学位論文要旨



No 212950
著者(漢字) 宮崎,孝雄
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,タカオ
標題(和) 鉄鋼プロセスにおけるオンライン計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 212950
報告番号 乙12950
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12950号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 助教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 教授 保立,和夫
内容要旨

 鉄鋼プロセスにおけるオンライン計測への要請は、高速性かつ高精度(冷延鋼板や表面処理鋼板などの製品品質管理技術)、低価格化(プロセス合理化のためのオンライン計測技術)、それに耐久性(冶金プロセスをはじめとして、高温、振動、粉塵など測定環境がきわめて厳しい)である。

 本論文は、鉄鋼プロセスを対象として、これらの要請に応えるためのオンライン計測技術の開発に関するものであり5章よりなる。第1章は「緒言」で、従来の研究を概観し現状の問題点を記述している。

 第2章は「3チャネル型高速エリプソメータ」と題し、新しく開発した高速エリプソメータに関して記述している。鉄鋼プロセスでは、冷延鋼板の油膜や酸化膜あるいは各種表面処理鋼板の表面被膜に対するオンライン膜厚計測へのニーズが大きい。これらの対象の膜厚は、1nmから1mの広範囲にわたるため、測定範囲の大きなエリプソメトリはこの目的に適している。

 エリプソメトリによる膜厚計測は、塗膜表面に照射した直線偏光が膜厚の関数である複素振幅反射率によって振幅および位相変化を受けるため楕円偏光に変化する現象を利用する。複素振幅反射率の入射面内成分Rpとそれに垂直な成分Rsの比をとると、この値はエリプソパラメータと呼ばれる2つの実数パラメータによって定義されと膜厚の間には既知の関係式が成立する。楕円偏光の形は、エリプソパラメータによって決定されるため、楕円偏光の形状を測定することによって、膜厚を求めることができる。楕円偏光からエリプソパラメータを測定する装置をエリプソメータとよぶが、従来のエリプソメータは、静止ないしは移動が無視できる測定対象を前提としており、毎秒5m以上の高速で走行する鋼板のオンライン計測に適用することは困難であった。一方、KDP素子など電気光学素子を利用した高速エリプソメータの開発も試みられてきたが、素子の温度特性変化が大きいため、これもオンライン測定には成功しなかった。

 これに対し、本研究では、対象からの反射偏光を3つに分岐して各ビーム毎に異なる方位角をもつ検光子を設け、それら3つの透過光量値からエリプソパラメータが求められることを利用する。この方式によれば、3つのデータは同時に求めることができ、高速移動する対象にも適用可能である。

 ここで、反射偏光を3つに分岐するビームスプリッタには、光学的異方性がなく温度や湿度により偏光特性が変化しない透明な材質でかつ表面にコーティング処理がないものを用いる。また、ビームスプリッタでの反射、透過は1回とし多重反射をした成分は取り除くこと、3つの分岐光のうち2つのビームについてビームスプリッタでの偏光マトリクスが等しくなるように構成することによって、ビームスプリッタの影響を本質的に受けない超高速の3チャネル型エリプソメータが実現できることを明らかにした。具体的には、均質で一様な光学ガラス(BK7)製で厚さ25mmの平行平面板3枚を互いに平行に組み合わせて、3つのビームのうちの2本については反射・透過の回数、入射角が等しくなるように構成した。この結果、測定対象のエリプソパラメータのうち位相差については、ビームスプリッタの物性値によらない測定が可能となり、振幅比についても単なる比例定数の積だけの補正で測定ができることが示された。さらに3つの検光子の方位角度に関して1つを0°、2本の等価なビームに対して45°、-45°と設定することにより、計算式が大幅に単純化されることを示した。

 試作した3チャネル型エリプソメータによる測定結果は、従来の消光式および回転検光子型エリプソメータによる結果と0.1〜0.4%の誤差で一致することを確認した。一回の測定時間は250sで、従来の1000倍早い高速エリプソメータが実現した。本装置は錫めっき鋼板ラインのオンライン油膜厚計として実用に供され、また鋼板表面不純物欠陥計へ応用が進められている。

 さらに、鉄鋼プロセス以外の半導体ウェーハの全面計測などにも応用が図られている。

 第3章「光ファイバ濃度センサ」は、プロセス濃度センサに関するものである。鉄鋼プロセスで用いられる各種溶液の濃度管理は、大部分が定期的サンプリングによるオフライン化学分析で行われている。本研究では、鉄鋼プロセスで使用する電解質、非電解質溶液に適用でき、本質防爆性という要請を満たす光ファイバ濃度センサに対してその感度向上を実現した。

