学位論文要旨



No 212961
著者(漢字) 橋本,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ヒデキ
標題(和) 動脈性冠状動脈バイパス血管の中期的開存性と内径変化に対する拮抗血流の影響についての一考察
標題(洋)
報告番号 212961
報告番号 乙12961
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12961号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 古瀬,彰
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 助教授 安藤,譲二
内容要旨 【目的】

 動脈性冠状動脈バイパスグラフトの術後中期における開存性を左右する因子のひとつとして、吻合された冠状動脈からの拮抗血流の影響につき、これまで相反する研究結果が報告されているが、いづれも横断的研究デザインのため系時的影響についての検討が不十分であった。そこで本研究ではバイパス術後早期の冠状動脈造影にて開存が確認された動脈性バイパス血管を術後平均24ヵ月追跡し、グラフトの術後中期開存性と系時的内径変化に影響を及ぼす諸因子を検討した。

【対象】

 対象は1施設にて1983年1月から1992年12月までに冠状動脈バイパス術を受けた938人の患者のうち、1)内胸動脈もしくは右胃大網動脈グラフトをin-situで用いていて、2)術後3ヵ月以内の冠状動脈造影にて動脈グラフトの開存が確認されており、3)術後6ヵ月以上経過した後再度冠状動脈造影を行っているものを後ろ向きに選択した。計38名の患者、53本の動脈グラフトが本研究の対象となった。内訳は男性35名、内胸動脈グラフト30本、右胃大網動脈23本、患者の平均年齢は57±8歳で、38名中15名は内胸動脈グラフトと右胃大網動脈グラフトを同時に利用していた。後期造影の施行理由は16名では狭心症様症状の再発、残る22名では無症状ながら術後状態の確認を主な目的としていた。

【方法】

 術後早期造影時点に遡り診療録より冠状動脈疾患の危険因子の有無、服薬内容、病変枝数、吻合血管数、吻合血管の種類と吻合部位についてデータを収集し、検討項目とした。血管造影法は、ジャドキンス法による冠状動脈造影、並びに先行研究に従った選択的動脈グラフト造影法により行った。グラフトの吻合先の冠状動脈について、吻合近位部で最も狭窄の高度な部位について狭窄度を測定し、狭窄度の低いものほど拮抗血流の影響が大であると仮定した。また動脈グラフトについては吻合部の内径狭小比とグラフト体部内径を測定した。早期造影と後期造影のグラフト体部内径の差を、系時的内径変化量として定義した。いづれの計測もdensitometry法により定量的に行われた。

 まず患者特性、グラフトの初期内径、吻合部狭小比、冠状動脈狭窄度、造影実施期間などの説名因子につき、グラフトタイプ別に、WilcoxonのランクサムテストとFisherの直接確率計算法にて初期分析を行った。グラフトタイプが中期開存性の強力な交絡因子となる可能性が高かったため、閉塞・開存モデルは右胃大網動脈グラフトのみを対象として作成した。単ロジスティック回帰分析法により影響の大きい因子を初期選別した後、段階的下降法を用いた多変量ロジスティック回帰分析により最終モデルを作成した。

 次に内径の系時的変化量を被説名因子として、同様の説名因子につき単線形回帰分析法により影響の大きいものを選別した後、段階的下降法を用いて多変量線形回帰分析により系時的内径変化量の最終モデルを作成した。この内径変化量予測モデルは、内胸動脈、右胃大網動脈グラフトを合わせた場合と、グラフトタイプ別に層化した場合につきそれぞれ求められた。

【結果】

 術後早期造影は術後平均21±19日に、後期造影は術後平均24±9ヵ月にて実施されていた。後期造影で内胸グラフト30本中1本、右胃大網動脈グラフト23本中2本で閉塞が認めらた(開存率:内胸動脈グラフト97%、右胃大網動脈グラフト91%)。またこれ以外に3本の右胃大網動脈グラフトでは、解剖的には開存するものの、生理的には有効血流が認められなかった。これら5本の右胃大網動脈グラフトを非機能グラフト群と分類し、残る18本の機能グラフト群と特性を比較した。冠状動脈狭窄度は、機能群において有意に大であった。最終モデルでは、冠状動脈狭窄度、即ち拮抗血流の影響のみが有意な因子として残され、オッズ比によれば、冠状動脈狭窄度の高いものほどグラフト開存の確率は高かった。

 次いで両動脈グラフトを合わせて、系時的グラフト内径変化量を被説名因子とした単線形回帰分析モデルで、内径変化に影響する因子を選別したところ、患者年齢、喫煙習慣、グラフトタイプ、グラフト初期内径、グラフト吻合部内径狭小比、そして吻合近位部冠状動脈狭窄が残った。即ち、年齢の若いものや喫煙習慣のあるもので、また初期内径が大きいもの、吻合部内径狭小比が大きいもの、吻合近位部冠状動脈狭窄が低度のもの、そして右胃大網動脈グラフトで、系時的に内径が減少する傾向が見られた。これらを全て含む多変量線形回帰モデルから段階的下降法にて得た最終モデルでは、喫煙習慣、グラフトタイプ、そして吻合近位部冠状動脈狭窄の3つが最終的に有意な因子として残った。内胸動脈グラフトのみに層化した場合、冠状動脈狭窄度とグラフト体部内径が、また胃大網動脈グラフトのみの場合、冠状動脈狭窄度とグラフト吻合部内径狭小比が、それぞれ系時的内径変化量に有意な影響を与えていた。

【結論】

 in-situで用いた動脈性バイパス血管の術後中期における開存性と系時的内径変化に対して、吻合近位部の冠状動脈狭窄度により表わされる拮抗血流の状態が、有意に影響を及ぼすことが明らかにされた。動脈グラフトの開存性や機能性を長期に保つ上で、グラフトの吻合先の選択や血行再建術に際して、拮抗血流の程度を考慮するべきであることが示唆された。

審査要旨

 本研究は、動脈性冠状動脈バイパスグラフトの術後中期開存性に対する拮抗血流の影響を明らかにするため、冠状動脈バイパス術後患者38名、動脈性グラフト53本の系時的観察データを、多変量解析法により分析したものである。拮抗血流の影響を冠状動脈吻合近位部狭窄度にて推定し、冠状動脈疾患危険因子などの患者特性や初期グラフト径・吻合部内径狭小度などの諸因子の影響も併せて検討したところ、以下の結果を得ている。

 1。術後平均24ヵ月にて、右胃大網動脈グラフト23本中、解剖学的閉塞2本、生理学的閉塞3本が認められ、多変量ロジスティック分析を行った結果、冠状動脈吻合近位部狭窄度が動脈性グラフトの開存/閉塞の予測因子として唯一有意であった。即ち、冠状動脈狭窄度が大きく、拮抗血流の影響が少ないものほど、中期的開存の確率が高かった。

 2。内胸動脈グラフト30本と右胃大網動脈23本につき、術後早期(術後平均21日に行った造影所見と術後遠隔期(術後平均24ヵ月)に行った造影所見を比較し、動脈性グラフトの血管内径の変化度を求め、これを多変量線形回帰分析を用いて検討したところ、冠状動脈吻合近位部狭窄度が有意な予測因子であった。即ち、冠状動脈狭窄度が大きく、拮抗血流の影響が少ないものほど、グラフト内径は系時的に拡大する傾向が見られた。グラフトのタイプ別に同様の分析を行った結果、冠状動脈狭窄度はいづれの動脈性グラフトにても有意な影響因子であった。

 3。こうした拮抗血流による動脈性グラフトの中期的開存、内径変化への影響は、乱流形成やずり応力の低下などのグラフト吻合部付近の局所循環動態が、内皮細胞機能を介して作用していると推測されるが、今後ドップラーワイヤーなどを用いたin-vivoにおける局所循環動態の詳細な観察データにより裏付けられる必要がある。

 これまでの研究では、動脈性グラフトに対する拮抗血流の影響について相反する報告が見られていたが、本論文では系時的観察データに基づいてこの影響を定量的に明らかにした。この結果は、動脈性グラフト吻合部の選択、術後長期管理などに際して臨床的決定を左右する情報を提供するものである。また本研究で用いられた、臨床疫学・生物統計的手法とそれによる臨床データの定量的検討は、今後診療内容の質的向上を科学的に進める上で有力な方法論となると予想される。こうした臨床的判断と結び付いた、比較的新しい臨床研究分野の開拓に重要な貢献をなすと考えられ、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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