学位論文要旨



No 212982
著者(漢字) 朝戸,裕貴
著者(英字)
著者(カナ) アサト,ヒロタカ
標題(和) 神経血管柄付遊離筋肉移植における移植筋のモーターユニットに関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 212982
報告番号 乙12982
学位授与日 1996.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12982号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 講師 重松,宏
 東京大学 講師 丹下,剛
内容要旨 はじめに

 近年のマイクロサージャリーの発展により、神経血管柄付筋肉移植は顔面神経麻痺の治療をはじめ種々の臨床応用がなされており、実験的にも良好な形態と機能を獲得することが示されている。しかしこの移植法においても筋肉の収縮能力の回復は必ずしも十分であるとは言えず、緒家の実験的報告でも移植筋の等尺性収縮力は絶対値において大きく減少している。

 一方、モーターユニットは一本の運動神経線維とそれによって支配される筋線維群からなる、骨格筋の生理学的な最小単位である。筋全体の等尺性収縮力は、各々のモーターユニットの等尺性収縮力の総和として表わされる。従って筋全体の収縮力の減少はモーターユニット単位での収縮力そのものの減少か、その筋に含まれるモーターユニットの数の減少、あるいは両者が関与するものである。

 モーターユニットの収縮力測定実験は1971年Burkeら以来幾つかあるが、実験手技が困難であるためか、モーターユニットの概念が一般的であるのに比べて報告の数が少ない。移植した筋肉のモーターユニットについての報告はさらに少なく、現在臨床的に広く用いられている神経血管柄付筋肉移植法による移植筋のモーターユニットを測定した報告は見られない。

 今回、著者はラットの神経血管柄付筋肉移植モデルを用いて移植筋におけるモーターユニットの等尺性収縮力を測定した。そして移植筋においては単位断面積あたりでも収縮力が減少しているのか、また移植筋における収縮力の減少はモーターユニット単位での収縮力減少によるのかモーターユニットの数の減少によるのかを検討した。さらにモーターユニットの質的変化についても検討を加えた。

実験方法

 実験にはFischer344系ラット(月齢5〜6M)を用いた。モデルの作製、等尺性収縮力の測定とも麻酔はpentobarbital sodiumの腹腔内注入(65mg/kg)によって行われ、すべての手術操作は手術用顕微鏡下に行われた。

 まずラット左下肢の内側腓腹筋を同定し、運動神経を筋体に入る直前で切断、栄養血管も結紮切離し、両端の腱の部分を残して筋体を切除した。血管吻合の移植床血管として伏在動脈および下腹壁静脈を剥離露出した。次に広背筋を剥離露出し、栄養血管である胸背動静脈を腋窩動静脈まで剥離して血管クリップをかけ切断した。胸背伸経は腕神経叢からの分枝部で切断、切除した内側腓腹筋の伸展時の長さに合わせて広背筋の筋体を切離し、神経血管柄付で広背筋を採取した。採取した広背筋の幅を一部トリミングして、その湿性重量を内側腓腹筋の湿性重量とほぼ等しくなるようにした。この広背筋を内側腓腹筋の欠損部に移植し、7-0ナイロン糸にて近位端・遠位端とも2針づつ腱縫合を行った後、10-0ナイロン糸により動静脈の端々吻合、11-0ナイロン糸により神経縫合を行った。

 モデルを作製したラットに対し、3〜4か月後に再び麻酔を行い、気管切開を行って気道を確保した。ラットの左下肢において移植筋を露出し、同側下肢における移植筋以外の筋をすべて脱神経した。また背部正中の切開から脊椎を露出し、骨をけずり取ってlaminectomyを行いL2〜S1の高さで脊椎管を開放して脊髄を露出した。実験台に腹臥位でラットをのせて調節呼吸を開始し、移植筋の近位端を実験台に固定した後、遠位端を切離して張力測定用トランスデューサーに装着した。ラットの体温を37.0℃前後、移植筋の温度を34.0〜35.0℃に維持した。

