学位論文要旨



No 212952
著者(漢字) 片岡,義博
著者(英字)
著者(カナ) カタオカ,ヨシヒロ
標題(和) 高炭素鉄系合金のレーザによる仕上げ加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 212952
報告番号 乙12952
学位授与日 1996.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12952号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 本研究の目的は,鋳物の代表として,球状黒鉛鋳鉄と高マンガン鋳鋼を取り上げ,これらの鋳物の仕上げ加工の現状を改善するために,新しい鋳仕上げ加工法としてレーザ加工を提案するとともに,この加工法が仕上げ加工に適用できる十分な見通しを得ることである.

 本論文は,第1章緒論,第2章高炭素鉄系合金の組織改善および機械的性質向上,第3章YAGレーザによる鋳物の表面改質加工,第4章仕上げ用切断加工および第5章結論の計5章で構成されている.

 第2章では,第3章および第4章で行うレーザ加工に用いる鋳物の組織改善および機械的性質向上について述べる.

 初晶オーステナトの凝固過程を観察するために,初晶オーステナイト形状に及ぼす接種および酸化の影響を調べるとともに,初晶オーステナトの成長過程をさらに詳しく観察するために立体模型を製作した.接種を用いると,初晶オーステナトの核生成が促進され,凝固過程の早い段階で一応のデンドライトの成長が終わるが,共晶温度が高く,初晶の晶出時間が短いので,それ以上粗大化する時間がないことが分かった.立体模型の観察から,顕微鏡組織で遊離して見える初晶オーステナトのデンドライト・エレメントも,立体的には連結していることを明らかにした.

 鋳放しで機械的性質を向上するために,球状黒鉛鋳鉄の溶湯にすずを添加して,引張強さや硬さなどに及ぼす影響を調べた.引張強さは,すず0.1mass%添加で最大値(700MPa)を示すことが分かった.硬さはすず添加量が増加するにつれて全体的に増加傾向を示し,1.0mass%添加(320HB)まで急激な増加を示すことが分かった.

 オーステナイト組織を微細化し,機械的性質を向上するために,高マンガン鋳鋼の溶湯にミッシュメタルを添加し,機械的性質に及ぼす影響を調べた.ミッシュメタル添加量が増加すると,過冷度が小さくなり,デンドライト・グレイン数が多くなって,オーステナト結晶粒は微細化することが分かった.ミッシュメタル0.01mass%添加で,最大の引張強さ900MPaを示し,最大の伸び41%を示すことが分かった.

 第3章では,第2章で組織改善について調べた鋳物の光ファイバ搬送小出力YAGレーザによる表面改質加工について述べる.

 球状黒鉛鋳鉄や高マンガン鋳鋼に表面改質加工を適用するためのモデル実験として,光ファイバでYAGレーザビームを導き炭素鋼表面に照射し,どのような溶融部の形状や特性が得られるかを調べた.ビームの集光位置を調整することによって,溶融部は焦点はずし距離8mmまで生成することが分かった.この溶融部は1000HV以上に硬化し,耐摩耗性が8倍まで向上することを示した.数値解析から溶融部の493Kにおける冷却速度を求めると,3×103K/sになることが分かった.

 鋳物の表面改質加工に小出力のYAGレーザでも適用できる見通しを得るために,YAGレーザの大きな特徴である光ファイバを用いて,レーザビームを加工材料まで導いて,鋳鉄の表面改質加工を行い,溶融部の組織や硬さなどに及ぼす影響について調べた.鋳鉄にレーザ照射すると,溶融部が生成することが分かった.この溶融部の硬さは,550〜650HVになり,のデンドライト二次アーム間隔は,水中急冷組織に比較して,さらに微細化することを示した.冷却速度が107K/minまで,デンドライト二次アーム間隔と冷却速度は両対数目盛で直線関係を示すことが分かった.また,デンドライト二次アーム間隔(d)と冷却速度(V)の関係式(d=300・V(-1/3))を求めた.

 鋳物の表面改質加工に小出力のYAGレーザでも適用できる見通しを得るために,YAGレーザの大きな特徴である光ファイバを用いて,レーザビームを加工材料まで導いて,高マンガン鋳鋼の表面改質加工を行い,溶融部の形状や組織,硬さなどに及ぼす影響について調べた.溶融部は焦点はずし距離0〜7mmで生成することが分かった.デンドライト二次アーム間隔は,水中急冷組織に比較して,さらに微細化することを示した.また,デンドライト二次アーム間隔と冷却速度は,両対数目盛で直線関係を示すことを明らかにした.溶融部の硬さは,母材の硬さと差がないことを確認した.

 以上のような結果から,小出力のYAGレーザでも,光ファイバでレーザビーム導いて,鋳物の表面改質加工に適用できることが明らかになった.さらに,レーザビームを走査したり,加工材料を移動することによって,点から線,さらに面の表面改質加工に適用できる見通しを得ることができた.

 第4章では,第2章で機械的性質について調べた鋳物の大出力CO2レーザによる仕上げ用切断加工について述べる.

 鋳物の仕上げ工程にレーザ加工を適用するために,CO2レーザを用いて,球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取りを行い,切断条件と切断特性の関係を調べた.第2章で取り扱った球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取りを行うと,切断面に硬化した熱影響部が残留することが分かった.この熱影響部の平均厚さが最も減少するような加工条件は,焦点位置は鋳ばり下面に合わせ,レーザ出力は低くし,切断速度は遅くし,アシストガスの圧力は高くすることであることが分かった.この様に,切断条件によって,熱影響部を減少させることができるが,完全になくすることは困難であることが明らかになった.

