学位論文要旨



No 212969
著者(漢字) 蘇,百弘
著者(英字)
著者(カナ) スウ,バイフォン
標題(和) 極低出生体重児における早期抜管後の経鼻持続気道陽圧(N-CPAP)の有用性に関する研究
標題(洋) Application of nasal continuous positive airway pressure to early extubation in very low birthweight infants
報告番号 212969
報告番号 乙12969
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12969号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 早川,浩
 東京大学 助教授 岡井,崇
 東京大学 助教授 福地,義之助
 東京大学 講師 滝沢,始
内容要旨 [目的]

 呼吸障害に対する機械的人工換気療法から離脱した極低出生体重児が再挿管を要することがよくみられる。したがって、早期抜管に対して慎重になり、人工換気療法の期間が長くなる傾向がある。長期に及ぶ人工換気療法は気管支肺異形成(BPD)、喉頭下狭窄、気道感染など合併症発生の機会を増加させ、患児の罹病率や死亡率が増加する可能性が高くなるため、必要最小限の期間で抜管の方向へ持って行くことが望まれる。肺機能測定を用いた抜管基準の作成についてはいくつかの報告がみられるが、低出生体重児における肺機能測定は臨床的に普及している訳ではない。著者は極低出生体重児における早期抜管のプロトコールを作成した。抜管後の処置としてはヘッドボックスを用いて酸素を投与する方法が最も一般的である。本研究は、経鼻持続気道陽圧(N-CPAP)の使用経験に基づき、極低出生体重児における早期抜管のプロトコールに抜管後N-CPAPの使用を加え、抜管成功率の向上が得られるかどうかを明らかにすることを目的とした。

[対象と方法]

 1。対象:下記の条件を全て満たし、かつ、両親からインフォームドコンセントの得られた患児を本研究の対象とした。1)出生体重1,500g未満、2)在胎週数34週未満、3)出生後早期より機械的人工換気を要した、4)生後7日以内にweaningが可能であった、5)重症感染症や先天奇形を合併していない。我々の経験によるとヘッドボックスを用いた極低出生体重児における早期抜管成功率は約40%である。N-CPAPの使用により早期抜管成功率が2倍に高まると仮定し、統計学的有意差を危険率0.05未満(p<0.05)及びpowerを80%と期待すれば、本研究におけるヘッドボックス群とN-CPAP群はそれぞれ最低22例が必要と考えられた。

 2。極低出生体重児における早期抜管のプロトコール:呼吸循環状態、動脈血ガス分析により、weaning可能と評価された児は以下のプロトコールに従って、抜管の方向へ持って行った。PaO2は50-70mmHgを目安として、吸入酸素濃度(FiO2)を0.35以下になるまで2-10%ずつ下げる。最高吸気圧(PIP)は15cmH2Oまで2-5cmH2Oずつ下げ、その後、15cmH2Oを維持し、もし胸郭の上がりが過大であれば、2cmH2O下げる。終末呼気圧(PEEP)は人工換気療法中5cmH2Oを維持する。人工換気回数(IMV)はPaCO2≦50mmHgを目安として、30/分まで5-10/分ずつ下げ、以後、10/分まで2-5/分ずつ下げる。その時点で、アミノフィリン4mg/kg体重をloading doseとして静注或いは経口投与し、その後12時間毎に2mg/kg体重を維持量として投与する。有効血中濃度は8-15g/mlとする。loading doseを投与した12-24時間後、経気管内チュープCPAPを開始し、1時間経過観察を行い、呼吸性アシドーシスや頻回もしくは重症な無呼吸発作が起こらなければ、抜管する。

 3。抜管後処置:抜管を実行する前、患児を無作為にヘッドボックス群とN-CPAP群に分けた。

 A.ヘッドボックス群:抜管後、少なくとも24時間、ヘッドボックスを用いて適宜濃度の酸素を投与する。

 B.N-CPAP群:抜管後、N-CPAPを使用する。使用したN-CPAPシステムは呼吸器は使用しない。CPAPは5cmH2Oとし、酸素濃度は適宜とする。

 4。再挿管の基準:抜管後、以下の場合があれば、抜管失敗例として再挿管を施行した。1)PaO2<50mmHg(FiO2≧70%)、2)呼吸性アシドーシス(PaCO2>60mmHg、pH<7.25)、3)20秒以上続く無呼吸発作、もしくは20秒未満でも心拍数が100/分以下の徐脈を伴う無呼吸発作が1時間に3回以上見られた場合、または強力な刺激やmask and bagによる蘇生が必要な無呼吸発作が認められた場合。抜管後72時間、再挿管を必要としなかった例を抜管成功例とした。