 坐骨神経に電極を装着して神経刺激装置より刺激を加え、オシロスコープおよびコンピューターを用いて移植筋の等尺性収縮力を測定した。神経刺激はすべて持続時間が0.2msの矩形波とした。まず単一のtwitch刺激を与え、このtwitch刺激に対して最大の収縮力が得られるよう刺激電圧および筋肉の長さを調節した。得られたtwitch刺激による筋肉の最大収縮力Pt(maximum isometric twitch tension)、この際のTPT(time to peak tension)、HRT(half relaxation time)を測定した。また刺激のfrequencyを変化させてtetanus刺激(持続時間は250ms)に対する収縮力を測定し、最大値Po(maximum isometric tetanic tension)を求めた。筋全体の収縮力の測定が終了した後、背部の皮膚切開部周囲を持ち上げて流動パラフィンを満たし、露出しておいた腰髄をL1あたりのレベルで離断した。L2〜S1のventral rootを翻転し、各々に対して顕微鏡下にmicrodissectionを行い、細分された神経線維束を一本ずつ電極にのせてtwitch刺激を与えた。刺激電圧を徐々にあげ、全か無かの反応により単一のmotor unitであるかどうかを判断した。こうして得られた単一のmotor unitについてtwitch刺激に対するPt(MU-Pt)、TPT(MU-TPT)、HRT(MU-HRT)を測定、さらにtetanus刺激(持続時間250ms)に対する収縮力を測定し、Po(MU-Po)を求めた。また得られた各ユニットがFF(fast fatigable)、FR(fast fatigue resistant)、S(slow)のうちいずれの種類に属するかを、sag propertyとfatigue testにより調べて分類した。

 すべてのmotor unitの検出が終了した後、移植筋の標本を採取しその湿性重量(mass)を測定した。ラットは麻酔薬の過量投与により安楽死させた。標本は10%ホルマリン固定後、30%硝酸液にて処理して結合組織を融解させ、各標本につき20〜30本の筋線維の長さを実体顕微鏡下で測定して平均の筋線維の長さ(Lf)を得た。

 筋体の断面積(Physiological Cross Sectional Area)を次式によって計算した。

 

 ここで1.06は哺乳類の骨格筋の密度を示し、は筋体のpennation angleを表わす。広背筋では=0°、内側腓腹筋は=21°である。また単位面積あたりのPo(specific Po)は次式により計算され、各筋体についてこれを求めた。

 

 さらに個々の筋体につき得られたMU-Poの平均値を求め、

 

 によりその筋体に含まれるmotor unit数(#MU)を算出した。

 実験の対象群として同系同月齢のラットの内側腓腹筋を用いて同じプロトコールにより筋全体およびmotor unitの等尺性収縮力の測定を行った。移植群と同様の項目について測定し、sPoおよび#MUを求めた。統計的検定にはt-検定を用い、p<0.05にて両群間の平均値に有意差があると判定した。

 測定の行われたラットは筋移植群(GRFT群)、コントロール群(CTRL群)ともに12匹づつであった。TPTおよびHRTについてはGRFT群の方が若干延長しているが両群で有意差はみられなかった。PtおよびPoの絶対値ではGRFT群はCTRL群の7〜8分の1の値であった。しかしGRFT群はCTRL群に比べLfが長くmassが小さいため、PCSAが約6分の1となる。したがって単位断面積あたりに換算したsPoにおいては、GRFT群はCTRL群に比べ約20%減少しているものの両群に有意差はみられなかった。

 得られたmotor unitの数は、GRFT群が53個でCTRL群は91個であった。MU-TPTおよびMU-HRTについてはやはりGRFT群の方が若干延長しているものの、両群の間に有意差はみられなかった。MU-Pt、MU-PoについてはCTRL群に比べてGRFT群は小さな値となっているが、筋全体におけるPt、Poの絶対値の差ほど両群の値に大きな差はない。とくにMU-PoにおいてはGRFT群はCTRL群の値に比べ約18%の減少をみるが両群には有意差を認めない。これに対し筋体に含まれるmotor unitの数(#MU)はCTRL群の107に対しGRFT群が22とGRFT群において約5分の1に減少していた。

