本研究は本邦の一般婦人を対象としてprospectiveに行った症状調査をもとに、月経に随伴して出現する症状の抽出とそのパターン分析を行い、さらに月経前症状の自覚と症状調査および背景因子との関連を検討したものであり、下記の結果を得ている。 (1)出現した症状に対して因子分析を行った結果、自律神経症状と痛みの症状、水分貯留症状、食欲亢進症状、皮膚・粘膜の症状、情緒不安定を中心とする症状、認知機能の低下および不安・緊張症状の7つの症状群が抽出された。半数以上の症例に出現していたのは、自律神経症状と痛みの症状、水分貯留症状、情緒不安定を中心とする症状および認知機能の低下の4症状群であった。これらの症状は欧米で報告されているものとよく一致しており、本邦婦人においても欧米婦人におけると同様な月経随伴症状が存在していることが示された。 (2)月経随伴症状の出現パターンは、月経期にピークを持つ月経困難症のパターン、黄体期にピークを持つ月経前症候群のパターン、排卵期にピークを持つパターンおよび卵胞期にピークを持つパターンの4種類に分けられた。月経困難症のパターンは自律神経症状と痛みの症状のみに見られたが、月経前症候群のパターンは認知機能の低下を除く6症状群に存在し、月経前症状の多様性が確認された。またこのパターンは細かく見ると3つの類型に分けられ、それぞれ発症機序が微妙に異なる可能性が示唆された。さらに情緒不安定を中心とする症状において卵胞期にピークを持つパターンが見られたが、文献的考察からこれが臨床的に意味のある一群である可能性が考えられた。 (3)月経周期に関連した特徴的なパターンが2周期反復して出現する頻度は一般にかなり低いことが明らかになった。このことから月経前症候群の診断において、2周期のprospectiveな症状調査でその周期性を確認することは診断的に重要であると考えられた。 (4)今回の対象において月経前症候群という言葉を知っていた者は12.4%に過ぎなかったが、過半数の者が月経前の心身の変化を自覚していた。しかしこの症状を日常生活の障害と感じていた者は22.7%であり、とても障害になると感じていた者は1.1%、この症状のために婦人科を受診したことのある者は3名のみであった。またこの症状に対する治療を希望していた者は7.0%で、欧米の報告とほぼ同程度であった。 (5)月経前症状の自覚と症状調査との関係を検討したところ、症状の自覚は実際の出現パターンよりも症状の数や出現頻度、非特異的なパターンで出現する症状などとの関連が強く、特に精神症状でこの関係が顕著であった。身体症状は症状の数や出現頻度が増加してもそれだけでは日常生活の障害になることは少ないと考えられた。 (6)月経前症状の自覚は、性成熟期の主婦で出産経験があること、初経年齢が比較的早いことおよび神経症傾向が強いことなどの因子と関連があったが、症状調査で実際に確認された月経前症候群のパターンは、学歴以外の背景因子とは有意な関連が見られなかった。 (7)今回得られた結果から、月経周期に伴って出現する多彩な症状は発症機序という観点からいくつかに分類できる可能性があり、今後は症状ごとにその病態を詳細に検討していく必要があると考えられた。また月経前症状を自覚しこれを障害として訴える傾向は、症状の出現パターンとは基本的に関連が少なく、むしろ基盤にある精神心理的素因にいくつかの背景因子が加わった場合に強くなる可能性があること、また症状調査で確認しうる月経前症候群のパターンは自覚や背景因子とは無関係に一定の割合で出現していることが明らかになった。 以上、本論文は本邦の一般婦人における月経随伴症状を統計的に解析し、その実態を明らかにするとともに、月経前症状の自覚と実際の症状の出現様式との間には解離があること、および月経前症状の自覚の背景には精神心理的要因を始めとするいくつかの背景因子が存在することを明らかにした。本研究は本邦婦人を対象にprospectiveな症状調査を行った初めての報告であり、特に月経前症候群の診療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |