化学受容器は血中の酸素分圧の低下や炭酸ガス分圧の上昇やpHの低下などによって刺激され、呼吸促進反応を起こすことが知られている。主な化学受容器として動脈に存在する末梢化学受容器と延髄に存在する中枢化学受容器がある。両受容器とも発見された当初より、呼吸刺激反応のみならず、循環系にも影響を及ぼすことが知られている(Heymans & Neil,1958;Loeschcke,1974)。 これまでの化学受容器に関する研究は、イヌ、ネコ、ウサギなどを用いて行われてきた。近年ラットを用いて生理学、薬理学、生化学など、多くの研究が進んできており、ラットの化学受容器の反応性や化学受容器反射に関する知識が必要とされてきている。本研究ではラットの化学受容器の性質および自律機能に及ぼす効果とその機序に焦点をおいて、「化学受容器の特性」、「低酸素および高炭酸ガス刺激が循環系に及ぼす効果」に関する研究を、麻酔した人工呼吸下の動物を用いて行った。 1.頚動脈体化学受容器の特性 最初に低酸素および高炭酸ガス刺激によるラット頸動脈体化学受容器の反応の特性を調べ、次いで頸動脈体に存在することが最近明らかにされている一酸化窒素(NO)が低酸素刺激による頸動脈体の反応においてどのような役割をしているかを明らかにする目的で研究を行った。 種々の濃度の低酸素あるいは高炭酸ガス刺激により頸動脈体の求心性神経(頸動脈洞神経)の活動は、刺激強度依存性に増加した。求心性活動の増加反応は、高炭酸ガス刺激時よりも低酸素刺激時の方が大きかった。 この低酸素刺激による求心性活動の増加反応はNO合成阻害剤(L-NG-nitroarginine methyl ester、L-NAME、30mg/kg)を静脈内投与すると増強した。次いでNO合成の基質となるL-アルギニン(300mg/kg)を静脈内投与すると、低酸素刺激による増加反応はほぼ元に戻った。 以上の結果から、頸動脈体化学受容器からの求心性神経活動の低酸素刺激による増加反応に、内因性のNOが抑制性に関与していることが示唆された。 2.低酸素および高炭酸ガス刺激が循環系に及ぼす効果 ラットにおいて低酸素および高炭酸ガス刺激が心拍数や血圧に及ぼす効果とその神経性機序については未だに明らかではない。そこで、これらの刺激が心拍数と血圧に及ぼす効果とその機序、特に低酸素や高炭酸ガス刺激が心臓や血管に直接作用する局所性の作用と、化学受容器刺激によって心臓や血管を支配する自律神経を介して起こる反射に注目し、これらを明らかにする目的で研究を行った。 種々の程度の低酸素刺激によって、心臓支配の交感神経と迷走神経の活動はともに刺激強度依存性に増加した。この際交感神経活動の増加の方が強く、心拍数は増加した。腎臓交感神経活動も低酸素刺激によって増加したが、低酸素が血管を局所的に拡張させるため、血圧の反応は一定しなかった。頸動脈洞神経を切断すると低酸素刺激による心臓・腎臓支配の自律神経の反応は消失したので、低酸素刺激によるこれらの反応は頸動脈洞神経を求心路とする反射であることが示された。 種々の程度の高炭酸ガス刺激によって、心臓支配の交感神経活動は刺激強度に依存して増加したが、迷走神経の活動は抑制された。しかし、高炭酸ガスが局所的に心臓を抑制するため、心拍数は減少した。腎臓交感神経活動も高炭酸ガス刺激によって刺激強度に依存して増加し、血圧も上昇した。これらの反応は頸動脈洞神経を切断してもほとんど影響を受けなかったので、主に中枢化学受容器を介する反射と考えられた。 以上、麻酔した人工呼吸下のラットにおいて、 1)低酸素刺激による頸動脈体からの求心性神経活動の増加反応に、内因性のNOが抑制性に関与していることが示唆された。 2)低酸素刺激は主に末梢化学受容器を介して心臓支配の交感神経および迷走神経、腎臓支配の交感神経活動を亢進させる。一方、高炭酸ガス刺激は主に中枢化学受容器を介して心臓および腎臓支配の交感神経活動を亢進させ、心臓支配の迷走神経活動を抑制することが明らかになった。 |