学位論文要旨



No 212947
著者(漢字) 秋田,調
著者(英字)
著者(カナ) アキタ,シラベ
標題(和) 電力応用へ向けた超電導導体とコイルに関する研究
標題(洋)
報告番号 212947
報告番号 乙12947
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12947号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 超電導の商用電力系統への応用、いわゆる電力応用では、核融合研究および高エネルギ物理学研究などへの超電導応用が直流電流を流すのとは異なり、超電導導体および超電導コイルにパルスあるいは商用周波交流等の時間変動を伴う電流を流すことが要求される。また、超電導電力機器は空心であるから従来の鉄心付き電力機器と異なり、導体自身に強大な電磁力が加わり、さらにこの電磁力は繰り返し応力として加わる。

 これまでの超電導導体および超電導コイルの研究においては、このような使用条件を想定しての検討は十分されていなかった。本論文では、商用周波の交流で動作する、異なる設計仕様に基づく超電導コイルを4台製作し、新たに開発した測定手段および解析手法を用い、交流損失とクエンチ時の特性を明らかにした。さらに、特に電力応用として開発が先行している超電導発電機界磁巻線用導体を対象として、新たに開発した実験設備を使用し、実使用時に加わると予想される繰り返し応力を一万回まで加え、臨界電流と交流損失の特性変化を評価した。以下に、その主要な結果を述べる。

1.交流用超電導コイルの交流損失(第2章)

 商用周波交流用超電導線について、電力機器に使用された場合に想定される、超電導導体に交流磁界と交番電磁力が作用した状態で交流損失を評価するため、4種の交流コイルを製作してその特性を測定した。すなわち、定格容量が1995年時点で世界最大の500kVAであるコイルAと定格容量20kVAのコイルB、CおよびC’である。コイルAでは導体をスパイラルの巻溝中に巻線張力で固定し、コイルBでは導体の絶縁にポリエステル繊維を用い、繊維と導体を併せてエポキシ樹脂含浸し固定した。コイルCおよびC’は同一の交流超電導導体を使用したコイルである。コイルCは巻線張力だけでコイルの巻線を固定し、コイルC’はソレノイドコイルの層間スペーサに切り込んだ巻線用の溝にエポキシ樹脂で巻線を接着し固定した。

 本研究において新たに開発した共振型の通電用電源を用い、30Hzから65Hzまでの通電周波数で電流値を変えて、コイル全体での交流損失をクエンチを引き起こさない範囲において測定した。この測定に基づき、任意の大きさの交流磁界における超電導導体単位長さ当たりに発生する交流損失を、新たに考案した最小二乗推定手法により解析した。

 コイルAおよびBの交流損失測定結果より、ピーク値が0.5T程度以下の交流磁界中では、超電導導体を液体ヘリウム温度に保つ冷凍機の効率を1000分の1として考慮しても、交流超電導導体で発生する交流損失が常温下の銅線で発生するジュール損失よりも十分小さくできることが示された。しかし、2T程度の高磁界になると超電導導体の交流損失の方が大きく、今後の高磁界応用機器の実用化のためには一層の低交流損失化が必要であることを指摘した。

 次にコイルCとC’における交流損失を測定し解析した結果,コイルC’では、別途測定した導体のヒステリシス損失を少し上回る程度の小さい導体の交流損失であった。他方、コイルCでは、導体のヒステリシス損失の10倍以上の交流損失の発生を確認した。この原因は、コイルCの巻線が交流通電に伴う電磁力により、機械的に振動し、機械的な摩擦損失が発生したためであると推定され、交流超電導電力機器で交流損失を低減するためには、導体自身の低交流損失化の他に、交流損失が増加しない巻線法が必要であることを結論した。

2.交流用超電導導体とコイルのクエンチ特性(第3章)

 第2章で用いたコイルA、B、およびCを用いてクエンチ特性の調査を行った。いずれのコイルも、低交流損失化のため導体中に含まれる通電安定化用の銅の使用量が特に少なく、超電導導体の一部で常電導部が発生するとコイル全体のクエンチに至ることが必至である。

 調査の結果、交流超電導コイルにおいても、クエンチが起こる電流値には、直流通電、交流通電ともにトレーニング効果があり、初期には徐々にクエンチ電流が上昇することを明らかにした。トレーニング後の交流通電でのクエンチ電流値が、使用した超電導線材の直流に対する本来の性能と比較して、どの程度まで向上するかという比については、コイルの巻線法により差がある。スパイラル巻溝に張力で固定したコイルAではその比が80%であるのに対し、エポキシ樹脂含浸により固定したコイルBでは、99%まで増加する。これにより、クエンチ特性を向上させるためには、巻線をソレノイドコイルの各巻層毎にエポキシ樹脂含浸し、交流損失に対する巻線の冷却性能を維持しつつ、巻線を強固に固定することが重要であることを示した。

