学位論文要旨



No 212949
著者(漢字) 角屋,豊
著者(英字)
著者(カナ) カドヤ,ユタカ
標題(和) 超高真空一貫プロセスにおける化合物半導体のエッチング過程と再成長界面に関する研究
標題(洋)
報告番号 212949
報告番号 乙12949
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12949号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 平川,一彦
内容要旨

 近年、量子細線などの低次元半導体量子構造の研究が盛んに行われている。これらの構造においては電子や正孔を閉じ込めるヘテロ接合界面の質がその特性に及ぼす影響が重大である。特にエッチング等の加工を施した化合物半導体表面では、不純物や欠陥による電気的あるいは光学的な特性の劣化が著しいため、良質の低次元量子構造を作製することは容易でない。この問題を回避するための素子作製手法として分子線エピタキシ(MBE)成長やリソグラフィー等の加工プロセスを超高真空装置中で行なう方法が研究されている。反応性ガスを用いた熱化学的なエッチングはこの手法における構造形成のための主要な要素プロセスであるが、これまでエッチング過程自体、あるいはエッチングした表面に再成長を行なって得られる界面(エッチング/再成長界面)の質に関する研究はほとんど行われていない。本研究では、超高真空一貫プロセスにおける塩素及び塩化水素を用いた化合物半導体のガスエッチングに関し、エッチング過程が有する基板材料や面方位に対する選択性とその真空中での構造(パターン)形成への応用、及びエッチング/再成長界面の特性とそれを支配する要因を明らかにした。界面の特性に関しては、MBE成長したGaAsやAlGaAsの清浄表面、及びこの表面を大気暴露した後の表面を対象とした。

ガスエッチングにおける選択性と真空中でのパターン形成

 イオンを用いない反応性ガスによる熱化学的なエッチングの1つの特徴は、エッチレートがガスの種類やエッチングされる基板材料に依存することである。図1に塩素及び塩化水素ガスによるGaAsとInAsのエッチレートのエッチング温度依存性を示す。塩素ガスを用いた場合、特に低いエッチング温度においてGaAsのエッチレートがInAsのそれを大きく上回っている。一方、塩化水素ガスを用いた場合、InAsのエッチレートがGaAsのそれよりも高く、相補的な選択性が得られる。本論文ではこれらのエッチレートを支配する律速過程に関しても現象論的に考察した。また、GaAs上に成長したInAs層も塩化水素ガスを用いて選択的にエッチングできることを、InAs層の成長とエッチングを行なった界面を含む量子井戸からのフォトルミネッセンス(PL)や反射高エネルギー電子線回折によって確認した。

図1塩素及び塩化水素ガスによるGaAs及びInAsのエッチレートのエッチング温度依存性。塩素ガス及び塩化水素ガスの圧力はそれぞれ3.2×10-4Torr及び2×10-4Torr。

 ガスエッチングにおける材料選択性を利用した真空一貫のパターン形成について検討した。InAs薄膜をマスクに用いる真空一貫のパターン形成プロセスフローの例を図2に示す。マスクとなるInAs層のパターン描画には、電子線照射による塩素ガスエッチレートの増大効果を用いた。線状のパターンを形成したInAs層をマスクとして塩素ガスエッチングによりGaAsとAlGaAsの積層構造中にパターンを形成する。この後、塩化水素ガスを用いてInAs層を剥離し、AlGaAs層を再成長する。本研究ではこの方法を用いて、露出された量子井戸の端面を再成長層で覆う、V溝端面量子細線構造を形成した。また本論文では、電子線照射を用いない真空一貫のパターン形成方法についても言及した。

図2InAs薄膜をマスクとする真空一貫プロセスのフローチャート
超高真空一貫プロセスによるエッチング/再成長界面の特性とその評価

 超高真空一貫プロセスにおいても不純物汚染が完全に避けられるわけではない。エッチングなどのプロセスの他に、試料搬送のために結晶成長を中断している間の不純物の付着も問題となる。特にエッチング/再成長界面が電子や正孔を閉じ込めるヘテロ界面になる場合には不純物の影響は重大である。図3は選択ドープ構造のヘテロ界面にイオン化した不純物が存在する場合の、2次元電子密度Nsと移動度の理論値、及びこの不純物がSiである場合の実験結果である。Nsに対しては1×1011cm-2以上、に対しては109cm-2台の密度の界面不純物が影響することが明らかになった。