 球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取り面に残留する硬化した熱影響部を母材の硬さまで軟化する方法を調べるために,CO2レーザを使用して,まず,炭素鋼表面に複数回のレーザ照射を行い,熱影響部の軟化処理について検討した.レーザ出力1500Wで,熱影響部が生成し,600〜650HVの硬さになるが,再び,出力700W,200Wでレーザ照射することによって,軟化できることが分かった.この様に,複数回のレーザ照射で硬化した熱影響部を軟化するレーザ軟化処理を提案できることが分かった.次に,この軟化処理を用いて,球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取り面に残留した熱影響部を軟化した.熱影響部を母材の硬さまで軟化できる条件は,レーザ出力;900W,加工速度;500mm/min,焦点はずし距離;60mmであることを示した.そして,球状黒鉛鋳鉄のレーザ援用鋳ばり取り工程を提案した.この工程を提案できたことにより,球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取り工程にレーザ加工を適用できる十分な見通しを得ることができた.

 鋳物の仕上げ工程にレーザ加工を適用するために,CO2レーザを用いて,難削材である高マンガン鋳鋼の切断条件と切断特性の関係を調べた.第2章で取り扱った高マンガン鋳鋼をレーザ切断できることが分かった.レーザ出力が減少するにつれて,切断幅は減少し,切断速度が減少するにつれて,切断面の表面粗さが減少することが分かった.また,レーザ切断しても,硬さは変化しないことを確認した.更に,EPMA分析結果から,高マンガン鋳鋼の主要組成であるC,Mn,Crは,切断表面においていずれも均一な濃度分布を示すことが分かった.以上のことから,難削材である高マンガン鋳鋼の切断に,レーザ切断を適用できる見通しを得ることができた.

 以上のような結果から,鋳物の仕上げ工程を改善するために,レーザ加工を適用できる十分な見通しを得ることができた.

審査要旨

 本論文は,球状黒鉛鋳鉄と高マンガン鋳鋼を対象に,鋳仕上げ加工法としてレーザ加工の適用性を検討したもので,5章より構成されている。

 第1章は緒論であり,鋳物の仕上げ加工の現状を改善するために,新しい鋳仕上げ加工法としてレーザ加工の必要性を述べた。鋳肌の表面改質による高機能化ならびに鋳仕上げへの適用が課題であり,前者には三次元自由局面を有する鋳物の表面を考慮して光ファイバでレーザビームを搬送できるYAGレーザの適用,後者には大出力CO2レーザの適用の必要性を指摘した。

 第2章では,本研究のレーザ加工に用いる鋳物の組織改善および機械的性質の向上について述べた。すなわち,球状黒鉛鋳鉄においては,初晶オーステナイトの凝固過程の三次元観察ならびに初晶オーステナイト形状に及ぼす接種および酸化の影響を調べた。初晶オーステナトの微細化の条件ならびに黒鉛粒数におよぼす影響が明らかにされた。また,高マンガン鋳鋼においては,ミッシュメタル添加によるオーステナイト組織の微細化・機械的性質の向上を調べた。

 第3章では,光ファイバ搬送小出力YAGレーザによる表面改質加工について述べた。モデル実験として,炭素鋼表面に光ファイバでYAGレーザビームを照射し,どのような溶融部の形状や特性が得られるかを調べた。ビームの集光位置を調整することによって,健全な溶融部形状を求められる。この溶融部は1000Hv以上に硬化し,耐摩耗性が8倍まで向上することを示した。次に,球状黒鉛鋳鉄鋳物を同様に処理し,表面部を再溶融・凝固させ,溶融部の組織や硬さなどに及ぼす影響について調べた。この溶融部の硬さは,550〜650Hvになり,デンドライト二次アーム間隔は,著しく微細化することを示した。そして,デンドライト二次アーム間隔と凝固区間の平均冷却速度の関係を求めた。さらに,高マンガン鋳鋼の表面再溶融・凝固加工を行い,溶融部の形状や組織,硬さなどに及ぼす影響について調べた。溶融部の硬さは,母材の硬さと差がないことを確認した。以上の結果から,小出力のYAGレーザでも,レーザビームを光ファイバで搬送し,鋳物の表面改質加工に適用でき,さらに,レーザビームを走査したり,加工材料を移動することによって,点から線,さらに面の表面改質加工に適用できる見通しを得ることができた。

 第4章では,大出力CO2レーザによる鋳物の仕上げ用切断加工について述べた。鋳物の仕上げ工程にレーザ加工を適用するために,CO2レーザを用いて,球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取りモデル実験を行い,切断条件と切断特性の関係を調べた。球状黒鉛鋳鉄の鋳ばり取りを行うと,切断面に硬化した熱影響部が残留する。この熱影響部の平均厚さが最も減少するような加工条件は,焦点位置は鋳ばり下面に合わせ,レーザ出力は低くし,切断速度は遅くし,アシストガスの圧力は高くすることであることが分かった。この様に,切断条件によって,熱影響部を減少させることができるが,完全になくすることは困難であった。鋳ばり取り面に残留する硬化した熱影響部を,複数回のレーザ照射によって母材の硬さまで軟化する方法を確立させた。そして,球状黒鉛鋳鉄のレーザ援用鋳ばり取り工程を提案した。さらに,難削材である高マンガン鋳鋼の切断条件と切断特性の関係を調べ,レーザ切断を適用できる見通しを得ることができた。

 第5章は,本論文の結論である。

 以上を要するに本論文は,鋳物の仕上げ工程を改善するためにレーザ加工の適用を検討したもので,金属工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格として認める。

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