 また、クエンチ時の最高温度は、通電安定化用の銅量が銅比(銅と超電導材の比)でコイルAで0.1、コイルBでも1と超電導材より少ないため、クエンチ後0.1秒前後で電源をしゃ断しても、双方とも100K程度まで上昇してしまうことを熱解析により明らかとした。巻線をエポキシ樹脂で含浸すれば、定常的な交流損失発熱による巻線の温度上昇が過大でないうえ、クエンチ時の発熱をエポキシ樹脂の比熱で吸収することができるため、巻線の温度上昇防止に有効であることを解析により示した。

3.交流超電導線の低交流損失化に関する研究(第4章)

 本章においては交流超電導線の低交流損失化をはかるため、フィラメント径が0.11mから0.63mまでの7種の素線を順次製作してピックアップコイル法により交流損失の測定を行った。最終的に、CuNi母材NbTi交流超電導線で超電導フィラメントの直径を0.14mにすることにより、1.5T以下のピーク交流磁界中では、冷凍機の効率を考慮しても銅導体より低い交流損失となる線材を開発した。

 さらにCuNiよりも安価で一般的な耐食性金属材料であるCuSiを母材とする低交流損失NbTi超電導線材の開発を行った。CuSiを選択した物理的理由は、母材と超電導フィラメントの境界面にシリコン原子が析出し、銅チタン化合物が界面へ析出するのを防止できることを期待したためである。素線での交流損失測定により、母材をCuSi合金に変えることによっても、CuNi母材NbTi交流超電導線と同等の低交流損失化が可能であることを実証した。

 これらにより、限流器や変圧器など、0.5T程度の交流磁界が巻線に加わる超電導電力機器だけでなく、発電機の空げき電機子巻線のように1.5T程度の交流磁界が加わる巻線も低損失化のために超電導化できる可能性があることを示した。

4.超電導導体の繰り返し圧縮応力下における性能(第5章)

 本章においては、日間起動停止運転を行う超電導発電機用界磁巻線導体を取り上げ、30年間の運転に相当する1万回までの実使用条件に相当する30MPaの圧縮応力を印加し、臨界電流と交流損失特性の変化を評価した。

 超電導導体を液体ヘリウムで冷却したままで、臨界電流と交流損失を圧縮応力下で測定するため、15kAの直流電源とヘリウム液化装置などを備えた実験設備を新たに開発、製作した。超電導発電関連機器・材料技術研究組合が7万kW級モデル超電導発電機界磁巻線用に開発したNbTi超電導導体6種類を測定対象とした。

 臨界電流については、30MPaの圧縮応力を1万回印加した場合においてもても、いずれの導体もまったく変化は認められなかった。これは界磁巻線用NbTi導体がすでに圧縮成型されているため、30MPaの圧縮応力を印加してもNbTiフィラメントに塑性変形が起こらないためである。

 他方、交流損失についても、6種類の内4種類の素線絶縁された導体および圧縮成型により素線間が面的に接触している導体では、圧縮応力を加えても交流損失は変化しなかった。これに対して、2種類のハンダで成型した一次撚線導体を6本撚り合わせた二次撚線構造導体では、30MPaの応力印加により約20%交流損失が増加した。さらに、1万回の繰り返し応力印加により25%まで増加した。これは、導体内の一次撚線導体間の接触がハンダ表面同士であるため、接触抵抗が圧縮応力により低下し、素線間の結合損失が増加するためであると結論した。

 このように、超電導電力機器の実使用条件に相当する繰り返し応力下では、線材の構成によっては超電導導体の交流損失特性が変化することがあり、事前にその点を十分考慮する必要があることを明らかにした。

5.結論(第6章)

 超電導電力機器用超電導導体とコイルに必要とされる特性として、商用周波交流に対する特性と繰り返し圧縮応力時の特性について、新たに開発した測定法および解析法を駆使し、以下の点を明らかとした。

 (1)超電導導体をコイルとして商用周波交流で使用する場合には、交流損失の低減および安定したクエンチ特性を得るために巻線の固定が重要である。特に、巻線の振動による交流損失の低減とクエンチ特性の向上の双方から、巻線をエポキシ樹脂で含浸し固定することが有効である。

 (2)本研究でコイルに使用した交流超電導導体により電力機器を超電導化すれば、0.5T程度の低交流磁界中では常温の銅導体を用いるよりも、冷凍機の動力を含めても低損失できることを示した。さらに、CuNiとCuSiを母材とする低損失NbTi交流超電導線の開発により、1.5T程度以下で、超電導化による低損失化が可能である。