 GaAsやAlGaAsの表面での長時間の成長中断においては酸素不純物の付着が重要である。本研究では成長中断中のヘテロ界面に取り込まれた酸素密度と単一ヘテロ接合(SH)構造における2次元電子のNs及びの関係を調べた。この結果を上記の理論と対比することにより、界面の酸素不純物がNsに及ぼす影響は、界面にイオン化不純物が存在するとして見積もり得ることを示した。

図3 2次元電子密度NSと移動度を界面不純物密度NIFの関数として示した。NS(■)及び(●)は77Kにおける測定値、〇は界面不純物による散乱で決まる移動度IFを示す。全移動度TOTAL及びIFの理論値を実線及び破線で示した。点線及び一点鎖線はそれぞれ界面不純物がドナー及びアクセプタとしたときのNSの理論値を示す。

 以上の知見に基づき、超高真空一貫プロセス装置中でエッチング及び再成長を行なった界面の特性を議論した。例えば塩化水素ガスによってエッチングしたGaAs表面にAlGaAs層を成長した場合、SH構造における2次元電子のNsは図4に示すようにエッチング温度TEに依存する。界面不純物の分析結果を考慮してを理論を対比することにより、TEが低い場合にが低下する原因はエッチング中に取り込まれた不純物による散乱であることが明らかになった。一方、TE〜500℃(エッチング深さ〜400nm)でのの低下はエッチングによって発生した界面ラフネス散乱に起因している可能性が高い。TE〜400℃ではこれらの散乱要因(不純物・ラフネス)が減少するため高い移動度が得られる。TE=440℃でエッチングを行なった試料(深さ〜200nm)のは20Kで300,000cm2/Vsec以上であった。この場合、エッチングプロセスに伴うの低下は、界面不純物による散乱に起因する可能性が高く、その密度は8×109cm-2以下であると見積もられる。

図4 77Kにおける2次元電子密度(●)と移動度(○)の塩化水素ガスエッチング温度依存性。標準試料の電子密度は4.6×1011cm-2、移動度は130,000cm2/Vsecであった。

 AlGaAs表面でエッチングを行なった場合はGaAs表面と比べて多くの不純物が付着するため、再成長界面での2次元電子の形成は容易でない。しかし、塩素ガスエッチングの場合にはエッチング中の不純物の付着は比較的少なく、移動度は大幅に低下するが、2次元電子を形成することは可能である。

塩化水素ガスによる表面クリーニング

 MBE成長したGaAsの表面を一旦大気に曝し、その後に塩化水素ガスエッチングと再成長を行なった場合の再成長界面の特性を調べた。図5はエッチング温度TEと残留酸素密度Nox及び炭素密度Ncの関係である。400℃以上のTEに対してNox、Ncともに2次イオン質量分析(SIMS)の検出限界程度、あるいはそれ以下にまで減少する。大気暴露したGaAs表面をエッチングすると表面ラフネスが発生することがあるが、このラフネスは2原子層程度のGaAsを成長した後に1分程度の成長中断を行なうことで平坦化される。この結果、エッチングによってNoxやNcが大幅に減少した試料では、77Kで60,000cm2/Vsecを越える移動度が得られた。この値は界面イオン化不純物による散乱を考慮した移動度の理論予測と矛盾しない。これらの結果は、大気曝露を行なった界面の質の劣化は主として炭素や酸素の不純物の付着に起因すること、またこれら不純物を結晶に欠陥を発生させずに除去する方法として、塩化水素ガスエッチングが有効であることを示している。

図5再成長界面の酸素密度(〇)および炭素密度(●)のエッチング温度依存性。エッチング時間は20分間。一点鎖線はSIMSの検出限界、破線はエッチレートから見積もったエッチング深さを示す。矢印はエッチングを行なわずに再成長を行なった場合。

 以上のように本研究では化合物半導体のガスエッチングにおける選択性とパターン形成への応用、及びエッチング/再成長界面の特性を系統的に調べた。本研究で得られた主な成果は次の通りである。

 1)エッチングの基板材料、ガス種、及び面方位に対する依存性を明らかにした。さらにこの知見を基に、InAs薄膜をマスク層に用いるGaAsやAlGaAsの真空一貫のパターン形成が可能であること示した。