 光ファイバ濃度センサの感度は、測定対象液の屈折率変化に伴うセンサの光量変化をセンサ透過光量で割った値で定義され、センサ曲率部に入射する光線モードの位置パラメータ(=h/a、h:光線が直線部と曲率部の境界を通過するときの内周面からの距離、a:センサ径)、曲率パラメータ(=a/R、R:センサ曲率半径)、および屈折率比n/n0(n:対象屈折率、n0:センサ屈折率)によって決定される。従来の単純な曲率(円形あるいはU字形)をつけたセンサでは、感度に貢献する漏光しやすい光のモードはパラメータが0に近いモードに限定されるのに対し、本研究で提案した8字形センサでは、逆曲率をもつためにが0近傍のモードに加えて1に近い2つのモード領域が感度に貢献するため感度が向上する。また、単純曲率センサでは、感度は曲率パラメータの値にかかわらず、測定対象の屈折率がn/n0=1を満たす近傍でのみ最大となり、n/n0の減少とともに単調に低下する。

 これに対し、8字形センサでは、曲率パラメータを対象屈折率にあわせて=(n0-n)/(n-n0/2)と設定することにより、センサ感度を最大に調整できる特長をもつ。8字形センサの開発により、低屈折率領域の感度向上が可能となり各種水溶液の濃度感度が従来センサの10倍以上向上し、濃度分解能で約0.1wt%が達成された。

 この8字形センサを錫めっき製造ラインのドラッグアウト液(フェノールスルホン酸水溶液)のオンライン錫イオン濃度計に適用した。センサのプロセス適用に際してはセンサの汚れ対策が鍵となるが、測定時間を短くし大部分の時間を校正液を兼ねた洗浄液で循環洗浄させるサンプリング系の開発により解決した。この結果、錫イオン濃度精度として工場要求精度±1g/l以下を達成し実用化の見通しを得た。

 第4章では、高炉における炉内ガス流速センサの開発について述べている。高炉炉内ガスは300〜800℃と高温であるうえに、多量の粉塵や粒子を含むため、まだ実操業で使用できるセンサは開発されていない。本研究では、耐熱性と機械的強度に優れ、またダストによる詰まりなどの問題がない流速センサの原理として、ガス温度に対して一定温度だけ加熱した加熱体の冷却時定数が質量流速の巾乗に比例する現象に着目した。しかし、機械強度を増すためにセンサ径を大きくすると、放射伝熱の影響が大きくなる問題が生ずる。特に、ガス温度が400℃を越えると温度変化にともなう誤差が大きくなる。

 この課題に対して、シースヒータとシース熱電対を内蔵した線状加熱体を円筒コイル形状に巻き、巻き径の異なる2つの円筒コイル加熱体を同心状に組み合わせた2重コイル型シールドセンサを考案した。センサをこのような形状にすると、外側のシールドの冷却時定数が内側のセンサより小さくなるために、シールドの温度をセンサ温度に追随させて等しく制御でき放射伝熱量を小さくできる。この2重コイル型シールドセンサによって、放射伝熱量は30%以下に低減化し、加えて時定数と質量流速の関係式をガス温度の2次式で補正を行うことにより、常温から600℃、ガス流速が7m/s以下の範囲で±10%以下の精度を達成した。このセンサを高炉の層内ガス流速計に適用した結果、流速値に約12分の周期性が確認され、最大値と最小値で約2倍の差が認められた。この周期は装入物の降下速度に対応しており、また最大値と最小値はセンサが鉱石層内およびコークス層内に入った場合の測定値であることが確認された。センサの設置位置は、炉壁から深さ150mm、ガス温度も700℃以下の条件であったが、試験期間3か月の耐久性も確認された。

 第5章は結言であり本論を総括するとともに、今後の残された課題点について言及した。そのなかで、今後の製品品質管理技術における高速、高感度への要請に対し、光応用計測技術が1つの鍵をもつ旨を述べた。

審査要旨

 鉄鋼プロセスにおけるオンライン計測に対しては,極めて厳しい環境下での計測,高速移動体に対する迅速な計測が要請され,さらに,高付加価値製品の低価格製造への要請から,耐久性,高速性,高精度化,さらには低価格化などの厳しい条件が課せられる.本論文は,鉄鋼プロセスを対象として,これらの要請に応えるためのオンライン計測技術の開発研究に関するものであり5章より構成されている.

 第1章は「緒言」で,従来の研究を概観し,現状の問題点を記述している.また,論文の構成を示している.

 第2章は「3チャネル型高速エリプソメータ」と題し,新しく開発した高速エリプソメータに関して記述している.鉄鋼プロセスでは,鋼板の油膜や酸化膜あるいは表面処理鋼板の表面被膜に対するオンライン膜厚計測へのニーズが高く,広範囲にわたる膜厚計測が要求されるが,エリプソメトリはこの測定に適した性質をもつことを指摘している.

