学位論文要旨



No 212970
著者(漢字) 升田,春夫
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ハルオ
標題(和) 超音波ドプラ微小変位計測法を用いた胎児呼吸様運動の連続モニタリング手法の開発
標題(洋)
報告番号 212970
報告番号 乙12970
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12970号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 助教授 福地,義之助
内容要旨 【目的】

 胎児の行動は、単に筋・骨格系の発達を反映するのみでなく、中枢神経系の機能的発達を示すものであると考えられている。胎児行動の一つである胎児呼吸様運動(fetal breathing movement:FBM)は、胎児のwell-beingを示す重要な指標とされ、諸条件下でその出現様式が変化することが知られ、また胎児の神経学的発達を判断する材料としても有用であるとされる。臨床的に胎児行動を計測し評価するためには、超音波B-mode断層法を用いて熟練した技師が観察してその行動の有無や回数を手動記録することで行ってきたが、この方法では定量的な胎児行動の客観的評価や長時間の計測は困難であった。このためFBMの客観的計測のために種々の方法が試みられてきたが、臨床応用には至っておらず、FBMの定量評価は容易でないのが現状である。種々の胎児行動のうちでFBMは、1)微小な運動で、2)比較的に規則的であり、3)胎児のwell-being、切迫早産、低酸素症の状態と相関性の高い運動であるという理由から、本研究においてはFBMを連続モニターすることを主目的とし、胎児心拍数記録装置(cardiotocograph:CTG)に用いられている超音波モジュール・探触子を応用し、パルスドプラ法による組織の微小変位計測法を用いて胎児の運動を定量計測する方法を開発し、FBMの高精度の実時間計測を行った。さらに、FBMを自動認識させる手法を開発し、FBMの情報を臨床応用可能な指標とすることを目指した。

【方法】

 パルスドプラ法による組織の微小変位計測法を用いて、長時間・実時間記録が可能で、ベッドサイドで使用可能な軽量な装置を設計した。図1に本測定計で用いたパルスドプラ装置のブロックダイアグラムを示す。信号処理には専用のインターフェースを追加した32bitノートブック型パーソナルコンピュータを用いた。受波超音波のドプラ信号からの変位計測には、arctangent法を用いたアルゴリズムを用いた。さらに、超音波散乱体のランダムな構造に起因する測定誤差を小さくするため受波超音波の強度があるしきい値以下の区間では推定を行わない処理を加えるとともに、実時間高域通過型デジタルフィルターを組み込んで母体の呼吸などに起因する低い周波数成分を除去した。本計測系を用いて超音波Bモード観察下に母体腹壁に探触子を設置し、胎児運動を記録、解析した。コンピュータの画面に表示される計測波形と超音波断層法の画面を、デュアルフレームシンクロナイザーを用いて同一画面上に表示させ、ビデオレコーダーに記録した。この変位波形を用いて観察時間においてFBMが存在した区間を自動認識し推定する手法の検討を行った。解析には、周波数解析の手法であるMEM(maximum entropy method)と、変位信号波形の区間細分化よる手法(segmentation法)を用いた。MEMによる解析では、胎動記録により得られた変位信号に特徴的周波数領域(FBM:0.5-1.5Hz、FHM:1.5-2.5Hz)を設け、観察区間にその周波数ピークが表れた場合、その運動があると判定させた。segmentation法では、変位波形の瞬時周波数(0.6〜2.5Hz)と最大の変位振幅(>500m)より全チャンネルのデータから周波数変位成分の検出を行い、信号の連続性、近接したチャンネルでのデータを考慮し、FBMの有無の自動判別を行った。FBMの存在区間の自動認識に関して、パラメーターを3段階変化させて、認識基準が甘いもの(基準1)、認識基準が中程度のもの(基準2)、認識基準が厳しいもの(基準3)の3つの基準で検討をおこなった。MEMによる解析には、妊娠25-40週の16例につきFBMを認めた区間で5-10分間の記録を行いこれを用いた。segmentation法による解析では、妊娠28-40週の32例につき30-70分の計1860分間の記録を行いこれを用いた。

図1 試作したパルスドプラ装置のブロックダイアグラム
【結果】

 実時間で13チャンネルのうち連続した10チャンネルを1画面で表示でき、同時に記録が可能であった。1Mbyteのフロッピーディスクに最大60分のデータを記録可能であった。MEMの解析による自動認識では、解析例数16例で計80分の記録を解析した。記録データ1分につき80-100秒を要した。FBMによる変位信号が良く取れている記録では、MEMによる自動認識結果は手動認識による結果とよく一致した。segmentation法では、32例の計1860分を解析した。記録された変位波形と自動認識の例を図2に示す。segmentation法による自動認識では、記録データ60分について10チャンネルの処理に平均60秒を要し、処理時間はMEMに比較して短かった。自動認識と手動記録による解析をFBMの存在する時間(以下FBM(+))及び胎動のない時間(以下FM(-))の各々について計算して、sensitivity、positive predictive value(PPV)、specificity、negative predictive value(NPV)を算出した結果を表1に示す。ブロック法による解析結果では、sensitivityは68.5%(基準1)から51.1%(基準3)であり、PPVは60.6%(基準3)から56.5%(基準1)であった。specificityは77.9%(基準3)から63.6%(基準2)であり、NPVは50.8%(基準1)から39.2%(基準2)であった。

