学位論文要旨



No 212991
著者(漢字) 舩越,毅
著者(英字)
著者(カナ) フナコシ,タケシ
標題(和) 軸索内に於けるチュブリン輸送機構の電子顕微鏡による解析
標題(洋) Active transport of photoactivated tubulin molecules in growing axons revealed by a new electron microscopic analysis
報告番号 212991
報告番号 乙12991
学位授与日 1996.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12991号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 助教授 片山,栄作
内容要旨

 神経軸索は時に1mにも及ぶ細く長い突起であるが、その中で蛋白合成が行われないため、軸索内及びシナプス領域で必要なほとんどの蛋白は細胞体で合成された後軸索内を輸送されねばならない。従ってこの物質輸送の機構は神経細胞の形態形成、維持及び機能の発現にとって必須である。軸索内に於ける物質輸送には大別して膜小器官による早い輸送(400-200mm/day)と細胞骨格蛋白の遅い輸送(4-0.5mm/day)とがあるが、後者の機構の解析は前者に比べて遅れている。特に現在、細胞骨格蛋白が細胞体で合成された後どこで重合しどのような形で軸索内を輸送されているかが大きな問題になっている。この問題に解答し、輸送されているチュブリン分子がポリマーなのかモノマーやオリゴマーなのかを調べるために、我々は、紫外線により活性化される蛍光色素(caged fluorescein)で標識したチュブリンをマウス後根神経節初代培養細胞に微量注入し、紫外線を軸索の一部に照射して蛍光を発光させ微小管をマーキングした。すでに我々が明らかにしているように、蛍光顕微鏡で観察すると、このようにしてつけたマークは移動しなかった。このことは、軸索内の大部分の微小管は移動していないことを示唆しているが、輸送中のチュブリン分子を示すと思われる移動する蛍光のピークは観察されず、また、このような観察法の感度は必ずしも高くないため少数の動いている微小管が見逃されている可能性も否定できない。

 そこで我々は、これらの問題点を解決するため、抗フルオレッセイン抗体並びにコロイド金標識二次抗体を用い、電子顕微鏡による観察を行った。フォトアクティベーション後様々な時間静置し、細胞膜を可溶化した後固定したサンプルを連続切片を作成して観察した結果、ラベルの入った微小管は紫外線によりマークされた部分にしか存在しない、すなわち動いている微小管は存在しないことが判明した。図1にフォトアクティベーション1時間後にプロセスした軸索を示す。

 これに加え、輸送されているチュブリン分子自体を観察するため、細胞膜を固定前に可溶化することなく(微小管のみでなくチュブリンヘテロダイマーやオリゴマーも保存される)免疫電子顕微鏡法により観察する実験も行ったところ、紫外線照射部以外の部分にも、特に成長円錐側に多くのラベルが認められた。図2にフォトアクティベーション1分後に固定した軸索の一つを示す。さらに、フォトアクティベートした部分の両側に対称的に区域を設定し、連続切片上で区域内に存在するラベルの数を数えたところ、ラベルは細胞体側の区域よりも成長円錐側の区域に多いことが確認された(表1)。この事は、我々が受動的な拡散によって移動した分子のみでなく積極的に順行性に輸送されているチュブリン分子(オリゴマーあるいはダイマー)をも観察していることを示していると思われる。

 これらの結果は、軸索内を輸送されているチュブリン分子がポリマーではなく、オリゴマー、或いはヘテロダイマーであることを示している。これは動いている状態の細胞骨格蛋白の動態を示した初めての研究である。

図1 フォトアクティベート1時間後に細胞膜を可溶化し、固定、染色した軸索。a、b、フォトアクティベートした部分、c、成長円錐側の部分、d、細胞体側の部分図2 フォトアクティベート1分後に細胞膜を可溶化せずに固定、染色した軸索。a、フォトアクティベートした部分、b、成長円錐側の部分、c、細胞体側の部分表1 フォトアクティベートした部分の外に於けるラベルの分布の解析
審査要旨

 本研究は神経突起の伸長および維持に重要な役割を演じていると考えられる軸索内でのチュブリン分子の輸送機構をphotoactivation法と免疫電子顕微鏡法を組み合わせて解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.紫外線により活性化される蛍光色素(caged fluorescein)で標識したチュブリンをマウス後根神経節初代培養細胞に微量注入し、紫外線を軸索の一部に照射して蛍光を発光させ微小管をマーキングした(photoactivation)。その後様々な時間静置し固定、細胞膜を可溶化した後抗フルオレッセイン抗体並びにコロイド金標識二次抗体で染色、電子顕微鏡による観察を行ったところラベルの入った微小管は紫外線によりマークされた部分にしか存在しない、すなわち動いている微小管は存在しないことが示された。

 2.これに加え、輸送されているチュブリン分子自体を観察するため、細胞膜を固定前に可溶化することなく(微小管のみでなくチュブリンヘテロダイマーやオリゴマーも保存される)免疫電子顕微鏡法により観察する実験も行ったところ、紫外線照射部以外の部分にも、特に成長円錐側に多くのラベルが認められた。さらに、フォトアクティベートした部分の両側に対称的に区域を設定し、連続切片上で区域内に存在するラベルの数を数えたところ、ラベルは細胞体側の区域よりも成長円錐側の区域に多いことが確認された。この事は、受動的な拡散によって移動した分子のみでなく積極的に順行性に輸送されているチュブリン分子(オリゴマーあるいはダイマー)自身が観察されていることを示している。

 以上、これらの結果は、軸索内を輸送されているチュブリン分子がポリマーではなく、オリゴマー、或いはヘテロダイマーであることを示している。これは動いている状態の細胞骨格蛋白の実態を示した初めての研究であり軸索内に於ける細胞骨格蛋白の遅い輸送の機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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