[結果]

 患児60例を無作為にヘッドボックス群(30例)とN-CPAP群(30例)に分けた。両群の間に出生体重、在胎週数、Apgar score、抜管時日齢、動脈管開存症(PDA)、脳室内出血(IVH)、壊死性腸炎(NEC)などの発生率、サーファクタントの補充治療率、性別等の有意差は認められなかった。平均抜管時日齢はN-CPAP群は5.4±2.6日、ヘッドボックス群は6.0±2.1日であった。全体では早期抜管成功率は66.7%(40/60)、N-CPAP群では86.7%(26/30)、ヘッドボックス群では46.7%(14/30)であった。ヘッドボックス群よりもN-CPAP群の早期抜管成功率は有意に高かった(p=0.001、2)。各群中、抜管成功群と抜管失敗群との間に出生体重、在胎週数、抜管時日齢、PDA、IVH、NECなどの発生率、性別等の有意差は認められなかった。抜管に失敗した例は両群合わせて20例で、15例が無呼吸発作、2例が高いFiO2が必要、3例は呼吸性アシドーシスであった、その中2例に無気肺が認められた。無呼吸発作が原因で再挿管を要した15例の中、12例はヘッドボックス群に属した。

[考察]

 新生児医療においては、より安全、かつ有効な呼吸療法を開発することが常に求められている。サーファクタント補充療法と高頻度振動換気法(HFO)の導入はその代表的飛躍的な進歩である。しかしながら、極低出生体重児の救命率は向上した一方で、BPDの発生率も年々増加している。機械的人工換気による圧損傷や酸素毒性はBPDを発生させるrisk factorとして考えられている。したがって、早期抜管の達成は、人工換気期間を短縮することにより肺損傷の軽減やBPD発生の予防が期待できる。極低出生体重児の早期抜管プロトコールに従って、全体では66.7%早期抜管成功率が得られた。肺機能測定を用いた抜管基準では抜管成功率は79.5%という報告がなされている。肺機能測定は種々の呼吸器疾患におけるrespiratory dynamicsの解明には不可欠であるが、極低出生体重児の抜管においてその実用性は疑問視する報告もある。我々のプロトコールは早期weaningの基準を厳守することとアミノフィリンの使用を基礎としている。抜管後N-CPAPを使用することにより、抜管成功率は86.7%と有意に向上することが認められた。

 CPAPの効果は、1)transpulmonary pressureの増加、2)機能性残気量(FRC)の増加、3)肺胞のcollapseの予防、4)肺内シャントの軽減、5)肺コンプライアンスの増加、6)肺サーファクダントの保存、7)気道内径の増加などが挙げられる。1971年、Gregoryにより新生児の呼吸障害におけるCPAPの有用性が報告されて以来、CPAP techniqueについて多数の報告が見られる。しかしCPAP techniqueは使用上の不便さなどが原因となり、臨床的応用への関心は褪せてきている現状である。理想的なCPAPシステムは下記の条件を満たさなければならない、1)患児の体位変更が容易にできるように充分弯曲可能かつ軽量である、2)吸入気体の湿度、温度、酸素濃度が適宜コントロール可能である、3)着脱が容易である、4)患児の自発呼吸に対し抵抗が低い、5)極低出生体重児にも使用可能な材質と大きさである、6)管路が簡単で扱いが容易である、7)安全性が高くかつ低価格である。我々が使用しているCPAPシステムは上記の条件を満たすものと考えている。

 両群を合わせて、抜管に失敗した例は20例で、最も多い原因は無呼吸発作の15例であった。その大部分はヘッドボックス群に属した。無呼吸発作を起こす可能性の高い極低出生体重児においてN-CPAPの抜管後の使用により無呼吸発作の予防や治療が抜管成功率を高める上で重要であったと思われる。