図2 検出波形とFBMの認識の例妊娠34週の症例の28-29minの記録(基準1)表6 観察時間による自動認識の精度
【考察】

 パルスドプラ法を用いて組織変位を計測する方法を応用し、FBMの定量計測を試み、従来行われてきた超音波断層法の観察による胎動の記録法との比較検討を行った。この方法を用れば、従来のCTG装置を拡張して用いることが可能であり臨床応用が容易で、実時間でかつ長時間の連続記録が可能である。今回の試みでは、変位信号の自動解析により、FBMの存在をある程度の精度で診断することが可能であった。また、今回の研究では多チャンネルのデータを用いた解析が出来るようになり、子宮内での胎児の動きにもある程度対応できるようになった。MEMによる自動解析は、基本的に1チャンネルの解析ではあるが、S/N比が高ければ実用的な結果が得られ、FBM・FHM・FGMの鑑別も可能であったが、長時間の解析には適さないなどの問題が存在した。segmentation法による結果では、基準の甘い順で、sensitivityが高く、基準の厳しい順で、specificityが高いという結果であった。これは、基準を甘くすればそれだけFBMをとらえることができ、基準を厳しくすれば胎動のない部分をとらえやすいと言うことである。また、基準の甘い順でPPVが低く、基準の甘い順でNPVが高いという結果であった。ブロックによる比較では、測定時間内の変位データのS/N比のばらつきや各チャンネル間のデータ精度のばらつきが大きいために、ブロック法による結果は、総時間でみた結果よりやや低い結果であった。FBMの自動認識手法に関しては、現在約60%前後の精度であり、FBMの有無の認識に関しては臨床応用に一つの手がかりを得た。また、臨床応用する場合に重要な問題となる定量的な評価についても、本法によれば、FBMの存在区間を同定し、さらにその区間での出現様式(variabilityなど)を自動計測できる可能性がある。本方法ではこのようなFBMの出現様式が計測でき評価できるという意味で、今後臨床上大いに役立つ可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は、筋・骨格系の発達や中枢神経系の機能的発達を示す胎児行動の中でも極めて重要な意義を持つと考えられる胎児呼吸様運動(fetal breathing movement:FBM)の長時間の連続モニタリングを可能にするために、超音波ドプラ微小変位計測法を用いて胎児の運動を定量計測する方法を開発するとともに、FBMの自動認識を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.装置をFBMの測定に適するよう改良したことで、装置自体がコンパクトで臨床データが取りやすいものとすることができ、FBMの長時間にわたる実時間計測が可能となった。変位波形は、実時間で13チャンネルのうち連続した10チャンネルを1画面で表示でき、同時に記録が可能であった。1Mbyteのフロッピーディスクに最大60分のデータを記録可能であった。データの収集時に超音波Bモードで画像と変位データ記録のコンピュータ画面を同時表示することにより、容易に変位データと胎動の関連を検討可能であった。

 2.周波数分析の一つであるMEMの解析による自動認識の検討では、解析例数16例で計80分の記録を解析した。記録データ1分につき80-100秒を要した。FBMによる変位信号が良く取れている記録では、MEMによる自動認識結果は手動認識による結果とよく一致した。FBM・FHM・FGMの鑑別もある程度可能であった。しかしながら、MEMの解析には、その計算の複雑さから時間がかかることや多チャンネルの処理が困難であることが問題であった。

 3.segmentation法では、32例の計1860分を解析した。segmentation法による自動認識では、記録データ60分について10チャンネルの処理に平均60秒を要し、処理時間はMEMに比較して短かった。

 4.segmentation法による自動認識では、観察時間による解析の結果、約60-70%のsensitivity、約60-70%のPPV、約60-80%のspecificity、約45-50%のNPVが得られた。基準1、2、3の順(基準の甘い順)で、sensitivityが高く、基準3、2、1の順(基準の厳しい順)で、specificityが高いという結果であり、基準を甘くすればそれだけFBMをとらえることができ、基準を厳しくすれば胎動のない部分をとらえやすいと言うことが示唆された。また、基準1、2、3の順でPPVが低く、基準1、2、3の順でNPVが高いという結果であった。ブロック法による解析結果では、sensitivityは50-70%であり、PPVは55-60%、specificityは60-80%、NPVは40-50%であり、観察時間による結果よりやや低い値であり、測定時間内の変位データのS/N比のばらつきや各チャンネル間のデータのばらつきが大きいことが考えられた。

 以上、本論文は超音波ドプラ微小変位計測法を用いたFBMの連続モニタリング法を開発し、さらにFBMの自動認識が可能であることを明らかにした。FBMの自動認識に関しては、ある程度の客観的な評価基準を与えることが可能であると考えられた。本研究は、これまで困難であったFBMの連続モニタリングとその自動認識を可能にしたことで、FBMの意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53972