学位論文要旨



No 212964
著者(漢字) 段,佳之
著者(英字)
著者(カナ) ダン,ヨシユキ
標題(和) IL-3は抗原刺激を受けたTh2タイプのクローンの反応を増強する
標題(洋)
報告番号 212964
報告番号 乙12964
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12964号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 助教授 生田,宏一
内容要旨

 ある抗原に対する免疫反応は種々の免疫担当細胞により担われ,細胞間相互作用により制御を受けている。CD4陽性T細胞クローンはその産生するインターロイキンによりTh1タイプならびにTh2タイプの2種類に分類されるようになった。IL-3はいずれのタイプの細胞でも産生される。これらのT細胞サブセットはリンフォカインネットワークを通じて相互に作用し,種々の免疫反応においてその制御,統合に重要な役割を担っている。ヘルパーT細胞中に存在する異なった機能を持った細胞の一種として,クローン化CD4ヘルパーT細胞の抗体産生促進作用を増幅するaugmenting T cell(Ta細胞)の存在が示されていた。Ta細胞はそれ自身はヘルパー機能を有さないが,おそらく可溶性因子を通じてヘルパーT細胞に作用することが考えられた。T細胞-T細胞相互作用を研究していく途上で,T細胞クローンを固相化抗CD3抗体で刺激した培養上清中に,強くT細胞を刺激する活性を見いだした。同活性の原因物質の分離,精製を進めていった結果,原因物質はIL-3であると判明した。ところがIL-3は専らT細胞に由来する物質であることが知られているが,T細胞に対する直接作用については,現在までほとんどその報告がない。そこで,IL-3のT細胞に対する作用機序を解析した。今回の解析結果ではIL-3は主にTh2タイプのT細胞クローンに作用し,抗原刺激を受けたT細胞に対しその反応を増強する方向に働く事が示された。さらにこれまでIL-3が作用しないと考えられてきた正常脾臓T細胞に対してもIL-3が作用する知見が得られた。

 C57BL/6の正常脾細胞に,固相化抗CD3抗体(145-2C11)で刺激したT細胞クローン2-19-2Tの培養上清を作用させると,強い増殖反応が惹起された。この増殖反応は,IL-2,IL-4,IL-5,IL-6,IL-7,IL-9に対する抗体によっては抑制されなかったため,この培養上清中の活性物質は,これら既知のT細胞刺激性のリンフォカインとは異なるものである。そして,脾細胞中のB細胞ではなくT細胞が反応していることが判明した。

 この活性物質の分離,精製のため種々のカラムクロマトグラフィーを行った。活性物質の分子量を決定するためにゲル濾過を行なうと,ナイロンウール非付着性T細胞ならびにT細胞クローン24-2は共に,40kdの分画に反応を示した。そこで以降の実験では反応性T細胞として24-2を主に用いて行った。2-19-2Tの培養上清をVydac-C18による逆相-HPLCを用いて分画すると,T細胞クローン24-2はアセトニトリル44%溶出分画に対して反応し,これは抗IL-3抗体によって完全に中和された。T細胞クローン2-19-2Tを固相化抗CD3抗体で刺激した培養上清中のT細胞刺激活性も抗IL-3抗体により吸収されたため,T細胞刺激活性はIL-3によるものと結論された。

 そこでリコンビナントIL-3を用いてIL-3のT細胞に対する作用機序を解析した。T細胞クローン24-2を,抗原刺激の代用として可溶性の抗T細胞レセプター抗体(H57-597)を用いて刺激すると,増殖反応,IL-4産生反応のいずれもが惹起され,IL-3はこれらの反応を増強した。さらに,H57刺激による増殖反応はautocrineに分泌されたIL-4に完全に依存性であり,IL-3は分泌されたIL-4による増殖反応を相乗的に増強することが示された。現在IL-4による細胞内刺激伝達経路はIL-2,IL-3,IL-5,GM-CSFとは異なったユニークなものと考えられている。今回の結果でもIL-3はおそらくIL-4とは異なった細胞内シグナル伝達経路を動員してIL-4による増殖反応を相乗的に増強している可能性が考えられる。

