学位論文要旨



No 212956
著者(漢字) 米,賢二
著者(英字)
著者(カナ) ヨネ,ケンジ
標題(和) 腫瘍壊死因子(TNF-)の構造と機能に関する研究 : 抗体を用いたアプローチ
標題(洋) STUDY OF STRUCTURE : FUCTION RELATIONSHIP IN HUMAN TUMOR NECROSIS FACTOR ALPHA BY APPROACHES USING ANTIBODIES
報告番号 212956
報告番号 乙12956
学位授与日 1996.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12956号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 安楽,泰宏
 東京大学 教授 嶋,昭紘
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 助教授 朴,民根
内容要旨 1.緒言

 腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor:TNF-)は,マクロファージが主に分泌するサイトカインの一種である.その分子量は17キロダルトンで,通常三量体で存在する.TNF-は,Meth-A sarcomaにより形成された腫瘍に出血壊死を引き起こす活性から発見され,その後の研究により,細胞障害活性の他,繊維芽細胞の増殖刺激,マクロファージの活性化,血管内皮細胞の膜蛋白質の発現調節,絨毛膜細胞からのHCG分泌促進,視床下部からのプロスタグランジン産生誘導等,多様な生物活性が明らかになっている.したがって,免疫系だけでなく内分泌系や神経系に対しても働きかける,ホメオスターシス維持に関与する生理活性蛋白質であると考えられるようになった.

 TNF-は,シートが重なったサンドイッチ状をし,ウイルス外被蛋白にみられるジェリーロール構造と類似した構造を有していることが,X線結晶構造解析により明らかにされた.また75KTNFリセプターの細胞外領域とリンフォトキシン(TNF-)との複合体の構造解析から,リセプターとの結合は円錐形の三量体の底面側にあると考えられている.さらに点突然変異など改変体を作成し,活性の有無と特定アミノ酸との関連性を調べる研究もなされ,31-36,84-87,143-148などのアミノ酸残基がリセプターとの結合に関連すると推定されている.しかしながら,リセプターとTNF分子との結合及びその多様な作用に至るメカニズムは未だ不明な点が多い.

 私は,この未解明な問題に取り組む為,まず抗TNF-モノクロナル抗体を作成し,エンザイムイムノアッセイ法(EIA)により血中に微量存在するTNF-の測定が可能な高感度測定系を作成し,ヒト血中レベルと血液中の細胞からのTNF-産生について調べた.その結果,全身のレベルを変化し得る量のTNF-が,1mlの末梢血中の細胞で産生される事がわかり.TNFの有する多様な作用は全身に行き渡ったTNF-に対する受容細胞側の反応性に依存している可能性が高いと考えた.そこで受容細胞側の多様な応答に関与すると考えられるTNF-分子のリセプター結合領域について解析を行なった.これには抗体の抗原結合部位の解析を行ない,抗体の活性中和能に基づいてリセプター結合領域に関連するTNF-の抗原部位を調べることにした.モノクロナル抗体は,抗原結合部位が単一で,抗体ごとに活性中和能が異なるため,特にこの解析に有効であると考えた.

2.抗TNF-抗体の作成とTNF-の測定

 化学合成したヒトTNF-遺伝子を大腸菌に組み込んでヒトTNF-を発現させた.これを精製し,抗原としてBALB/cマウスを免疫し,その脾細胞をマウスミエローマ細胞P3U1と融合して,抗体産生ハイブリドーマを得た.得られた抗TNF-モノクロナル抗体と市販の抗体よりFab’-酵素複合体を作成し,抗体の組み合わせを検討して,抗体を選択し,抗体の酸処理及び非特異抗体添加を行なうことで感度上昇と結合反応の特異性を高めて,感度3.4pg/mlで血液中のTNF-測定を可能なEIA測定系を作成した.次に,採取した血液にヘパリンを添加して凝固を抑制しそこへ細菌毒素(LPS)を加えると,血液中の細胞がTNF-を産生することを利用して,本測定系で,nativeTNF-の検出を確認した.このnativeTNF-は,L929細胞障害活性で4.5×108U/mgの比活性を示し,抗rTNF-抗体で中和された.この採取血液中でのTNF-産生は,LPS用量依存的であり,1時間以内に始まり5時間以上にわたって持続した.これに対し,Interleukin-1は,5時間後に初めて検出され,48時間後でも蓄積されていた.また5時間後のTNF-の最大産生量は50ng/mlであった.また健常人血中のTNF-濃度は,75%の人で本測定系で測定可能であり,平均5.5pg/mlであった.本高感度測定系により初めて健常人血中TNF-濃度が測定され,かつLPS応答性のTNF-産生が量的に解析できたことにより,細菌感染などに対する免疫応答としてTNF-産生は,他のサイトカインに先んじて起こり,かつその産生量は,全身の血液量から概算すると,血中濃度を有意に上昇し得ることが推定された.このことは,TNF-が,急性炎症反応において最初のトリガーとして局所で産生され全身的に行き渡って多様な反応を導くことができることを示唆している.

