学位論文要旨



No 212948
著者(漢字) 宮武,孝文
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタケ,タカフミ
標題(和) 大規模図面画像の高速処理方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 212948
報告番号 乙12948
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12948号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
内容要旨

 本論文では,図面情報の計算機への自動入力を目的とした大規模図面画像の高速処理方式とそれを用いた図面処理システムの実現化技術について論ずる。図面入力の自動化を可能とするためには,図面の認識処理技術の高度化と,実用的なサイズの図面の認識を妥当な時間で処理する高速化技術とそれを低コストで実現する装置化技術が必要である。本論文は,図面を自動入力してデータベース化し,計算機でその高度利用を図りたいという社会的ニーズに応えるために,実用を目的として,筆者が日立製作所中央研究所において開発してきた図面認識(入力)のための画像処理基本技術と,それを高速処理するシステムの実現化技術について纏めている。

 第1章では,本論文の導入部として,第2章から第5章に述べる大規模図面画像の高速処理技術の位置づけについて述べる。まず,図面入力の流れの中で,第2章のシステム実現技術が,図面が2値の画像情報であることに着目して,画像をランレングス圧縮し,それを直接処理することで高速化を図るという基本方針に基づいていることを述べる。従来の画像処理技術では画素単位の処理方式が主流であったため,基本方針を実現するためには,まず,主要な画像処理機能をランレングス単位の方式で技術開発する必要があった。その中で,第3章の内容は画像のフィルタリング処理をランレングス単位で処理する基本技術に関するものであり,第4章の内容は画像のベクトル化処理をランレングス単位で処理する基本技術に関するものであり,いずれも従来方式に比べて数十倍の高速化が実現されたことを述べ,さらに第5章は,第2章のシステムの応用技術に関するものであり,複雑な図面がこのシステムを利用して,効率的に入力できることを述べる。

 第2章では,「大規模図面画像の高速処理システム」について述べる。図面認識(入力)技術を社会へ普及させるためには,システムの低コスト化が前提条件であり,そのためのアプローチとして,全ての画像処理機能を汎用の計算機を前提としたソフトウェアで実現する。従来,図面認識技術がソフト化困難であった理由は,画素単位に画像を処理する従来手法が基礎になっていたためであり,1億画素もあるA0サイズの大型図面を妥当な時間で高速処理することがほとんど不可能であったことによる。ここでは図面画像が基本的に2値であり,しかも図形がスパースであることに着眼し,画素に比べその数が1/100程度しかない黒ランを直接処理することで解決した。このシステムでサポートする画像処理機能は,図面認識によく使用される前処理,特徴抽出,ラスタ・ベクタ変換であり,具体的には,フィルタリング処理,ラベリング処理,図形特徴計測,輪郭追跡,細線化処理,幾何変換,論理演算,画像転送等,48本のプログラムから構成される。いずれのプログラムも線順次処理を踏襲することにより,高々数ライン分の主記憶バッファを用意することで,実質無限大の画像サイズに適用可能なことも大きな特長である。また,実現したソフトウェアシステムはフォートラン言語版とC言語版があり,大型計算機,ワークステーション,パソコンといった,様々な規模の計算機で動作可能なため,図面入力システムの低コスト化という課題も解決した。

 第3章では,「画像のフィルタリング」について述べる。図面自動入力の処理過程で前処理や特徴抽出で多用される2値画像の収縮処理や膨張処理は,あるマスクサイズn×m内で画素の値同士で論理積,論理和を施した結果を新しい画素とするフィルタリングである。フィルタリングの処理自体は単純な演算であるが,計算時間はマスク内の画素数に比例して増加するため,実用化を目的としたシステムでは通常フィルタリング処理はハードウェア化される場合が多い。これを,計算法を工夫することにより,ソフトウェアで高速化を行っている。高速化の原理は,マスク内の途中の部分的な演算結果を一時的に記憶しておき,マスクが隣接する領域に移動して次の計算を行うとき,前回のマスクとの重なりを持つ部分の演算結果を利用し,計算の重複を排除するという方式である。この原理は濃淡画像や2値画像に適用可能であるが,特にランレングス圧縮された2値画像の膨張処理や収縮処理を行う場合は,さらに数十倍の高速化効果を生じさせることができる。この研究により,従来はハードウェアで高速化を図っていたフィルタリング処理を,ソフトウェアだけで実用上十分な速度で実行できることを明らかにした。

