学位論文要旨



No 212951
著者(漢字) 平田,武行
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,タケユキ
標題(和) 新製鋼プロセスの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 212951
報告番号 乙12951
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12951号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 助教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨

 日本の鉄鋼業では、リストラクチャリング(生産体制の再構築)の推進が重要な課題である。その推進を円滑にするために、現在までに培ってきた銑鋼一貫製鉄法の技術を活用して、リストラクチャリングに適したプロセスを開発する必要がある。また、日本においても低品位のスクラップが蓄積されてきており、その活用策を開発する必要もある。一方、ステンレス鋼では最近でも生産量が増加しており、その製造体制を強化する必要がある。

 本研究ではこれらの必要性に対して、銑鋼一貫製鉄所内で転炉を活用することをキーファクターとして、新しいプロセスの開発に関する検討を3種類行なった。転炉には原料選択や操業時間の自由度が高いという特長がある上、日本では余剰能力が存在するため、新たな設備投資が少なくて済むという利点を生かすことも可能である。

 その具体的なプロセスの一つとして、スクラップの活用と生産体制のフレキシブル化を主目的として、「既存転炉を流用するスクラップ溶解法」についてまず検討した。スクラップ溶解法には「電気炉法」「転炉流用法」「高炉応用法」がありうるが、銑鋼一貫製鉄所内においては設備流用性や製造フレキシビリティの点で、転炉流用法が操業しやすい。但し転炉流用法は電気炉法に比べて実績は少ないし、熱効率の点では高炉応用法に劣ると言われている。このため、まず熱効率を改善する必要がある。

 従来の転炉流用法は、「溶銑中にスクラップとコークスを投入し、吹錬して溶解する方法」であった。本研究における改善法の特徴は、溶銑は使わず、初めに多量のコークスを炉内に投入して、加熱〜溶解の前半期にはスクラップとコークスとから成る充填層を形成させることである。

 この方法を標準装入量10tの酸素上底吹き転炉で実験し、酸素やコークスの使用方法が排ガス発生状況やコークス原単位に及ぼす影響を調査して、以下の結論を得た。

 (1)炉内での酸素の反応効率を高めるためには、全酸素供給量の15%以上を底吹きする必要がある。(この比率が15%程度であれば、既存転炉の流用が可能)

 (2)この比率を確保した上でコークスの初期装入比率を増加すると、コークスの完全燃焼率が上昇する上に、炉内装入物への着熱効率も向上する。

 (3)その結果、コークスの初期装入比率が100%の条件では、従来からの転炉流用法と比較して、スクラップ溶解の熱効率が54%から71%に改善される。

 この熱効率改善法を電気炉法および高炉応用法と比較すると、溶解コストでは高炉応用法になお及ばない。しかし製造フレキシビリティは、通常の上底吹き転炉をそのまま流用できるために最も高い。結局、フレキシビリティを含めて総合的に評価した結果、銑鋼一貫製鉄所におけるスクラップ溶解法としては、この熱効率改善法を必要時にのみフレキシブルに採用することが、当面は最も適切であるという結論に達した。

 次に、転炉を活用するもう一つの可能性として、ステンレス鋼の生産体制を強化するために普通鋼のリストラクチャリングを活用することを考えて、「ステンレス鋼の精錬工程にクロム鉱石の溶融還元法を応用する方法」に着目した。この方法は[Cr]<20%のステンレス粗溶鋼を、転炉型反応炉により溶銑とクロム鉱石から製造するプロセスであり、既に一部の製鉄所で実用化されている。しかし研究の歴史はまだ約10年と浅く、炉内反応が十分解明されるまでには至っていない。そのため本研究では、特に溶融還元速度に対する炉内撹拌の影響について、底吹き窒素とスラグ中への横吹き窒素とを組み合わせて調査を行い、合理的な還元促進方法を検討した。

 実験では、初めに内径300mmの水モデルを用いて、横吹きと底吹きとを併用した場合の「総合撹拌動力」の実験式を作成した。次に、標準装入量10tの試験転炉を用いて、底吹きおよび横吹きによる撹拌がクロム鉱石の溶融還元速度に及ぼす影響を[Cr]≒15%で調査し、次の結論を得た。

