学位論文要旨



No 212946
著者(漢字) 三次,仁
著者(英字)
著者(カナ) ミツギ,ジン
標題(和) ケーブル構造の数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 212946
報告番号 乙12946
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12946号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨

 従来、衛星通信は離島など遠隔地の通信の中継、地上回線の迂回経路として用いられてきたが、今後は、これらに加えて、小型地球局を用いたネットワークのアクセス基地や同報性が必要な情報の発信基地としての役割が期待されている。この実現のためには、衛星搭載アンテナ反射鏡構造の大型化によって、アンテナ利得の増大と、ビーム幅の狭小化を図ることが有効である。ロケットによる打ち上げを考えると、大型アンテナは小さく畳める展開アンテナであること、軽量であること、使用する電波の波長に応じた構造精度を有することが要求される。電波を反射する、金属メッシュ、と呼ばれる膜面を、ケーブルをつなぎ合わせて構成したケーブルネットワークで所定の曲面に成形し、展開構造で支持する考え方は、この要求に対する有望な解決である(図1)。この場合、アンテナ鏡面精度はケーブルネットワークの構造精度に大きく依存するので、ケーブルネットワーク構成の検討や、調整法を含めた設計が極めて重要となり、そのためにはケーブル構造の特性を十分考慮することができる数値解析法が必要である。

図1:ケーブルネットワークとトラス構造による展開アンテナの例

 ケーブル構造の解析上の問題点は、構造に歪みがない状態での形状が不定であるために変形を線形化できないこと、アンテナ鏡面設計に要求される精度で解析を実施するためにはケーブルのつなぎ目の大きさや有限回転を考える必要があること、プーリーを通過するケーブルを解析的に実現すること、ケーブル構造を支持する構造の弾性変形を考慮すること、そして、元来、ケーブル構造の剛性行列が特異となりやすいことである。従来行なわれてきた研究はこうした問題の一つないしは二つのみに解決を与えるものであり、現実的な問題に対して適用できる手法はなかった。そこで、本論文の目的はこれらの問題点を全て解決したケーブル構造の静解析法を開発することにある。

 先に述べた通り、ケーブル構造の高精度解析のためには、ケーブルのつなぎ目の有限回転を取扱う必要がある。有限回転は多くの非線形問題の難しさの根源であり、その取扱いによって定式化は大きく異なってくる。本論文では、回転変換を表す手法としてオイラーパラメタを選択し、まずオイラーパラメタによる回転変換の原理と、回転に関する仮想変位とオイラーパラメタの仮想変位の関係を復習した。続いて、仮想変位の原理によって導いた非線形の平衡方程式をニュートン法を用いて解く場合、変数更新の際に回転変換を表す行列から、オイラーパラメタを抽出する必要が従来あり、この際に計算上いくつかの場合わけが必要であったという問題点を示した。この問題に対して、回転に関する仮想変位からオイラーパラメタの仮想変位を求める線形式を新たに導出した。図2は、もともとの角度変位が90度であった時の角度更新精度を従来法と提案する手法で比較したもので、横軸は更新角度、縦軸は更新後の角度を表す。従来法に比して、提案する手法が場合分けを必要としない簡単な手法であるにも関わらず、精度よく変数を更新できることが示されている。

図2:提案する手法と従来法による回転変数の更新精度

 ケーブル構造の定式化を行なうに当たって、ノード、ジョイント、セグメントという概念を新たに導き、これらを用いてケーブルネットワークを数学的にモデル化した。ここでノードとはケーブルとケーブルのつなぎ目、ジョイントとはノード上に定義されたケーブルの接続点、セグメントとはジョイントとジョイントの間を表す(図3)。こうすることによって、プーリーを用いたケーブルは複数のセグメントをもつケーブルとして一般化して考えることができる。並進に関しては慣性座標系、回転に関してはノード座標系における仮想仕事の原理を用いて要素内力および剛性行列を導出し、ケーブル要素に関しては回転パラメタに依存しない定式化が可能であることを示した。また、材料剛性、並進に関する幾何剛性、回転に関する幾何剛性、の3つの成分を明確に分離することができることを明らかにした。この内、回転に関する幾何剛性は平衡点を除いては非対称となってしまうが、非対角項を平均化することで対称行列として扱っても、現実には問題ないことをケーブル要素に対して初めて示した。続いて、ケーブルネットワークがトラス構造など支持構造に取り付けられた場合の解析を行なう際、支持構造の剛性行列を汎用有限要素法で作成し、それを用いてケーブルと支持構造を統合した形で解析する手法を述べた。この時、支持構造の剛性行列成分のうち、ケーブルネットワークとの接合点の回転変位を座標変換する必要性を明らかにした。図4は提案する手法に基づいて平衡方程式と剛性行列を導出し、それらを用いたニュートン法によってケーブルネットワークの解析を行なった際の初期状態と平衡状態である。このような大変形を生じるケーブルネットワークの解析が提案する手法によれば可能となる。さらに本論文ではケーブル構造がもともと剛性行列に特異性を生じやすく、平衡状態をニュートン法によって求める際に、逐次線形方程式が解けなくなる、という問題を提起し、こうした特異問題に対して従来用いられてきた一般化逆行列は、解を与えることのできる空間が限られており、初期状態でケーブルが張力状態でない懸垂線などの問題を解くことができないことを示した。そこで、逐次線形方程式を数学的に等価なポテンシャル最大値問題に置き換え、一般化逆行列が与える解よりもこのポテンシャルが大きくなるように、特異剛性行列のヌル・スペースの係数を決定するヌル・スペース投影法と呼ぶ手法を新たに導出した。この手法を用いることによって、従来は平衡状態まで到達することのできなかった問題を解くことができることを示した。図5は初期状態でたわんでいるケーブルの懸垂曲線を求める解析をヌル・スペース投影法で行なった際のニュートン法の繰り返しによるケーブル形状の変化を示している。従来の一般化逆行列でこの問題を解こうとすると、初期状態から解が更新されず、結局、懸垂線を得ることはできないが、提案する手法によれば、図中、示されているようにニュートン法が進行するにつれて安定に平衡状態まで形状を更新することができる。

