学位論文要旨



No 212990
著者(漢字) 大谷,泰一
著者(英字)
著者(カナ) オオタニ,タイイチ
標題(和) セルレイン過刺激下ラット膵単離腺房における合成プロテアーゼインヒビターの動態の研究
標題(洋) Distribution of a Synthetic Protease Inhibitor in Rat Pancreatic Acini after Supramaximal Secretagogue-Stimulation
報告番号 212990
報告番号 乙12990
学位授与日 1996.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12990号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 講師 針原,康
内容要旨

 プロテアーゼインヒビターは急性膵炎に対し抑制的に働くことが示されている。合成プロテアーゼインヒビター:E3123のラット膵単離腺房に対する超微形態学的影響を透過型電子顕微鏡を用いて検討した。ラット膵単離腺房をセルレイン[10-8M]で過刺激すると、in vitroモデルであるラットセルレイン膵炎に特徴的とされる空胞と同様な空胞の形成が認められた(図1a)。そこで、膵単離腺房にE3123を前投与しておき、同様にセルレインで過刺激したところこの空胞形成は数と大きさの点で抑制された(図1b,表1)。

 次にトリチウムラベルしたE3123(3H-E3123)をpulse chaseし、電顕オートラジオグラフィーの手法で3H-E3123の膵単離腺房における動態を観察した。セルレイン[10-8M]で過刺激した膵単離腺房には、インキュベーションのみおこなった場合に比較し約30倍の3H-E3123が取り込まれた。細胞内分布をみると、セルレイン過刺激群においては刺激後5分で、grainの47.4%かrough endoplasmic reticulumに認められ(図2,表2)、13.2%がzymogen granulesに認められたが、刺激後30分すると、rough endoplasmic reticulumの比率は18.5%となり、zymogen granulesにおける比率が26.3%と上昇した(図3,表2)。つまりE3123は膵単離腺房に取り込まれた後、合成された膵消化酵素の分泌過程と共存し移動することが示された。

 本研究より、E3123はzymogen granulesの分泌過程においてプロテアーゼ活性を抑制することで、セルレイン過刺激による空胞形成を抑制することが示唆された。

図1 透過型電子顕微鏡によるラット膵単離腺房の超微形態。(a)セルレイン[10-8M]で過刺激すると多数の空胞が形成された。(b)E3123を前投与することにより空胞形成は抑制された。矢印は3H-E3123のsilver grain.L lumen,N nucleus,V vacuoles,scale bar=1m.図2 3H-E3123を前投与し、セルレイン[10-8M]で5分間過刺激したラット膵単離腺房の電顕オートラジオグラフィー。rough endoplasmic reticulumからGolgi領域にかけて3H-E3123のsilver grainが認められた(矢印).N nucleus,GC Golgi complex,scale bar=1m.図3 3H-E3123を前投与し、セルレイン[10-8M]で15分間過刺激したラット膵単離腺房の電顕オートラジオグラフィー。zymogen granulesやapical cytoplasmに3H-E3123のsilver grainが認められた(矢印).ZG zymogen granules,scale bar=1m.表1 空胞形成*ラット膵単離腺房をセルレインで30分過刺激後の細胞1個あたりに生じた空胞の数を比較すると,E3123投与群では,有意に空胞形成が抑制された。(n=30,P<0.05) **セルレイン過刺激30分後の形成された空胞の大きさ(平均)を比較すると,E3123投与群では,有意に空胞の増大が抑制された。(n=30,P<0.05)表2 pulse chaseした3H-E3123の細胞内分布(セルレイン過刺激群)
審査要旨

 本研究の目的は、急性膵炎治療薬である低分子合成プロテアーゼインヒビターの作用部位ならびに作用機序を明らかにすることである。

 低分子合成プロテアーゼインヒビターは血清中のエステラーゼにより容易に分解されてしまうので、血清を排除した膵単離腺房モデルに着目し、まず以下の新しいモデルならびに手法が示された。

 1.ラット膵単離腺房のセルレイン過刺激モデル

 2.ラット膵単離腺房の電顕オートラジオグラフィー

 前者では、ラットセルレイン膵炎モデル(in vivo)で形成される特徴的な空胞が、セルレインで過刺激したラット膵単離腺房でも形成されることが示され、このモデルがセルレイン膵炎のin vitroモデルになりうることが示唆された。

 後者では、ラット膵単離腺房を低速で遠沈し、包埋の仕方を工夫することで、ラット膵単離腺房でも電顕オートラジオグラフィーが行えることが示された。

 これらの新しい手段とトリチウムラベルされたプロテアーゼインヒビター(3H-E3123)を用い、急性膵炎における低分子合成プロテアーゼインヒビターの作用部位ならびに作用機序の解明を試みている。

 結果は3H-E3123は膵腺房細胞に取り込まれた後、合成された膵消化酵素の分泌過程と共存し移動することが示され、E3123はzymoge granulesの分泌過程においてプロテアーゼ活性を抑制することで、セルレイン過刺激による空胞形成を抑制することが示唆された。

 さらにこの研究結果は、現在行われている急性膵炎の発生機序に関する論争、すなわちzymogen消化酵素はlysosome酵素により活性化されるという説(Harvard学説)とlysosome酵素によらずに活性化されるという説(Yale学説)とにおいて、後者の傍証になると考えられる。

 本研究はこの分野での研究に重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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