学位論文要旨



No 212977
著者(漢字) 泉田,仁
著者(英字)
著者(カナ) イズミダ,ヒトシ
標題(和) 海洋細菌由来の酵素阻害物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 212977
報告番号 乙12977
学位授与日 1996.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12977号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,勝己
 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 助教授 村上,昌弘
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨

 近年、海洋生物の持つ可能性に注目し、これを有効に利用しようとするいわゆるマリンバイオテクノロジーが盛んになり、海洋細菌からも生理活性物質の探索が行われるようになってきた。酵素阻害活性を指標としてスクリーニングを行う場合、その酵素に特有の選択的活性物質を単離できることが期待される。しかし、海洋細菌由来の酵素阻害物質の研究は数件が報告されているにすぎない。そこで本研究では、酵素阻害物質としてキサンチンオキシダーゼ阻害物質(XOD阻害物質)およびキチナーゼ阻害物質を取り上げた。

 XODはヒポキサンチンおよびキサンチンを尿酸に変換する酵素であり、その際、等モルのスーパーオキシドを発生する。尿酸代謝異常により体内に尿酸が蓄積すると、痛風などの原因となり、また生成したスーパーオキシドは、急性膵炎、虚血性再潅流障害などを引き起こす一因となる。したがって、XOD阻害物質は痛風の治療薬などの医薬品の開発のためのリード化合物として期待される。また、キチナーゼはキチンの加水分解酵素で、昆虫の脱皮やカビ類の生長に重要な役割をになっている。したがって、キチナーゼ阻害物質はキチンの代謝研究用試薬や特異的な昆虫生育抑制物質や抗真菌剤の開発につながることが期待される。

 本研究は、海洋細菌からXOD阻害物質およびキチナーゼ阻害物質を探索し、海洋細菌の同定、阻害物質の単離・精製、構造決定、活性測定を行うことを目的とした。その概要は以下の通りである。

1.XOD阻害物質

 まず、南西諸島沿岸の9点より表層水、底泥、岩に付着しているスライムなどの試料の採集を行った。合計60試料から238株の海洋細菌を単菌分離した。

 分離した238株についてXOD阻害活性を持つ菌株のスクリーニングを行ったところ、強い阻害活性を示した株は6株で、スクリーニング株数の約2.5%であった。この中で沖縄県慶良間諸島阿嘉島付近の表層水から分離したN-81106株は、最も強いXOD阻害活性を示したので、本菌株からXOD阻害物質の単離・精製を試みた。

 N-81006株のコロニーは局限性で円形を示し、オレンジ色の色素を有した。好気性のグラム陰性短桿菌で、大きさは0.9x1.2m、数本の周毛を有し、運動性を示した。O/Fテストの結果、グルコースを酸化的に消費し、オキシダーゼおよびカタラーゼ活性は陽性であった。GC含量は67.2mol%で、主なイソプレノイドキノンとしてubiquinone-10を生産した。これらの性状より、本菌株を新種Agrobacterium aurantiacumと同定した。

 N-81106株の培養上清に強いXOD阻害活性が認められたので、その活性物質の精製・単離を行った。N-81106株の培養液を陽イオン交換カラム、逆層カラムおよびゲル濾過を行い、最終的にODS-HPLCによる分取によってXOD阻害物質B-24を6.0mg得ることができた。

 次に、B-24について主としてNMR、MSスペクトルなどの機器分析を中心に構造解析を行った。B-24は無色の粉末で、水、DMSOに可溶で、メタノール、ヘキサン、クロロホルムに不溶であった。また、269nmに紫外部吸収極大を示した。FAB-MSより分子量は151、また、高分解能FAB-MSの結果B-24の分子式はC5H5N5Oと決定した。IRスペクトルおよび1H NMR、13C NMR、COSY、HMBCスペクトルにより構造解析を行い、XOD阻害物質B-24の構造を4-amino-1H-pyrazolo[3,4-d]pyrimidine-3-one(1)と決定した。また、この化合物は新規天然物で、akaloneと命名した。AkaloneはIC50=16.9Mと強い活性を示した。

 Akaloneは陸上植物以外の天然物からのXOD阻害物質としては最初の事例であり、さらに、水溶性であることも特筆される。

 

2.キチナーゼ阻害物質

 キチナーゼ阻害物質のスクリーニングのためには、海洋細菌培養液の適用できる検定法の開発が必要であった。そこで、寒天プレートによる検定法の開発を行った。寒天プレート法で検定を行うためのキチン質としてはイカキチンが寒天培地に最も良く分散し、キチン分解菌による分解性に優れていることがわかった。キチン分解菌のスクリーニングを行った結果、EY410株を選択し本株をShewanella sp.と同定した。その結果、感度に優れ、しかも簡便なイカキチン寒天プレート法を開発できた。

 次に、静岡県沿岸の5点より表層水、底泥、岩に付着しているスライムなどの試料の採集を行った。合計43試料から598株の海洋細菌を単菌分離した。

 分離した海洋細菌598株についてキチナーゼ阻害活性を持つ菌株のスクリーニングを、イカキチン寒天プレート法を用いて行った。その結果、伊豆安良里港の底砂より分離したIZ208株に強いキチナーゼ阻害活性が見られ、阻害物質単離の対象株に選定した。

 IZ208株のコロニーは局限性で円形であり、乳白色を呈した。好気性のグラム陰性短桿菌で、0.8x2.1mの大きさであり、単極毛によって運動性を示した。O/Fテストの結果、グルコースを酸化的に消費し、オキシダーゼおよびカタラーゼ活性は陽性であった。GC含量は65.9mol%で、イソプレノイドキノンとしてubiquinone-9を生産した。PHBを蓄積せず、蛍光色素をつくらず、グルコース利用性を示した。また、アルギニンを加水分解せず、デンプンを分解した。これらの性状より、IZ208株をPseudomonas stutzeriと同定した。

