは,他の取付け角における場合と比較して最も小さくなり,送風機出口流れが整流されるため,送風機の流体効率向上が期待できる. 第6章においては,ボリュート舌部周り流れの可視化結果に基づき,送風機のボリュート舌部先端に案内翼を取付けて,最適取付角度を検証している.その結果,ボリュート舌部羽根の取付け角が50°の場合には,設計流量以外の広い流量域においてボリュート舌部羽根が無い場合と比較して約8%の効率改善があることが示されている. つぎに第3章において示された,全流量域にわたる圧力分布の近似式の妥当性が実験的に検証されている.その実験式は各流量変化による圧力分布の傾向をよく表しており,また実験結果とも一致している.従ってこの式に基づき,任意の流量変化に対する遠心羽根なしディフューザ内の圧力回復をほぼ見積もることが可能である.一方遠心ディフューザ内の圧力変動が測定され,とくにボリュートの舌部まわりについて圧力変動のパワースペクトルを解析している.その解析の結果は旋回失速セルの数と旋回速度について流れの可視化結果とよく一致している. 第7章は総括であり,本研究で明らかになったことを結論としてまとめたものである. |