 次に,種々のCD4陽性T細胞クローンがIL-3に対して同様の反応性を有するかを検討した。すべてのCD4陽性T細胞クローンはIL-2に対して同等の反応性を有していた。Th1タイプおよびTsタイプ(T-suppressor)のCD4陽性T細胞クローンはIL-3に対していずれも全く反応しなかった。Th2タイプのクローンのみが程度に差はみられるが反応性を示した。次にIL-3レセプター鎖に対する抗体で免疫蛍光染色を試みたところ,Th2タイプのクローンのみ程度は弱いが染色が見られ,Th1タイプは染色されなかった。Th2タイプのクローン24-2においては休止期にはIL-3レセプターの発現がほとんど見られないのに比し抗原刺激後にはレセプター発現の増強がみられた。しかしTh2タイプクローンの一つであるD10では染色がみられなかった。Th2タイプのT細胞クローンが直接IL-3に対して反応性を有し,そのレセプターを発現するという報告は現在まで見られない。今回用いたIL-3レセプター表現細胞はクローン株化の極めて早期に限界希釈法を用いて確立したものであることを考えると,T細胞クローン株化の段階でIL-3レセプター表現細胞が失われていくことが示唆される。またIL-3による抗原刺激反応の増幅のもう一つの機序として,抗原刺激によりIL-3レセプター発現が増強され,IL-3に対する反応性の増加することが考えられる。

 IL-3のT細胞刺激機構について解析を行い,Th2タイプのクローンに対する作用が知られているIL-1のそれと比較した。T細胞レセプター刺激による信号伝達系を細胞内カルシウム上昇経路とC-kinase刺激経路に分け,それぞれA23187およびPMAにより代用させ,再構築を試みた。そしてこの系にcalcineurin阻害剤であるFK506を加え,その作用を観察した。Th2タイプのT細胞クローン24-2のH57刺激による増殖反応のFK506による阻害は,autocrine growth factorであるIL-4産生の阻害が原因と考えられる。Th2クローン24-2に対してIL-1,A23187は両者の併用により増殖反応を惹起し,これはFK506により完全に阻害された。PMAにIL-1を併用するとPMA単独による増殖反応が増強されたが,これはH-7で完全に,FK506ではPMA単独刺激レベルまで抑制された。一方,IL-3単独刺激では有意の増殖反応が見られ,これはFK506では抑制されなかった。IL-3刺激にA23187を併用すると反応は低下し,これはFK506によりIL-3単独刺激レベルまで回復が見られた。IL-3刺激にPMAを併用すると反応は相乗的に増強し,これはFK506では影響を受けなかった。したがってIL-1,IL-3による増殖反応はいずれもPMAにより増強され,H-7により完全に阻害されたのに対し,FK506はA23187の作用を選択的に打ち消す方向に働くことが示された。またIL-3,PMAによる刺激がFK506抵抗性であるのに対し,IL-1,A23187による刺激はFK506感受性である事が示された。したがって今回の実験結果からはIL-1は細胞内Caイオン濃度上昇がcalcineurinを刺激する過程と共役して直接的に増殖反応を惹起する機構が想定されるのに対し,IL-3は分泌されたIL-4と相乗的にPKCを刺激することが考えられる。

 上記の結果よりIL-3のTh2タイプのT細胞クローンに対する作用が示された。そこでTh1タイプのT細胞クローンに対する増殖,分化促進作用が知られているIL-12(CLMF,NKSF,IL2R-IF)がTh2タイプのT細胞クローンに対しても作用を有するか否かを調べた。今回の結果では,IL-12はTh1,Th2いずれのタイプのT細胞クローンに対しても,IL-2のみならずIL-4による増殖反応をも増強した。しかしIL-3による増殖反応に対しては増強作用を示さなかった。IL-12はIL-2レセプターの発現を促進する作用が知られているが,IL-2レセプターと鎖を共有しているIL-4レセプターを介する刺激も増強することから,common鎖の発現の促進,あるいはその機能の増強といった機序が考えられる。

 上記のようなIL-3のT細胞クローンに対する作用が脾臓T細胞に対しても成り立つかを検証するために,非免疫マウスとKLHで免疫したマウスの脾細胞よりT細胞を調製し,抗T細胞レセプター抗体H57の存在下にIL-3による増殖反応が惹起されるかを調べた。IL-3はT細胞に作用しないとされているが,今回の解析ではクローン株化T細胞のみならず脾T細胞に対してもH57刺激による増殖反応を増強した。APCの存在はこの反応を増強した。NaiveなT細胞に比し一度抗原刺激を受けたT細胞の方がIL-3感受性が高かったことより,抗原刺激によるT細胞の反応性の増大ないしはIL-3レセプターの発現の増加が原因として考えられる。蛍光免疫染色でT細胞上の活性化マーカーを調べたところ,IL-3による刺激ではIL-2レセプター鎖(CD25)ではなく,より一般的な活性化マーカーと考えられているCD69の発現の増強が見られた。

 今回の解析で,T細胞の中にもIL-3に対して反応性を有するものが存在することが明らかになった。さらにこのようなT細胞のIL-3シグナル伝達系路は,T細胞以外の細胞でこれまで知られていた経路とほぼ同様であった。NaiveなT細胞がIL-3に反応せず,抗原刺激を受けたT細胞のみがIL-3に対して反応性を有することを考えると,抗原刺激を受けた特定の群がIL-3によってその反応性を増強され,クローンを拡大し,その結果抗原特異的な免疫反応を増幅する機序の一つと考えられる。さらに,このような反応性を持ったT細胞は,Th2タイプのT細胞へT細胞を偏らせるIL-4と相乗的に作用することから,免疫応答をTh2優勢の反応に,より強く偏らせる可能性が考えられる。またTh2タイプのT細胞の増加をきたす種々の病態においてIL-3が関与している可能性が考えられる。

