反芻動物のルーメン内には多種多様な微生物が生息し、ルーメン微生物叢を形成している。ルーメン内の細菌群はその生活様式により、遊離型菌群、固形飼料固着菌群、ルーメン上皮固着菌群およびプロトゾア体表固着菌群に大別されている。このうち、固形飼料固着菌群はルーメン内の総細菌集団の約50〜75%を占め、固形飼料の分解に主要な役割を演じている。本研究では、ルーメン内主要セルロース分解菌であるFibrobacter succinogenesのルーメン内への定着を促進する一つの要因であるセルロースへの付着機構の解明を試みた。 第1章では、F.succinogenes S85のセルロースへの付着に関与する物質を特定するために、付着に及ぼす菌体の各種酵素による処理の影響を調べた。その結果、菌体のセルロース粉末への付着が蛋白質分解酵素により著しく低下したことから、セルロース結合性蛋白質(cellulosebinding proteins,CBPs)の存在が示唆された。CBPsを検出するために、該菌の溶菌液にセルロースを添加し、攪拌した後にセルロースを回収した。このセルロース緩衝液で洗浄した後、カルボキシメチルセルロース(CMC)またはセロビオースで処理し、その遠心上清をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分析した。その結果、約120キロダルトン(kDa)のタンパク質(CBP1)が検出され、セロビオース処理液ではさらに約225kDaのタンパク質(CBP2)も検出され、F.succinogenes S85におけるCBPsの存在が確認された。 第2章では、ルーメン細菌におけるCBPsの保有状況について検索するために、17菌種31菌株のルーメン細菌について、同様の方法でCBPsの検出を試みた。なお、CBPsのセルロースからの溶出にはCMCまたはSDSを用いた。SDS-PAGE分析において11菌種でCBPsが検出されたが、その他の6菌種ではCBPsは検出されなかった。CBPsが検出された菌種のうち、F.succinogenes,F.intestinalis,R.flavefaciens,E.cellulosolvence,M.elsdenii,V.parvulaはセルロースに付着することから、これらの菌のセルロースの付着には検出されたCBPsの関与が示唆された。また、Fibrobacter属の菌株からは共通して約120kDaのタンパク質が検出され、これらはCBP1と同一のタンパク質と推定され、属特異的タンパク質であることが明らかになった。 第3章では、F.succinogenes S85から検出されたCBP1とCBP2の性状を調べるために、これらの精製を行った。該菌の溶菌液中のCBPsをセルロースに結合させた後に回収したセルロースを界面活性剤を含む緩衝液Aで洗浄した後、10%セロビオースでCBPsを溶出した。このCBPs溶液を蒸溜水に対して透析することによりF水溶液分画(粗CBPs1)と不溶性分画(粗CBP2)とに分画した。得られた粗CBP2を緩衝液Aに溶解し、粗CBP2溶液とした。得られたそれぞれの粗CBP溶液を飽和硫安で処理することによりCBP1およびCBP2を精製した。精製CBP1およびCBP2は-ガラクトシダーゼ、セロビオシダーゼおよびCMcase等の酵素活性を示さなかったが、セルロース粉末に結合した。 第4章では、CBP1をコードする遺伝子の解析を行うために、CBP1遺伝子のクローニングを抗CBP1血清を用いて実施し、さらにその塩基配列を決定した。その結果、CBP1は、1,054アミノ酸残基からなる分子量118,614のタンパク質であることが明らかとなった。また、CBP1は繰り返し配列を含み、C.cellulolyticumのエンドグルカナーゼのセルロース結合性ドメインと高いホモロジーを示す領域を含んでいた。大腸菌内で発現させたCBP1はセルロースへの結合能を有し、抗CBP1血清と反応した。 以上、本論文はルーメン内主要セルロース分解菌F.succinogenes S85のセルロースへの付着因子を生化学的および遺伝学的レベルで解明し、ルーメン内セルロース分解菌のルーメン内への定着機構の一端を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |