本研究は、動脈性冠状動脈バイパスグラフトの術後中期開存性に対する拮抗血流の影響を明らかにするため、冠状動脈バイパス術後患者38名、動脈性グラフト53本の系時的観察データを、多変量解析法により分析したものである。拮抗血流の影響を冠状動脈吻合近位部狭窄度にて推定し、冠状動脈疾患危険因子などの患者特性や初期グラフト径・吻合部内径狭小度などの諸因子の影響も併せて検討したところ、以下の結果を得ている。 1。術後平均24ヵ月にて、右胃大網動脈グラフト23本中、解剖学的閉塞2本、生理学的閉塞3本が認められ、多変量ロジスティック分析を行った結果、冠状動脈吻合近位部狭窄度が動脈性グラフトの開存/閉塞の予測因子として唯一有意であった。即ち、冠状動脈狭窄度が大きく、拮抗血流の影響が少ないものほど、中期的開存の確率が高かった。 2。内胸動脈グラフト30本と右胃大網動脈23本につき、術後早期(術後平均21日に行った造影所見と術後遠隔期(術後平均24ヵ月)に行った造影所見を比較し、動脈性グラフトの血管内径の変化度を求め、これを多変量線形回帰分析を用いて検討したところ、冠状動脈吻合近位部狭窄度が有意な予測因子であった。即ち、冠状動脈狭窄度が大きく、拮抗血流の影響が少ないものほど、グラフト内径は系時的に拡大する傾向が見られた。グラフトのタイプ別に同様の分析を行った結果、冠状動脈狭窄度はいづれの動脈性グラフトにても有意な影響因子であった。 3。こうした拮抗血流による動脈性グラフトの中期的開存、内径変化への影響は、乱流形成やずり応力の低下などのグラフト吻合部付近の局所循環動態が、内皮細胞機能を介して作用していると推測されるが、今後ドップラーワイヤーなどを用いたin-vivoにおける局所循環動態の詳細な観察データにより裏付けられる必要がある。 これまでの研究では、動脈性グラフトに対する拮抗血流の影響について相反する報告が見られていたが、本論文では系時的観察データに基づいてこの影響を定量的に明らかにした。この結果は、動脈性グラフト吻合部の選択、術後長期管理などに際して臨床的決定を左右する情報を提供するものである。また本研究で用いられた、臨床疫学・生物統計的手法とそれによる臨床データの定量的検討は、今後診療内容の質的向上を科学的に進める上で有力な方法論となると予想される。こうした臨床的判断と結び付いた、比較的新しい臨床研究分野の開拓に重要な貢献をなすと考えられ、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 |