近年、海洋生物の持つ可能性に注目し、これを有効に利用しようとするいわゆるマリンバイオテクノロジーが盛んになり、海洋細菌からも生理活性物質の探索が行われるようになってきた。酵素阻害活性を指標としてスクリーニングを行う場合、その酵素に特有の選択的活性物質を単離できることが期待される。しかし、海洋細菌由来の酵素阻害物質の研究は数件が報告されているにすぎない。そこで本研究では、酵素阻害物質としてキサンチンオキシダーゼ阻害物質(XOD阻害物質)およびキチナーゼ阻害物質を取り上げた。 XODはヒポキサンチンおよびキサンチンを尿酸に変換する酵素であり、その際、等モルのスーパーオキシドを発生する。尿酸代謝異常により体内に尿酸が蓄積すると、痛風などの原因となり、また生成したスーパーオキシドは、急性膵炎、虚血性再潅流障害などを引き起こす一因となる。したがって、XOD阻害物質は痛風の治療薬などの医薬品の開発のためのリード化合物として期待される。また、キチナーゼはキチンの加水分解酵素で、昆虫の脱皮やカビ類の生長に重要な役割をになっている。したがって、キチナーゼ阻害物質はキチンの代謝研究用試薬や特異的な昆虫生育抑制物質や抗真菌剤の開発につながることが期待される。 本研究は、海洋細菌からXOD阻害物質およびキチナーゼ阻害物質を探索し、海洋細菌の同定、阻害物質の単離・精製、構造決定、活性測定を行うことを目的とした。その概要は以下の通りである。 1.XOD阻害物質 まず、南西諸島沿岸の9点より表層水、底泥、岩に付着しているスライムなどの試料の採集を行った。合計60試料から238株の海洋細菌を単菌分離した。 分離した238株についてXOD阻害活性を持つ菌株のスクリーニングを行ったところ、強い阻害活性を示した株は6株で、スクリーニング株数の約2.5%であった。この中で沖縄県慶良間諸島阿嘉島付近の表層水から分離したN-81106株は、最も強いXOD阻害活性を示したので、本菌株からXOD阻害物質の単離・精製を試みた。 N-81006株のコロニーは局限性で円形を示し、オレンジ色の色素を有した。好気性のグラム陰性短桿菌で、大きさは0.9x1.2m、数本の周毛を有し、運動性を示した。O/Fテストの結果、グルコースを酸化的に消費し、オキシダーゼおよびカタラーゼ活性は陽性であった。GC含量は67.2mol%で、主なイソプレノイドキノンとしてubiquinone-10を生産した。これらの性状より、本菌株を新種Agrobacterium aurantiacumと同定した。 N-81106株の培養上清に強いXOD阻害活性が認められたので、その活性物質の精製・単離を行った。N-81106株の培養液を陽イオン交換カラム、逆層カラムおよびゲル濾過を行い、最終的にODS-HPLCによる分取によってXOD阻害物質B-24を6.0mg得ることができた。 次に、B-24について主としてNMR、MSスペクトルなどの機器分析を中心に構造解析を行った。B-24は無色の粉末で、水、DMSOに可溶で、メタノール、ヘキサン、クロロホルムに不溶であった。また、269nmに紫外部吸収極大を示した。FAB-MSより分子量は151、また、高分解能FAB-MSの結果B-24の分子式はC5H5N5Oと決定した。IRスペクトルおよび1H NMR、13C NMR、COSY、HMBCスペクトルにより構造解析を行い、XOD阻害物質B-24の構造を4-amino-1H-pyrazolo[3,4-d]pyrimidine-3-one(1)と決定した。また、この化合物は新規天然物で、akaloneと命名した。AkaloneはIC50=16.9Mと強い活性を示した。 Akaloneは陸上植物以外の天然物からのXOD阻害物質としては最初の事例であり、さらに、水溶性であることも特筆される。 2.キチナーゼ阻害物質 キチナーゼ阻害物質のスクリーニングのためには、海洋細菌培養液の適用できる検定法の開発が必要であった。そこで、寒天プレートによる検定法の開発を行った。寒天プレート法で検定を行うためのキチン質としてはイカキチンが寒天培地に最も良く分散し、キチン分解菌による分解性に優れていることがわかった。キチン分解菌のスクリーニングを行った結果、EY410株を選択し本株をShewanella sp.と同定した。その結果、感度に優れ、しかも簡便なイカキチン寒天プレート法を開発できた。 次に、静岡県沿岸の5点より表層水、底泥、岩に付着しているスライムなどの試料の採集を行った。合計43試料から598株の海洋細菌を単菌分離した。 分離した海洋細菌598株についてキチナーゼ阻害活性を持つ菌株のスクリーニングを、イカキチン寒天プレート法を用いて行った。その結果、伊豆安良里港の底砂より分離したIZ208株に強いキチナーゼ阻害活性が見られ、阻害物質単離の対象株に選定した。 IZ208株のコロニーは局限性で円形であり、乳白色を呈した。好気性のグラム陰性短桿菌で、0.8x2.1mの大きさであり、単極毛によって運動性を示した。O/Fテストの結果、グルコースを酸化的に消費し、オキシダーゼおよびカタラーゼ活性は陽性であった。GC含量は65.9mol%で、イソプレノイドキノンとしてubiquinone-9を生産した。PHBを蓄積せず、蛍光色素をつくらず、グルコース利用性を示した。また、アルギニンを加水分解せず、デンプンを分解した。これらの性状より、IZ208株をPseudomonas stutzeriと同定した。 IZ208株の培養上清に強いキチナーゼ阻害活性が認められたので、その活性物質の精製・単離を行った。培養液上清を酢酸エチルで分配し、各種クロマトグラフィーを行い、最終的にODS-HPLCによる分取によってキチナーゼ阻害物質CI-4を3.0mg得た。 次に、各種機器分析および推定化合物の合成によって構造決定を行った。CI-4は白色の粉末で、水、メタノール、DMSOに溶解するが、n-ヘキサン、クロロホルムには溶解しない。FAB-MSの結果、分子量は253であることがわかり、高分解能FAB-MSより、分子式はC11H19N5O2と決定した。IRスペクトルおよび1H NMR、13C NMR、COSY、NOESY、HSQC、HMBCスペクトルにより構造解析を行った。その結果、C-4はcyclo(Arg-Pro)であることが明らかになった。立体化学は、異性体を合成し、NMRスペクトルと[]DをCI-4と比較することによって決定した。その結果、本キチナーゼ阻害物質をD体のアミノ酸を有する新規ジペプチドcyclo(L-Arg-D-Pro)(2)と決定した。 合成したcyclo(L-Arg-D-Pro)およびその異性体はキチナーゼ阻害活性を示し、抗菌活性、細胞毒性を示さなかった。Saccharomyces cerevisiaeに対するcyclo(L-Arg-D-Pro)およびその異性体の影響について検討した結果、これらの物質は出芽後の細胞の切り放しを阻害することが確認された。また、Candida albicansに対する影響について検討した結果、酵母型から糸状型への形態変化を阻害することが観察された。 本化合物は構造が単純なことより安価に合成することが可能であり、さらに、抗菌活性、細胞毒性を示さないため、新しいタイプの抗真菌剤としての応用が期待される。 |