学位論文要旨



No 212979
著者(漢字) 中嶋,正敏
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,マサトシ
標題(和) ジベレリン受容タンパク質の検索および性状解析
標題(洋)
報告番号 212979
報告番号 乙12979
学位授与日 1996.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12979号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 小野寺,一清
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 助教授 山口,五十麿
内容要旨 はじめに

 植物ホルモンの一種であるジベレリン(GA)に関する生理作用の発現機構解明の端緒として、活性型GAからのシグナル伝達を司る受容体分子の特定が注目されている。現在、GA受容体を追究するための実験系として主要なものは2つ存在する。一方は穀類種子における-アミラーゼなどの酵素誘導に関する応答系で、受容体はアリューロン細胞表層に存在することが示されている。これに関しては、英国の研究グループを中心に細胞内局在性の追究や光親和標識法による候補分子の特定が試みられている。他方、茎部伸長の制御に関する受容体については、約20年前から多くの研究グループにより種々の植物を用いた追究がなされているが未だ判然とした結果が得られていない。最近ではこの系に関する受容体を追究する研究グループは極めて少なくなり、追究の困難さが浮き彫りにされている。

 ところで、GAには100余種の同族体があり、活性発現に必須な構造要因が特定され、いわゆる活性型GAと、その生合成前駆体および不活性型に変換された代謝産物の構造上の特徴が明確に示されている。このことは、GA結合タンパク質(GBP)を検出し、多数のGAとの親和性を検討することにより、GBPがGA受容体であるか否かを検証する有効な手段を構築し得ることを示している。

 本研究は、生理的に特に重要である活性型GAに焦点を絞り、まず受容体と類似した基質選択性を示す抗体の調製を検討し、その抗体を用いて結合タンパク質の検定や精製のためのモデル系の構築を行った。あわせて活性型GAの定量分析・特異的精製法への応用も試みた。モデル系を用いて得られた知見を基に、茎部伸長に関する受容体の単離と機能解析を最終目標に据え、GAに応答して伸長する植物部位から受容体の候補となり得るGBPの検索・精製を行い、その性質の一部を明らかにした。

活性型GAに特異的に結合する抗体

 受容体の追究を行うに当たり、受容体と同様にリガンドとの結合に厳しい選択性を持つ抗体を、受容体候補となり得るGBP精製の為のモデル実験に用いることを計画した。その第一歩として、GA受容体とリガンド識別能が類似していると期待される抗体の調製を試みた。GAはメバロン酸からent-カウレンを経て生合成されるが、多くの植物種において、2つある主要経路のいずれかを経由して最終的にそれぞれの経路に対応した活性型GAであるGA1またはGA4が生合成される。一般に正常な幼植物では、GA1やGA4を外生的に投与すると、ほぼ同様の茎の伸長促進効果が認められることから、GA受容体はGA1やGA4に対して同様に結合すると考えられている。そこでこれら活性型GAに特異的結合能を有する抗体の調製を試みた。GA4を用いて免疫原を調製し、これを用いてGA1やGA4をはじめ、同じく活性型GAであるGA3やGA7に特異的に結合能を有するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体の調製に成功した。そして、それら抗体の親和性・基質選択性が受容体に想定されている性状に近似することを認めた。そこで、これをモデルに結合活性検出系の構築を行った。また、抗体の微量分析への応用も試み、ラジオイムノアッセイ法による活性型GAの簡便な免疫学的定量法を確立した。更にモノクローナル抗体を用いてイムノアフィニティーカラムを作製し、活性型GAの効率的な精製方法の確立にも成功した。

GBP検出系の検討

 抗GA4抗体をGBPのモデルとして結合活性の検定、すなわちGBPの検出系の構築について検討を加えた。抗体を3H-GA4あるいは3H-GA1とインキュベートした後、硫安沈殿法、ゲル濾過法を用いて、遊離トレーサーと抗体・トレーサー複合体の分離条件を設定した。抗体を用いた場合には、いずれの方法でも両者を分離することができ、結合活性を明瞭に検出することができた。

 様々な植物体から抽出した可溶性タンパク質画分について、疎水性クロマトグラフィーを行った後、溶出画分を3H-GA4とインキュベートし、硫安沈殿法、ゲル濾過法を用いてGBPの検出を試みた。

 硫安沈殿法では、ヤエナリ、アブラナ及びアズキの可溶性タンパク質から明瞭な結合活性が認められた。一方、ゲル濾過法ではアズキの可溶性タンパク質から微弱な結合活性を検出したが、ヤエナリやアブラナから明瞭な結合活性を検出することはできなかった。