図3:ノード、ジョイント、セグメント図4:ケーブルネットワークの解析例

 本論文では提案するケーブル構造解析法ならびにヌル・スペース投影法の実際の展開メッシュアンテナの設計・解析における応用例についても述べている。例えば、図1に示すようなアンテナの展開中のケーブル張力変化に、ケーブルネットワークのノードの大きさが与える影響を解析すると、ノードが大きくなると張力の変化の割合が高くなる場合があることが明らかとなった(図6)。図中、横軸は収納程度を表す角度で、ゼロが展開状態を表す。縦軸の比張力とはケーブルに生じる張力を展開状態での張力で割った量である。この場合、大ノードと小ノードでは寸法が10倍異なっている。

図5:懸垂線問題を提案する手法によって解析した場合の、ニュートン法の進行に応じたケーブル形状の変化図6:展開中のケーブル張力に与えるノードの大きさの影響

 このようにケーブルネットワークのノードの大きさ、有限回転、ケーブル歪み、プーリなどが実際のアンテナ構造精度や展開特性に与える影響は、無視しえないほど大きい。本研究では、その影響について定式化の段階から考慮しているため、計算上で不確かな仮定を必要としない。さらにヌル・スペース投影法によって剛性行列の特異性を数学的、物理的に妥当に処理しているため、初期値設定のために生じている特異性に落ち込むことなく安定に数値解析を行なうことができる。

審査要旨

 工学修士三次仁提出の論文は「ケーブル構造の数値解析に関する研究」と題し、6章よりなっている。

 衛星搭載大型アンテナ反射鏡の構造として、ケーブルを結合金具でネットワーク状に構成した構造を用いて金属メッシュ膜を所望の曲面に成形したメッシュアンテナと呼ばれる構造が有望である。高い鏡面精度を有するメッシュアンテナ実現の為には、こうしたケーブル構造の効率的な解析法が必要となる。ところがケーブル構造を高精度に解析するためには、プーリーを通過するケーブルを含めた大変形解析を行う必要があること、結合金具の有限回転を考慮する必要があること、元来ケーブル構造の剛性行列が特異となりやすいことなどの問題を解決する必要があり、現実的なケーブル構造の解析法は従来、存在しなかった。

 そこで本研究は結合金具を有限回転を生じる剛体とし、ケーブルが結合金具上に定義した点に結合され、あるいはこれを通過するとみなすケーブル構造の大変形解析および、剛性行列が特異となる場合に従来の一般化逆行列による解に特異行列のヌル・スペースを適切に加えて、確実に解を得る手法を提案している。更に提案した手法を、メッシュアンテナ構造開発に適用することによってその有効性を示している。

 第1章は序論であり、ケーブル構造の宇宙用展開アンテナへの具体的適用例を挙げて高精度解析の必要性を述べるとともに、従来のケーブル構造解析法を概観して、その問題点と、現実の問題に適用可能な高精度解析法を開発するという本論文の目的を述べている。

 第2章は、オイラーパラメタを用いた有限回転の表記および回転に関する仮想変位について復習するとともに、回転角度増分からオイラーパラメタの増分を求める線形式を導出し、従来法との比較によって提案する手法の優位性を示している。

 第3章では、結合金具を有限回転を生じる剛体とし、ケーブルが結合金具上に定義した点に結合され、あるいはこれを通過するとみなすことによって、大変形を生じるケーブル要素の歪みエネルギーを求めている。この歪みエネルギーの変分より、結合金具の仮想変位に対する仮想仕事を導出し、その微小変化により要素剛性行列を導出している。導出された要素剛性行列は一般に非対称となるが、釣合方程式が満足された状態での全体剛性行列は対称となることを理論的に示すとともに、実用的には要素剛性行列を対称化して扱っても差し支えないことも述べている。

 第4章では、ケーブル構造の解析において特異行列が生じやすい理由が、ケーブル軸に直交する方向の剛性がケーブル張力に依存していることにあることを解析的に明らかにし、特異行列に対して従来よく用いられている一般化逆行列法では特異行列のヌル・スペース成分が欠如するため適用できない問題が存在することを明らかにしている。続いて、特異行列を有する線形方程式を数学的に等価なポテンシャル最大値問題に置き換え、一般化逆行列が与える解よりもこのポテンシャルが大きくなるように、特異剛性行列のヌル・スペースの係数を決定して解に含める手法を新たに導出し、その有効性を確認している。

 第5章では、提案する解析法をメッシュアンテナ開発に適用することによって、ケーブルの製造時の長さ誤差に対して鏡面精度が劣化しにくいメッシュアンテナ構成法および製造後の鏡面精度調整法を明らかにするとともに、プーリーを用いることによってアンテナ展開を容易にできること、金属メッシュ膜面を構造的に等価なケーブル構造に置き換えることによって、メッシュ膜面とケーブルの張力の干渉による変形を予測できることなどを示し、提案した解析法の有用性を示している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた成果を要約している。

 以上、要するに、本論文はケーブル構造の新しい解析法を導き、現実の衛星搭載用展開メッシュアンテナに適用してその有効性を示したもので、宇宙構造工学上、貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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