学位論文要旨



No 212981
著者(漢字) 三森,真琴
著者(英字)
著者(カナ) ミツモリ,マコト
標題(和) ルーメン内主要セルロース分解菌、Fibrobacter succinogenesのセルロースへの付着に関する研究
標題(洋)
報告番号 212981
報告番号 乙12981
学位授与日 1996.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12981号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
内容要旨

 反芻動物の第一胃(ルーメン)内にはプロトゾア、細菌、真菌、バクテリオファージなどの多種多様な微生物が生息し、ルーメン微生物叢を形成している。反芻動物に摂取された飼料はルーメン微生物による嫌気的発酵作用により揮発性脂肪酸(VFAs)やガス類にまで分解される。VFAsはルーメン壁から吸収され家畜の主要なエネルギー源になっており、発酵過程で増殖した微生物体は十二指腸以下で消化・吸収され家畜の主要なタンパク質源になっている。

 ルーメン内に生息する細菌群はその生活様式により、ルーメン内の液状部で生活する遊離型菌群、ルーメン内の植物片や穀物粒に付着して生活する固形飼料固着菌群、ルーメン内壁の重層扁平上皮に付着して生活するルーメン上皮固着菌群およびプロトゾア体表固着菌群に大別されている。このうち、固形飼料固着菌群はルーメン内の総細菌集団の中の約50〜75%を占め、ルーメン細菌が産生するエンドグクカナーゼ活性、アミラーゼ活性およびプロテナーゼ活性の大部分を産生し、固形飼料の分解に主要な役割を演じている。また、ルーメン内での固形飼料の滞留時間は液状物のそれよりも長い。したがって、固形飼料固着菌群は遊離型菌群に比べてルーメン内から流出しにくく、固形飼料の消化により重要に関与している。

 反芻家畜による粗飼料の利用を促進させるためには、ルーメン内に多数のセルロース分解菌を定着させ、より効率的にセルロースを分解させる必要がある。しかし、これまでのところ、セルロース分解菌のルーメン内への定着機構に関する研究は極めて少なかった。そこで我々は、ルーメン内の主要なセルロース分解菌であるFibrobacter succinogensのルーメン内への定着を保証する要因の一つであるセルロースへの付着機構の研究に着手した。本論文は該菌のセルロースへの付着に関与する物質について解明した成績を纏めたものである。

1.F.Succinogenes S85のセルロースへの付着に関与する因子の検索:

 F.Succinogenes S85(=ATCC19169)のセルロースへの付着に関与する物質についての情報を得るために、付着に及ぼす菌体の各種酵素による処理の影響を調べた。菌体のセルロース粉末への付着率は、核酸分解酵素や酸性フォスファターゼ処理では影響を受けなかったが、タンパク質分解酵素処理により著しく低下した。これらの成績は菌体表層におけるセルロース結合性タンパク質(cellulose-binding proteins,CBPs)の存在を想定させた。

 次いで、該菌保有のCBPsの検出を試みた。該菌のTween20処理により調製した溶菌液にセルロースを添加してCBPsをそれに結合させた。回収したセルロースを界面活性剤を含む緩衝液Aで洗浄し、セルロースに結合していないタンパク質や細菌細胞の残渣を除去した。1%(W/V)カルボキシメチルセルロース(CMC)または10%(W/V)セロビオースでセルロースからCBPsを溶出させ、溶出液をSDS-ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動法(SDS-PAGE)で分析した。その結果、CMCおよびセロビオースによる溶出液中から約120キロダルトン(kDa)のタンパク質(CBP1)が検出され、セロビオース溶出液中からはさらに約225kDaのタンパク質(CBP2)も検出された。これらの成績によって、F.Succinogenes S85の菌体保有のCBPsの存在を確認できた。

2.ルーメン細菌におけるセルロース結合性タンパク質の分布:

