学位論文要旨



No 212976
著者(漢字) 安藤,忠司
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,タダシ
標題(和) SPF鶏におけるトリ白血病肉腫ウイルスの遺伝免疫学的研究
標題(洋)
報告番号 212976
報告番号 乙12976
学位授与日 1996.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12976号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
内容要旨

 一般に医薬品の完成度はその有効性と安全性の両側面に経済性を加えて評価されるが、特にワクチンについては他の医薬品と異なり、感染症予防の目的で健康なヒトが接種の対象となる。その中でも成分が生きたウイルスであるという特徴を持つ生ウイルスワクチン(live virus vaccine)については、ウイルス不活化工程の設定ができない生物学的製剤であるため、HIV(human immunodeficiency virus)薬害問題に対処したような最終製品の加熱等の対策をとることはできない。これらワクチンによる事故や副作用を起こさないためには、特に製品の安全性保証のための細心の心配りが必要とされるが、たとえばワクチン原液製造用の原料の段階からのチェックも必要であるということである。特にワクチンウイルスを増殖させるニワトリ胎児細胞(chick embryo fibloblast,CEF)初代培養や、さらにその前段階として、受精卵を生産するspecific pathogen free(SPF)鶏の確立とその維持管理までさかのぼった検討が必要とされるということである。製造工程で調製したCEF初代培養について、ワクチンウイルス以外のウイルスの混入を否定する試験だけでは、未知のウイルス混入に対して対処することに限界があることは明らかであるので、鶏を外来性の病原微生物から隔離する飼育方法を確立した後、その清淨性が維持されていることを、かなり多種類の病原微生物をマーカーとして定期的に確認するという方法が現在おこなわれている。しかし、日本の生物学的製剤基準には具体的な病原微生物名が記載されておらず、筆者らはマーカーとして世界保健機関(world health organization,WHO)の基準及び動物用医薬品の基準の中に列記されている病原微生物を対象とした試験を実施している。

 しかしワクチンウイルス以外のウイルスの検出方法について、時代の進歩にあわせ精度・感度を向上させ、試験の簡便さについても改良していく努力の必要性が望まれていた。そこで筆者はこれら病原微生物のうち、特に発癌遺伝子を持つといわれるトリ白血病肉腫ウイルス(avian leukosissarcoma virus,ALSV)について、その抗体検査方法の改良と内在性ウイルス(endogenous virus)検出法の開発・導入を試みた。

 具体的には、生ワクチン製造のためのSPFニワトリ群のALSV検査の簡便化と、さらなる浄化をするための基礎知見を得ることを目的として、ALSVの酵素抗体法(enzyme linked immunosolvent assay,ELISA)による抗体価測定法確立と、内在性ALSVの部分発現である群特異(group specific,gs)抗原及びニワトリ介助因子(chick helper factor,chf)について検討し、以下の成績を得た。

 1.SPFニワトリのトリ白血病ウイルス抗体監視システムへの、マイクロプレートを用いた酵素抗体法の応用の可能性を検討して、ALSVのB亜群抗原を固相化し、感染鶏血清を標準血清とする抗体価算出方法を確立した。その際に吸光度(optical dencity,OD)リーダーとパソコンを接続し、マイクロプレートのOD値の自動読み取りとそれに続く抗体価計算のプログラムを作成し、作業の短縮化を実現した。

 2.血清中和法(serum neutralization method,SN)、蛍光抗体法(fluorescent antibody method,FA)を加えて抗体価の推移を較べ、ELISA、FAでは主としてgs抗体を、SNは亜群特異(subgroup specific)抗体を検出している事を示した。そして、この方法(ELISA)での抗原抗体反応系で検出しているgs抗体を産生する抗原成分として、SDS-poly-acrylamide gel electrophoresis(PAGE)を用い、p27、gp85及びp15を確認し、その抗体誘導能力の強さ(認識され易さ)は、p27>gp85>p15である事を明らかにした。

 3.ALSV抗体測定におけるELISA、SN、FAの検出感度について、種々の血清について測定した成績を比較し、ELISAはSNの約10倍、FAはSNとほぼ同感度であることを明らかにした。

 4.ALSVの感受性が異なるニワトリ系統について、ALSVの抗原と交差反応する細胞性のgs抗原(内在性ウイルス遺伝子由来の抗原の1つ)と、chf活性(これも内在性ウイルス遺伝子の部分発現したもの)についてその遺伝様式を検討し、どちらもシンプルなメンデルの法則に従った常染色体上の優性遺伝子支配であることを示した。

 5.さらに、chf活性の細胞への影響として、ALSVのE亜群ウイルスに対する感受性を持つニワトリ系統においては、その存在がニワトリ胎児線維芽細胞の感受性を阻害したが、元々感受性のない系統の細胞には影響を及ぼさない事を明らかにした。またchf活性はRSV(RAV-7)感染下でdimethylsulfoxide(DMSO)によって、長期間培養された細胞からの誘導が促進されることを示した。

 6.系統保存しているニワトリ及びgs抗原、chf活性の発現しているニワトリ群の交配によって、gs抗原、chf活性を支配する遺伝子が同一染色体上にあり、すでに異なるニワトリ系統で報告されているev-3遺伝子座の1対の対立遺伝子と同じものであろうと推定した。

 7.一方、ALSVのB亜群ウイルスに対する細胞のレセプター遺伝子座と、この内在性ウイルス遺伝子座とは異なる染色体上にあることを示唆した。そして、これらの成果をふまえ、微生物学的にクリーンであることに加え、育種遺伝学的なコントロールをすることで、gs抗原及びchf活性の発現されないニワトリの閉鎖集団を育成することができた。

 以上の結果より、SPF検査項目の1つであり、ニワトリで発癌性の示されているALSVの検査方法の改良と、さらに進んで、外来性の病原体のみならず内在性ウイルスとして発現される可能性のある、細胞に組み込まれたウイルス遺伝子発現産物についても排除されているニワトリの閉鎖集団を育成することができたものと思われる。

 ワクチンウイルス以外のウイルスがワクチンの製品に混入する事は、非加熱血液製剤のHIV混入の例にもあるように、製品の安全性という点からも厳に回避されていなければならない問題である。そこで、高品質のSPFニワトリの得られたことは、このSPF種卵を用いて生産されるワクチンの安全性保証の点からも意義深いものと考えている。

審査要旨

 一般に医薬品の完成度はその有効性と安全性の両側面に経済性を加えて評価されるが、特にワクチンについては他の医薬品と異なり、感染症予防の目的で健康なヒトが接種の対象となる。その中でも成分が生きたウイルスであるという特徴を持つ生ウイルスワクチン(live virus vaccine)については、ウイルス不活化工程の設定ができない生物学的製剤であるため、HIV(human immunodeficiency vurus)薬害問題に対処したような最終製品の加熱等の対策をとることはできない。これらワクチンによる事故や副作用を起こさないためには、特に製品の安全性保証のための細心の心配りが必要とされるが、たとえばワクチン原液製造用の原料の段階からのチェックも必要であるということである。特にワクチンウイルスを増殖させるニワトリ胎児細胞(chick embryo fibloblast,CEF)初代培養や、さらにその前段階として、受精卵を生産するspecific pathogen free(SPF)鶏の確立とその維持管理までさかのぼった検討が必要とされるということである。製造工程で調整したCEF初代培養について、ワクチンウイルス以外のウイルスの混入を否定する試験だけでは、未知のウイルス混入に対して対処することに限界があることは明らかであるので、鶏を外来性の病原微生物から隔離する飼育方法を確立した後、その清浄性が維持されていることを、かなり多種類の病原微生物をマーカーとして定期的に確認するという方法が現在おこなわれている。しかし、日本の生物学的製剤基準には具体的な病原微生物名が記載されておらず、筆者らはマーカーとして世界保健機関(world health organization,WHO)の基準及び動物用医薬品の基準の中に列記されている病原微生物を対象とした試験を実施している。

 しかしワクチンウイルス以外のウイルスの検出方法について、時代の進歩にあわせ精度・感度を向上させ、試験を向上させ、試験の簡便さについても改良していく努力の必要性が望まれていた。そこで筆者はこれら病原微生物のうち、特に発癌遺伝子を持つといわれるトリ白血病肉腫ウイルス(avian leukosis sarcoma virus,ALSV)について、その抗体検査方法の改良と内在性ウイルス(endogenous virus)検出法の開発・導入を試みた。

 具体的には、生ワクチン製造のためのSPFニワトリ群のALSV検査の簡便化と、さらなる浄化をするための基礎知見を得ることを目的として、ALSVの酵素抗体法(enzyme linked immunosolvent assay,ELISA)による抗体価測定法確立と、内在性ALSVの部分発現である群特異(group specific,gs)抗原及びニワトリ介助因子(chick helper factor,chf)について検討し、以下の成績を得た。

 1.SPFニワトリのトリ白血病ウイルス抗体監視システムへの、マイクロプレートを用いた酵素抗体法の応用の可能性を検討して、ALSVのB亜群抗原を固相化し、感染鶏血清を標準血清とする抗体価算出方法を確立した。その際に吸光度(optical dencity,OD)リーダーとパソコンを接続し、マイクロプレートのOD値の自動読み取りとそれに続く抗体価計算のプラグラムを作成し、作業の短縮化を実現した。

 2.血清中和法(serum neutralization method,SN)、蛍光抗体法(fluorescent antibody method,FA)を加えて抗体価の推移を較べ、ELISA、FAでは主としてgs抗体を、SNは亜群特異(subgroup specific)抗体を検出している事を示した。そして、この方法(FLISA)での抗原抗体反応系で検出しているgs抗体を産出する抗原成分として、SDA-poly-acrylamide gel electrophoresis(PAGE)を用い、p27、gp85及びp15を確認し、その抗体誘導能力の強さ(認識され易さ)は、p27>gp85>p15である事を明らかにした。

 3.ALSV抗体測定におけるELISA、SN、FAの検出感度について、種々の血清について測定した成績を比較し、ELISAはSNの約10倍、FAはSNとほぼ同感度であることを明らかにした。

 4.ALSVの感受性が異なるニワトリ系統について、ALSVの抗原と交差反応する細胞性のgs抗原(内在性ウイルス遺伝子由来の抗原の1つ)と、chf活性(これも内在性ウイルス遺伝子の部分発現したもの)についてその遺伝様式を検討し、どちらもシンプルなメンデルの法則に従った常染色体上の優性遺伝子支配であることを示した。

 以上の研究によりトリ白血病ウイルスの迷人の無い細胞株の樹立が以前に較べて簡易化された。この方法は国際学術雑誌(Virology)にも掲載され高い評価を受けている。従って、当人は博士(農学)の資格を充分に有すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51014