 (1)(T.Cr)の還元は、底吹きでも横吹きでも、ガス流量が多いほど促進される。但し、底吹きには吹錬条件に応じた適正流量が存在する。

 (2)還元速度に及ぼす撹拌効果は、スラグに対する総合撹拌動力の1乗に比例する。

 (3)スラグ中への横吹きを併用すると、底吹きの限界を越えてスラグ撹拌を強化できるため、(T.Cr)の還元促進に効果的である。

 スラグ中への横吹きは、底吹きに比べて流量変更が容易である。本研究の結果、適正な底吹き撹拌に加えて、横吹きによるスラグ撹拌を必要時にのみ必要強度で行えば、溶融還元法の操業能率をさらに向上させることができるという結論を得た。

 最後に、転炉を活用するもう一つの可能性として、普通鋼製造のフレキシビリティを本格的に高めるために、「鉄鉱石の鉄浴型溶融還元法」に注目した。鉄鉱石の溶融還元法を実現するためには、特に溶融還元炉における生産能率やコスト面での課題解決が重要である。現在までに数多くのプロセスが検討されてきたが、中でも鉄浴型溶融還元法が最もフレキシビリティが高いと考えられて、日本ではDIOSプロジェクトとして共同で研究されている。このプロジェクトの目標は、生産性が高くて熱効率も高いプロセスの実現であるが、そのためには炉内現象、特に熱移動機構について総合的に解明する必要がある。本研究では、酸素供給方法および炉内撹拌方法が、COの二次燃焼やその着熱効率などに及ぼす影響を調査し、好適な溶融還元条件を具現化するための方法について検討した。

 実験はクロム鉱石の溶融還元法と同じ10t試験転炉で行い、上吹きおよび横吹き酸素と底吹き窒素という、3種類のガスの供給条件を系統的に変更して、考察を含めて次の結論を得た。

 (1)二次燃焼率を高めるためには、酸素ガスとメタル(粒鉄を含めて)との接触を極力回避できるよう、各ガスの供給条件を管理する必要がある。

 (2)二次燃焼の着熱効率を高めるためには、スラグの撹拌を強化する必要がある。しかし底吹きによる撹拌強化だけでは、酸素とメタルとの接触も増加させるために、二次燃焼率を維持する上で限界がある。

 (3)二次燃焼率と着熱効率とを同時に高めるためには、スラグ中への横吹き酸素を底吹き窒素と併用することが有効である。この方法では、スラグの撹拌だけが強化されるために、二次燃焼率を下げることなく着熱効率を向上することができる。

 上吹き酸素と底吹き窒素という従来の組み合わせに対して、スラグ中への横吹き酸素を併用する方法は、鉄浴型の溶融還元法に好適な条件を形成するのに都合がよい。この併用法によれば、Fig.1に示すように、スラグ層の下部では適当量の粒鉄が生成され、酸化鉄の還元に有利な「強還元条件」が形成される。一方、スラグ層の上部では粒鉄が少なく、上吹き及び横吹き酸素によって、炭材の酸化及びCOの二次燃焼に好都合な「強酸化条件」が形成される。しかも、この部分では横吹きの強撹拌効果により、燃焼熱が効率良くスラグに着熱される。その上で、スラグ全体が適度な底吹きにより撹拌されるため、上層部から下層部へと熱および溶融酸化鉄が供給されて、下層部で速やかに還元される。

 本研究の結果、酸素供給方法と炉内撹拌方法とが溶融還元炉の熱特性に及ぼす影響が明らかになり、スラグ中への酸素横吹きという改善手段を用いれば、鉄浴型溶融還元プロセスの実現性をさらに高めることができるという結論を得た。

 以上の三つのプロセスは、当面の普通鋼生産体制のフレキシブル化とステンレス鋼製造体制の強化、及び将来のスクラップ活用と本格的な生産体制のフレキシブル化のために各々有用である。本研究によりそれぞれが改善されて、日本鉄鋼業のリストラクチャリングの円滑な推進に寄与することができると考える。

Fig.1 鉄浴型溶融還元法の好適な操業条件
審査要旨

 日本の鉄鋼業では現在生産体制の再構築が進められており、従来からの銑鋼一貫製鉄法を補完するプロセスの開発が必要とされている。一方我が国の低品位スクラップの蓄積量は5億tに達しており、その有効利用は省資源、CO2発生量低減の点でも重要な課題となっている。またステンレス鋼は普通鋼生産量が低迷している中で消費の高級化志向に伴い着実に生産量を伸ばしており、その製造体系の一層の合理化が必要である。本論文はこのような背景の下に新しい設備投資が少なくて済むという点を利用して製鉄所内での余剰の転炉を活用することを前提とし、10t試験転炉を用いて3種のプロセスの検討を行った結果を述べている。