審査要旨

 ヘルパーT細胞中には異なった機能を持つ多様な細胞が存在することが以前より指摘されてきた。クローン化CD4ヘルパーT細胞の抗体産生促進作用を増幅するaugmenting T cell(Ta細胞)を研究している途上で,T細胞クローンを固相化抗CD3抗体で刺激した培養上清中に,強くT細胞を刺激する活性を見いだした。同活性の原因物質の分離,精製を進めていった結果,原因物質はIL-3であると判明した。ところがIL-3のT細胞に対する直接作用については,現在までほとんどその報告がない。そこで,IL-3のT細胞に対する作用機序の解析を行なった。

 1.T細胞に,固相化抗CD3抗体(145-2C11)で刺激したT細胞クローン2-19-2Tの培養上清を作用させると,強い増殖反応が惹起された。この増殖反応は,既知のT細胞刺激性リンフォカインに対する抗体によっては抑制されなかった。逆相-HPLCを用いてこの培養上清を分画すると,Th2タイプのT細胞クローン24-2は,培養上清中のIL-3に反応していることが判明した。

 2.リコンビナントIL-3を可溶性の抗T細胞レセプター抗体(H57-597)存在下にT細胞クローン24-2に作用させると,増殖反応の増強が見られた。そして,H57刺激による増殖反応はautocrineに分泌されたIL-4に完全に依存性であり,IL-3は分泌されたIL-4による増殖反応を相乗的に増強することが示された。したがってIL-3はIL-4とは異なった細胞内シグナル伝達経路を動員している可能性が考えられる。

 3.種々のCD4陽性T細胞クローンがIL-3に対して同様の反応性を有するかを検討したところ,Th1タイプおよびTsタイプ(T-suppressor)のCD4陽性T細胞クローンはIL-3に対していずれも全く反応しなかったのに対し,Th2タイプのクローンのみが程度に差はみられるが反応性を示した。次に抗IL-3レセプター鎖抗体で免疫蛍光染色を試みたところ,Th2タイプのクローンのみ程度は弱いが染色が見られ,そして抗原刺激後には染色の増強がみられた。IL-3による抗原刺激反応の増幅のもう一つの機序として,抗原刺激によりIL-3レセプター発現が増強されることが考えられる。

 4.IL-3のT細胞刺激機構をIL-1のそれと比較した。T細胞レセプター刺激による信号伝達系をA23187およびPMAにより代用させ,再構築を試みた。Th2クローン24-2について,IL-1の作用はA23187により増強されたのに対し,IL-3による増殖反応は逆にA23187により抑制された。そしてFK506はA23187の作用を選択的に打ち消す方向に働くことが示された。またIL-3あるいはPMAによる刺激がFK506抵抗性であるのに対し,IL-1による刺激はFK506感受性である事が示された。したがってIL-1は細胞内Caイオン濃度上昇がcalcineurinを刺激する過程と共役して直接的に増殖反応を惹起する機構が想定されるのに対し,IL-3はPKC刺激系を共役的に増強することが考えられる。

 5.IL-12がTh2タイプのT細胞クローンに対しても作用を有するか否かを調べたところ,IL-12はTh1,Th2いずれのタイプのT細胞クローンに対しても,IL-2のみならずIL-4による増殖反応をも増強した。しかしIL-3による増殖反応に対しては増強作用を示さなかった。IL-12はTh2タイプのT細胞クローンについてもcommon鎖の機能を増強している可能性が考えられる。

 6.IL-3はクローン株化T細胞のみならず脾T細胞に対してもH57刺激による増殖反応を増強した。APCの存在はこの反応を増強した。IL-3による刺激ではIL-2レセプター鎖(CD25)ではなく,より一般的な活性化マーカーと考えられているCD69の発現の増強が見られた。

 IL-3のTh2タイプのT細胞クローンに対する直接作用が示された。しかしIL-3による細胞内シグナル伝達系路は,非T細胞でこれまで知られていた経路とほぼ同様であった。Th2タイプのT細胞にユニークな作用を有するIL-4と相乗的に作用することから,IL-3は免疫応答をTh2優勢の反応に,より強く偏らせる可能性が考えられ,これは種々の生理的あるいは病的状態において特定の抗原特異的な免疫反応を増幅する機序の一つと考えられる。IL-3のT細胞に対する直接作用については現在まで一定の見解は報告されていないため,今回の実験結果は新しい知見と見なされる。

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