 IZ208株の培養上清に強いキチナーゼ阻害活性が認められたので、その活性物質の精製・単離を行った。培養液上清を酢酸エチルで分配し、各種クロマトグラフィーを行い、最終的にODS-HPLCによる分取によってキチナーゼ阻害物質CI-4を3.0mg得た。

 次に、各種機器分析および推定化合物の合成によって構造決定を行った。CI-4は白色の粉末で、水、メタノール、DMSOに溶解するが、n-ヘキサン、クロロホルムには溶解しない。FAB-MSの結果、分子量は253であることがわかり、高分解能FAB-MSより、分子式はC11H19N5O2と決定した。IRスペクトルおよび1H NMR、13C NMR、COSY、NOESY、HSQC、HMBCスペクトルにより構造解析を行った。その結果、C-4はcyclo(Arg-Pro)であることが明らかになった。立体化学は、異性体を合成し、NMRスペクトルと[]DをCI-4と比較することによって決定した。その結果、本キチナーゼ阻害物質をD体のアミノ酸を有する新規ジペプチドcyclo(L-Arg-D-Pro)(2)と決定した。

 合成したcyclo(L-Arg-D-Pro)およびその異性体はキチナーゼ阻害活性を示し、抗菌活性、細胞毒性を示さなかった。Saccharomyces cerevisiaeに対するcyclo(L-Arg-D-Pro)およびその異性体の影響について検討した結果、これらの物質は出芽後の細胞の切り放しを阻害することが確認された。また、Candida albicansに対する影響について検討した結果、酵母型から糸状型への形態変化を阻害することが観察された。

 本化合物は構造が単純なことより安価に合成することが可能であり、さらに、抗菌活性、細胞毒性を示さないため、新しいタイプの抗真菌剤としての応用が期待される。

 

審査要旨

 マリンバイオテクノロジーの一つの方向性として、海洋生物より医薬品の素材となる可能性を秘めた生理活性物質を探索しようとする研究が活発に行われている。特に、近年、細菌、藻類等の再生産可能な生物群が注目を浴びている。このような流れを背景に、本論文では酵素阻害活性を指標として、海洋細菌より阻害物質の探索行い、痛風の治療薬のリード化合物として期待できるキサンチンオキシダーゼ(XOD)阻害物質akalone(1)および昆虫生育抑制物質や抗真菌剤の開発につながる可能性を有するキチナーゼ阻害物質CI-4(2)を見出したもので、2章よりなる。

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 第一章では、南西諸島沿岸9点で採集した60試料から238株の海洋細菌を単菌分離し、XOD阻害活性を指標にスクリーニングを行った結果、6株が強い活性を示した。特に沖縄県慶良間諸島阿嘉島付近の表層水から分離したN-81106株が、最も強い活性を示し、本菌株からXOD阻害物質の単離・精製を試みている。N-81106株はオレンジ色の色素を有する好気性のグラム陰性短桿菌で、各種生理生化学的試験の結果、新種Agrobacterium aurantiacumと同定された。N-81106株の培養液上清を陽イオンカラム、逆相カラムおよびゲル濾過を行い、最終的にODS-HPLCによってakalone(1)と命名した阻害物質を6.0mg得た。Akaloneは無色の粉末として得られ、269nmに紫外部吸収極大を示し、高分解能FAB-MSより分子式をC5H5N5Oと決定した。構造決定を主に各種NMRスペクトルの解析により行った結果、その構造を4-amino-1H-pyrazolo[3,4-d]pyrimidine-3-oneと決定した。本物質はIC50=16.9Mの濃度でキサンチンオキシダーゼを阻害した。

 第二章では、まずキチナーゼ阻害物質スクリーニングを効率よく行うため、キチン質としてイカキチンを、分解菌としてShewanella sp.を用いるイカキチン寒天プレート法を開発した。次に静岡県沿岸の5点で採集した43試料から単菌分離した598株の海洋細菌のスクリーニングを行った結果、静岡県伊豆安良里港の底砂から分離したIZ208株に強いキチナーゼ阻害活性が認められた。本株は、好気性短桿菌でPseudomonas stutzeriと同定された。IZ208株の培養液上清を酢酸エチルで抽出し、各種クロマトグラフィーによりキチナーゼ阻害物質CI-4(2)を3.0mg得た。CI-4は白色の粉末として得られ、高分解能FAB-MSにより分子式をC11H19N5O2と決定した。各種NMRスペクトルの解析の結果、CI-4はcyclo(Arg-Pro)の平面構造を有することが判明し、すべての異性体を合成することでCI-4の立体をcyclo(L-Arg-D-Pro)であると決定した。合成したCI-4とその異性体はキチナーゼ阻害活性を示す他、Saccharomyces cerevisiaeに対して出芽後の細胞の切り放しを阻害することが確認された。また、Candida albicansに対しては酵母型から糸状型への形態変化を阻害することが観察された。本化合物は、抗菌活性、細胞毒性を示さないため、新しいタイプの抗真菌剤としての応用が期待される。

 以上、本論文は海洋細菌よりキサンチンオキシダーゼ(XOD)阻害物質akaloneおよびキチナーゼ阻害物質cyclo(L-Arg-D-Pro)を単離・構造決定し、その作用を明らかにしたもので、学術上、応用上寄与することが少なくない。よって、審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきと判断した。

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