 モーターユニットの種別構成については、CTRL群において38%がFF、FRが38%でSが23%であった。GRFT群ではFFが40%、FRが43%でSが17%であり、両群ともほぼ同様の種別構成を示した。

考察とまとめ

 結果において、TPTおよびHRT、MU-TPTおよびMU-HRTについて両群に差が認められなかったことは、両群のモーターユニットの種別構成に大きな差が見られな〓間接的に支持するものであり、実際両群は類似した種別構成を示した。

 両群でPtおよびPoの絶対値では大きな差があるものの、単位断面積あたりのsPoに換算するとGRFT群はCTRL群の約80%までの良好な回復を示していた。

 MU-PoについてもGRFT群はCTRL群の約80%以上の値を示すが、tendon repairの影響を除けば移植筋の1つ1つのモーターユニットのPoは十分に回復していると考えられる。したがって両群の筋全体におけるPoの絶対値の違いはおもにモーターユニットの数の違いによるものであるといえる。モーターユニット数がここまで両群で異なることには、筋体内における筋線維の配列構造上の違いと、神経再支配の不完全さの2通りの解釈が可能であるが、これについてはinnervation ratioと筋線維単位の収縮力の測定が必要であり、今後の研究が必要であると考えられる。

審査要旨

 本研究は、現在臨床的に応用されている神経血管柄付筋肉移植術において、移植筋の獲得する等尺性収縮力が大きく減少している原因を明らかにするため、ラットの広背筋を内側腓腹筋の部位へ神経血管柄付移植したモデルを用いて、移植筋の等尺性収縮力をモーターユニット単位で解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ラットの広背筋を内側腓腹筋の部位へ神経血管柄付移植したモデル(GRFT群)と正常内側腓腹筋(CTRL群)とを用いて、筋全体とモーターユニットの等尺性収縮力を測定し比較した。

 2.筋全体およびモーターユニットのTPT(time to peak tension)およびHRT(half relaxation time)は両群において有意の差はみられなかった。

 3.GRFT群においてPt(maximum isometric twitch tension)およびPo(maximum isometric tetanic tension)の絶対値はCTRL群に比べて大きく減少していた(p<0.05)。

 4.しかし単位面積あたりのsPo(specific Po)は両群において有意の差はみられなかった。このことは移植筋における収縮力の回復が良好であることを示すものであった。

 5.モーターユニットのPoは両群において有意の差はみられなかった。このことはモーターユニット単位での移植筋の収縮力の回復が良好であることを示すものであった。

 6.GRFT群において筋体に含まれるモーターユニットの数はCTRL群に比べて大きく減少していた(p<0.05)。したがって移植筋におけるPoの絶対値の減少は、ユニットあたりのPoの大きさが減少するのではなく、筋体に含まれるモーターユニットの数が減少することによるものであることがわかった。

 7.モーターユニットの種別構成では、両群において差はみられず、およそFF(fast fatigable):FR(fast fatigue resistant):S(slow)=2:2:1であった。

 8.GRFT群のモーターユニットのPoはばらつきが大きく、より小さなFFとより大きなSユニットが認められ、これは加齢によるモーターユニットの変化と類似したものであった。

 以上、本論文は神経血管柄付移植筋において、モーターユニット単位での等尺性収縮力は保たれているがモーターユニットの数が著しく減少し、これが移植筋において等尺性収縮力が大きく減少していることの原因であることを明らかにした。本研究はこれまで移植筋については調べられていなかったモーターユニット単位での等尺性収縮力とその種別の変化を解明し、筋肉移植の研究と臨床に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51015