3.抗TNF-抗体の性状とそのエピトープの解析

 得られた抗TNF-モノクロナル抗体の内,6クローンを解析に用いた.また,ヒトTNF-をヤギに免疫して抗血清を作成した.これらの抗体の特性をTNF-のL929細胞障害活性と3T3-L1細胞脂質代謝阻害活性に対する中和能,TNF-のリセプター結合に対する影響,抗体相互の抗原結合に対する競合阻害などについて解析した.その結果,得られた抗体は,TNF-のリセプターへの結合を阻害し活性を中和する抗体と,これを阻害せず活性を中和しない抗体との2群に分けることができた.このことは,TNF-のL929細胞障害活性と3T3-L1細胞脂質代謝阻害活性は,細胞表面のリセプターへのTNF-の結合を介して発現されていることを示唆している.

 TNF-の受容体への結合に関与する部位を調べるために,抗体の結合部位を解析した.TNF-のアミノ酸配列(157残基)に基づき149個の連続かつオーバーラップしたオクタペプチドを合成し,EIAにより抗体の反応性を調べた.その結果3種の活性中和型モノクロナル抗体(11D7G4,9C4G5,1G7D4)は,全く反応しなかったが,活性非中和型モノクロナル抗体1F12A7は,Pro106-Ala111のペプチドにのみ結合した.さらにヤギ抗血清では,Thr7-Lys11,Val17-Glu23,Ala30-Asn37,Glu42-Val49,Pro106-Lys112,Glu135-Leu142の6箇所に結合した.この結果から,ヒトTNF-分子には配列上で連続したアミノ酸が6箇所でエピトープとなることがわかった.ヒト,ヤギ,マウスのTNF-のアミノ酸配列を比較すると,これら6箇所にはいずれも種間で異なる配列が含まれていた.さらにTNF-の立体構造上におけるこれらエピトープの位置を解析した.すると,これらは分子表面に位置する部分を有し,TNF分子に特徴的なアンチパラレルシートのサンドイッチ様の積み重なり構造において,シート間のループの部位に位置することが明らかになった.このように分子表面上のループの部位に種間で非保存的な配列が有り,それが抗原構造として認識されるらしいことが明示できた.尚Pro106-Ala111は,分子端のループ構造部分であるが,この部位はリセプターとの結合には直接関与しない領域であるらしいことも示唆された.

 活性中和型モノクロナル抗体の結合部位を知るために,始めに20種の1アミノ酸と19種のdアミノ酸全ての組み合わせによるジペプチド380個を合成し,抗体の反応性を調べた.その結果,11D7G4はlPhe-dGln(F-q)というジペプチドにのみ有意に高い反応性を示した.そこでこのジペプチドの両側にアミノ酸残基を伸張して76種のトリペプチドを合成し,抗体の反応性を調べた.その結果,F-q-q,F-q-GF-q-Nなどが高い反応性を示した.9C4G5は,F-q-q,F-q-r,F-q-hなどと反応した.これに基づいてTNF-の立体構造上のエピトープを検索した結果,Phe145,Gln21,25,27,Asn19の5個のアミノ酸残基が立体構造上近傍,かつ分子表面上で隣接した2個のループ部位に位置していることがわかった.したがって,これらのアミノ酸で形成される領域が抗原構造を形成している可能性が高い.この推定エピトープ領域は,アミノ酸置換や欠失を用いた研究からは推定できず,オリゴペプチドと抗体を用いた今回の検討により初めて明らかにされた.これら抗体は,リセプター結合領域に近接した種特異領域を認識し,リセプター結合領域をマスクすることにより,活性を中和していると考えられる.

4.結語

 抗体の抗原結合の特異性を利用して,第一に,TNF-の高感度測定系を2種のモノクロナル抗体を用いて作成し,ヒト血中TNF-の細菌毒素に応答した産生を解析した.その結果,TNF-は細菌感染に対する局所の免疫応答として,いち早く産生され全身に運ばれて炎症反応のトリガーと成りうることが示された.第二に.抗体の結合部位の解析を行なった結果,TNF-の抗原性は分子表面ループ構造上の種特異性の高い領域に局在すること,および活性中和型抗体との結合部位の解析からPhe145,Gln21,25,27,Asn19の5個のアミノ酸残基で構成される領域がリセプター結合に関与している可能性が示された.活性非中和型抗体1F12A7の結合部位であるPro106-Ala111については,最近TNF-のレクチン様活性を介して起こる抗微生物活性に関与する領域であることが報告されている.この活性は,リセプター結合を介さないものと推定されている.このように,標的細胞へのTNF-の作用機構は複雑で一様ではないが,本研究で得られ,その特性が明らかになった抗体を用いた構造活性相関の解析と,抗体を利用した高感度測定系は,その解析に今後とも役立つと思われる.