硫安沈殿法により検出されたGBP

 まず、ヤエナリ(Vigna radiata)幼植物体を材料として、3H-GA4を用いた硫安沈殿法による結合活性を指標としてGBPの精製・単離を試みた。ヤエナリGBPは量的に豊富に含まれ、結合活性も安定して検出されたため、数段階のカラムクロマトグラフィーと電気泳動による分離・精製から最終的に単離に至った。GA4に対するKd値は2×10-6Mで、pH6.0を至適条件として比較的厳しいpH依存性を示した。また、未変性状態で150〜200kDaの分子サイズを有し、23kDaと35kDaの2種のサブユニットから構成されていることが明らかとなった。そのうち23kDaポリペプチドについてN末端側のアミノ酸配列分析を行ったところ、ダイズ種子中に存在する主要貯蔵タンパク質、グリシニンに高い相同性を持つことが判明した。一方、基質選択性については、活性型GAであってもGA1やGA3など13位に水酸基を有する一群のGAには全く親和性を示さないこと、及びGA4のメチルエステルやGA9のように非活性型GAであっても、GA4と同様に13位に水酸基を有さないものには高い親和性を示すことが明らかとなった。ヤエナリGBPは胚軸以外に子葉や生長を終了した茎部にも多量に存在し、内生GAの定量分析において吸水種子中に多量のGA4の蓄積が認められたことから、ヤエナリGBPとGA4の動態には何らかの関連性も示唆された。しかし、硫安沈殿法以外の検出法で明瞭な結合活性が認められないことや基質選択性から、受容体の候補にはなり得ないと判断した。

 検索した幾つかの植物体において、これと同様に硫安沈殿法でGA4への結合活性を示す成分が認められたが、これらはGA4と同じく活性型GAであるGA1には全く親和性を示さなかった。そこで、GA1に対する結合活性を指標としてGBPの検索を行ったところ、アブラナ(Brassica campestris L.)芽生えから硫安沈殿法により微弱なGA1結合活性が検出された。アブラナGBPは存在量が少なく単離には至らなかったが、3段階のクロマトグラフィーにより約110倍に精製された。精製途中の活性画分を用いてアブラナGBPの性状解析を行った結果、GA1に対するKd値は7×10-6Mと、ヤエナリGBPのGA4に対する親和性と同程度で、SDS変性条件下における電気泳動図と結合活性との対応から約50kDaのポリペプチドから構成されると推定した。基質選択性についてはGA3以外にGA20やGA27などの不活性型GAとも強く結合したことから、これも受容体の候補である可能性は低いと判断した。

ゲル濾過法により検出されたGBP

 アズキ芽生えを対象として、ゲル濾過法によりGBPの検索を行ったところ、微弱ながらGBPが検出されたので、その追究を行った。ただし、検出された結合活性は極めて微弱なため、検出効率を高めるべく比放射活性の高いトレーサーの調製を行った。アズキ上胚軸切片はオーキシン共存下でGAに応答して伸長する。この事は、切片中にGA応答系、すなわちGA受容体が存在することを示す。そこでアズキ(Azukia angularis)黄化芽生えの上胚軸を材料として、GBPの抽出・精製を行った。ゲル濾過法で検出される活性画分は、硫安沈殿法で検出される画分とは異なることから、ヤエナリやアブラナのGBPとは性質を異にするものであることが期待された。

 疎水性クロマトグラフィーにより得た活性画分を用いてScatchard plots解析を行った結果、Kd値は10-9〜10-10Mと算出された。また、ゲル濾過HPLCにおける活性画分の保持時間と検量線からアズキGBPの分子サイズは約25kDaと推定された。基質選択性に関しては、GA1,GA3,GA4の活性型GAに高い親和性を示し、不活性型GAにはほとんど親和性を示さず、GAの伸長促進活性と極めてよい相関を示した。疎水性クロマトグラフィー、陰・陽イオン交換のクロマトグラフィー、ゲル濾過HPLCによる精製を経て2,200倍に精製することができたが、得られた濃縮物は極めて微量であり、SDS変性条件下の電気泳動図において活性本体を特定のバンドに帰属させることはできなかった。また、Scatchard Plots解析から、その含量は1〜0.1fmol/mg proteinと見積もられた。すなわち、このGBPを単離するには極めて大量の材料を用い、多くの精製段階を必要とするものと推測される。

まとめ

 一般に結合タンパク質を受容体と特定する為の必要条件として、(1)結合が可逆的であること、(2)飽和性を示すこと、(3)リガンドと高い親和性を有すること、(4)高い基質特異性を持つこと、が挙げられる。GAには、類似した構造を有しながら活性型と不活性型が存在する。これは、双方のタイプに対するGBPの親和性に決定的な差異が認められるか否かが、活性発現に関わる受容体と判定する為の有力な指標となり得ることを意味している。本研究で検索したGBPの中、ヤエナリとアブラナのGBPは明らかに(3)と(4)の条件を満たしていなかった。しかし、アズキGBPはこれらの条件をすべて満たしており、GBPに関するこれまでに報告されたものの中で受容体としての可能性が最も高いものである。その含量の低さから、アズキGBPの解明には多大な労力が要求されるものと考えられるが、本研究はその端緒を開き得たと考えている。