 F.Succinogenes S85以外のルーメン細菌におけるCBPsの保有状況について検索した。17菌種31菌株のルーメン細菌について、培養液をリゾチームで処理した後、Tween20とSoftes12を加えて溶菌させ、セルロースを添加してCBPsをそれに吸着させた。回収したセルロースを緩衝液Aで洗浄した後、1%CMCまたは5%SDSでセルロースからCBPsを溶出した。溶出液のSDS-PAGE分析において、2菌種ではCMCのみで溶出されるCBPsが、4菌種ではCMCおよびSDSのどちらでも溶出されるCBPsが、3菌種ではSDSのみで溶出されるCBPsが、4菌種はCMCとSDSで異なるCBPsが溶出された。その他の6菌種ではCBPsは検出されなかった。CBPsが検出された菌種のうち、F.succinogenes,F.intestinalis,R.flavefaciens,E.cellulosolvens,M.elsdenii,V.parvulaはセルロースに付着することが確認されていることから、これらの菌のセルロースへの付着には検出されたCBPsが関与していると推定された。また、検出された多くのCBPsの分子量は各菌種で異なっていたが、F.succinogenesの10菌株およびF.intestinalisの1菌株からは共通して約120kDaのタンパク質が検出された。また、R.flavefaciensの4株のいずれからも約30kDaのタンパク質が検出された。Fibrobacterで検出された120kDaのタンパク質は抗CBP1血清を用いるウエスタンイムノブロット解析でCBP1と同一のタンパク質であることが確認された。これらの成績によって、F.succinogenes S85由来のCBP1は属特異的タンパク質であることを明らかにした。

3.F.succinogenes S85からのセルロース結合性タンパク質(CBP1およびCBP2)の分離・精製:

 F.succinogenes S85由来のCBP1とCBP2の精製を行った。該菌の溶菌液中のCBPsをセルロースに結合させた後に回収したセルロースには、菌体由来の膜分画と思われる多量の泥状物質の混入を認めた。しかし、界面活性剤であるSoftes12を含む緩衝液Aでの洗浄によりこれらの夾雑物を除去できた。セルロースから10%(W/V)セロビオースで溶出して得られたCBPs溶液を蒸留水に対して透析することにより水溶液分画(粗CBP1)と不溶性分画(粗CBP2)とに分画できた。得られた粗CBP2を緩衝液Aに溶解し、粗CBP2溶液とした。粗CBP1溶液と粗CBP2溶液に含まれるSoftes12を凝集させるために、これらを飽和硫安で処理した。粗CBP1溶液の処理液は低速遠心分離によって液体からなる下層部とSoftes12を含む固形状の薄膜の表層部とに分画された。CBP1は下層部の溶液中に含まれ、その他の不純物は表層部の膜に存在していた。他方、粗CBP2溶液の飽和硫安処理および低速遠心分離により、CBP2は表層部に分画された。この飽和硫安処理を繰り返すことによりCBP1およびCBP2を精製した。精製したCBP1およびCBP2は-ガラクトシダーゼ、セロビオシダーゼおよびCMCase等の酵素活性を示さなかった。また、精製したCBP1およびCBP2はセルロース粉末に結合したが、デンプン粒子に結合しなかった。

4.F.succinogenes S85のセルロース結合性タンパク質(CBP1)をコードする遺伝子の解析:

 CBP1遺伝子のクローニングを抗CBP1血清によるイムノスクリーニングとイムノスクリーニングによって得られたクローンをプローブとするジーンウォーキングにより実施した。クローニングされたCBP1遺伝子をプラスミドベクターにサブクローニングしてシークエンスを行った。決定された塩基配列から推定したCBP1タンパク質は、1,054アミノ酸残基からなる分子量118,614のタンパク質で、これは精製CBP1のSDS-PAGE分析により決定された分子量と一致していた。また、この推定アミノ酸配列は、精製CBP1のS.aureus V8プロテナーゼによる消化で得られた2本のペプチド鎖について決定されたアミノ酸配列を含んでいた。さらに、推定アミノ酸配列は繰り返し配列を含み、また、C.cellulolyticumのエンドクルカナーゼ(EGCCDのセルロース結合性ドメインと高い(27.0%の同一性)ホモロジーを示す領域を含んでいた。

 CBP1遺伝子を発現ベクターpRSETAに導入して作出した組換えプラスミドで形質転換した大腸菌は分子量約125,000の融合タンパク質を発現した。この融合タンパク質の精製品は125kDaのタンパク質の他に精製の過程で部分分解により生じたいくつかのタンパク質断片を含んでいた。これらの断片の多くはセルロースへの結合能を有し、抗CBP1血清と反応した。セルロースに結合したタンパク質断片の最小のものは43kDaのタンパク質であった。

 これらの成績は、該菌のCBP1をコードする遺伝子をクローニングし、その塩基配列を決定し、さらにはこの遺伝子を大腸菌で発現することに成功したことを示している。

 本研究はルーメン内主要セルロース分解菌F.succinogenes S85のセルロースへの付着因子を生化学的および遺伝学的レベルで解明し、ルーメン内セルロース分解菌のルーメン内への定着機構の一端を明らかしたものである。

審査要旨

 反芻動物のルーメン内には多種多様な微生物が生息し、ルーメン微生物叢を形成している。ルーメン内の細菌群はその生活様式により、遊離型菌群、固形飼料固着菌群、ルーメン上皮固着菌群およびプロトゾア体表固着菌群に大別されている。このうち、固形飼料固着菌群はルーメン内の総細菌集団の約50〜75%を占め、固形飼料の分解に主要な役割を演じている。本研究では、ルーメン内主要セルロース分解菌であるFibrobacter succinogenesのルーメン内への定着を促進する一つの要因であるセルロースへの付着機構の解明を試みた。

 第1章では、F.succinogenes S85のセルロースへの付着に関与する物質を特定するために、付着に及ぼす菌体の各種酵素による処理の影響を調べた。その結果、菌体のセルロース粉末への付着が蛋白質分解酵素により著しく低下したことから、セルロース結合性蛋白質(cellulosebinding proteins,CBPs)の存在が示唆された。CBPsを検出するために、該菌の溶菌液にセルロースを添加し、攪拌した後にセルロースを回収した。このセルロース緩衝液で洗浄した後、カルボキシメチルセルロース(CMC)またはセロビオースで処理し、その遠心上清をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分析した。その結果、約120キロダルトン(kDa)のタンパク質(CBP1)が検出され、セロビオース処理液ではさらに約225kDaのタンパク質(CBP2)も検出され、F.succinogenes S85におけるCBPsの存在が確認された。

 第2章では、ルーメン細菌におけるCBPsの保有状況について検索するために、17菌種31菌株のルーメン細菌について、同様の方法でCBPsの検出を試みた。なお、CBPsのセルロースからの溶出にはCMCまたはSDSを用いた。SDS-PAGE分析において11菌種でCBPsが検出されたが、その他の6菌種ではCBPsは検出されなかった。CBPsが検出された菌種のうち、F.succinogenes,F.intestinalis,R.flavefaciens,E.cellulosolvence,M.elsdenii,V.parvulaはセルロースに付着することから、これらの菌のセルロースの付着には検出されたCBPsの関与が示唆された。また、Fibrobacter属の菌株からは共通して約120kDaのタンパク質が検出され、これらはCBP1と同一のタンパク質と推定され、属特異的タンパク質であることが明らかになった。

 第3章では、F.succinogenes S85から検出されたCBP1とCBP2の性状を調べるために、これらの精製を行った。該菌の溶菌液中のCBPsをセルロースに結合させた後に回収したセルロースを界面活性剤を含む緩衝液Aで洗浄した後、10%セロビオースでCBPsを溶出した。このCBPs溶液を蒸溜水に対して透析することによりF水溶液分画(粗CBPs1)と不溶性分画(粗CBP2)とに分画した。得られた粗CBP2を緩衝液Aに溶解し、粗CBP2溶液とした。得られたそれぞれの粗CBP溶液を飽和硫安で処理することによりCBP1およびCBP2を精製した。精製CBP1およびCBP2は-ガラクトシダーゼ、セロビオシダーゼおよびCMcase等の酵素活性を示さなかったが、セルロース粉末に結合した。

 第4章では、CBP1をコードする遺伝子の解析を行うために、CBP1遺伝子のクローニングを抗CBP1血清を用いて実施し、さらにその塩基配列を決定した。その結果、CBP1は、1,054アミノ酸残基からなる分子量118,614のタンパク質であることが明らかとなった。また、CBP1は繰り返し配列を含み、C.cellulolyticumのエンドグルカナーゼのセルロース結合性ドメインと高いホモロジーを示す領域を含んでいた。大腸菌内で発現させたCBP1はセルロースへの結合能を有し、抗CBP1血清と反応した。

 以上、本論文はルーメン内主要セルロース分解菌F.succinogenes S85のセルロースへの付着因子を生化学的および遺伝学的レベルで解明し、ルーメン内セルロース分解菌のルーメン内への定着機構の一端を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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