 第4章では,「画像のベクトル化」について述べる。図面認識の処理では,画素情報を座標情報へと変換して利用する処理は極めて重要であり,またベクトル化そのものが最終目標であるシステムも数多い。このベクトル化処理は,画像の輪郭線を追跡してその座標系列を求めるものと,画像を線幅1画素に細める細線化処理の後,中心線を追跡してその座標系列を求めるものの2つに大別できる。

 前者については,一般に3×3マスク内の内容に応じて一画素づつ所定の方向に移動させるため,追跡一回当たりのデータ参照回数が多く効率が悪い。効率をあげるために処理を簡略化させる方式もあるが,追跡精度が悪くなり,元の画像が復元できないという問題点がある。また追跡においては,2次元画像をランダムにアクセスするため,図面画像のようにとくに大規模な画像を計算機で処理する場合にはメモリのスワッピングの問題が発生し,効率低下の原因となる。ここでは,ランレングス圧縮された画像に対して,2ライン間で発生する特徴コードを検出し,その特徴コードの連結状況を判定する1パス型の追跡手法を開発することにより,上記の問題を解決している。

 一方,中心線のベクトル化の最大の課題は,細線化処理が複雑なため処理時間がかかることである。基本的には3×3マスク内の内容に応じて画素を削除するかどうかを判定するが,線幅2画素の図形を一回の走査で消去させないため判定に工夫が必要であり,結果として1296通りの場合分けが必要となる。これを長さnのランで同様に実行する場合,(n+2)×3マスクに相当する細線化マスクパターンを準備する必要があり,この数は膨大である。そこで,本研究では,細線化マスクパターンに対応して,ランの削除ルールを新たに導入し,この削除ルールに基づき,一回の細線化処理で複数画素を同時に消す効率的手法を開発している。

 従来,図面入力の実用システムではベクトル化処理には特殊ハードウェアが必須と考えられていたが,本研究により,この画像のベクトル化に関しても,実用的な処理時間をソフトウェア処理によって達成したことで,装置コストの大幅な低減が可能となった。

 第5章では,「複雑な図面の認識処理」について述べる。図面中から目的に応じた有効な図形成分を抽出し記述する認識処理の課題は,図面中の個々の図形成分の複雑さによる認識の難しさもさることながらそれらが混在して書かれている状況の中で,各種図形成分をいかに抽出するかという問題がある。研究アプローチとして,その複雑さゆえに従来の図面認識の研究ではほとんど扱われることのなかった国土地理院発行の「縮尺1/25000の地図」を認識対象として採用している。まず線状図形の例として,平行線で書かれた道路の認識処理では,図面画像の背景に着目し,幅と長さの特徴を基本とした手法で細長い領域を抽出し,それを細線化処理してベクトル化する。これにより道路の経路情報が自動入力できた。また,面状図形の例として,ハッチングで描かれた住宅密集地の認識処理では,まずハッチッング内部の基本パターンをすべて抽出し,それらに膨張収縮処理を適用してハッチング領域全体を塗りつぶし,これに対して輪郭線追跡によりベクトル化する。これにより住宅密集地の領域情報が自動入力できた。さらにまた点図形の例として,漢字の存在位置を抽出する処理では,まず長さなどサイズで候補図形を絞り,次に,横棒,交点,T字など漢字の局所特徴があることを制約条件とすることで領域情報を抽出し,これによりその漢字の存在位置の代表座標点を抽出できた。結論として,本研究で開発した大規模図面画像の高速処理システムの基本的画像処理機能の組合せで,複雑な図面から,効率よく,各種図形認識が可能になることを明らかにした。

 第6章は,終章であり,本論文の結論として,前述の各章の研究内容と効果の要約を示した。

 以上述べたごとく,本論文は図面認識(入力)のための大規模図面画像の高速処理方式について纏めたものである。この方式を利用したシステムは,日立製作所の製品として出荷されており,主として電力会社を中心に,施設図管理目的に活用され,この分野の図面情報の電子化に大きく寄与している。