 (3)超電導発電機界磁巻線用NbTi超電導導体では、実使用条件に相当する1万回までの繰り返し圧縮応力を加えても臨界電流は変化しないが、線材の構成によっては素線間の接触抵抗が低下し結合電流が増大することにより、交流損失が増加することがある。

 以上、本論文によって交流電力機器への超電導技術の適用について展望を示すことが出来た。

審査要旨

 本論文は「電力応用へ向けた超電導導体とコイルに関する研究」と題し、従来、高磁界発生用直流マグネットへの応用を主としていた極低温超電導導体および超電導コイルについて、新たに電力機器への適用可能性に関する検討をおこなったものであって、6章より構成される。

 第1章は「序論」であり、超電導電力機器開発の現状、および超電導電力機器用導体に要求される諸性能について述べ、特に交流コイルを超電導化する場合の諸問題を指摘して、本論文の位置付けを述べている。

 第2章は「交流用超電導コイルの交流損失」と題し、異なる超電導導体と巻線固定法を採用した4種類のコイルを製作し、新たに開発した周波数可変電源を用いてそれらの発熱特性について解析している。コイルは定格容量500kVAのコイルA、定格容量20kVAのコイルB、CおよびC’であって、コイルAでは導体をスパイラルの巻溝中に巻線張力で固定し、コイルBでは導体と絶縁用ポリエステル繊維を併せてエポキシ樹脂含浸して固定し、コイルCおよびC’は同一の巻線を前者は張力だけで、後者は層間スペーサに切り込んだ溝にエポキシ樹脂で接着することにより、それぞれ固定している。コイルA、B、C’の交流損失測定結果は、それらの超電導コイルの所要運転電力が、最大交流磁界0.5T程度以下においては、同一定格の常温銅導体コイルの通電電力よりも十分小さくできることを示している。一方、コイルCの測定結果では、ヒステリシス損失の10倍以上という許容範囲を越えた損失発生を確認し、この原因は交流通電に伴う機械振動による摩擦損失と結論している。以上の結果より、交流超電導コイルで交流損失を低減するためには、機械振動を極力抑える巻線法の採用が不可欠と結論している。

 第3章は「交流用超電導導体とコイルのクエンチ特性」と題し、第2章で用いた交流超電導コイルA、B、およびCを用いて交流コイルのクエンチ特性の調査を行った結果を述べている。結果によるとクエンチが起こる電流値に関しては、直流通電、交流通電ともにトレーニング効果がみられ、初期には徐々にクエンチ電流が上昇することが明らかにされている。トレーニング後の交流通電でのクエンチ電流値が、使用した超電導線材の本来の性能と比較してどの程度まで到達できるかという点について調べた結果、コイルの巻線法により差があることがわかり,コイルAではその比が80%、コイルBでは99%まで到達するのに対し、コイルCでは数10%以下であった。このことよりクエンチ特性を向上させるためには、巻線を強固に固定することが重要であり、特にエポキシ樹脂含浸が有用であることを結論づけている。

 第4章は「交流超電導線の低交流損失化に関する研究」と題し、CuNiを母材としたNbTi交流超電導材において、新たに超電導フィラメントの直径を0.14mと最適化した巻線を開発した結果について述べている。この線材を用いた交流コイルは、1.5Tという高い最大交流磁界中においても、所要運転電力が同一定格の銅導体コイルより低い値となることを示している。さらにCuNi母材に代わるものとしてCuSiを母材とする交流超電導線の開発を行い、それが低損失の交流コイル実現に適用され得ることを示している。

 第5章は「超電導導体の繰り返し圧縮応力下における性能評価」と題し、目下開発研究中の超電導発電機用の界磁巻線6種類を取り上げ、30年間の日間起動停止運転に相当する1万回までの繰返し圧縮応力30MPaを印加し、それぞれの臨界電流と交流損失特性の変化を測定した結果を述べている。いずれの巻線導体においても、臨界電流には全く変化は認められず、これはNbTiフィラメントに塑性変形が起こらない条件下であるためと結論している。他方交流損失については、6種類の内で特にハンダで成型した一次撚線導体用いた2種類の導体では、30MPaの応力印加により約20%増加し、1万回の繰り返し応力印加によりそれが25%まで増加することを示し、この原因は素線間接触抵抗が圧縮応力により低下するためと結論づけている。以上の研究により、繰返し応力での損失増加を抑えるために必要とされる導体構造を明らかにしている。

 第6章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに,本論文は電力機器としての超電導コイルの実用化を目的として、交流通電等における超電導コイル電力損失の原因を分析することにより、その低減を可能とするための超電導導体構造およびコイル巻線固定法についての具体的方式を明らかにし、それに基づいて製作された超電導コイルは実用条件を満たすことを検証したものであって、商用電力機器への超電導技術の適用可能性を明らかにした点で電気工学、特に電力工学に貢献するところが多い。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51012