 2)エッチング/再成長界面に2次元電子を形成し、その密度や移動度を詳細に計測、解析することによりこの界面の質を評価した。この結果、塩素あるいは塩化水素ガスを用いた熱化学的なエッチングが極めて低損傷であり、特にGaAs表面でエッチング及び再成長を行なった界面の不純物を極めて少なく(1010cm-2)、またラフネスも十分に小さく(数原子層)できることが明らかになった。2次元電子の伝導特性を用いて界面の質を評価する手法は、超高真空一貫プロセスにおいて発生する極低密度の不純物の付着やラフネス、あるいは結晶欠陥等を評価する方法として極めて有効である。

 3)大気暴露したGaAs表面に付着した炭素、酸素、及びシリコンの不純物は塩化水素ガスエッチングによってSIMS分析の検出限界、あるいはそれ以下にまで除去されることを示した。また、大気曝露した表面でも、これらの不純物を除去した後に再成長を行なうことにより、この界面に2次元電子を形成できることを示した。

審査要旨

 半導体レーザや超高速FETなど化合物半導体の素子は、エレクトロニクスにおいて不可欠な役割を果たしている。これらの素子構造の形成には、エッチングによる加工とエッチングされた面上に結晶を再成長する過程が広く用いられる。こうした化合物半導体のエッチング関連技術の確立には、エッチングのミクロな過程を明らかにし、再成長で得られる界面の品質を評価し制御することが重要である。本論文は、こうした観点からなされた研究について記したものであり、「超高真空一貫プロセスにおける化合物半導体のエッチング過程と再成長界面に関する研究」と題し、5章より成る。

 第1章は「序論」であって、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章では、「ガスエッチングにおける選択性と真空中でのパターン形成」の研究が記されている。特に塩素及び塩化水素ガスによるGaAs及びInAsのエッチングを中心に調べ、ガス種とエッチング条件を選ぶことにより、GaAsとInAsの相補的なエッチングが可能であることを見い出している。これらのエッチレートを支配する律速過程に関しても考察している。またエッチングの選択性がGaAs上に成長したInAs層においても有効であり、このInAs層を下地のGaAs層の結晶性を損なうことなく除去できることを、フォトルミネッセンス(PL)や反射電子線回折を用いて明らかにしている。また、InAs薄膜を電子線の存在下で加速的にエッチングすることによりより特定パターンを形成し、これをマスクに用いると超高真空一貫プロセスでパターン形成が可能であることを示している。

 第3章では超高真空環境の下でエッチングした表面に結晶を再成長して得られる界面の特性を調べる新しい手法とその結果について述べている。特にエッチング/再成長界面が電子や正孔を閉じ込めるヘテロ界面になる場合を対象に、界面不純物や欠陥が2次元電子伝導や量子井戸の光学特性に与える影響に着目し、2次元電子の移動度や量子井戸の蛍光線幅を詳細に解析することにより界面の評価のできることを明らかにしている。例えばヘテロ界面に不純物が存在する場合には、その密度が1×1011cm-2以下でも電子密度や移動度が大きく変化し、従ってその検出に利用できることを示している。その応用として、まず成長中断時にGaAsやAlGaAsの表面に付着する酸素不純物の2次元電子の伝導に与える影響を調べ、その効果がイオン化不純物として見積り得ることを示している。さらに、超真空装置中で塩素及び塩化水素によってエッチングしたGaAs表面にAlGaAs層を成長した系を詳しく調べている。その結果、このヘテロ界面の2次元電子の密度や移動度はガスの種類やエッチング条件に強く依存し、エッチング条件を適切に選ぶことによって十分に高い移動度を達成し得ることを示している。また低温における2次元電子密度や移動度の測定結果は、SIMS法で定量化された界面不純物の密度や電子顕微鏡により評価した凸凹の大きさを考慮するとよく説明できることを示している。

 第4章は、一度大気に露出されたGaAs表面に付着する酸素・炭素及びシリコンなどの不純物を塩化水素によるエッチングで除去するプロセスについて調べた研究について記している。その処理により、これらの不純物はSIMSの検出限界まで減少することを示すとともに、清浄化後のGaAs表面を加熱で平滑化した上でヘテロ構造を作ると、界面を流れる電子移動度が極めて高くなることを見い出している。

 第5章は、本研究で得られた主要な結論を述べている。

 以上これを要するに、本研究は化合物半導体素子の形成に重要な超高真空一貫プロセスにおけるエッチングについて系統的に調べ、その化学的な過程を究明するとともに、再成長で得た界面の清浄度を評価する新手法を開発してその有効性を示したものであって、電子工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51013