 エリプソメトリによる膜厚計測は,塗膜表面に照射した直線偏光が膜によって振幅および位相変化を受け,楕円偏光に変化する現象を利用する.測定によって,楕円偏光の形を決定するパラメータ(エリプソパラメータ)を求めることで,膜厚を決定することができる.楕円偏光からエリプソパラメータを測定するエリプソメータは,従来,測定に時間を要し,あるいは,素子特性の不安定性から,毎秒5m以上の速度で走行する鋼板のオンライン計測に適用するには至っていない.

 本研究では,高速測定に適する新しい方式を考案することによってこの問題を解決している.すなわち,対象からの反射光を3つに分岐して各ビーム毎に異なる方位角をもつ検光子を設け,これら3つの透過光量値からエリプソパラメータが求められることを利用するものである.この方式によれば,3つのデータを同時に求めることができ,高速移動する対象にも適用可能である.本研究では,ビームスプリッタに用いる材質や,光学系の構成を綿密に設計することにより,ビームスプリッタの影響を本質的に受けない超高速の3チャネル型エリプソメータが実現できることを明らかにしている.さらに3つの検光子の方位角度に関して1つを0°,2本の等価なビームに対して45°,-45°と設定することにより,測定に要する演算を極めて単純なものとできることを示して利用している.

 試作した3チャネル型エリプソメータによる静止対象に関する測定結果は,従来型のエリプソメータによる結果と0.1〜0.4%の誤差で一致することを確認している.一方,測定時間は約250sで,従来の1000分の1の測定時間を実現している.なお,本技術は錫めっき鋼板ラインのオンライン油膜厚計として実用に供され,また鋼板表面不純物欠陥計や半導体ウェーハへの応用も図られている.

 第3章「光ファイバ濃度センサ」は,プロセス中の溶液の濃度センサに関するものである.鉄鋼プロセスで用いられる各種溶液の濃度管理は,大部分が定期的サンプリングによるオフライン化学分析で行われている.本研究では,光ファイバのセンサ部分の形状を8の字形にすることにより,光ファイバ濃度センサの感度向上と感度特性の適応化を実現して,オンラインでの使用に供せるものとしている.

 光ファイバ濃度センサの感度は,センサ曲率部に入射する光モードの位置,曲率,対象の屈折率とファイバコアの屈折率との比によって決定される.従来の,単純な曲率(円形あるいはU字形)をもつセンサでは,感度に貢献する光のモードが極く限られたものとなるのに対し,ここで提案している8字形センサでは,逆曲率をもつため,従来の2倍のモード領域が利用できて感度が向上する.また,単純曲率センサでは,感度特性は曲率によらず一定となるが,8字形センサでは,曲率を対象の屈折率に合わせて設定することにより,センサ感度が最大となる屈折率を決めることができるという特長をもつ.8字形センサの開発により低屈折率領域の感度が向上し,濃度感度が従来センサの10倍以上となり,濃度分解能で約0.1%を達成している.この8字形センサを錫めっき製造ラインのフェノールスルホン酸水溶液のオンライン濃度計に適用した結果についても述べている.センサのプロセス適用に際してはセンサの汚れ対策が重要となるが,校正液を兼ねた洗浄液で循環洗浄させるサンプリング系の開発により解決している.この結果,錫イオン濃度の測定精度として工場要求精度(±1g/l以下)を達成し実用化の見通しを得ている.

 第4章「高炉炉内ガス流速センサ」では,高炉における炉内ガス流速センサの開発について述べている.高炉炉内ガスは300〜800℃と高温であるうえに,多量の粉塵や粒子を含むため,実操業で使用できるセンサは開発されていない.本研究では,耐熱性と機械的強度に優れ,またダストによる詰まりなどの問題のない流速センサの原理として,熱線風速計の原理を利用している.しかし,機械強度を増すためにセンサ径を大きくすると,放射伝熱の影響が大きくなるという問題が生ずる.特に,ガス温度が400℃を越えるとガス温度の変化に伴う誤差が大きくなる.

 この誤差低減という課題に対して,シースヒータとシース熱電対を内蔵した線状加熱体を円筒コイル状に巻き,外側を放射シールドとした2重コイル型シールドセンサを考案している.シールドの温度をセンサ温度に追随させて等しくすることで放射伝熱量を小さくできる.こうして放射伝熱量を30%以下に低減し,加えて流速値をガス温度の2次式で補正することにより,常温から600℃,ガス流速が7m/s以下の範囲で測定誤差±10%以下を達成している.このセンサを高炉の炉壁から深さ150mmの位置に設置し,ガス温度700℃以下の条件下でガス流速測定に適用し,精度と耐久性を確認している.

 第5章は「結言」で,本研究で得られた知見を総括するとともに,今後に残された課題について言及している.

 以上要するに,本論文では,極めて厳しい条件の課せられる鉄鋼プロセスにおけるオンライン計測に対して,新しいアイディアと,物理現象に立ち戻った解析に基づき,新たな技術を確立し,実用の段階にまで完成させたもので,計測工学上の貢献が大きい.よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53971