[結語]

 極低出生体重児における早期抜管のプロトコールに、抜管後N-CPAPの使用を加えることにより抜管成功率を向上させることができた。さらに、我々が使用しているN-CPAPシステムは安全で、かつ呼吸器の使用は要らないことにより、NICUにおける呼吸器の不足の解消に役立つと思われた。

審査要旨

 本研究は、極低出生体重児における長期に及ぶ人工換気療法による気管支肺異形成(BPD)、喉頭下狭窄、気道感染など合併症発生の機会の増加や、患児の罹病率や死亡率の増加を防ぐために、必要最小限の期間で抜管の方向へ持って行くことを可能にする目的で、極低出生体重児における早期抜管のプロトコールを作成するとともに、抜管後N-CPAPの使用を加え、抜管成功率の向上を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.研究対象は1)出生体重1,500g未満、2)在胎週数34週未満、3)出生後早期より機械的人工換気を要した、4)生後7日以内にweaningが可能であった、5)重症感染症や先天奇形を合併していない患児60例を無作為にN-CPAP群(30例)とヘッドボックス群(30例)に分けた。

 2.極低出生体重児における早期抜管のプロトコール:臨床的に、weaning可能と評価された児は以下のプロトコールに従って、抜管の方向へ持って行った。PaO2は50-70mmHgを目安として、吸入酸素濃度(FiO2)を0.35以下になるまで2-10%ずつ下げる。最高吸気圧(PIP)は15cmH2Oまで2-5cmH2Oずつ下げ、その後、15cmH2Oを維持し、もし胸郭の上がりが過大であれば、2cmH2O下げる。終末呼気圧(PEEP)は人工換気療法中5cmH2Oを維持する。人工換気回数(IMV)はPaCO2≦50mmHgを目安として、30/分まで5-10/分ずつ下げ、以後、10/分まで2-5/分ずつ下げる。その時点で、アミノフィリン4mg/kg体重をloading doseとして静注或いは経口投与し、その後12時間毎に2mg/kg体重を維持量として投与する。loading doseを投与した12-24時間後、経気管内チュープCPAPを開始し、1時間経過観察を行い、呼吸性アシドーシスや頻回もしくは重症な無呼吸発作が起こらなければ、抜管する。平均抜管時日齢はN-CPAP群は5.4±2.6日、ヘッドボックス群は6.0±2.1日、全体では早期抜管成功率は66.7%(40/60)であった。

 3.抜管後使用したN-CPAPシステムは下記の利点が挙げられる、1)患児の体位変更が容易である、2)吸入気体の湿度、温度、酸素濃度が適宜コントロール可能である、3)着脱が容易である、4)患児の自発呼吸に対し抵抗が低い、5)極低出生体重児にも使用可能な材質と大きさである、6)管路が簡単で扱いが容易である、7)安全性が高くかつ低価格である。特にこのCPAPシステムは呼吸器の使用が不要であることが大きな利点でありNICUにおける呼吸器の不足の解消に役立つと思われた。

 4.早期抜管成功率は、N-CPAP群では86.7%(26/30)、ヘッドボックス群では46.7%(14/30)であった。抜管後N-CPAPを使用することにより、抜管成功率は有意に向上することが認められた(p=0.001、2)。

 5.両群を合わせて、抜管に失敗した例は20例で、最も多い原因は無呼吸発作の15例であった。その大部分はヘッドボックス群に属した。無呼吸発作を起こす可能性の高い極低出生体重児においてN-CPAPの抜管後の使用により無呼吸発作の予防や治療が抜管成功率を高める上で重要であったと思われる。

 以上、本論文は極低出生体重児における早期抜管のプロトコールを作成し、さらに抜管後N-CPAPの使用を加え、早期抜管成功率の向上が可能であることを明らかにした。本研究は、技術的な問題による使いにくさのために、現状では臨床的応用が少ないN-CPAPを、極低出生体重児における安全、かつ有効な呼吸療法とすることを可能にしたことで、極低出生体重児の呼吸治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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