審査要旨

 本論文は、植物ホルモンの1種であるジベレリンの生理活性発現機構に関与する受容体を追究するため、ジベレリンに特異的に結合するタンパク質(gibberellin binding protein,GBP)の検索、ならびに性状解析を行った結果をまとめたものであり、6つの章から成っている。

 第1章においては、植物ホルモン結合タンパク質-受容体に関する研究についての歴史ならびに現状を概説し、申請者が行うGBP研究の位置づけについて論じている。

 第2章においては、GBPの追究において重要な役割を果たすと考えられる活性ジベレリンに特異的に結合する抗体の調製とその応用について述べている。ジベレリンは多数の同族体から成っている化合物群であり、現在100種以上が知られているが、それらは特定の構造的特徴を備えたいわゆる"活性型ジベレリン"とそれらの前駆体、および活性型が不活性化されたものに大別される。ジベレリン受容体の追究には活性型ジベレリンに対する抗体を用いることが必要であることから、活性型ジベレリンの1種であるジベレリンA4(GA4)を用いて免疫原を調製し、GA4および他の活性型ジベレリンであるGA1,GA3,GA7に対して特異的な結合能を有するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体を調製した。それら抗体の親和性・基質選択性が受容体に想定している性状に近似していることを認め、それらをモデルとして結合活性検定系の構築を行ったほか、それらを用いた活性型ジベレリンの定量法、およびイムノアフィニティークロマトグラフィーへの利用法を確立した。

 第3章から第5章にかけては、各種植物体からのGBPの抽出・精製、および性状解析の結果について記述している。まず第3章では、GBP検出系の検討結果、および硫安沈殿法によるヤエナリ(Vigna radiata)芽生え中のGBPの単離について述べている。そこで得られたGBPは、GA4に対するKd値が2×10-6(M)であり、150〜200kDaの分子サイズを有し、23kDaと35kDaの2種のサブユニットから成っていることが示された。前者のポリペプチドのN末端側のアミノ酸配列を調べたところ、ダイズ種子中の主要貯蔵タンパク質であるグリシニンに高い相同性を持つことが明らかになり、また各種ジベレリンへの親和性の比較から、このタンパク質がジベレリン受容体である可能性は少ないと判断した。

 第4章においては、アブラナ(Brassica campestris)幼植物中に含まれるGBPについて述べている。アブラナにおいては、GA1に対する親和性に基づいてGBPの単離を目指し、活性画分を110倍まで濃縮した。得られた精製画分についてGBPの性状解析を行った結果、GA1に対するKd値は7×10-6(M)であり、約50kDaのポリペプチドから構成されると推定した。しかし、GA20およびGA27のような不活性型ジベレリンに親和性を示したことから、ジベレリンの受容体である可能性は低いと判断した。

 第5章においては、アズキ(Azukia angularis)のGBPの追究結果について述べている。まず、ヤエナリ、アブラナのGBP追求において得られた結果の考察に基づき、材料ならびにGBP活性の検定法について検討を加えた。その結果、材料としては切片においてもジベレリンに対して伸長反応するアズキ(Azukia angularis)の芽生えを用い、検定法としてゲル濾過法を採用した。抽出精製画分に疎水性クロマトグラフィーを適用して得た活性画分を用いてScatchard plots解析を行った結果、そこに含まれるGBPのKd値は6×10-10(M)と算出され、またゲル濾過クロマトグラフィーの結果から分子サイズは約25kDaと推定された。各種クロマトグラフィーによる精製を進め、活性画分を2200倍にまで濃縮したが、SDS変性条件下での電気泳動図において活性本体に帰属し得るをバンドを特定するまでには至っていない。

 精製濃縮画分について調べた各種ジベレリンに対する基質選択性は、活性ジベレリンであるGA1,GA3,GA4には高い親和性を示し、不活性型ジベレリンにはほとんど親和性を示さなかった。また、各種ジベレリンのこのGBPに対する親和性と伸長促進活性とはきわめてよい相関性を示した。これらの性状は、このGBPがジベレリン受容体である可能性を示すものである。

 第6章においては、本研究の結果についての総合的な考察を行うとともに、当該研究の将来への展望について論述している。

 以上要するに本論文において示された研究結果は、現在植物ホルモン科学の分野においてもっとも困難な課題の一つとされているジベレリン受容体について注目すべき重要な知見を提示したものであり、またその過程で得られたジベレリン抗体およびその利用法は、ジベレリン研究に貴重な手法をもたらしたものとして評価されるべきである。すなわち、申請者がもたらした研究成果は学術上および応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53973