審査要旨

 本論文は「大規模図面画像の高速処理方式に関する研究」と題し,図面を自動入力してデータベース化し,計算機でその高度利用を図りたいという社会的ニーズに応えるために,図面の認識処理技術の高度化,大規模図面画像の高速処理方式の開発等,ソフトウェアによる図面処理システムの実用化を目指して行った一連の研究を纏めたもので,6章よりなっている。

 第1章は「序論」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「大規模図面画像の高速処理システム」では,図面が2値の画像情報であることに着目して,画像をランレングス圧縮し,それを直接処理することで高速化を図るという基本方針に基き,全ての画像処理機能を汎用計算機のソフトウェアで実現したシステムについて述べている。このシステムは,図面認識で使用される前処理,特徴抽出,ラスタ・ベクタ変換等の48本のプログラムから構成され,いずれのプログラムも線順次処理により,高々数ライン分の主記憶バッファを用意することで,実質無限大の画像サイズにも適用可能という大きな特長を持ち,様々な規模の計算機で動作可能とし,図面入力システムの低コスト化という課題を解決したことを述べている。

 第3章「画像のフィルタリング」では,図面処理過程で多用されるマスクサイズn×m内で画素の値同士で論理積,論理和を施した結果を新しい画素とするフィルタリング処理のソフトウェアによる高速化手法を提案している。マスク内の途中の部分的な演算結果を一時的に記憶しておき,マスクが隣接する領域に移動して次の計算を行う時,前回のマスクとの重なりを持つ部分の演算結果を利用し,計算の重複を排除するという方式により,高速化が計れることを示し,従来はハードウェアで高速化を図っていたフィルタリング処理をソフトウェアだけで実用上十分な速度で実行できることを明らかにしている。

 第4章「画像のベクトル化」では,画像の輪郭線を追跡してその座標系列を求めるベクトル化処理と画像を線幅1画素に細める細線化処理の後に中心線を追跡してその座標系列を求めるベクトル化処理の2種類のベクトル化処理を論じている。画像の輪郭線を追跡してその座標系列を求めるベクトル化処理では,ランレングス圧縮された画像に対して,2ライン間で発生する特徴コードを検出し,その特徴コードの連結状況を判定する1パス型の追跡手法を開発している。中心線のベクトル化においては,細線化マスクパターンに対応して,ランの削除ルールを新たに導入し,この削除ルールに基き,1回の細線化処理で複数画素を同時に消す効率的手法を開発している。これらのソフトウェア処理による手法の開発により装置コストの大幅な低減が可能となったことを述べている。

 第5章「複雑な図面の認識」では,開発した手法を複雑な図面として縮尺1/25,000の地図に適用した結果について述べている。線状図形の例として,平行線で書かれた道路の認識処理では,図面画像の背景に着目し,幅と長さの特徴を基本とした手法で細長い領域を抽出し,それを細線化処理してベクトル化し,道路の経路情報を自動入力している。又,面状図形の例として,ハッチングで描かれた住宅密集地の認識処理では,まずハッチッング内部の基本パターンを全て抽出し,それらに膨張収縮処理を適用してハッチング領域全体を塗りつぶし,これに対して輪郭線追跡によりベクトル化し,住宅密集地の領域情報を自動入力している。更に,点図形の例として,漢字の存在位置を抽出する処理では,長さ等のサイズで候補図形を絞り,漢字の局所特徴があることを制約条件とすることで領域情報を抽出し,漢字の存在位置の代表座標点を抽出している。その結果,第2章で提案した大規模図面画像の高速処理システムの基本的画像処理機能の組合せにより,複雑な図面から各種の図形を効率良く認識が出来ることを明らかにしている。

 第6章は,「結論」であって本研究の成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は大規模図面画像を高速に処理するために,図面が2値画像情報であることに着目して,画像をランレングス圧縮し,それを直接処理することで高速化を図るというシステムを提案し,そのための基礎技術として画像のフィルタリング処理と画像のベクトル化処理を開発し,複雑な図面を対象としてシステムを実現し,実用化を行う等,図面画像処理技術の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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