 論文は全6章より成る。

 第1章の序論ではスクラップの利用に関連した生産体制の柔軟化、ステンレス鋼製造法の合理化を強調しつつ、日本製鋼業の課題をデータを基に要領よくまとめている。本章後半では本論文で取り上げたスクラップ溶解法、クロム鉱石の溶融還元法及び鉄鉱石の溶融還元法に関する従来の研究内容を紹介するとともに、本研究の目的と概要を述べている。

 第2章は本研究で取り上げた上記3テーマの開発に転炉を用いることの利点とそのために必要な技術的課題を具体的に述べている。すなわち酸素の供給技術、加熱技術、攪拌制御技術、スラグの成分調整技術、スクラップおよび鉱石の溶解技術は従来の転炉で蓄積された技術を参考にしつつ、更なる発展を要する課題である。

 第3章は転炉によるスクラップ溶解法の熱効率改善について述べたものである。本研究では従来法と異なり、溶銑を全く用いず、転炉内に予め装入した多量のコークスの上にスクラップを装入するいわゆる充填層を設けることが特徴で、10tの転炉試験により、以下の結論を得た。すなわち別途に脱硫を行う必要がある以外は通常の組成の転炉鋼が、全酸素量の15%程度を底吹きするだけで得られた。この条件ではコークスの初期装入比率を上げるほど、コークスの完全燃焼率、炉内装入物の着熱効率が上がるためコークス原単位が低下し、最低値として140kg/tが得られた。このため、スラグ生成量が減り、耐火物原単位も低下した。この方法により、従来法に比べ熱効率が54%から71%に上がっている。本法は電気炉法に比べ溶解コストは低いが、高炉応用法に比べなお高いので、一貫製鉄所では、余剰転炉を利用して、必要時に補完的に本法を採用するのが最適であると結論している。

 第4章は転炉を利用するもう一つの方法として一貫製鉄所で得られる溶銑を利用してクロム鉱石を溶融還元し、クロム濃度20%以下のステンレス粗溶鋼を製造するプロセスを開発したものである。この方法は既に一部の国内製鉄所で実用化されているが、本研究では溶融還元速度に及ぼす炉内攪拌の影響を調査するために、底吹き窒素とスラグ中への横吹き窒素とを組み合わせて吹錬し、還元促進効果を上げようとした。実炉試験に先立ちフロンと水の2液相モデルを用いて攪拌動力と均一混合時間の関係を調べ、横吹きの場合も底吹きと同じ関係式が成立することを確かめた。また、上層に横吹きすれば下層にほとんど影響なく上層のみを攪拌できることがわかった。10t転炉の試験ではクロムの還元は底、横吹きともガス流量が多いほど速く(但し底吹きには流量に上限があり、それを越えると悪影響がある)、還元速度は攪拌動力に比例することがわかった。またスラグ中のコークス量が多いほど、両相間の界面積の増加により、クロム鉱石の還元速度は大幅に増大した。これらの結果から適正な流量の底吹きを主体として、流量変更が容易な横吹きをスラグ攪拌が必要な時に適宜併用するのが最も効果的な操業方法であると結論している。

 第5章は鉄浴型の鉄鉱石溶融還元法が、最もフレキシビリティの高い製鉄法として多くの開発研究が行われている中で、横吹き酸素の供給方法及び炉内攪拌方法がCOの二次燃焼や着熱効率等に及ぼす影響を調べたもので、第4章で述べたように適正な酸素の横吹き条件を選べば、国内で共同開発が行われたDIOS法をさらに改善できると述べている。すなわち10tの試験転炉で、上吹き及び横吹き酸素と底吹き窒素の3系統のガスの供給条件を以下に述べるように管理する必要があることが判明した。1)二次燃焼率を高めるために酸素とメタル(スラグ中に吹き上げられて懸濁する粒鉄を含めて)の接触を極力回避する。2)着熱効率を上げるためにスラグの攪拌を強化する必要があるが、底吹きだけではスラグ中にメタルが吹き上げられる。3)このため横吹き酸素と底吹き窒素を併用するのが最適である。この方法により、鉄浴型溶融還元プロセスの実現性をさらに高めることができると結論している。

 第6章は本論文の総括である。

 以上の通り、本研究により、将来のスクラップ利用と鉄鋼の生産体制の柔軟化に有用な知見が得られており、鉄鋼生産工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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