審査要旨

 本論文は2章からなり,第1章では,腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor:TNF-)に対するモノクロナル抗体を作成し,かつ抗体を利用したヒトTNF-の酵素免疫測定法(EIA)を組み,ヒト血液中のTNF-産生を解析し,第2章では,抗体のTNF-分子上の結合部位をオリゴペプチドライブラリーを用いて推定し,同分子のリセプター結合部位との関係について述べられている。

 TNF-はマクロファージが主に分泌するサイトカインの一種で,炎症に関与するサイトカインとして多様な生物活性が明らかになっている。TNF-の立体構造やそのリセプターとの結合に関与する領域の研究は進められているが,リセプターとTNF分子との結合及びその多様な作用に至るメカニズムを知る為にはTNF-の産生状況の解析と機能に結びついた分子構造の解析は不可欠である。

 第1章では,抗TNF-モノクロナル抗体を作成し,EIAにより血中TNF-の測定が可能な高感度測定系を作成し,ヒト血中レベルと血液中の細胞からのTNF-産生について調べた。常法に従って作成したモノクロナル抗体のスクリーニングは,抗原として用いたTNF-画分への結合性と細胞障害活性の中和活性とを組み合わせて行なった。次に感度3.4pg/mlで血液中のTNF-測定を可能なサンドイッチEIAを作成した。さらに採取した血液にヘパリンを添加して凝固を抑制しそこへ細菌毒素(LPS)を加えると,血液中の細胞がTNF-を産生することを認め,これにより本測定系で,nativeTNF-の検出を確認した。この採取血液中でのTNF-産生は,LPS濃度依存的であり,1時間以内に始まり5時間以上にわたって持続し,最大産生量は50ng/mlであった.また健常人血中のTNF-濃度は,75%の人で本測定系で測定可能であり,平均5.5pg/mlであった。この結果、細菌感染などに対する免疫応答としてTNF-産生は,他のサイトカインに先んじて起こり,かつその産生量は,全身の血液量から概算すると,血中濃度を有意に上昇し得ることが推定された。このことは,TNF-が,急性炎症反応において最初のトリガーとして局所で産生され全身的に行き渡って多様な反応を導くことができることを示唆している。

 第2章では,抗体の結合部位を解析した。TNF-のアミノ酸配列(157残基)に基づき149個の連続かつオーバーラップしたオクタペプチドを合成し,EIAにより抗体の結合性を調べた。その結果,ヤギ抗血清では,Thr7-Lys11,Val17-Glu23,Ala30-Asn37,Glu42-Val49,Pro106-Lys112,Glu135-Leu142の6箇所に結合した。活性非中和型モノクロナル抗体1F12A7は,この6箇所の内のひとつ、Pro106-Ala111のペプチドにのみ結合した。これら6箇所にはいずれも種間で異なる配列が含まれ,かつこれらは分子表面でシート間のループの部位に位置していた。活性中和型モノクロナル抗体はこれらペプチドと結合しなかったため、始めにジペプチド380個に対する反応性を調べ、さらにアミノ酸残基を伸張することで、F-q-qというトリペプチドと最も良く結合することを確認した。これに基づいてTNF-の立体構造上のエピトープを検索した結果,Phe145,Gln21,25,27,Asn19の5個のアミノ酸残基が立体構造上近傍,かつ分子表面上で隣接した2個のループ部位に位置していることがわかった。Pro106-Ala111以外の抗体結合部位は、リセプター結合領域に近接した種特異領域であると推測できる。

 本研究では、作成した測定系により、ヒト血中レベルは平均5pg/ml以下で血液中の細胞からは最大50ng/mlものTNF-産生を認めた。このことは局所産生の全身的影響を推測させるに充分であった。さらに抗体のTNF-構造上の結合部位は分子表面ループ構造上の種特異性の高い領域に局在し,および活性中和型抗体との結合部位の解析から,Phe145,Gln21,25,27,Asn19の5個のアミノ酸残基で構成される領域がリセプター結合に関与している可能性が示された。本研究で得られ,その特性が明らかになった抗体を用いた構造活性相関の解析と,抗体を利用した高感度測定系は,TNF-の構造と機能の解析に今後とも役立つと思われる。

 尚、本論文の第1章は橋田誠一氏、田中弘一郎氏、市川弥太郎氏、及び石川栄治氏との共同研究であり、第2章はSandrine Bajord氏、恒川典之氏、及び鈴木純氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験計画を立てそれらを実施し、得られた結果の考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク