静脈や肺動脈の血栓塞栓症に対する非手術的治療として抗凝固療法や線溶療法が行われてきた。しかしこれらの治療法は効果が得られるまでに時間がかかり、また合併症が起きることや無効であることがある。血栓除去カテーテルを使用してインターベンショナルレジオロジーの手技により安全に短時間で血栓を除去することができれば、これは有用な治療法と思われる。今までにプロペラ、超音波など様々なものを利用した血栓除去カテーテルが考案されてきたが、Fogarty catheter以外に、広く臨床応用されている器具は無い。筆者は、カテーテルの先端部で水のジェットが手元方向へ噴出される構造のカテーテルを開発した。このカテーテルについて水力学の理論の構成と検証を行い、実験で性能を評価し、さらに臨床に応用した症例で経カテーテル血栓除去術の有用性を評価した。図1に示すように、このカテーテルは2本のチューブ、内チューブおよび外チューブ、から構成されている。 図1カテーテルの構造(75-T)矢印は水の流れを示す。ODは外径、IDは内径。 表1カテーテル種類 内チューブはカテーテルの先端部で180°反転して手元にむけられたノズルを構成している。血管造影用のインジェクターを使用して内チューブの手元の注入口から水を供給すると、水のジェットがノズルから噴出して、カテーテル先端部の内腔にVenturi効果により陰圧が発生する。この陰圧によりカテーテル先端の吸引口から血栓がカテーテル内腔に吸引されて、ジェットにより破砕されて、カテーテルの手元の排出口より排出される。材質、サイズおよび先端部の形状に相違がある5種類のカテーテル(75-S、85-S、75-J、75-T、65-P)を製作した(表1)。65-Pの内チューブはナイロン製、外チューブはテフロン製であり、65-P以外は内チューブ、外チューブともにナイロン製である。カテーテルの全長は75-95cm、実際に血管内に進められる有効長は65-85cm、外径は4.0-4.1mmである。 水力学の理論は、カテーテルの先端を水中に入れた時に吸引される水量(Qa ml/s)、およびカテーテル先端部に圧力計を接続した時に観測される陰圧(pn cmAq)をそれぞれ内チューブに供給される水量(Qs ml/s)の関数として表わすことを目的として構成された。この関数はカテーテルの吸引能の理論値を与えるので、さまざまなカテーテルの設計を行う際に有用である。この関数は   となる。 この関数でgは重力加速度、Se(cm2)はカテーテルの排出路の断面積、また定数Sn’とC2’はそれぞれ次式で定義される。  これらの式の右辺で、vj(cm/s)はジェットの平均速度、hf(cm)は排出路の摩擦損失水頭、またQe(ml/s)は排出路の流量である。定数Sn’とC2’は実験により求められる。75-Sでは上式から導かれた吸引能の理論値と測定値とは良く一致した(図2)。 図2 75-Sカテーテルの吸引能の理論値と測定値 次にサイズおよび先端部の形状の相違が吸引能に与える影響について調べた。実用的な水供給量9ml/sで吸引能を比較する。カテーテルの長さが増加すると摩擦損失水頭が増加して吸引能が減少する。85-Sの水吸引量は75-Sの66%であり、陰圧は71%であった。カテーテルの先端に弧状の曲がりをつけると、ベンドによる損失水頭が加わり吸引能が軽度低下する。75-Jの水吸引量は75-Sの92%であり、陰圧は97%であった。カテーテルの先端にテーパリングを付けると、テーパリング部で内径が減少して摩擦損失水頭が増加する一方で、ノズルと排出路の内径の比が減少するため管路の断面積の急拡大によるジェットの速度水頭の損失が減少する。従ってテーパリングの長さにより吸引能への影響が異なる。75-Tのようにテーパリングの長さが比較的短い場合には、摩擦損失水頭の増加よりも速度損失水頭の減少の影響が強く現れて、吸引能が増加する。75-Tの吸引量は75-Sの102%であり、陰圧は173%であった。 カテーテルの吸引口の近傍ではジェットによる渦が生じており、溶血を起こした血液や破砕された血栓を含む排出液がカテーテルから血管内へ逆流する可能性がある。内チューブに水のかわりに造影剤を供給してX線透視下での観察を行い、このような流れが存在しないことを確認した。次に豚凝固血液の吸引能を調べた。75-Tは49-51gの凝固血液を34-52秒(平均44秒)で完全に吸引することができた。吸引した凝固血液の95%が10 m以下のサイズにまで破砕されるために、吸引中にカテーテルの詰まりは見られなかった。なお、この凝固血液はチューブに単に陰圧をかけるだけでは吸引されなかった。次に雑種犬3頭を使用して動物実験を行った。あらかじめ同一犬の凝固血液(重量2.3g)を作成した。下大静脈にGreenfield IVC filterを留置して凝固血液を下大静脈内に流してフィルターに捕捉させた。65-Pを使用してこの凝固血液の吸引除去を行った。2頭の犬では2回の3秒間の吸引により、また1頭の犬では3回の3秒間の吸引によりほとんど全部が吸引された。術後の肺動脈造影では肺塞栓の所見は見られなかった。また肉眼的、組織学的検討で、静脈壁の損傷は見られなかった。 3症例に経カテーテル血栓除去術を行った。症例は39-66才、いずれも男性であり、術前にインフォームドコンセントが得られている。血栓の主な存在部位は症例1が下大静脈、症例2が膝窩静脈、症例3が門脈本幹である。2例で線溶療法を併用した。症例1は1日12万単位のウロキナーゼを9日間静注したが無効であり、症例3は術前に600万単位のrecombinant tissue-type plasminogen activatorを門脈本幹に注入したが血栓の大部分は溶解しなかった。血栓除去術は75-Tを使用して行い、生食水の供給量は8ml/s、1回の吸引時間は4秒とした。いずれの症例でも血栓の大部分を吸引除去することができた。症例1では肝部下大静脈の狭窄が血栓症の原因となっており、この治療のために拡張用バルーンカテーテルやメタリックステントを用意する必要があり、血栓除去術を2回行った。術後に血栓除去術による合併症は見られなかった。症例1は4月後に肝静脈閉塞による肝不全で死亡した。剖検では下大静脈は開存しており、静脈壁の損傷は見られなかった。症例2、3ではそれぞれ1年、半年後に血管造影を行い、血栓を除去した血管が開存していることを確認した。 現在までに開発されている血栓除去用カテーテルと比較すると筆者のカテーテルにはいくつかの特徴がある。第一の特徴は、カテーテルの作働の原理および構造が非常に単純であることである。血栓の吸引、破砕、排出がいずれも1本の生食水のジェットにより行われる。カテーテルを作働させるために必要な機械は血管造影用の電動インジェクターだけである。第二の特徴は高い吸引性能を持っていることである。カテーテル75-Tは1.1g/sの速度で豚凝固血液を吸引したが、この速度は今までに開発された血栓除去用の器具の中で最速の部類に入る。また大量の豚凝固血液を吸引してもカテーテル内腔の詰まりは起きなかった。第三の特徴はジェットがカテーテルの内腔に噴出されていることである。動物実験や臨床例で血管壁の損傷は見られなかった。またX線透視下の観察では溶血を起こした血液や破砕された血栓を含む排出液がカテーテルの吸引口から逆流しないことが示された。このようにジェットがカテーテルの内腔に噴出されていることにより血管壁の損傷や溶血、破砕された血栓による塞栓症などの合併症を避けることができる。 なお、このカテーテルで血栓を吸引除去するためには、血栓が陰圧により吸引されて先端から2mmの位置にあるジェットに当たる必要がある。従って新鮮で軟らかい血栓がこのカテーテルを使用した除去術の適応となる。一方陳旧性の硬い血栓を除去することはできない。 経カテーテル血栓除去術を3症例で行なったが、これらの症例では経カテーテル血栓除去術は有用な治療法であった。この治療法の有用性を確認するためにはさらに多施設、多症例での検討が必要であり、現在6施設で静脈血栓症や肺塞栓症を対象に臨床治験を行っている。また動脈の血栓塞栓症も経カテーテル血栓除去術の応用が期待される疾患であるが、現在までに完成したカテーテルはいずれも外径が12-French(4.0mm)と太いため動脈内での使用は困難である。現在外径8-French(2.7mm)のカテーテルを製作して基礎実験で性能の評価を行っている。 |