学位論文要旨



No 212965
著者(漢字) 大島,正道
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,キサミチ
標題(和) マウス白血病ウイルスの非スプライスmRNA発現におけるスプライスアクセプターの役割
標題(洋) Possible Role of Splice Acceptor Site in Expression of Unspliced gag-Containing Message of Moloney Murine Leukemia Virus
報告番号 212965
報告番号 乙12965
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12965号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,洋子
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 永井,美之
 東京大学 助教授 岡,慎一
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨

 マウス白血病ウイルスでは非スプライスRNAはGag蛋白、及びGag-Pol融合蛋白をコードするmRNAとして、またウイルスゲノムRNAとして機能している。一方スプライスされたRNAはEnv蛋白をコードするmRNAとして機能している。マウス白血病ウイルスは自らの複製のために、非スプライスRNAとスプライスされたRNAを適切な量比で発現しなければならない。いかにして両方のRNAの産生が確保されているかという機構については未だ不明の点が多い。

 小田原らの研究によりマウス白血病ウイルスにおいて、gag遺伝子のみを持つような変異ウイルス(G3.6図1参照)では野生株ウイルスの約十分の一量のmRNAメッセージしか見られない、しかしこれにpolの途中からenvを含む領域をつなぐと(GE6.4図1参照)野生株の発現量になる。この組換え体でenv領域にstopコドンを入れて蛋白をコードしなくなるようにしても発現量は変わらない。しかし、スプライスアクセプター(SA)を欠失させたり(GEdSA図1参照)逆転させると(GEinvSA図1参照)発現量はG3.6並みに下がる。さらにこのG3.6にenv遺伝子のスプライスアクセプター領域を付加すると(GSA図1参照)mRNAメッセージのレベルは野生株とほぼ同じレベルにまで回復する。このことからG3.6からのmRNAの発現にはSAが重要な役割を果たすことがわかる。

 野生株や野生株に近いゲノムを持つウイルス(wt:親株が野生株のRT領域に小欠損を導入したもの,fswt:親株が野生株のRT領域にフレームシフトを導入したもの図1参照)で同様な実験を行ってみるとこれを支持する結果が得られた。すなわちこれらの親株ではプロウイルスコピーあたりにして野生株と同じ量のmRNAが産生されるのに対しスプライスアクセプター領域を欠失(wtdSA,fswtdSA図1参照)あるいは逆転(wtinvSA,fswtinvSA図1参照)させるとプロウイルスコピーあたりのmRNAメッセージは著しく低下した。wtinvSAおよびfswtdSAでは低温、高温とも親株に比べて著しいメッセージ量の低下が見られたfswtinvSAは低温、高温とも親株に比べてメッセージ量は低下したがfswtdSAほどの減少は見られなかった(図2参照)、一方wtdSAは低温(30度)ではメッセージ量は親株とほぼ同レベルであったが高温(37度)では著し低下した。これらすべてのプロウイルスは同じLTRプロモーターにより転写されているのでこれらのRNAの発現の違いは転写後にもたらされるものと考えられる。まずRNAの安定性を30度と37度で調べたがSAの有無によりmRNAの安定性は影響を受けないことが分かった。次にRNAの核から細胞質への輸送につき検討した。wtとwtdSA,fswtとfswtdSAを発現させた細胞において核と細胞質を分画しそれぞれのmRNAメッセーシ量をノーザンブロットにて比較検討した。wtdSAは低温、高温ともに核内のRNAメッセージ量は親株wtとほぼ等しく核内へのRNAメッセージの蓄積は見られなかった。しかし、高温では細胞質のRNAは低下していた。一方fswtdSAにおいては低温、高温ともに核内のRNAメッセージ量は親株fswtより著しく低下しており細胞質のRNA量に低下していた。即ちfswtdSAでは核内におけるRNAの安定性が低下しており、wtdSAでは何らかの理由によりmRNAが核から細胞質への輸送の過程で壊されるのではないかと考えられた。スプライスドナー(SD)の欠失(GEdSD図1参照)はmRNAメッセージレベルに影響を与えず、SDはgagをコードするmRNAの発現には不可欠ではないことがわかった。gag遺伝子領域をネオマイシン耐性遺伝子と交換した場合(neoEnv、neo-dE図1参照)にはSAが無くても高水準の転写産物が見出され、gag領域に非スプライスRNAの発現をSA依存にするシスエレメントがあることが示唆された。(この領域はp30領域内にある事が小田原により示されている。未発表)

 本研究においてマウス白血病ウイルスのgagをコードする未スプライスRNAの十分な発現の為には機能しうるSAが必要であることが示された。またスプライスシグナルはおそらく核内あるいは核から細胞質への輸送の際の安定性に影響していると考えられた。gag内遺伝子配列により非スプライスRNA発現がSA依存性となる事はマウス白血病ウイルスが非スプライスRNAとスプライスRNAを同時に発現するための機構の重要な要素であると考えられる。

図1プロウイルスの構造。全てのコンストラクトはSV40プロモーターによりドライブされるハイグロマイシン耐性遺伝子あるいはネオマイシン耐性遺伝子を持つブルースクリプトに挿入された。プラスミドによりコードされるウイルスは()内に示されている。A.AatH:B.BamHI:C.Cla 1.H.HmdIII:Not I:P.PSt 〓.Sal:X.Xbalライゲーションにより失われた制限酵素部位は星印で示されている。hygrハイグロマイシン耐性遺伝:neolネオマイシン耐性遺伝:SV.SV40プロポーター44lb44塩基図2wt,wtdSA,wtinvSA,fswt,fswtdSA,fswtinvSAのtotal RNAのノーザンブロット解析NIH3T3細胞にwt,wtdSA,winvSA,fswt,fswtdSA,fswtinvSAをプロウイルスのかたちで遺伝子導入しハイグロマイシン耐性によりstable transfectantを得た。それぞれの遺伝子導入細胞を30度、または37度の条件で3日間培養しtotal RNAを回収した。total mRNA5gをformamide1%gelにて電気泳動し3’LTRのプローブ、hygromycinのプローブを 用いてノーザンブロットを行った。
審査要旨

 本研究はHIVを含むレンチウイルス、HTLV-1を含むオンコウイルスなど全てのレトロウイルスの複製過程において重要な役割を果たしている非スプライスRNA及びスプライスRNAの調節機構を解明することを目的としている。構造の単純なマウス白血病ウイルスを用いて以下の結果を得ている。

 1.マウス白血病ウイルスにおいてgag遺伝子のみを持つような変異ウイルス(G3.6)では野生株ウイルスの約十分の一量のメッセージしか見られない。しかし、これにpol領域途中からEnv領域をつなぐと(GE6.4)メッセージレベルは野生株の発現量になる。この組換体でEnv領域に終止コドンをいれて蛋白をコードしないようにしても発現量は変わらない。しかし、スプライスアクセプター(SA)を欠失させたり(GEdSA)逆転させると(GEinvSA)メッセージ量はG3.6レベルに低下する。このG3.6にenv遺伝子のスプライスアクセプターを付加すると(GSA)mRNAのレベルは野生株とほぼ同じレベルまで回復する。このことからgagメッセージの発現のためにはSAが重要な役割を果たしていることが示唆される。

 2.スプライスドナーは欠失させても(GEdSD)メッセージの発現は変わらず高くスプライスドナーはmRNAの発現レベルに影響しない事が示された。SAをG3.6のGag遺伝子領域の下流に挿入した際、SAを逆方向に挿入した場合(GinvSA)もメッセージ量の回復が見られた。即ち、逆向きでもmRNAメッセージ量を回復出来る事が示されたが、この場合にはaberrantにスプライスされたRNAが見られた。

 GEタイプでSAを逆向きに挿入したGEinvSAとG3.6タイプでSAを逆向きに挿入したGinvSAを比較するとGEinvSAはGinvSAの全シークエンスを有し、発現の悪いGEinvSAには発現のよいGinvSAの全シークエンスが含まれている。したがって必要なのは特定のシークエンスではなくて特定の機能と考えられた。そこでメッセージの発現に必要なのはauthenticなSAのシークエンスなのではなくて機能しうるSAであると解釈される。また、温度感受性の実験から実際にスプライシングが起こる事は必要でなく機能しうるSAが存在することが重要であることが示された。

 3.gag遺伝子領域をネオマイシン耐性遺伝子と交換した場合(neoEnv、neo-dE)はmRNAの発現レベルは高水準であり、このmRNAメッセージがSAに依存するという現象は一般的現象ではなくてgag遺伝子に特異的現象であることが示された。またgag遺伝子領域内に非スプライスRNAの発現量をSA依存にするシスエレメントが存在することが示された。

 4.野生株や野生株に近いゲノムを持つウイルス(Wt:親株が野生株のRT領域に小欠損を導入したもの、fswt:親株が野生株のRT領域にフレームシフトを導入したもの)でSA領域を欠失(WtdSA,fswtdSA)させたり、逆転(WtinvSA,fswtinvSA)させてもコピーあたりのmRNAメッセージ量は著しく低下した。従ってゲノム長のプロウイルスにおいても非スプライスメッセージの発現にSAが重要な役割を果たしていることが確認された。

 5.これら全てのプロウイルスは同じプロモーターにより転写されているのでRNAの発現の違いは転写後にもたらせると考えられる。SAの欠如によりmRNAの安定性が低下している可能性を考え、RNAの安定性を30度と37度で調べたがSAの有無によるRNAの安定性の相違は見られなかった。次に、SAの欠如が核から細胞質への輸送に障害を与えている可能性を考えて検討した。核と細胞質を分画しそれぞれのmRNAをノーザンブロットで比較した。wtdSAは低温、高温ともに核内のRNAメッセージ量は親株wtとほぼ等しく核内へのRNAメッセージの蓄積は見られなかった。一方、fswtdSAにおいては低温、高温ともに核内のRNAメッセージは親株fswtより著しく低下しており細胞質のRNA量に低下していた。すなわちfswtdSAでは核内におけるRNAの安定性が低下しており、WtdSAでは何らかの理由によりmRNAが核から細胞質への輸送の過程で壊されるのではないかと考えられた。

 以上本論文はマウス白血病ウイルスにおいて非スプライスRNAの安定的発現のためには機能しうるスプライスアクセプターが必要であることを明らかにした。またこの現象はウイルスのgag遺伝子に特異的現象でありgag遺伝子領域にSA依存にさせる配列のあることが示唆された。本研究はレトロウイルスのmRNA発現の調節機構解明に重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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